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平凡なその日その日の生活(2021/7/18)

2021-07-18 14:38:23 | どん底に落ちたとき
松永安左衛門全集 3巻149p より

 日日是好日という禅語は人の世に立つ大きな示しであるが、過去は過ぎ去ったわれ、未来はまだ自分に来ぬ、現在の一刻はわれの一日だ、過去を悔やんでも役に立たぬ。未来を案じ煩っても、益するところはない。立天立地、この一刻、この一日の現在こそ過去の集積の実を満喫し、未来千万劫年に連なりて生きる我のその一瞬の生命であり、一日をよく送りうる人は千万劫年の後にも生きうる人だ。平凡なその日その日の生活こそ、シッカリ踏みしめて渡らねばならぬ、「好き一日」である。

(平凡なその日その日の生活こそ、シッカリ踏みしめて渡らねばならぬ、「よき一日」である。不遇の時も、愉快な今日も、今日一日だけと噛みしめて、T社リストラ後の17年間を送ってきた。効果100%のワクチンのような言葉と思う。takeda)
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日日是好日(2021/7/3)

2021-07-03 17:04:18 | どん底に落ちたとき
日日是好日  (松永安左エ門著作集 1巻 253P)

雲門の禅偈は読んで字の如くであるが、私は少しくこれに意味を加えたい。
 現実の世界において過去は問題でないが、現在といえども飛来しつつある。未来は言わずもがな、未知の世界であり妄想である。日々こそ千釣の宝である。過ぎし事柄を悔やむも咎むも今日日を害ねこそすれ益しはせぬ。明日を案じ煩うても、またよりよき今日日が明日にあると思うても今日を疎かにしては生きる今日をよくしてはいない。今日が我の全歴史だ、コップにもった溢れんとする水だ。喜びも悲しみもイッパイに満たされたコクテールだ。生命の満潮だ。晴れには雨を含み、昨日を受け入れ、明日に響かせ、静寂の極致、明朗の頂天、素裸のわれだ。それが私の懐く日日是好日だ。

(「今日が我の全歴史だ。」 T社をリストラと決まって、幸か不幸か1年間、T社で勤務。100人はいたはずの、仲間や親しい後輩は、95人は、関わりたくない、貴方の味方ではありませんと、周りから退き、好奇のまなざし。仕事の無いデスクから退屈でコーヒーを汲みに立ち上がると、チラッと好奇の目。その時、いつも、口ずさんだのが、「今日が我の全歴史だ」。
それから18年、年もとり、体のあちこちの部品が少しずつ取れていく感覚の老化を、笑える、と思いながら、一日を全力で楽しみ・味わうようにしている。takeda)

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