
肉親の名前まで利用して監督、撮影 脚本、編集のすべてをやりたがるムービーメイクホリック、それがスティーブン・ソダーバーグなのである。書くのはつらい仕事だけれど書きつづけないともっとつらくなる、といった小説家がおったが、ソダーバーグが一度は監督引退宣言しながらまたノコノコと映画の世界に舞いもどってきてしまった理由も、そこにあるのだろう。おそらくこの人、映画を撮りつづけないと死んでしまうマグロタイプの映画監督なのである。
そのソダーバーグが弱冠26歳の時に撮りあげた 本処女作で、いきなりのカンヌ映画祭パルムドール受賞(その時の審査委員長はヴィム・ヴェンダース)。(商業的に)長いスランプを経た後、ハリウッドのスタジオで大量にこさえた商業映画群とは一線を画する自己言及的な作品、といってもよい内容だ。この映画が自己言及的なんて言っている人他には誰もいないんだけど、そこんとこちゃんと説明してくれる?
よくぞ聞いていただきました 女性のセックスに関するインタビューの模様をビデオに撮ることが趣味の主人公グレアム(ジェイムズ・スペイダー)が撮影も手掛ける映画監督ソダーバーグの分身であることはほぼ間違いないだろう。その大学の時の友人の奥さんアン(アンディ・マクダウェル)が、インタビュー中にグレアムからとり上げたカメラを逆にグレアム=自分に向けるシーンを覚えていらっしゃるだろうか。おそらくそこにソダーバーグの演出意図が示されている気がするのである。
ではその自己言及によって一体何を言いたかったのかというと、他人との関わりを極力避けようとする主人公の態度もその一つであろうが、その後のソダーバーグ作品のキーワードともいえる“自己幻滅”が、本処女作の中ですでに明示されている気がするのである。学生時代の失恋がきっかけでインポテンツになってしまったグレアムは、女性という存在に幻滅している。そして、この幻滅から抜け出す方法論が、普通の映画監督とは違ってかなり“病的”なのである。
訴訟社会に“幻滅”したシングルマザーが、大企業相手の訴訟で勝利することで賠償金を勝ち取る『エリン・ブロコビッチ』恋人を寝とったカジノ王を元恋人に“幻滅”させることにより元サヤにおさまる『オーシャンズ11』薬漬け医療に“幻滅”した医者がその副作用の怖さを利用して真犯人を突き止める『サイド・エフェクト』.....目には目を、幻滅には幻滅を、のちょいと危ない性癖の持ち主たちがソダーバーグ作品には沢山登場するのである
大学の友人に彼女を寝とられたことが原因で、インポテンツになってしまったグレアムは、紆余曲折を経た後、その友人と長いことセックスレスだった奥さんアンと関係を持つことにより、見事“病気”から回復するのである。寝とられ男が寝とり返した(恋敵を幻滅させることによって自分が幻滅から立ち直る)お話なのだが、さすがソダーバーグ、ドロドロとしたセックスシーンは一切なしで、シナリオの捻りだけでちゃんと描き切っているのである。
何でもくちばしを挟みたがる出資者のやり方にすっかり幻滅して一度は映画界を去ったソダーバーグ。もしかしたら、彼らを幻滅させるような映画を撮るためにまた再び映画界に戻ってきたのかもしれませんね。いずれにしてもちょっと病的なところがあるソダーバーグなのでした。
セックスと嘘とビデオテープ
監督 スティーブン・ソダーバーグ(1989年)
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