♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(47)

2016年02月08日 14時38分43秒 | 暇つぶし
                
 「夕子君が目を覚ましたら、何か食べさせて薬を飲ませてくれ……」
 立ち上がった武は、和久に言って履物を履いた……何時もの様に不貞腐れているダイスケを抱いて、車の所まで見送りに行く和久……車のドアの前で立ち止まった加代は、不貞腐れているダイスケを見て微笑んでいる……そして、笑いながら和久から受け取り抱き締めた。
「ダイちゃん、また来るからねっ!」
 加代の言葉が分かるのか、機嫌を直して加代の頬を舐めるダイスケ。
 雷雲が去った後の夜空には大きな月が有り、月明かりが静かな朝霧を照らしている……武夫妻を見送った和久は家に戻り、ダイスケを居間に下ろすと、夕子の食事を作り始めた……準備を終えた和久は、夕子を冷やしている額のタオルを変えようと、ダイスケと共に夕子の部屋に入る。
 部屋の中は電灯が要らない位に明るく、眠っている夕子に、月明かりが優しく降り注いでいる……冷やしているタオルを取ると、気が付いた夕子が目を開けた。
「和さん?……」
 まだ記憶がはっきりしないのか、目を開けた夕子が虚ろに問い掛けて来る。
「うん、わしや……ごめんなぁ夕子、起してしもうたなぁ……」
 夕子の額に手を当てた和久は、微笑んで答えた。
「ずーと付いて居てくれたの?」
「うん、よう眠って居たなぁ夕子……武さん達は少し前に帰った。 熱も下がったし、もう大丈夫や!……」
 夕子の額に当てていた手を退けて、安心させる和久。
「和さん……」
 優しい眼差しで和久を見詰めた夕子は、愛しそうに和久の名前を呼んだ。
「夕子、汗を掻いてへんか?」
 和久に言われて体を起した夕子は、汗で湿っているパジャマに気が付いた。
「うん、汗掻いてる……」
「そうか! 急いで体を拭いて着替えなあかん……また、熱が出たら大変やからなっ」
 夕子に聞いて、着替えを取り出した和久は、絞ったタオルで夕子の背中を拭いてやる……そして、其のタオルを洗って夕子に手渡した。
「夕子、食事を作って来るから、着替えたら寝てるんやでっ……」
 食事を作る為に部屋を出た和久は、暫くして料理を持って戻り、部屋に有る木のテーブルに食事を置いた……夕子は、ダイスケを抱いて和久を見ている。
「夕子、其処で食べるか?……」
 和久の問い掛けに首を振った夕子は、ダイスケを膝から下ろし、ベッドから降りてテーブルの椅子に座った。
「寒うないか?……」
「うん大丈夫! 部屋が暖かいから……」
 微笑んで穏やかに応える夕子……和久は土鍋の蓋を取り『おじや』を注いで夕子の前に置いた。
「熱いから、ゆっくり食べるんやでっ……」
「うん……」
 愛しげな眼差しで見詰め、小さく答える夕子。
「美味しい!……和さん、此れは……」
 一口食べた夕子は、和久を見て問い掛けた。
「そうや! 夕子が思っているものや……あのスープで作ったのや! やっぱり夕子の味覚は大したものやなぁ……いっぱい食べるんやでっ」
 夕子を労わり、目を細めて勧める和久……お代わりをした夕子は、和久が注ぐのを見て涙を流している。
「如何したんやっ、涙なんか流したりして……」
 涙の意味が分からない和久は、夕子を見詰めて優しく問い掛けた。
「和さんが優しくしてくれるから……酷い事を言って怒った私を、大切にしてくれるから嬉しくて……和さん、怒ったりしてご免なさい!」
 泣きながら詫びる夕子。
「アホやなぁ夕子は……大切な人を、大切にするのは当たり前やないか!……其れになぁ夕子、怒りたい時には怒ったらええのやっ! 無理に笑う事なんか無いのや……夕子が本気で怒って、わしは嬉しかったのや……」
 夕子は、和久の慰めに泣きながら頷いている……泣いている夕子を見た和久は静かに立ち上がり、タオルを洗って絞り、泣いている夕子に渡した……渡されたタオルで涙を拭き、照れたように微笑んで食事を終えた。

小説らしき読み物(46)

2016年02月08日 08時53分03秒 | 暇つぶし
                
 「夕子、如何した! 大丈夫か?……」
 倒れている夕子の上体を起し、和久を見た夕子に大声で叫んだ。
「和さん、寒い……」
 か細い声で、呟くように言った夕子……和久は夕子の額に手を当てた。
「あかん、熱がある……夕子、ちょっと辛抱せいよ!……服を着替えんと駄目やからなっ!」
 和久の腕の中で震える夕子に言い、ずぶ濡れの服を脱がしたのだが、下着まで濡れている……全てを脱がした和久は、夕子の全身を拭いて着替えさせ、小柄な夕子を抱き上げて部屋に運んだ。
 寒がる夕子をベッドに寝かせ、毛布の上に布団を重ねた。
「和さん、寒い……」
「夕子! もうちょっと辛抱せいよ、武さんに来て貰うからなっ……」
 和久の言葉に頷いた夕子は、布団の中で震えながら力無く微笑んでいる……夕子を気遣って部屋を出た和久は武に連絡を取り、部屋の薪ストーブに火を熾して、氷枕で夕子の額を冷やした。
「和さん……和さん……」
 熱にうなされて、うわ言の様に和久の名前を呼ぶ夕子。
「夕子、心配せんでもええでっ……此処に居るでっ!」
 夕子の耳元で優しく言って、手を握り締めた和久……和久の言葉が聞こえたのか、夕子も手を握り返して来た。
「和さん、寒い……」
「夕子、もう直ぐ武さんが来てくれるからなっ! 辛抱するんやでっ!」
 和久の言葉に、少し笑みを浮かべた夕子は力無く頷いた。
 武を迎えに表に出た和久……雷雲は去って、激しく降っていた雨は止んでいる……朝霧の入り口付近を見詰める和久! その時、入り口を曲がって武の車が来た……車は駐車場に止まり、迎えに出ている和久を見て家に入った。
「武さん、こっちや!」
 和久の案内で、夕子の部屋に入る武と加代。
「加代、熱を測ってくれ!」
 注射の用意をしながら指示をする武……熱を計った加代は、少し驚いた様に報告した。
「四十一度もある!……」
 パジャマの袖を捲り、夕子の細い腕に注射をした武。
「加代、薬を飲ませて……」
 夕子の上体を起した加代は、小さな声で囁くように言う。
「夕子さん、薬を飲んで!……」
 加代の言葉に頷いた夕子は、出された薬を飲んだ。
「此れで少し様子を見よう。 和さん、心配は要らんよ! 直ぐに熱は下がるから……」
 心配そうに見ている和久を、安心させる武。
「うん……」
 武の言葉で安心した和久だが、返事は重たかった……暫くの間見守っていると、微かな寝息をして夕子が眠り始めた。
「薬が効いて来たようだ! 暫くは眠るだろう……」
 静かに部屋を出た三人は、囲炉裏の側に腰を下ろした。
「和さん、あんたも濡れたのだろう……此処は良いから風呂に入って来いよ! あんたまで風を引いたら大変だからなっ!」
 武の言うまま風呂に行った和久……風呂から出た和久は、脱衣場に置いて有る、濡れた夕子の衣類を持って居間に戻って来た……ダイスケは加代の膝に乗って目を瞑っている。
「武さん、加代さん、おおきに! あんたらも風呂に行ってくれや……何も無いけど、食事を作っておくから食べてくれや……」
 武と加代が風呂に行くのを見た和久は、食事を作って待っている……出て来た二人に食事を出した和久。
「武さん、加代さん、助かったわ……ほんまに、ありがとう!」
 和久は武に酒を勧めて、心からの礼を言った。
「何を言うのや和さん、友達や無いか!……なぁ加代!」
 武は笑って、和久の気持ちを和らげた……傍らの加代が小さく微笑み、和久に頷いている。
 食事が一段落したところで、加代が夕子の部屋に行き、頭を冷やしているタオルを変えて戻って来た。
「良く眠っていた! 熱も下がって来たみたい……綺麗な寝顔だった!」
 加代の言葉を聞いた和久は、安堵の表情を浮かべて盃の酒を飲み干した。
「和さん、何が有ったのだ!」
 武が重い口を開いて問い掛ける……武の問い掛けに、全てを話した和久。
「そうか、誇りか!……何となく分かる様な気がするよ。 派手な芸能界で頂点を保つには、誇りが必要なのだろうなぁ……」
 武は盃を傾けて、夕子に同情するように呟いた。
「あの小さな体で頂点を極め、持っていた誇りをズタズタにされたのに、良く耐えていたと感心するよ! やはり、茜 夕子はスーパースターだ!……しかし、酷い事をする男が居たものだなあ、和さん……」
 話振りは穏やかな武だが、体罰を加えた男に対して、言い様の無い怒りを抱いているように感じた和久である。
「そうやなぁ……本気で怒った夕子は、初めて会った時と同じ迫力があった! あの小さな体の何処に、そんな力が有るのかと思ったわっ……」
 思い出しながら話す和久は、何故だか喜んで居る様にさえ見える。
「武さん、夕子は怒りを取り戻したやろか?」
 期待はしているのだが、それとは別に、不安が大きく圧し掛かって来た様な問い掛けをした。
「うん、そうなら良いけどなあ……」
 自信が無さそうに答え、加代を見る武……加代は武と和久を見て微笑むだけで、膝のダイスケを撫でている。
「そうや! 武さん、来月の七日は夕子の誕生日なのや! 夕子には内緒でお祝いをしてやるつもりなのやっ……予定に入れといてくれや! 勿論、病が治っていたらの話しやがなっ……」
 和久は、病が治っている事を願って話した。
「七夕の日か……喜んで参加させて貰うよ、なあ加代……」
 加代は微笑み、和久を見て大きく頷いた。
「ありがとう……夕子が喜んでくれた太閤楼の料理を作って遣ろうと思っているのやっ、あんた達が来てくれたら夕子が喜ぶからなっ! 武さん、加代さん宜しくなっ……」
 快く承諾した武夫妻に、心からの礼を言う和久。
「そうか、天才料理人! 味の魔術師と言われた霧野 和久の料理が頂けるのか! 此れは楽しみが出来た、なあ加代……どうあっても夕子君には治っていて貰わなくてはなぁ……」
 武もまた、夕子の病が回復している事を願っているのである。
「太閤楼のお料理って、美味しいのでしょうねっ?」
 加代は、夕子の病が回復している事を確信している様に、武を見て聞いた。
 黙って頷く武に変わって、和久が笑いながら答える。
「加代さん、大した事はあれへんよ……気持ちを込めて作るだけのもんや!」
 和久は、調理の真髄を謙遜した様に話した。
「でも、日本一の料亭の味だから……」
 楽しみを待つ様に話す加代も、夕子の病が治ってる事を願っている……二人が帰り仕度を始めると、目を瞑っていたダイスケは、加代の膝からそろりと降りて囲炉裏の側で寝そべった。