
本作監督のユン・ダンビ、『はちどり』のキム・ボラ、『チャンシルさんは福が多いね』のユン・ヨジョン等々、いまや若手期待の女流監督が韓国では目白押しだ。フェミニズムを武器に掲げる監督が多い中で、小津安二郎監督の『お早う』を見て映画監督になることを決めたというユン・ダンビはちょっと毛色が変わっている。
簡単にいってしまうとティーンの少女オクジュの成長物語なのだが、おじいちゃんの家に夏休みの間だけ間借りすることにした平凡な一家のホームドラマの中に結構な深いテーマを隠しているあたり、やはり巨匠小津安二郎の影響を受けているといえるだろう。タイトルの『夏時間』は、夏の時期果物や野菜の“成長”が早くなることから、名づけられたという。
家長のおじいちゃん、姉と弟、父親そしてその妹である叔母さんまで、おじいちゃん宅に大集合するのである。どうも姉弟&兄妹という2組の関係でこの映画を見ろ、ということらしいのだ。ちなみに事業に失敗後父親と離婚した母親は、最後の方でちょこっと顔出しする程度で、“不在感”が強調された演出になっている。
偽物ブランドのスニーカー販売や二重瞼にするプチ整形手術は韓国ではもはや定番となりつつあるフェイクビジネス。おじいちゃんの持ち家にも関わらず、父親と叔母さんが財産分与を念頭に売りに出そうとする行為を、韓国特有のそれら偽物ビジネス同様、オクジュはとても“恥ずかしい”ことだと思うのである。恨の文化にあっては珍しい“恥の文化”を知る少女なのだ。
“雨が降らないと甘く育つブドウ”や“水を入れすぎると辛くなくなるチゲ”とは一体何のメタファーだつたのだろう。子育てと親の愛情の関係性について弱冠32歳のユン・ダンビが考察を重ねた結論だったのではないだろうか。経済的に困窮した自分たち一家や夫の家を飛び出してきた叔母さんを、文句一つ言わず優しく受け入れてくれたおじいちゃんが、やがて病に倒れ帰らぬ人となる。
その葬場から帰宅したオクジュは、自分たちが押し掛けた行為を心の底から“恥ずかしい”と思い、家に入ることを躊躇するニダ。いつも座っていたソファにおじいちゃんがいないことの不在感が、そのまま弟と自分にいつもお土産を買って渡してくれる母親の不在感とつながったオクジュ。親の子供に対する深い愛情にやっとこさ気がついた少女は、怨恨にこりかたまって周りが見えなかった自分を恥じ、嗚咽が、涙が止まらなくなるのであった......
夏時間
監督 ユン・ダンピ(2019年)
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