
原題は『穀物とボラ』。狙った魚は獲れなくともどこに行ってもようけ釣れる魚らしく、キャッチ&リリースの代名詞にもなっている魚がこのボラなのである。クスクスというあまり聞きなれない料理も、ブイヤベースのような有名レストランで口にする上品な料理ではなく、北アフリカの一般家庭でよく食べられているごくごく普通の料理らしい。どなたかの指摘によると、誰からも愛されるクスクス=元妻スアドと、誰からも相手にされないボラ=スリマーヌの物語になっているという。
移民のスリマーヌは船体修理会社から突然のリストラ宣告。知人の漁師から分けてもらったボラを手土産に孫の顔を見にスクーターを走らせるのだが「たまには菓子でも買ってきたら」の冷たい娘の仕打ち。それもそのはず、料理上手の元妻と別れて、今はリムという連れ子がいる美人女将が経営する安ホテルに転がり込んでいるからだ。廃船の解体作業中に閃いたスリマーヌ、退職金を元手に銀行から融資を受け、クスクス料理専門の船上レストランを立ち上げるのだが…
一応ストーリーはあるにはあるのだが、この映画、単なる監督両親世代へのラプソディーに終わってはいない。前妻宅で食卓を囲みながらわいわいガヤガヤ。女たちはみなクスクスの食い過ぎで激太り、本人を目の前にして亭主の悪口に花を咲かせ、ボラの小骨を口から取りだしながら、日頃たまりにたまった愚痴を言い合うシーンが延々と続くのである。そんなパワフルな女たちに比べ、肩身の狭い思いを強いられている男たちがどうしても貧弱に見えてしょうがない。
登場人物たちがたわいもない無駄話を披露するジム・ジャームッシュの『コーヒー&シガレッツ』という映画をみなさんもご存じだと思うが、この映画はその一種のパロディともいえる作品なのだ。タバコとコーヒーばかりで食事をろくすっぽとらないスリマーヌは最後行きだおれ、酒の飲み過ぎで酔っぱらったフランス人たちは損得勘定とSEXのことしか頭にない。スリマーヌのため、妊婦のようにポッコリとび出した下っ腹をひたすら揺すって延々とベリーダンスを踊るリムを見てごらん。なんとエネルギッシュであることか、なんと人間的であることか。
何がグルテンフリーだ、何がヴィーガンだ。炭水化物こそがエネルギーの源、先進国の連中が見向きもしないボラこそが俺達移民の活力源なのだ。たとえコーヒー&シガレッツと気の合う仲間がいたって、それじゃあ生きていかれませんぜジャームッシュの兄貴。貧乏人よ、もっと小麦を、もっと(肉ではなく)魚を食いなはれ。食って喋ってこきつかわれなはれ。相田みつをじゃないけれど、(でっぷり太って)つまづいたっていいじゃないか人間だもの、とコーヒー&シガレッツよりも食い物、気の合う友人よりも家族そしてコミュニティーの必要性にスポットを当てた作品なのだ。
クスクス粒の秘密
監督 アブデラティフ・ケシシュ(2007年)
[オススメ度 

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