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光と影のつづれ織り

写真で綴る雑記帳

稲垣仲静・稔次郎兄弟展 3

2010年09月29日 | アート 日本画

仲間に殺された性格温順な雛。 仲静の死を見つめる眼差しに畏怖と優しさを感じます。
(右から読む文章には違和感がありますね)



鵯(ひよどり)及び2羽の鳥の死にも同様な慈愛を感じます。

大正8年頃の動物を描いた作品。 犬の可愛さ、静物の細密な写生、仲静の絵の骨格は伝統的な日本画であることは間違いない。



そして、パンフレットにも刷られた<猫>。  この絵の猫の顔、続いて示す、仲静の自画像に似ている。



<夜の肖像> 大正10年(1921)頃           <自画像> 大正10年(1921)頃



同じく大正10年頃の自画像。  左下は素描(自画像)
右の作品は、キリリとしたものを感じさせますが、左の2作品はデロリの匂いぷんぷんです。

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稲垣仲静・稔次郎兄弟展 2

2010年09月27日 | アート 日本画

舞妓などを題材にした仲静の作品です。  昨日紹介した厳しい作品との落差に驚きます。
この頃の京都の画壇の一部に<デロリ>といわれる、妖しげで猥雑、土着的な匂いを持つ表現が流行っていた。  会場でも、甲斐庄楠音(かいのしょうただおと)の作品も展示されていましたが、デロリの系統です。  デロリは岸田劉生の造語で、日本画の端正さとは正反対であるが、古来から日本の絵画に脈々と流れていたものです。
(稲垣仲静・稔次郎兄弟展のカタログからスキャニングしました)



仲静のデロリの典型が下の絵です。
<太夫>  大正10年頃(1921)
(稲垣仲静・稔次郎兄弟展のカタログからスキャニングしました)

一瞬、たじろぐような絵ですが、仲静の力量で、迫力ある芸術になっている。



次の弱法師、女童の絵はデロリではないものの、少し異様な日本画に感じます。
特に、女童は岸田劉生の「麗子」に通じるものを感じます。
(稲垣仲静・稔次郎兄弟展のカタログからスキャニングしました)

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稲垣仲静・稔次郎兄弟展

2010年09月26日 | アート 日本画

9月24日(金)、稲垣仲静・稔次郎兄弟展に行って来ました。
 稲垣仲静(1897-1922) ・稔次郎(1902-1963)の両氏は初めて聞くお名前でしたが、アート関係のブログ「はろるど・わーど」をみて興味がわき行って来ました。  特に仲静氏の作品には惹かれるものがありましたので、そのへんを紹介したいと思います。



明治45年、京都市立美術工芸学校に入学し、大正6年の卒業制作が下の<豹>
力量は相当なもの。 ただし、この絵は残念ながら展示期間外だったため見れませんでした。
(展示会パンフレットよりスキャニングしました)



大正8年(1919)制作の<鶏頭>
異様な感じと気高さが同居している素晴らしい作品だと思いました。
(展示会のカタログからスキャニングしました。)


同じく大正8年制作の<軍鶏>
画面上部のアーチと下部のイバラのようなものの解釈が諸説あるようですが、全体として宗教的な精神が現れているように思います。


初回の作品紹介は厳しい精神性のある作品でしたが、仲静は幅広い作品を遺していますので、次回はその辺を紹介したいと思います。

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国立近代美術館 日本画 (3月21日撮影)

2010年07月26日 | アート 日本画

昨日は7月17日に東京国立近代美術館へ行ったときの企画展を紹介しました。
今日は、また戻って、3月21日に行ったときのものを紹介します。(既に、工芸館の記事も含め、13回採り上げていますが、まだあります。)

淡い色合いが清楚な雰囲気を醸し出しています。  しかしファッション等はモダンですね。
吉岡 堅二(1906-1990)
「椅子による女」
1931年  紙本、彩色


題名の露がよく分からないのですが、和服美女と花が美しい。
伊東 深水(1898-1972)

1931年 紙本、彩色
 
円朝の存在感が伝わる。 ガラスに反射が映り見苦しいのはご容赦ください。
鏑木清方(1878-1972)
三遊亭円朝像
1930年 紙本・彩色


梅の香りが漂ってきそうな感じです。
速水御舟(1894-1935)
夜梅
1930年 紙本・彩色


松林 桂月(1876-1963)
春宵花影図
1939年 絹本・墨画



近藤 浩一路(1884-1962)
碧潭(へきたん)
1942年 紙本・墨画

小杉 放菴(未醒) (1881-1964)
椿
1937年 紙本・彩色

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国立近代美術館 6 仏蘭西山水絵巻

2010年07月10日 | アート 日本画

児玉 希望の仏蘭西山水絵巻です。
水墨画の表現で、西洋の風景もまた、オツですね。
希望は川合玉堂の門下。
絵巻は左へと続いていきます。
















コメント (2)
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国立近代美術館 3 日本画

2010年06月30日 | アート 日本画

1900年代初期の日本画です。



河合玉堂(1873~1957) 
 「行く春」
大正5年   彩色・紙本・屏風6曲・1双   各183.0×390.0   重要文化財



秩父・長瀞(ながとろ)に散る桜を題材にした、河合玉堂の大作です。 
玉堂美術館の作品とは風合いが違っていて、こんな絵も描くんだと感心しました。  水車のついた舟も珍しい。 実際に精米を行っていたらしく、荒川の上、中流で明治の頃まで盛んだった。



次の図は国立近代美術館の作品検索サイトからの転載です。





 竹内栖鳳の動物画は凄いと実感しました。  動物の仕草、丁寧に描かれた毛並み、無駄を省いた構図、ため息でした。
近代美術館では、弟子の小野竹喬展が開かれていたのですが、師の絵はさすがでした。
明治41年   彩色・絹本・屏風2曲・1双   各163.5×183.0







最後にこれも栖鳳の弟子である
土田 麦僊の「舞伎林泉」
大正13年   彩色・絹本・額・1面   217.7×102.0
 

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美術展のはしご  奥村 土牛展

2010年05月16日 | アート 日本画

5月15日(土)は美術展のはしご。
奥村土牛展(山種美術館)、ルーシー・リー展、三軌展、新工芸展(国立新美術館)、ボストン美術館展(森アーツセンタギャラリ) を廻りアートで満腹! 
 予定では、奥村土牛とルーシー・リーを観て、平塚市美術館で開催中の「 長谷川りん二郎展」を観る予定でしたが、ルーシー・リー展を観終わったら、午後3時近くなっていたので、平塚はあきらめました。
それで国立新美術館で併催されていた三軌展、新工芸展をみて、六本木ヒルズのギャラリも行ってみようということで、ボストン美術館展も観ることに。・・・ボストン美術館展にそれほど興味はなかったのですが、勢いでした。



まず、奥村土牛展から
生誕120年の記念展ということで、代表作が揃っており、絵に対する取組みや心構えなども紹介されており、土牛の画業像が浮かび上がる構成でした。なお、撮影禁止なので、作品はWebサイトからの画像です。

チラシにもなっている、醍醐の桜・・・敬愛する小林古径への思いが詰まっているようです。



「鳴門」 神秘的な趣があります。 土牛70歳のときの作品。
 



「那智」・・・解説にもありましたが、セザンヌの影響を強く感じます。 西洋絵画も幅広く勉強している。



「朝市の女」・・・土牛80歳の作。
解説によると、現地でデッサンをし、絣や編み笠などを現地から取り寄せ、姪に着せて作品を仕上げたとか。  魚も築地の市場から取り寄せて並べたとかで、土牛の意欲がうかがわれます。 実物の絵では絣の前掛けがリアルでした。
展示会で一番気に入った絵でした。



「城」 土牛66歳の作品。 姫路城は私も20才台の頃に行ったことがあり、写真も多く撮りました。  そのときの構図と近い作品なので、思い出が蘇りました。



「門」  同じく姫路城の作品です。 この構図も自分でも撮ったような気がしますが、それは別として、門の木肌の質感、凄い。



山種美術館は恵比寿駅から歩いて10分ほど。
来週の日曜日23日までの会期です。



 

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再び国立博物館へ 長谷川等伯展

2010年03月14日 | アート 日本画

今日は、特別展「長谷川等伯」に行ったのですが、予想どおりの大混雑で、肩越し、頭越しの鑑賞となりました。
で、印象だけを簡単に。



肖像画に素晴らしいものがありました。
<長谷川等伯 重要文化財「日堯上人像」>(1572年・本法寺)
本法寺の第8世、日堯上人が説法を行う姿が描かれている。ちなみに本法寺とは等伯の生家の菩提寺の本寺。
色合いがいいのと、静謐さの中に動を感じました。



このほか、金碧障壁画が多くありましたが、

水墨画の国宝「松林図屏風」はさすがと思いましたが、なにせ混雑で絵全体を見渡せなかったのが残念。
しかし、この絵は東京国立博物館所蔵なので、またいつかゆっくりと見れるでしょう。



多彩な等伯の力量はよくわかったのですが、同時代の雄、狩野永徳のスケールの大きさには少し及ばない感じがします。



で、国立博物館の平成館を後にして、アジア美術の表慶館、そして本館を回りましたが、そちらの方に素晴らしいものが多くありました。
明日から順次、紹介したいと思います。

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東京国立博物館 横山大観と川合玉堂

2009年12月13日 | アート 日本画

横山大観の「長江之巻」という水墨画を、昔、何かの本で見て、いい作品だなと思った記憶があった。  実物がここにあるとは知らなかったので、見て驚きました。  長い巻物の作品のため、写真で紹介するには、断片に分けた形になります。



最初のところは山々が描かれているのですが、そこから人家が点在しだすところを撮っています。





長江に注ぐ小さな川に架かるアーチ橋と民家、人々、活き活きとした新鮮な感じがします。



生活風俗が面白い。 また樹の描きかたがいい。 細かい枝葉の描写はなしに大胆な墨の濃淡で表現するところは素晴らしい。





長江の岸辺の舟溜まり。 あえて陸と川の境界を濃淡で分けていない。 広大な長江を表現するにはなるほどと思った。





最後に、雨中の渡船。  飛ぶ鳥の配置が絶妙。  大観の素晴らしさがでた作品だと思う。





 



代わって、川合玉堂。 「月下擣衣」 さすがにうまい水墨画。 
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擣衣(とうい)を調べてみました。  
擣衣=砧を打つ  麻や葛などで織られた固い布を柔らかくするため、衣を槌でつくことです。



 洗濯する度に固さが戻ってしまう衣を打ち柔らげることは女性の大切な仕事の一つでした。稲刈りも済むと農作業もひと段落しますし、冬支度もしなければなりません。ですから秋の夜にはあちらこちらから砧を打つ、もの寂し気な音が聞こえてくるのでした。



 砧打つ、という言葉には発想に一種の型があります。夜寒の秋の夜長にどこかで打ち続ける哀しい拍子の砧の音を、こちらも起き明かしてしみじみと聞いている、という定型的な叙情感がそれです。夫をどこかに旅立たせて孤閨を守る妻が思いを込めて打つ音は、怨嗟すら漂わせます。
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以上のように砧には、深い情感が込められているようです。
今では、実感のない言葉になったせいか、この作品の砧はなぜかピンとこなかった。 



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東京国立博物館  日本美術の流れ 2

2009年11月05日 | アート 日本画

 東京国立博物館の展示品に戻ります。
この掛け軸も説明文を記録していないので、見るだけになります。
人物の表情に魅了されました。

 

顔の部分を拡大。

 

刀剣です。 これも説明の記録はとっていませんでした。

 

この短刀は説明ありです。

 

秋冬山水図屏風(円山 応挙筆  江戸・18c)
2双の屏風。 素晴らしいのでしばらく見ていました。

 


 

秋の方の、拡大写真。

コメント (2)
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御岳渓谷 川合玉堂美術館

2009年10月21日 | アート 日本画

御岳橋の近くに日本画の川合玉堂(1873~1957)の美術館があります。  

 

日本画の巨匠で作品例として「鵜飼」を次に。 上手いと思います。

 

絵は撮影禁止でしたが庭はOKでした。  竜安寺の石庭風でした。

 

 

 

晩年の玉堂のアトリエを再現しています。 

 

玉堂は晩年、ここ御嶽駅の近くに住んでいたそうです。 日本画の画材が豊富にあったからかな。

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