田舎生活ブログ その2

55歳以降読んだその本の抜き書きや、別途続けている釣りや畑の田舎生活のブログに収めきれない、写真の多いものを適宜、保管。

57年前の連用日記の勧め(2023/2/10)

2023-02-10 11:55:40 | 人生楽しく生きる
愛媛新聞 1966年12月24日 朝刊 家庭婦人欄より

本屋さんや文房具屋さんの店先に、さまざまな新年の日記が勢ぞろいしています。日記といえば、すぐ、「三日坊主」ということばが思い出されるくらいで、長期間にわたってつけ続けるのは、なかなか難しいことです。
 その日記を36年間ずっと書き続け、いまは、「日記の楽しみ」を味わっている境地という、歌舞伎俳優の中村芝鶴(しかく)さん(66歳)に、体験的日記論、日記のつけ方のコツ、楽しみなどを披露してもらいました。中村芝鶴さんは、東京の国立劇場で公演の「菅原伝授手習鑑」に出演中でしたが、以下はそのあいま、楽屋でのお話です。

 日記のすすめ 中村芝鶴

 「5年連用の日記」で

 私がつけているのは、「5年連用日記」という、少し変わった日記帳ですから、私のお話がそのままみなさんのお役にたちますかどうか・・・。私が初めて日記帳を買ったのはいまから36年前です。そのころ舶来品を買うのが好きで「丸善」によく行ったものです。そこで金色、赤色などですごくきれいな5年連用日記をみつけました。一日分は、わずか4行くらいですが、同じページに、毎年の同月同日を書き込めるので、昨年のきょうは何をやっていたかなんて、とても楽しいものです。型が小さく、たいていはカギがかかるようになっていますから、旅行のときでも持ち歩きできて便利です。初めは非常に高いと思いましたが、きれいだし、5年間使うとなれば安いと思いましてね。現在使っているのは8冊目です。
 日記帳には、その日に起こったことで、とくに印象の強いものだけを書きます。私は仕事のことのほか、相撲など好きなスポーツ、買い物、食べ物のことなども記入しています。書いてもムダと思うものは書かないようにするのが一つのコツですよ。
 たとえば天気、温度などおきまりのものは、書くときに思い出したり調べたりすることが面倒ですが、こういうちょっとしたことでも、書く気に水をかけたりするものです。私は、ほんとうに「いい天気だ」と思った日だけ「快晴」と書きます。また「台風○号で夜眠れず」といったぐあいですね。そうそう、これといったことのない平凡な日には「平凡」とだけ。たくさん書きたい日には、その「平凡」のページをうまく利用することにしています。それから自分の近くに起きた重要な事件については「いつ、どこで、だれが、どうして、どうなった」をはっきり書いておくこと。30年もたつと、いつのまにか、どんな事件だったか忘れてしまっていますからね。

「つけないと眠れぬ」 
日記を4、5日つけただけで、その楽しみをつかめる人はあまりいないでしょう。人によっては半年も一年もかかるようですが、とにかく「必ず書き続ける」という決心が肝心。そして書き始めたら、今度こそは「習慣づける」ことです。私は夜、食事が済んでから日記帳を開く習慣にしています。興味を持てるようになるまではたいへん苦痛ですが、そのうちに、日記をつけないと眠れないくらいになりますよ。日記が書けない事情の日には、私は別のメモ帳に簡単に書いておくことにしています。前のヨーロッパ旅行(ことし5月末から約一ヶ月)の時も、荷物を軽くする関係で、日記帳代わりにメモ帳をもって行きました。
 もう一つ、日記を長続きさせるコツは、文章や体裁をあまり気にしないこでしょう。
 私は、義父5代目伝九郎の伝記を書いた「大文字章」、最近出版した「役者の世界」など、何冊かの本にしていますので、日記を出版したらといってくれる人もありますが、記録本位を体裁にかまわずですからね、どうしても発表する気にはなれませんよ(笑い)。

「人生経験の実感わく」
 日記をつける楽しみは、年を経るほど大きくなってくるようです。30年も前のはインクの色が変わっていますが、「ああ、こんなこともあったのか」といろいろ思い出させてくれ、実に楽しいものです。それに、日記は知人の慶弔やなにかの事件を調べたりするのに便利で、随筆を書くときなどにも役立ちます。
 日記を読み返してみると、自分が次第に「幸福」になっているのを感じますね。つまり、夜と昼が交互にやってくるように、人生も悲しみのあとに喜びがやってくるさまがよく分かります。そして、人間はいろいろのことを経験することで、段々豊かになっていくのだ、という実感もわいてきます。
 また、自分がいい仕事をやった、とかいうときは、その前後の自分の気持ちは必ず充実して、「はずんで」います。私はそういう時期を、ほんとうに「生きている」ときだと思いますが、たとえ「平凡」な日でも、次のことのために力をたくわえているのだと自覚して生活すれば、その期間もまた「生きている」ことになるのですね・・・。日記からはそんなことも教えられます。

(私がこの新聞記事を読んだのは57年前の年の暮れ、17歳四国今治の高校2年生。これはいいと、その日から大学ノートに日付を書いて、6年連用日記を書き始めた。以来57年、73歳の今も日記を書いている。文章を書く訓練になったし、お金の掛からない、楽しいレジャー。体験した出来事を思い返すにも役立つ。冒頭の写真は57年前の新聞記事)

割と最近では、学生時代の学園祭の思い出を、記憶では、大学二年と思っていたが、実は大学一年、大学紛争で、ストライキ中の荒れた年だったと、日記で確認したことも。

破門・破産(2023/1/28)

2023-01-28 14:54:23 | どん底に落ちたとき
松永安左エ門全集 第3 月報 より

 終戦の混乱時、奥村綱雄が45、6の若さで野村證券の社長に就任、得意満面の表情で松永に報告した。すると松永は「人間、その一生涯で病気、失恋、駆け落ち、勘当、落第、破門、破産等等、失敗を一つでも多く重ねた人間でなければ本当の成功は出来ない。君はいま程度の成功を鼻にかけている様では、前途遼遠だ」と言い切った。

(19年前、T社リストラを言い渡された当時、「破門された」が実感。しかし、この失敗は本当の成功への第一歩だとの、この一節は、勇気を与えてくれた。以来、「釣りだ畑だ山登り」と毎日充実した日々で、これで目出度し、目出度しと思っていたら、孫が発達障害だと診察されて青ざめたり、次男が会社を4か月で辞めて我が家に出戻り親子で失敗を重ねることと、なった。それが峠を越えると、今度は長男が病を得たりで、何度か窮地に立たされた。その時は、苦しいが、振り返ると、失敗のたびに目が開かされて日々が充実してきたように思う。takeda)

ありがたいことじゃ(2023/1/16)

2023-01-16 14:25:39 | 明日が不安な時
松永安左エ門著作集 第5 p206 より

 夢窓国師は「地獄におちる心配をし、苦労しているのが、既に今の今、地獄に落ちているのじゃ」といった。

先のことはさきのこと、明日のことは明日が解決する。なんと言っても人間は今日一日だけよく暮らせばよい。あり難いことじゃと思って一日一日を十分に生きることが正しい生きたかである。

「日々是好日」とか「無事是貴人」とかいう一行書きの大徳寺物が茶掛になる理由はここにある。

(ありがたいことじゃ、と思って一日一日を十分に生きることが正しい生きたかである。自分の健康、家族の自立、明日のことを考えると、心配だらけ。先のことは先のこと、一日一日を十分に生きることが正解よ、と聞くと、肩の力が抜けて、うれしくなる。先日テレビで、細胞分裂を司る細胞があり、ストレスが掛かりすぎると、その細胞が効かなくなり、その対策に、3分間、目を閉じて、自分の呼吸の音に意識して耳を澄ませると、その細胞が活性化し、細胞分裂が正常になり、老化が防げるとの報告が。ストレスは、先のまだ起こっていないことをあれこれ、心配することが一番のストレスで、呼吸に耳をすませることで、意識が今現在に向くのが、ストレスを除くとのこと。松永安左エ門の「日々是好日」の述懐に通じるもの。写真は 長男がうつ病で寝込んだとの知らせが釣り直前にあり、釣り仲間の迷惑になってはと、そのまま釣りを始めると、徐々に気持ちが楽になった時の写真。翌日、長男の元にかけつけたが、釣りで私の気持ちを普通にしたことが、その後のいい結果につながったと思う。印象深い経験でした。takeda)

「尻つぼみ」も爽快なる男子の最後の飾り(2023/1/7)

2023-01-07 15:54:38 | 人生楽しく生きる
松永安左エ門著作集 3巻 p126 より

 私のところの若い者に
「俺は先年梁瀬(川越在)の別荘を寄付したために大変金持ちになったよ」
と述懐したところ、その若者が目を丸くし、
「あの梁瀬の大邸宅を国宝級の美術品を付けて本当の無償で寄付してしまって、それであなたが大変な金儲けをしたといわれるのはどういう訳ですか?」と問うから、
「あんなべら棒に大きいものを持っていて見たまえ、女中、下男、掃除夫までもウンとおかなければならず、しょっちゅう手当て手入れは怠ることは出来ないし、第一どの位の税金がとられるか、ちょっと算盤ははじけないよ」
 この答えは若者にはわかったようであり、わからなかったようでもあったが、私はいま小田原の山懐にほんのじいさん、婆さん二人に女中一人の簡素な暮らしを送り尻つぼみ生活を楽しんでいる。・・・・・

 もう一つ私の義弟に当たる者で、若い時朝鮮に渡り、当時の金で資金5億円に上る大地主になった男がある。ところが敗戦で全部没収され、零丁落魄私のところへ転げ込んだ。
 私はいってやったのである。「お前は年をとったら楽をしようと思って、朝鮮で働き、金をため、土地を手に入れ、大富豪になった。つまり末広がりの常道を狙って一応は成功したのである。しかし戦争で無一物となり、これからどうしようというのであるなら、いい事をおしえてやる。俺の実弟が郷里壱岐の村長をしているからそこへ尋ねて行き、村役場の小使いにしてもらえ、お前ももう70歳を超えた老齢であるから、村役場の小使いで食っていけるだろう。それでも生活が出来ないというならお前がこれまで立派にしてやった旦那寺の庭掃き坊主になれ、それが出来ないか」
 義弟はとにかく壱岐へ引き揚げて行ったが、村役場の小使いになつたことも旦那寺の庭掃き坊主になったことも、私にはまだ通知はない。

 しかし私は、尻つぼみ生活は決して敗北思想ではないと考える。いまの世間の常識に反しているかもしれないが、一番人間の理合にあった生活の行く道ではないかと思うのである。人間の真の姿とは虚飾を着けない、真っ裸そのままの男一匹で暮らしていける無心の生活だ。名誉、富貴それも良い。なければなけれでいい。青春の愉悦もいい。老いて、病んで、貧乏したとする、これも止むを得ない自然だ。悔やむ代わりむしろ楽しむ気になれぬものだろうか。日日是好日「尻つぼみ」も爽快なる男子の最後の飾りと思うのは無理か。

(この義弟は、熊本利平という方。「日々是好日「尻つぼみ」も爽快なる男子の最後の飾り」と腹を括った覚悟、こうした覚悟で楽しんで暮らしている方は、気を付けていると結構出会える。「年よりもこうして生きているとみせてあげようと思って皆さんとの会合に出るよ」(4年前94歳で亡くなった、江藤正翁)、「金はなくなったが生きているのはこの世だけのこと」(赤字の衣料品店のオーナー)等。冒頭は、飲み仲間のK氏、バナナのたたき売り元日本チャンピオン。体は弱ったが、得意の口上で皆を楽しませてくれる。

黒崎駅近くのカレー屋さんで みかけた絵(2022/12/18)

2022-12-18 14:04:42 | どん底に落ちたとき
 2016/6月のお昼、初めて寄った北九州市の黒崎駅近くの老舗カレー屋(龍)に飾ってありました。気に入ったので写真を撮りました。

「悲しみや 苦しみを 味わった 人ほど 目が優しくなり 言葉があたたかくなる そして 静かな人になる」
 と、言葉が記されている絵。

 今の店主の父上が50年か60年前?友達から書いてもらったものを、代が変わってからも息子さんが大事に飾っているとのこと。
 店の雰囲気も、こざっぱりしてソフトで明るく、何度も寄りたくなるお店でした。
 
 この絵をスマホで撮影し、病気療養中の長男に、メールでこの絵の写真に言葉を添えて送りました。あれから6年、長男は職場に復帰、いいお父さんになったようです。
 

ヒルティ 眠られぬ夜のために 3月7日(2022/12/4)

2022-12-04 21:26:36 | 人生楽しく生きる
ヒルティ 眠られぬ夜のために 3月7日

 力のゆるすかぎり、不断に有益な仕事をすることは、たえず神の近くにあることとともに、およそ人生が与えることのできることのなかで最もよい、最も満足すべきことである。しかも、ひとたびこの原則をしっかりおのれの生活のなかへ取り入れることができたならば、過度な、不必要な仕事や、あまりに性急な神経質な仕事から、早くより身をまもることができるのである。
 とりわけ、使徒パウロが時を生かして用いる(エペソ人への手紙 5の16)
と名付けたところのことは、これまでからもしばしば、精神的な事柄において、落ち着きのない焦燥奔命を惹き起こす原因になっている。これは、人生についてのキリストの教えた見解とまったく一致しないもので、つねにあわてふためくことばかりに時間をとられてしまって、それ自体では立派な仕事をもなしとげられないという結果になってしまう。(ヨハネによる福音書 7の3)
このような落ち着きのない活動欲は、むしろパウロを通じてキリスト教の中に入ってきたユダヤ的な要素である。だから、パウロの手紙も晩年のものになると、ずっと慰めの力にみち、精神的な内容と深さにおいて、以前のものをはるかに凌いでいるのであるが、これは、かれもついに神の導きによって、彼の気質のなかにはなかった落ち着きを得たがためである。われわれにとっても、あらゆる教会活動や布教運動にも増して、もっと多くキリストの真の精神をみにつけることが、必要であろう。

(同志会という小さいキリスト教系の寮で学生時代暮らしていたが、毎週金曜日の晩に礼拝と感話会に来てくれていた、小西芳之助牧師が、毎回のように小さい目の前の義務を一生懸命すれば、それで良いと話してくれた。大工は大工の仕事、運転手は運転手の仕事。これを守ってきたおかげて、サラリーマン時代の激務も体も心も壊さなかったし、毎日が日曜日の今も、家の掃除やら皿洗い、畑の健康野菜作りやら、釣りやらで時間を持て余すことがない。50年たった今も、小西先生の熱弁が懐かしく思い出される。takeda)

現在の瞬間的充実を積み重ねていけば将来は明るくなる(2022/10/7)

2022-10-07 15:06:39 | どん底に落ちたとき
松永安左エ門著作集 第四 p318 より

10年かかって負けたものを取り戻すには20年、30年、もっともっと50年、100年の長いロングランを必要としよう。それにはまたそれだけの手段と方法を選ばなければいけない。あせらぬことだ。おこたらぬことだ。ステップ・バイ・ステップにしっかり足元を踏み固めて行くことだ。

 勝っても負けても、それはもう過ぎた問題である。いつまでくよくよしたり、うじうじしていたって始まらぬことだ。ただ始まるのはいつでも現在からである。勝ったものが負けるのも現在からの踏み出しによろうし、負けたものが勝つのも現在からの踏み出しによろう。現在の瞬間的充実を積み重ねて行けば将来はおのずから明るく開けてくる。日本が負けても決して負けっぱなしにならないのはこれから始まる。

(「現在の瞬間的充実を積み重ねて行けば、将来はおのずから明るく開けてくる。」31年働いたT社のリストラが決まり、しょぼくれた最後の1年の会社への行き帰り、毎日毎日この一節を、繰り返し噛みしめた。今は最後まで裏切らない何人かの新しく得た親友と、田舎の自然に囲まれて、「決して負けっぱなしにならない」と実感しているところです。)

ロールプレーイングだけの人生(2022/8/20)

2022-08-20 16:51:57 | どん底に落ちたとき
http://www.gebata.com/030216.htm より

┃●ロールプレーイングだけの人生●┃
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 平然と人を殺す加害者にとって生命(いのち)は軽い。同様に被害者にとっても、生命が軽すぎる。この構図はいまや、若者たちに限らず、全世代に広がろうとしているようだ。
 私見では、生命が軽すぎるのは、誰も人生そのものを生きていないからである。制度の下での、あるいは組織に所属しての、ロールプレーイングしかしていない。「教育ママ」に典型的なのだが、そのロールプレーイングこそが人生だという錯覚に陥っている。
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┃●鴎外が指摘した「生活不在」●┃
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 明治の文豪、森鴎外は1910(明治43)年の作品「青年」で、主人公の小泉純一に次のように言わせている(正確に言えば、「青年」の中に純一の日記を登場させている。その日記の一節だから「書かせている」というべきであろうか)。
 《以下引用》
 一体日本人は生きるといふことを知ってゐるだろうか。小學校の門を潜つてからといふものは、一しょう懸命に此(この)學校時代を駆け抜けようとする。その先には生活があると思ふのである。學校といふものを離れて職業にあり附(つ)くと、その職業を為(な)し遂(と)げてしまはうとする。その先には生活があると思ふのである。そしてその先には生活はないのである。
 現在は過去と未来との間に劃した一線である。此線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
 《引用終わり》
 ここで鴎外が言っている「生きるといふこと」「生活」こそが、人生そのものであろう。学校を駆け抜けようとし、職業を成し遂げようとするだけの人生こそ、ロールプレーイングとしての似非(えせ)人生である。

(「現在は過去と未来との間に劃した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。」予期せぬ中国からの帰国を命ぜられ、帰国すると、一年後お前は、リストラと申し渡され、半日、どこがしくじったのかと過去を悔み、これから先、我が家の経済は成り立つのかと、将来をくよくよ。一日後、今日だけの勝負でいこうと決心。そのころ、この鴎外の一文を読み、ヨッシャ、これでいこうと、勇気が百倍しました。勇気の出る文章です。それから19年、今は、一日一日が宝物です。 takeda)


ヒルティ 眠らぬ夜のために 1月25日(2022/7/20)

2022-07-20 15:02:15 | どん底に落ちたとき
恐怖は常にただしからざるものの前兆である。
これをさがしだして、克服しなくてはならない。
そうすれば、恐怖は、災いどころか、ただしい生活への道しるべとなろう。

 われわれは、完全なものになるという義務を負うている。
ただしく求めさえすれば、われわれは、それに必要なすべての力と洞察を得ることができる。
しかし、たいていの人間は、たとえそれをさずけられても、ある種の、完全性を全然ありがたいことだとは思わない。
かれらのたましいは、あまりにも世俗の塵にまみれているのである。
(マタイ伝5-48 それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全なものとなりなさい。
レビ記 19-2 あなたがたの神、主なる私は聖なるものであるから、あなたがたも聖でなければならない)

20歳になったころ、強迫神経症で暗い毎日を送ったことがある。大学の授業中に突然叫ぶのではないかと、気になり、これは精神の異常ではないか、さらに病状が進んで精神的に廃人になるのではと、恐怖感。一年ばかりして、フランクルの時代精神の病理学を読んて、なんだと安心、今に至っている。周りの誰かを社会的に排除したりしては、逆にこちらが傷つく、どうということもない、普通の人に大きな智慧が潜んでいることがあると、この経験から学んだ。ヒルティの「恐怖はわざわいどころか、正しい生活への道しるべ」確かにである。

内村鑑三 続一日一生 6月19日 (2022/6/21)

2022-06-21 22:10:47 | 恨みに思うとき
内村鑑三 続一日一生 6月19日
 主よ、あなたの幕屋にやどるべき者はだれですか。あなたの聖なる山に住むべき者は誰ですか。直く歩み、義を行い、心から真実を語る者。

 誤解せられざらんことは不可能である。この世はもとより誤解の世である。ゆえに。いかなる真理、いかなる人たりといえども誤解せらるるが当然である。主イエス・キリストが誤解せられた。パウロが誤解せられた。ルーテルが誤解せられた。しかして今なお誤解せられつつある。彼らは世人によってのみならず、彼らの弟子と称する者らに誤解せられた。また今なお誤解せられつつある。われら、よし完全の人たるを得、完全の真理を宣べ伝えるを得るとも、世の誤解をまぬかれないのである。されば誤解を恐れずして進むべきである。時を得るも時を得ざるも、真理と信ずる事を大胆に唱えて進むべきである。社会の誤解、教会の誤解、信者の誤解、不信者の誤解・・・彼らは人である。ゆえに正当に人を解することが出来ない。「われをさばく者は主なり」(コリント前書4・4)である。世に愚人多しといえども、世の誤解を恐るる者のごとき愚人はない。しかもかかる愚人ははなはだ多いのである。われ自身がややもすればかかる愚人となるのである。警(いまし)むべきである。

 しばらく働いていた職場で、若い責任者から、残業時間の付け方がおかしい、周りに示しがつかないと、叱責のメールをもらったことがある。誤解もいいとこと、たまに思い出しては、腹を少し立てている。内村のこの箇所を読むと、やめたやめたと、なるに任せる気持ちに。 (takeda)