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太公望とチャーチル(2022/3/18)

2022-03-18 14:13:52 | 老いて病んで貧乏したとき
太公望呂尚(りょしょう)は、東海のほとりの人である。・・呂尚は、察するところ困窮をかさねて老年に達した。魚釣をして、周の西伯(のちの文王)の知遇を求めた。西伯が猟に出ようとして、卜うと、「獲物は、竜でもなく、蛟(みずち)でもなく、虎でもなく、羆(ひぐま)でもなく、覇王の輔者たるべきものである」とでた。西伯は猟にでて、はたして、呂尚に渭水の北岸で遭った。語り合ってみると大いに喜んでいった。「わが太公(亡父)のころより、『聖人があって周にくる。周はその人を得て興隆するだろう』といわれているが、あなたは、真にそのひとだ。わが太公は、あなたを久しく待ち望んでいた」それ故に呂尚を号して太公望というのである。(平凡社 司馬遷 史記上344頁)

1931年から1935年の間、公的な問題への懸念を別にすれば私個人にとってはきわめて楽しい時期だった。・・実際私は手から口へのやっとの生活を送っていた。・・このようにして私は朝から夜中まで、退屈することもなく怠ける時間もなく、幸福な家庭に囲まれて自分の屋敷の中で平和に暮らしていた。(W.チャーチル 第二次世界大戦 河出文庫第1巻70頁)

(史記の太公望の記述は、ゆったりとしている。老年まで釣りをして、表舞台から離れて暮らしている(72歳と言われている)。3100年前の話。イギリスの首相チャーチルも60歳前後の4年間、政治の一線から離れ、手から口への生活を楽しんでいる。二人の記事を読んでいると、二重写しになる。太公望は文王の知遇を得て、武人として暴虐の殷の紂王を滅ぼし、チャーチルは世界をあわや征服しかかった独裁者のヒトラーを倒した。二人ともよい理解者を得ている。太公望は文王、チャーチルはアメリカのルーズベルト大統領。老いて貧乏しても二人とも平和にくらしている。そのあとに始まった華々しい傑出したリーダーとしての活躍より、この老いて貧乏し平和に人生を楽しむ姿がまぶしい。太公望と文王の出会いを読んだ川柳「喰いますかなどと文王そばへ寄り」も楽しい。 takeda)

参考:
(live) from hand to mouth その日暮らしで 食料を蓄えることもなく、道具も使わず、手から口にすぐ入れてしまうほど空腹な生活。 チャーチルは1929年の世界恐慌で破産して困窮したとのこと。
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内村鑑三 「続 一日一生」1/31日(2022/3/1)

2022-03-01 14:57:57 | どん底に落ちたとき
内村鑑三 「続 一日一生」1/31日

 「主は心の砕けたものに近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。
正しい者には災いが多い。
しかし、主はすべてその中から彼を助け出される。(詩篇34・18~19)

人々に臨む艱難は種々さまざまである。
しかして各自に臨む艱難は、その人にとり必要欠くべからざる艱難である。
彼を清め、彼を鍛え、彼をして神の前に立ちて完全なる者たらしめるために、是非とも臨まねばならぬ艱難である。
かくのごとくにして、ある人は家庭の艱難を要し、ある人は病の艱難を要し、ある人は失恋の艱難を要し、ある人は貧困の艱難を要し、ある人は失敗落魄(らくはく)の艱難を要するのである。
人各自の悩む病にしたがい特殊の薬を要するがごとくに、各自の欠点を補うために特殊の艱難を要するのである。
艱難は前世の報いではない。
来世の準備である。
刑罰ではない。
恩恵である。
われはわれに臨む特殊の艱難によりて、楽しき神の国に入るべく磨かれ、また飾られ完全(まっと)うせらるるのである。
されば人は何びとも彼に臨みし艱難を感謝して受くべきである。

(予期せぬ北京の帰国を伝えられ、がっかりして春節の休暇で帰国、我が家の寝室に25年間開かれずに放置していた、内村鑑三の「続一日一生」を開いたとき、最初に目にとまった箇所。以来18年、無我夢中で過ごしてきたら、艱難によりて、磨かれるが実感される。この艱難、津波のように次々くるものらしい。 takeda)
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