珠美子的博客    

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こんにちは、母さん

2007年06月10日 | Weblog
『こんにちは、母さん』
毎週録画して観ています。主演の加藤治子さん 平田満さんは 舞台と同じ配役。
2001年の新国立劇場での初演舞台を観たときは ほんとうに いままでにないくらい感動して、今でも私の観劇作品ナンバー1かもしれません。このとき初めてZ席で観劇したのだけれど(前売りチケットが ほんとうに取れなかった)観客越しに舞台を観るとき、劇場全体が 笑ったり泣いたりして、その大きなうねりのようなものが また舞台にフィードバックしているような、劇的な体験をした。それまでも何本か永井愛さんの芝居は観ていたけれど、あまりの感動に速攻 二兎社のワークショップに申し込んだ。おんなじことを思った人が多かったからなのか、いつもそうなのか ワークショップに参加するためだけでも けっこうな倍率のオーディションがあった。そしてなんとか参加できたのに、教育映画の仕事とスケジュールが重なってしまい、たった一日しか参加できなかった。泣きました。
(2004年の再演は 北京に行っていて見られなかった)
そんな思い入れのある作品だけに、テレビドラマは どうなるのか、期待半分、
心配半分。全四回、残すところあと一回になりましたが、これがやっぱり
面白い。芝居の本そのままのエピソードも テンポよくまとめられ、
俳優陣もぴったり。治子さんの 可愛らしさ、面白さ、時折見える哀切感、
女優に年齢は無い、とはいっても すごすぎます。
たまたま 加藤治子さんの自伝『ひとりのおんな』を 読み返していたところでした。
この本は1992年が初版で、ご本人にいただいた御本で、当然 そのときも
一生懸命に読んだ記憶があるのですが、その頃の私はまだ中国に興味をもつ
直前で、中国関係の箇所が特別印象に残ることはなかったのです。
それが 今読み返してみると、治子さんの初めての海外経験は 戦時中の
軍の慰問で ハルピンにいらしたとのこと。戦時中は 女優以外の仕事も
なさっていて、上海電影日本支社で仕事しているとき、李香蘭さんと
スキーに行った話。戦後60年代に 日本の新劇訪中団で北京で公演し、
赤絨毯をひいて迎えられた話。中国とも縁のある方なんだなと 再認識。
治子さんは 私が生まれたときは 私の叔母さんだったので
病院に 当時は珍しかった パンダのぬいぐるみを 私が生まれる前に
持ってきてくださった、と母から聞いたことがあります。
今 そのパンダがいないのが悲しい・・・私の中国好きは 前述の劉さん以前の
このときの刷り込みかも・・・。
私自身が女優になってからは、あまりにも大女優すぎて、
こどもの時のように なつけなくなってしまったけど、
ロンドンにご一緒したり、運転手をさせていただいたり。
そんな時の印象に残ったことは、芸に厳しく自分に厳しい 根っからの
女優魂です。どうか お元気で。

中国関連ドラマ

2007年06月01日 | Weblog
明日放送の『テレサ・テン物語』 主役のテレサだけでなく 人物相関図を見ると、テレサの両親や 弟役も みんな日本の俳優さんが演るんだ~。弟役は成宮くん。先週のウルルンを見て、彼は ジョン・ローンの若い頃にちょっと似ていると思っていたので 中国人役似合いそう。 好きな映画ベスト1が『ラブソング』の私は、テレサの曲に思い入れもあり、楽しみです。
裏番組に 先週から『こんにちは、母さん』があるけど、録画して両方観ます。
今月は 『玉蘭』も放送されます。こちらもたのしみ。

六月来了

2007年06月01日 | Weblog
もう六月。なんだか生きてるだけで せいいっぱい というような 気持ちに余裕の無い日々の中、五月後半は お芝居を二本だけ観ました。前エントリーに書いた二本。『下周村』は、楽日前の19日土曜日の昼の回。開演前、ワダエミ先生が 銭波さんの通訳で 演出の李六乙さんと ずっとお話していらした。北京に制作アトリエをお持ちのワダエミ先生、何をお話していらしたのかな。私は 例によってZ席をゲットして観劇。理由は なんといっても安いこと(1500円)、それなのに一階席や二階後方のB席より 観やすいこと。今回は 中国語部分の字幕があるので 特に一階前方席は 大変だったようです。Z席からは 一階のお客さんの様子が良く見えるのですが、前のほうのお客さんが 台本コピーのようなものを ぱらぱらめくりながら 芝居を観ていて、私は勝手に「この方たちは、きっと日本語を聞き取れない中国人で、日本語字幕がないから日本語の台本を字幕代わりに読んでいるのだわ」と 推測していたのですが、こちらのブログを読んで 謎が解けました。一階の前方席は 字幕が読めなかったのですね。それは たいへん。かなりの失態だと思います。
私の二階席からは 舞台と字幕が ちょっとの視線移動で両方見られて ベストポジションだったのですが、字幕が縦に三行出るうちの 三行目が 舞台装置の白幕に隠れて読みにくかったのです。それでも ちょっとストレスだったのに 字幕が観られないと いらいらするでしょう・・・私は 「お茶をどうぞ」とか「お母さんにしては随分お若いですね」とか 日常会話の部分は聞き取れるものの、抽象的な表現の韻を踏んでる中国語の台詞なんかは やはり字幕頼りです。
中国語で 日本の新劇にあたる 現代劇を 話劇と言います。京劇などの古典劇が歌うことに対して 話す台詞劇であるということですね。その要である台詞が 外国語であるため わからない、という状況で上演する場合、字幕あるいは イヤホンによる対訳は とても重要なのですよね。芝居は 観てわかるもの、感じる部分も大きいけれど、やはり 台詞による 内容説明 状況把握は かなりの部分ですから。予算の問題があるでしょうけど、字幕は 外国語演劇の上演にとって 本当に大切。翻訳文も 表示の方法、位置も 見やすくないと、観客はつらいです。
作品自体は、日中合作の 試みは 素晴らしいけれど、試みが試みに終わった感もあり、李六乙導演の得意な 抽象表現(動きも台詞も)消化不良な感じでした。
(自分が出たかったから やっかみもあります)日本人パートのドラマも説明的だし、ステレオタイプの日本人像(お辞儀をする、カタコトの中国語を話す)も ちょっと 自虐的な感じ。李六乙先生は 『非常麻将』が良かったから、どうしてもそれ以上を期待してしまうし。オリザ先生も『ソウル市民』でのシニカルな公平さ、のようなものが感じられなかった。でも 不満も含めて いろんなことに気がついたし、想定内とは言え、<通じないことの面白さ>は感じられたし、二年ぶりに 林さん韓さんにも会えたし、行ってよかったかな。
 一方 円の『実験』ですが、これは 台詞がわかることのありがたみを享受しつつ、28日夜に観劇。円は去年大黒柱を おふたり失って、新代表になられた橋爪さんの 気合と心意気が伝わって来る芝居でした。(昨日千秋楽で ネタばれ解禁だから書いちゃいますが)娘が 実は 生まれていない、幻想の人物だった、というのは 驚きました。でも そういう 時空を超えた設定や表現というのは お芝居の醍醐味だし、宋さんやるー、と感じました。この芝居を 貫通する 闇の部分、というか 良心の呵責 というのは、すべて 中国の旧満州の出来事なんですよね・・・それを思うと 『夜来香』の調べの なんと怖ろしく悲しいことでしょう。私のような 無邪気な 中国好きも、こういう歴史の闇に 思いを馳せると
複雑な思いがします。中国と関わっていくと 満州のことや 南京のことは避けては通れません。