♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(33)

2016年02月01日 15時13分17秒 | 恐怖
                
 山頂に佇む和久と夕子は、自然に融和した様に動かず、遠くに連なる連山を見詰めている。
「夕子、ぼちぼち帰ろうか……武さん達が来るまでに、ゆっくり風呂にでも入ろうや……」
「はい、和さん!」
「ダイ! 帰るぞ!……」
 和久に呼ばれたダイスケは、息を切らせて走り寄って来た……山頂を下りて風呂に入った和久は、料理の準備をしている。
「和さん、何か手伝わせて!」
 ダイスケを風呂に入れ、ダイスケと遊んでいた夕子が和久の所に来て、甘える様に言った。
「おぅ、ありがとう……そんなら、此の皿を囲炉裏の縁に並べてくれるか!」
「はい!」
 夕子は嬉しそうに皿を持って行き、囲炉裏の側に並べて和久を見た。
「和さん、此れで良い?」
「おぅ、上等や! 夕子、此れを皿に盛り付けてくれや!」
「はい!……美味しそう……」
「味見してもええでっ!」
 和久に微笑み、摘み食いをした夕子。
「美味しい!……太閤楼で頂いたお料理と一緒! 流石は味の魔術師……」
 心を許した和久に、おどけて、はしゃいでみせる夕子。
「あっはっはっ、おおきに夕子! 夕子が褒めてくれるとは光栄や!」
 和久は、明るくなった夕子に内心喜んでいた。
「夕子、酒飲むやろ?」
「うん……和さん、飲んでも良いの?」
「ええよ! 此処に有る物は何でも夕子の物やから、遠慮せんでもええからなっ」
「ありがとう和さん……」
 和久の労わりに、しんみりと言った夕子。
「夕子は笑った顔の方がええよっ!」
 調理をしながら夕子を見詰め、優しく微笑みながら言った和久。
「うん……」
短く返事をした夕子は、満面の笑みを和久に投げ掛けて来た……その笑顔は人を引き付け、和みをもたらした往年の天才! 茜 夕子の笑顔に違いが無かった。
夕子の笑顔に安堵した和久は、此の笑顔が万人に向けられる事を願っている。
全ての支度が整った時、囲炉裏の側で目を瞑っていたダイスケが急に起き上がり、専用の出入口から、吠えながら飛び出した……暫くしてダイスケの鳴き声が止み、武と加代に抱かれたダイスケが入って来た。
二人を見て立ち上がった夕子は、近付いて挨拶をしたのだが、武が心配した通り、和久に見せた笑顔には程遠い笑顔であった。
「武さん、先に風呂へ行くとええ……」
 武夫妻に見せた笑顔に気落ちした和久は、力無く風呂を勧める。
「うん、ありがとう……先に診察して来るよっ!」
 武もまた、がっかりした様子で居間に上がり、夕子と加代を伴って夕子の部屋に入って行った。
 少しの時が経ち、一人夕子の部屋から出て来た武は、囲炉裏の側で目を瞑っているダイスケを抱き上げて、和久に近付いて来た。
「良かった良かった! 健康そのものだ……体罰の痕も無くなり綺麗なものだっ! だが和さん、此れから如何する? 先程見せた笑顔は以前と同じだ!」
 ダイスケを撫でながら、難題を問い掛ける武。
「うん……」
 武の問い掛けに考え込んだ和久は、困った様な顔をしている。

小説らしき読み物(32)

2016年02月01日 08時49分59秒 | 暇つぶし
                  
 その日の午後、夕子とダイスケを残して診療所に行った和久は、昨夜の出来事を一部始終話した。
「うん、少しは進展したようだ! だがなあ和さん、以前に話をした患者と同じ所に来ただけだ……体罰を思い出さなくなっただけだ! 怒りを取り戻さなければ……それにだ、作り笑いをしなくなったのは、和さんだけにかも知れないだろう! 和さんとダイスケには警戒心が無くなって、心を許したからだと思う……それに、驚くほどの従順さが気に掛かる……あの従順さが体罰から来たものでなければ良いのだが……」
「武さん! もしそうだとしたら如何なるのや?」
 和久は、武の言葉に一抹の不安を覚えながら問い掛けた。
「和さん、あれ程従順な人をどうやって怒らせるのだ! それに、夕子君が夢で口走ったと言う(ごめなさい!)と言った言葉が気に掛かる……何を謝ったのかがなっ!」
 武に言われて初めて気が付いた和久……太閤楼に同伴していた会長が(我儘な所があるから)と麗子に言った一言が気に掛かり出した和久である。
 和久は、太閤楼での事を武に話した。
「そうか、結構気が強いのかもなっ! まっ此処で詮索していても仕方がないよ! もう少し様子を見ようやっ……」
「そうやなっ、そやけど怒らせると言うても、如何したらええのやっ? 武さん、あんたが言う通り、夕子は何を言っても素直に聞くからなぁ……」
「うん、泣かせる事や笑わせる事は、そんなに難しくは無いと思うが、本心から怒らせる事は如何だろう?……まして、夕子君の従順さは尋常では無いからなあ……」
「・・・・・?」
 和久は、武の指摘に黙って考え込んだ。
「そうやなあ、此処に来て初めてやったからなあ……何かをして良いか! と言うたのは……」
 和久は、少しの時間を置いた後、思い出したように呟いた。
「まぁ、あんまり考えてもしょうがないか! そうや、武さん! 夕飯を食べに来いや! 二人で来てくれたら夕子とダイスケが喜ぶから……」
 是非にと言う口調で言った和久。
「有難う! 夕子君の診察も兼ねてお邪魔するよ」
 武と加代に見送られて、診療所を後にする和久。
 家に帰ると何時もの様に、夕子とダイスケが山女の所で遊んでいる……和久の姿を見た夕子。
「和さーん! お帰り!……」
 大きくて綺麗な声で叫びながら、走り寄って来る夕子……久し振りに聞いた夕子の明るい声に驚きながらも、嬉しさが込み上げて来た和久は、しっかりと抱き締めた。
「夕子、如何したのや? 嬉しそうな顔をして……」
「だって、和さんが帰って来たから……」
 愛しさが漂う目で和久を見詰め、少し膨れっ面をしながらも、恥らう様に言った夕子。
「ありがとう夕子! 優しいのやなぁ夕子は……そうや夕子、後で武さんと加代さんが来るわ! 一緒に食事をしょうって誘ったからなっ……用意が出来たら散歩に行こうや! それまでダイスケと遊んでいてなっ!」
「はい、和さん……」
 何かを言い掛けた夕子だが、和久と目が合った途端にっこり微笑み、何も言わずにダイスケの所へ歩いて行った。
 夕食の下準備を済ませ、待っている夕子とダイスケを連れて、山頂へ上がって行く和久。
 山頂に着いた夕子は、風に乱れた黒髪を手で梳かし、天と地の境に連なる山々を眺めながら、大きく深呼吸をした……そして何を思うのか、無言で天空を見詰めている。
 青空は果てしなく続き、人間の小ささを思い知らされる光景でもあった。
 彼方此方を探索しているダイスケを見ながら、大きく深呼吸をして夕子の側に行く和久。
「ええ眺めやろ……」
 壮大な自然を無言で見詰める夕子に、そっと呟いた和久。
「うん、自然って凄いね和さん!……」
「そうやなぁ、人間の営みなんかは関係ないのやぁ……人が生まれようが亡くなろうが、苦しもうが笑おうが、何時でも同じように時を刻むのや! 気が遠く成る位の時間を掛けて出来上がった癒しの空間や……人の生涯なんかは自然の瞬きよりも短いのや! そやから、一生懸命に生きて行かな行かんのやろなぁ……」
「うん……」
 和久の言葉を噛み締めた夕子は、小さく答えた……話しながら上着を脱ぎ、遠くを眺めている夕子の背にそっと掛ける和久。
「ありがとう、和さん……」
 恥らいを隠すように礼を言い、和久を見詰めて微笑んだ夕子。
「夕子は歌が好きか?」
 遠くに視線を移した和久は、夕子の心境を知ろうと問い掛けた……少し考えていた夕子は、寂しそうな目で和久を見ている。
「うん、歌は好き! でも、もう歌えない……結婚して何年か経って、歌いたくなって頼んだけど許してくれなかった。 それに、公演でファンの期待を裏切ってしまったから……」
 悲しそうに答える夕子。
「そうか、ごめんなっ夕子……辛い事を思い出させて……」
 慰めの言葉を言った後、夕子の肩をそっと抱いた和久。
 愛しげに和久を見詰めた夕子は目を閉じて、何も言わずに小さく顔を左右に振った。