愛宕山の麓で気ままに田舎暮らし

「笠間クラインガルテンの日々」からタイトル変更しました これからも笠間の地で多くの人々と触れ合いながら野菜作りを楽しみに

オランダ・ベルギーの旅 Ⅷ デルフト

2014-05-26 14:07:05 | Weblog
5月16日(金)、ブルージュからデルフトへ
フェルメールが生まれ生涯を過ごしたデルフト
ご存じのとおり、フェルメールの作品は三十数点と少なく、その生涯、画業についても分からないところが多く、
その真贋が常に話題になっているなど、なんとなくミステリアスで
一度はその地を訪ねたかったのですが、
その念願が、今回かなって
ツアー参加前に、かつて読んだ「フェルメールの世界」(小林頼子著、NHKブックス)などを読み返して・・・

因みに「デルフト」は「デルフ=お濠」が訛ってついた名前で、
この町は、「オランダの真珠」と呼ばれているそうです
現地ガイドさんも、「許されるなら、ぜひ住みたい街です」と

ところで、気になる天気の方は

ここ2,3日は安定して、今日も快晴です
白く見えるのは全て飛行機雲
一度に10本以上もの白い線が・・・日本では見られない光景です

昼食後、デルフト観光に
まずは、デルフト陶磁器工房
 
1653年の創立だそうです

作業場
 

成形は全て型で行うようです


そして絵付け

全て手書き
鮮やかな色彩です

こちらは工房のコレクション


イヤープレート


オランダ王室の紋章入りの皿も
 

デルフトタイルで作られた「夜警」


そして、ショップ

とてもいいお値段で・・・手が出ません

工房を後に、フェルメールが「デルフトの眺望」を描いた場所へ

風俗画家フェルメールの数少ない風景画の舞台となった場所です

一番来てみたかった場所で、私にとっては今回のツアーのハイライトです

「デルフトの眺望」は朝の雨上がりの風景を描いたものですが、今日は快晴
当時の建物も多くは残っていないと思いますが、雰囲気は十分です



ラインスキー運河は当時のまま?

遠くに新教会

最後に・・・もう一度振り返って


次は、マルクト広場に移動


市庁舎
 
17世紀初めの大火の後、1620年に再建されたルネサンス様式とバロック様式の建物

そして、新教会

1381年の創建で、オラニエ家代々の人が眠るオランダ王室の墓所で、フェルメールもここで洗礼を受けた教会
それにしても、高さがありすぎて・・・遠く離れないと写真に納まりません
登ってみたかったのですが、時間がなく

カリヨン

夥しい鐘の数です

町の中を・・・




こんなものも


旧教会


フェルメール・センター


フェルメールの父親が経営していたという宿屋「空飛ぶ狐」があったところ・・・現在はお土産屋さん


そして、フリータイム
ラインスキー運河へ
 

そこに架かる跳ね橋

船が通るときには、左側の大きな重しを利用して橋の片側を持ち上げるようです

因みにデルフトの旧市街地は東西800m、南北1,300mほどで、すぐ端から端へ行くことができます


車も少なく、静かな街で、自転車が気持ちよさそうです


こちらは古道具屋さん?

木靴が欲しかったのですが・・・お値段14ユーロ(日本円で2千円ほど)で、あきらめました

そして、最終宿泊地のロッテルダムへ
いよいよ明日は帰国です
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