♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(37)

2016年02月03日 15時58分14秒 | 暇つぶし
                
 「和さんは良いねっ……」
 和久を見詰めて、ぽつりと言った夕子。
「何がや? 夕子……」
 酒を一口飲んだ和久は、夕子を見ながら、穏やかな口調で問い掛けた。
「お料理が出来るから……」
 夕子は、羨ましそうに言う。
「あっはっはっ……夕子、こんなのは時間を掛けたら誰にでも出来るでっ!」
 夕子の心情を察した和久は、諭すように答える。
「ねぇ、和さん……和さんは如何して料理人に成ろうと思ったの?」
 夕子の身の上を少しでも知ろうと、夕子の問い掛けに応える和久は、夕子を見詰めて視線を逸らした。
「そうやなぁ、食う為かなぁ……料理人に成ったら、ひもじい思いをせんでも良いと思ったのや! そしてなっ、料理人に成るのやったら大阪やと思って、アルバイトで貯めて金を持って汽車に乗ったのや!……両親が亡くなって身寄りが居らんかったから気楽やった!」
 和久の話を、頷きながら黙って聞いている夕子。
「大阪に着いて街を見物してなっ……腹が減ったから、飯を食べようと思って金を探したら有れへんのや! 何処かで落としたのやろなぁ……夕方まで腹を減らして歩いていたら、赤提灯が目に入って来た。 中を見たらお客さんで一杯やった……働かせて貰おうと思って店に入ったら、調理場に小母さんが一人居てなっ、洗い物が流しに一杯積んであるのや! わしは小母さんに頼んだ(お金は無いけど、ご飯を食べさせて下さい! その分働かせて下さい!)と言ってなっ! そしたらご飯とおかずを出してくれた……わしは先に仕事を! と言ったけど、先に食べてからや! と言われて食べた。 洗い物が済んで、カウンターに座っていた小父さんの横に座ったら、その小父さんが色々と聞いて来た! わしが答えたら大きな声で笑い出してなっ、わしを家に連れて帰ったのや!……その小父さんは太閤楼のご主人やったのやっ! 女将さんと二人で本当の子供の様に可愛がってくれた。 調理を教えてくれてなっ! 厳しかったけど優しいご主人やった……」
 話す和久の目に涙が滲み、聞き入っている夕子の眼差しを避ける様に、グラスの酒を飲み干した。
「わしはご主人と女将さんの期待に応えようと、寝る間も惜しんで修行した。 そやけど、上手くいかん事も有って考え込んだりした。 そんな時に夕子の歌を聞いたのや! わしは身震いがした……こんなに若い歌手が、心を揺さ振る歌を歌う事になっ!……夕子の歌に勇気づけられ、和まされてなぁ……そして太閤楼の料理長に成った時に、夕子が来てくれたのや! わしが出した料理が解ってくれた時、わしは思った! 料理人に成って良かったと……」
 和久の話を聞き、そっと目頭を抑える夕子は、愛しげに和久を見詰めた。
「和さんは、如何して太閤楼を出たの?」
 和久の全てを知りたい様に、問い掛ける夕子。
「うん、先代の息子さんに太閤楼を任せたくてなぁ……大恩が有るご主人と女将さんに、万分の一でも御恩返しが出来たらと思ったのや!」
「優しかったのねっ、ご主人と女将さんは……和さんに逢わせて欲しいってお願いした時も、気持ちを分かってくれて会わせてくれたから……」
 夕子は、和久と会わせてくれた太閤楼の女将、麗子の事を思い出して懐かしんだ。
「うん、優しかった!……わしが見習いの頃やが、ダイコンの桂剥きが出来んでなぁ、ご主人に叱られて調理場を飛び出した時の事や……店が終り、調理場の明かりが消されても、わしは庭に在る大きな木の下に居った……腹が減ってなぁ、家に入りとうても入れへんのやっ! そしたら女将さんが来てくれたのや(お腹が空いたやろ?)言うて、調理場に連れて行ってくれた……そしてご飯を食べさせてくれた! わしは嬉しゅうて泣きながら食べた! そしたら女将さんが(和久、初めから出来る人は居らんよ! 遅いから食べたら寝なさい!)そう言うて、わしの頭を撫でてくれてなぁ……わしは食べた後で、泣きながら朝方まで練習をしたのや!……その様子を、ご主人が見ていてくれたのや! 後で知って涙が止まらんかった!」
 話を聞いている夕子は、愛しげな眼差しを投げ掛けている。
「そんな時やった、夕子の歌が慰めてくれたのは……魂を揺さ振る夕子の歌がなぁ……」
「和さん……」
 見詰めていた夕子は、和久の胸の内を聞いて、消え入る様な声で和久の名前を呼んだ。
「わしが太閤楼の調理場を任された時、夕子は歌謡界の頂点に居った! 夕子は輝いとった!……其の時にわしは思ったのや! 太閤楼の名声を上げたら、必ず夕子が食べに来てくれる! いや、わしの調理する料理を夕子に食べて欲しい! 夕子の歌に負けん様な料理を作るのや! そう思って精進したのや!」
 和久は、誰にも話した事の無い過去を夕子に話した……其の思いを聞いた夕子は目に涙を溜めて和久を見詰め、側に来ると子供の様に泣き出して抱き付いて来た……泣きじゃくる夕子を受け止めて抱き締めた和久は、夕子の黒髪を優しく撫でた。
「和さん、ありがとう!……私は一人じゃ無かったんだ! 和さんが居てくれた! 和さん……」
 涙に濡れた瞳で和久を見詰め、思い詰めた様に呟いた夕子。
「そうや! 夕子、夕子は一人や無いでっ! 何が有っても、わしは夕子の味方や! 夕子の為やったら百万の敵にも向かって行ける! 其れに夕子を守るダイスケも居る……さぁ、もうちょっと飲もうか!」
 努めて明るく振舞う和久は夕子を座らせて、空に成っている夕子のグラスに酒を注いだ。
 一口飲んで、囲炉裏の縁にグラスを置く夕子。
「私は此れまで一人だった……小さい頃から歌の練習で、友達と遊んだ事も無かった。 歌手に成って歌が売れ出すと、人は寄って来たけど、私の事を本心から心配してくれる人は居なかった! 私を利用する為だけだった……」
 寂しそうな顔をして、過去を話す夕子。
「ヒット曲が続けば続くほど、孤独に成って行った……悩みを相談する人も居なくてねっ! だから、お客さんの前で歌っている時が一番楽しかった。 有名に成るに連れて、行動や言動を指図された! 私は自由で居たかったのにねっ……」
 夕子は悲しげな眼で和久を見詰め、俯いて話を続けた。
「公演に行く先々で、高級な食べ物屋さんに案内された! 私の体調に関係無く、普通にお料理が出されてねっ……そして、無理が重なって大阪公演で倒れたの!……回復して、和食が食べたい! と言った私を、後援会の会長さんが太閤楼に連れて行ってくれた。 私は、何処のお料理も同じだろうと思っていた……初めに出されたスープを見て、不機嫌に成った私に代わって、社長が女将さんに聞いたの……女将さんは(茜様の体調を思い料理長が調理しました、食して下さいませ!)って信頼し切って言われた……私は、スープを頂いて感動した……目に見えない優しい大きな物に、体が包まれている様な安らぎを感じたの……会った事も無いのに、私の体を思って作られたスープが嬉しくて泣いてしまった……出された全てのお料理に、優しさを感じたの……」
 夕子は話しながら涙を拭った。
「そしてねっ……」
 言い掛けたが、涙で後が続かなかった夕子。
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小説らしき読み物(36)

2016年02月03日 07時51分50秒 | 暇つぶし
                 
 山頂に着き、山小屋に荷物を下ろした和久は、小屋の戸を開けて囲炉裏に火の用意を始める……そして、湧水を汲みに行き準備を整えた。
 準備が終り、小屋を出た和久と夕子は、雲一つ無い天空を見詰めている。
「広いねぇー和さん……」
 自然の雄大さを目の当たりにした夕子は、ぽつりと呟いた。
「そうやなぁ……夕子の歌と同じで、気持ちを和ませてくれるなぁー」
 夕子の肩に手を添えた和久は、始めて歌に触れて見た。
「私の?……」
 驚いたような顔をし、和久を見詰めて問い掛ける夕子。
「うん……夕子の歌と笑顔は、聞く人や見る人に、安らぎと希望を与えてくれる……心に安らぎをなぁ。 わしも、夕子の歌に慰められて、勇気を貰ったからなあ……」
 遥か彼方の山影を見詰めながら、夕子を諭すように話す和久である。
「和さん……」
 消え入る様に和久の名を呼んだ夕子は、肩に置かれている和久の手に、そっと手を重ねた。
 沈む大きな夕日が、山頂で佇む二人を照らし、探索しているダイスケを照らしている……日が沈み、うす暗くなった山頂から、消えかかる遥かな連山を見詰める和久と夕子。
「少し冷えて来たなあ……小屋に入ろうやっ!」
「うん、ダイちゃん行くよ!」
 山小屋に入り明かりを点けた和久は、囲炉裏に火を熾した……アミ置きにアミを乗せ、自在鉤に鍋を吊るして湯を沸かし、五徳に置いた鍋でスープを温めた……アミの上には、椎茸や玉ねぎの輪切り、サツマイモの輪切りや猪肉を乗せ、炭火の周りに山女の串刺しを刺した。
「夕子、此れを先に飲み……」
 ダイスケを膝に乗せ、囲炉裏の側に座っている夕子に、温まったスープを手渡した和久。
「美味しい! 持って来てくれたの和さん……嬉しい……」
 スープを飲んだ夕子は、愛しげな眼差しを和久に投げ掛けている。
「ダイ、ご飯やでっ!」
 目を瞑っていたダイスケは、夕子の膝からそろりと降り、和久の顔を見て食べ始めた。
 外は闇に包まれ、囲炉裏の火が山小屋の中を温かく包んでいる。
 食事の途中で外に出た和久。
「夕子、来てみっ! 綺麗やでっ!」
 大きな声で夕子を呼んだ……ダイスケと共に小屋を出て来た夕子は、夜空を見上げて佇んでいる。
「綺麗……」
 ぽつりと呟いた夕子の眼前に、宝石を散りばめた様な星空が無限に広がっている……遮るものが何も無い、山頂からの星空は遥か彼方まで続き、終りの無い天空が幻想的な奇跡を見せ付けていた。
 着ていた上着を脱いで夕子に掛け、夕子の肩に手を廻した和久。
「綺麗ねぇ、和さん……」
 放心した様に呟いて、満天の星空を見詰めている夕子。
「うん、綺麗やなぁ……夕子の心と同じや! そやから、あれだけの歌が歌えるのやろなぁ……」
「和さん……」
 和久の横顔を見る夕子は返す言葉を失い、小さく名前を呼んで遠くで輝く星に視線を移した。
 まるで宇宙の中心に居るかのように、周りで輝く星を見ている和久と夕子。
「ちょっと寒むなったなぁ、小屋に戻ろうやっ……飲み直しや!」
 夕子の肩を抱き、ダイスケと共に入った山小屋は、別世界の様に温かい……囲炉裏の側に座った夕子を見て、空に成っている夕子のグラスに酒を注ぎ、挿していた山女の串を返す和久。
「山女の塩焼きも食べ頃や、椎茸も返して醤油を掛けて焼くと美味いのや! 一杯食べるのやでっ夕子!」
 酒を一口飲んで、焼けた椎茸を食べる夕子。
「おいしい! お醤油だけでこんなに美味しいの?」
 夕子は、醤油だけで焼いた椎茸を食べて感動した様に言った。
「そうや! 醤油は最高の調味料やからなぁ……良い素材の物は、あんまり手を掛けん方が美味いのや! 何でもそうやけど、手を掛け過ぎるのは、あんまり良うはないわなぁ……」
 料理の話をしながらグラスの酒を飲み干し、酒を注いだ和久は、優しい眼差しで夕子とダイスケを見ている。
 静かな山頂の夜は、深々と更けて行く。
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