♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(51)

2016年02月10日 12時35分13秒 | 暇つぶし

 山小屋の戸を開け、中に入った夕子が明かりを点けて驚いている……山小屋の中も綺麗に飾られ、夕子の好きな花が置かれていたからである。
「和さん、此れ?……」
 言葉に詰まった夕子は、目に涙を溜めて和久を見詰めた……囲炉裏の側に夕子を座らせてグラスに酒を注いだ和久。
「夕子、おめでとう……生まれて来てくれて有難う……」
 愛しげな眼差しで夕子を見詰め、夕子の誕生を感謝した和久……それまで我慢をしていた夕子は和久の一言を聞き、涙を流して抱き付いた。
「和さん……和さん有難う……」
 和久の胸の中で消え入る様に言い、子供の様に泣き出した夕子。
「泣いたらあかん……わしは、夕子の笑顔が好きなのや……」
 小さな肩を抱き締めて、泣きじゃくる夕子の黒髪を撫でる和久……その言葉に小さく頷いた夕子は、涙に濡れた瞳で和久を見詰めた。
 夕子の涙をそっと拭う和久……少しの時が経ち、笑顔が戻った夕子を誘って外に出た……暗闇の中、佇む夕子と和久の頭上には無数の星が輝いている。
「天の川や!……綺麗やなぁ……」
夕子を癒す様に、ぽつりと呟く和久。
「うん、綺麗ねぇ和さん……」
 短く返事をした夕子は大きく深呼吸をした後、自分の歌を小さな声で歌い始めた……夕子の声を聞いたダイスケは夕子の足下に座り、歌っている夕子の顔をじっと見詰めている。
 星空に向かって歌い終えた夕子は、恥ずかしそうに和久を見詰め、佇んでいる和久の手をそっと握り締めた……満天の星空の中、大河の様に流れる天の川が夕子の誕生を祝福する様に光り輝いている。
「やっぱり夕子には歌が一番似合っているなあ……綺麗な声や!……」
 歌に聞き入っていた和久は、握り締めた手を労わる様に呟いた。
「和さん、私は此処に居て良いのよねっ! 和さんの側に居て良いのよねっ!」
 何かを感じ取っているかの様に、何度も問い掛ける夕子。
「うん、此処は夕子の家も同じや、夕子の好きなようにしたらええ……」
 夕子の心情を察した和久は、安心させるように言った。
「良かったぁ……」
 嬉しそうに言った夕子は、微笑んで和久を見詰めている……物音一つしない朝霧の山頂で、天の川を見詰めて佇んでいる夕子と和久。
「そやけど、夕子は歌が好きなのやろ? 歌いたいのやろ?」
 夕子の気持ちを汲み取った様に問い掛けた。
「うん、歌は好き! 歌いたいけどマイクを持つのが怖いの!……マイクを持つとね、復帰公演の事を思い出して声が出なくなるの……」
 悲しそうな顔をして、寂しそうに言った夕子。
「そうか、そうやったんか……」
 夕子の小さな肩を抱き、呟く様に言った和久。
「でも和さん……私、歌いたい!」
 赤心を伝える夕子は、和久を見詰めて泣きながら言った……夕子の赤心を知り、抱き締めている手に力を込めた和久は、夕子の涙を拭って肩を抱き寄せる。
「夕子、人は忘れる事が出来るのや! 嫌な事や辛い事をなっ……夕子は長い間、怒る事を責められて笑いを強要されて来た! そやけど、もう大丈夫や! 夕子は歌えるのや! もう大丈夫なのや夕子!」
 自分にも言い聞かすように、怒りを取り戻した夕子に伝える和久である。
「うん、和さん……でも怖い……」
夕子の気持ちを確かめた和久は、頷いて夕子の黒髪を撫でた……天空に光る無数の星が、夕子の歌を待つ様に輝きを放つ夜である。
「ちょっと冷えて来たなぁ……夏になったとは言うても、やっぱり山の上は冷えるなぁ、夜は……」
 独り言の様に言った和久は、頷いた夕子の肩を抱いて小屋に入り、囲炉裏に火を熾した……囲炉裏の側が暖かいのか、そろりと火の側に来て眠り始めたダイスケ。
「夕子、スープ飲むか?」
 ダイスケの寝顔に目を細め、囲炉裏の縁に盃を置いた夕子に、呟く様に言った和久。
「うん、お酒よりスープが良い……」
 爽やかな笑顔を見せて、嬉しそうに言った夕子……降り注ぐ星空に包まれた山小屋の夜は静かに更けて行く。
 翌日、陽が昇る前に目を覚ました和久は、静かに物置を開けて、前以って用意をしていた携帯用のプレーヤーを持って外に出た……夕子は眠っていたが、気が付いたダイスケが付いて来る。
 ベンチにプレーヤーを置き、白み始めた東の空に向かって大きく深呼吸をした和久……足元に来て、和久を見詰めるダイスケを抱き上げて頬擦りをした。
「ダイ、おはよう……」
 小さく囁くと、嬉しそうに頬を舐めるダイスケ……夜明け前の山頂は風も無く、朝露に濡れた青葉が、朝日を待ち浴びるように連なっている。
 和久は曲だけのCDをセットして、小さな音量で再生した……流れ出したメロディは、山頂の静けさを震わせるように響き渡る……曲が聞こえたのか、山小屋の戸を開けて、夕子が起きて来た。
 夕子を見たダイスケは喜んで、足に纏わり甘え出す……ダイスケを抱き上げて頬擦りをする夕子。
「おはよう和さん、此れは?……」
 爽やかな笑顔で問い掛けて来た夕子。
「おぅ夕子、おはようさん! 此れなぁ、夕子の曲だけのCDやっ……歌を聞こうと思って買うたんやけど間違ってしもうたんや! それで、歌の練習をしてたのやっ……そやけど、ええ歌は曲だけでも、ええものやなぁ……」
 問い掛けの説明を聞いて、にっこり微笑んだ夕子。
「どうや夕子、練習して見るか?……」
 さり気無く、夕子に勧める和久……夕子は、和久の勧めに戸惑いながら迷っている。
「わしなぁ、大勢の観客の前で輝いて歌う夕子が見たいのや! 夕子の歌が聞きたいのや! わしに勇気をくれた歌がなぁ……」
 訴え掛ける様に言った和久……和久の言葉に無言で佇み、ダイスケを抱き締めている夕子は、和久を見詰めて小さく頷いた。
「和さん……でも、怖い……」
 呟くように、和久を見詰めて答える夕子。
「歌えんかったら歌えんでもええやんか! 勇気を出してやってみっ、大丈夫やから……」
 和久の言葉に勇気付けられた夕子は、静かにダイスケを下ろして、和久に近寄って来た……夕子を見詰めて微笑みながら、そっとマイクを手渡す和久。
 ためらいながらも、震える手でマイクを受け取る夕子……陽が昇り始め青葉に付いた朝露が、宝石の様に輝く朝霧の山頂。
 和久が再生のボタンを押した……静かに流れ出す夕子のヒットメロディ! 前奏を聞いている夕子は、不安そうな眼差しで和久を見ている。
 夕子の不安を汲み取っている和久は、見詰めていた目を閉じて大きく頷き、にっこり微笑んで夕子を見詰め直した。
 朝日に照らされた夕子は、和久の仕草を見て微笑みを取り戻し、大きく深呼吸をして歌い始める……曲に乗った夕子の表情! 和久が憧れ、人を魅了し、人を和ませた笑顔が戻った夕子……昇る朝日がスポットライトの如く夕子を照らし、朝露に濡れた青葉が静まり返った観客の如く、天才歌手! 茜 夕子の歌に聞き入っている。
 時には優しく、時には静かに! そして、怒涛の如く押し寄せては帰す夕子の歌!……その歌声は往年の夕子の声であり、天性の歌声であった。 
 夕子の復活を聞く和久の目から、宝石の如く光って落ちた涙が、朝霧の大地に吸い込まれて行く。
 朝露の様に澄み切った歌声は魂を揺さぶり、山間を駆け抜けて何処までも響き渡った……天才歌手、茜 夕子が数々の苦難を乗り越えて、朝露の光る山頂で十数年の沈黙を切り裂き、不死鳥の如く蘇って来たのである。
 曲が終り、たった一人のコンサートは終わった……和久は立ち上がり、流れる涙を拭こうともせず、割れんばかりの拍手を送った……拍手を聞いて振り向いた夕子! 見詰める瞳に浮かんだ涙がキラリと光っている。
「和さん、歌えた!……声が出た!」
 和久を見詰め震える声で言った夕子は、ゆっくりと近付いて来た……夕子の言葉に、二度三度と頷いた和久は、大鳥の翼の如く大きく手を広げて夕子を待った。

小説らしき読み物(50)

2016年02月10日 08時17分50秒 | 暇つぶし
                   
 和久の手際の良さを見ていた夕子が、ぽつりと呟いた……笑って夕子を見詰める和久。
「ほれっ、夕子……」
 味の付いた煮物を皿にとって手渡した……出された煮物を食べた夕子は、目を細めて頷いている。
「美味しい……」
小さく呟いて、和久を見詰める夕子。
「そうか! おおきに夕子……夕子に気に入ってもろうて良かったわっ!」
 和久は、嬉しそうに答えて夕子に微笑んだ。
調理が全て終わった時に、囲炉裏の側で眠っていたダイスケが起き上がり、大きな声で吠えながら外に飛び出して行った。
暫くして車が停まり、武と加代に抱かれたダイスケが入って来た……何とも言えない笑顔を見せて挨拶をした夕子。
「武さん、加代さん、いらっしゃい!……早速やが、風呂に行こうや! わしと武さんは家族風呂や!」
 挨拶もそこそこに、風呂を勧める和久……夕子と加代はダイスケを連れて家風呂に行った。
 家族湯に行った武と和久は早めに風呂から出て、居間の飾り付けをして席を作り、夕子と加代を待っている。
 囲炉裏の縁に名前を書いた献立表を置き、前菜を並べた時に夕子と加代が居間に戻って来た。
「何? 此れ……」
 飾り付けを見て、驚きの表情で加代を見る夕子……加代は微笑んで、夕子を主賓の席に座らせた。
 和久はダイスケに食事を出し、シャンパンを開けて其々に注ぐ……皆がグラスを持ったのを確かめた和久。
「夕子! 誕生日おめでとう……」
 にっこり笑って夕子を見詰め、祝いの言葉を掛けた和久……武と加代も、気持ちの籠った言葉を掛けた。
 祝いの言葉を聞いた夕子は自分の誕生日に気付き、持っていたグラスを囲炉裏の縁に置くと、感極まった様に顔を伏せて頷いた。
「主役が泣いたらあかん……」
 夕子を見詰める和久は、優しく囁く様に言葉を掛ける……和久の言葉を聞いて顔を上げた夕子は涙を拭い、爽やかな笑顔を投げ掛けて来た。
 和気藹々の中、和久の料理を堪能した武夫婦は帰り仕度を始める。
「和さん、ご馳走様でした……美味しかったぁ……」
 最高の礼を言って武を見詰める加代。
「流石に天才料理人、味の魔術師だ!……生きてて良かったよ和さん! 料理とは、こんなにも凄いものかと感じ入ったよ!」
 和久の苦労を知っている武は、良かったなぁ! と言う様に頷いた。
「先生、加代さん、本当に有難う御座いました!……」
 二人に微笑んだ夕子は、心からの礼を言って頭を下げた。
「夕子さん、良かったですねっ! 元気になって……」
 病との葛藤を知っている加代は、自分の事の様に喜んでいる……不貞腐れているダイスケを連れて、二人を見送った和久と夕子。
「夕子、山小屋に行こうか? 二人だけでもう一回お祝いをしょうや……」
 夕子の肩を抱き、優しく問い掛ける和久。
「うん、和さん行きたい! 星が綺麗だろうねっ……」
 喜ぶ夕子を見て準備をする和久……少しの荷物を持ち、階段の明かりを点けて山頂に向かう……途中で湧水を汲み、山小屋に着いた和久と夕子。