私にとっての東京国際映画祭は、毎年 中国映画観まくり週間。
そんななかで 『赤頭巾ちゃん気をつけて』鑑賞は、
いろんな意味で楽しかったです。
ほんとは こそこそっと観にいって そそくさと帰ろうかなと
思っていましたのに、事務局のご好意で 主演の岡田裕介さんとお客様に
ご挨拶させていただきました。
亡くなられた森谷監督の奥様にもお会いできて うれしかったです。
お嬢さんは すらっとして綺麗な人。
東映の社長にして、この映画祭の実行委員会会長であられる岡田さんの
映画上映なので、客席には 映画人ぽい その世代のおじ様でいっぱいでした。
映画自体は、ある時代 たしかにあった東京を描いていて、
風俗や 学生運動など 私より 10歳ちょっと上くらいの東京の高校生の
気分が伝わってきました。
作品公開時は、「フリーセックスやセクシャルな内容を子供に見せてはダメ」
ということで、自分の出番以外は見せてもらえなかったのかな。
その後 24,5歳の時に、母と並木座か 文芸座に 観にいった。
この時は、早熟で理屈っぽいその時代の高校生と、
ノンポリでなんにも考えていない20代の自分が同世代のように感じた。
もう芝居を始めていたので、子役の自分と 薫くんの台詞のヘタさに
びっくり した。
そして 月日は流れ、今回、薫くんは 自分の息子のような年齢に
なってしまった。
確かに 台詞は うまくないけれど、声はかわいいし、
表情の演技は 非常に的確、品が良くて 坊ちゃんぽくて
役にぴったり。当時この映画が ヒットした理由がわかった気がしました。
「夜明けのコーヒー飲もうよ」とか 往時の台詞には爆笑。
不良の溜まり場みたいな部屋で、薫くんのとなりで
ソーセージを齧っていたロンゲのヒッピー役は、
朝比奈尚行さん。
2002年に 新国立劇場の芝居『三人姉妹を追放されしトゥーゼンバフの物語』で
ご一緒させていただきましたが、37年前とあんまりお変わりない。
終映後のトークショーに 登壇された 主演の岡田さんは、
見た目は 思ったほど お変わりない。
が! 声が 全く違っていました。
声ってそんなに 変わるものなのね。
ま、私も変わったものなぁ。
岡田さんには 私がご挨拶することは シークレットだったのですが、
すぐにわかってくださって、びっくり。
40過ぎて基本的に こどもの頃と同じ顔。
これって どうなんでしょう。
お会いできてうれしかったです。ありがとうございました。
そんななかで 『赤頭巾ちゃん気をつけて』鑑賞は、
いろんな意味で楽しかったです。
ほんとは こそこそっと観にいって そそくさと帰ろうかなと
思っていましたのに、事務局のご好意で 主演の岡田裕介さんとお客様に
ご挨拶させていただきました。
亡くなられた森谷監督の奥様にもお会いできて うれしかったです。
お嬢さんは すらっとして綺麗な人。
東映の社長にして、この映画祭の実行委員会会長であられる岡田さんの
映画上映なので、客席には 映画人ぽい その世代のおじ様でいっぱいでした。
映画自体は、ある時代 たしかにあった東京を描いていて、
風俗や 学生運動など 私より 10歳ちょっと上くらいの東京の高校生の
気分が伝わってきました。
作品公開時は、「フリーセックスやセクシャルな内容を子供に見せてはダメ」
ということで、自分の出番以外は見せてもらえなかったのかな。
その後 24,5歳の時に、母と並木座か 文芸座に 観にいった。
この時は、早熟で理屈っぽいその時代の高校生と、
ノンポリでなんにも考えていない20代の自分が同世代のように感じた。
もう芝居を始めていたので、子役の自分と 薫くんの台詞のヘタさに
びっくり した。
そして 月日は流れ、今回、薫くんは 自分の息子のような年齢に
なってしまった。
確かに 台詞は うまくないけれど、声はかわいいし、
表情の演技は 非常に的確、品が良くて 坊ちゃんぽくて
役にぴったり。当時この映画が ヒットした理由がわかった気がしました。
「夜明けのコーヒー飲もうよ」とか 往時の台詞には爆笑。
不良の溜まり場みたいな部屋で、薫くんのとなりで
ソーセージを齧っていたロンゲのヒッピー役は、
朝比奈尚行さん。
2002年に 新国立劇場の芝居『三人姉妹を追放されしトゥーゼンバフの物語』で
ご一緒させていただきましたが、37年前とあんまりお変わりない。
終映後のトークショーに 登壇された 主演の岡田さんは、
見た目は 思ったほど お変わりない。
が! 声が 全く違っていました。
声ってそんなに 変わるものなのね。
ま、私も変わったものなぁ。
岡田さんには 私がご挨拶することは シークレットだったのですが、
すぐにわかってくださって、びっくり。
40過ぎて基本的に こどもの頃と同じ顔。
これって どうなんでしょう。
お会いできてうれしかったです。ありがとうございました。