♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(45)

2016年02月07日 17時15分36秒 | 暇つぶし
                 
 「夕子!……」
 夕子の心情が分かっていながら、言い掛けた和久。
「もう良いって言ってるでしょう!」
 語気を荒げ、置いて有った陶器の花挿しを持って立ち上がる夕子……寂しそうな目で、花挿しの花を見詰めている。
「あの時死んでいれば良かった!……歌えない歌手が憐みを掛けられ、同情されて生きて行くなんて最低よねっ……」
 涙を流し自分に言い聞かすように、花に話し掛ける夕子。
「夕子! 違うんや!」
 和久が立ち上がり、夕子に近付き掛けた時。
「もう良い! 近寄らないでっ!」
 怒りを露わにした夕子は怒声を発して、握っていた花挿しを、思いっ切り壁に投げ付けた……陶器の花挿しが壁に当たって砕け散り、音を聞いたダイスケは驚いて和久に飛び付いた……和久の胸に抱かれて怯えているダイスケを宥めて、夕子に近付いて行く和久。
「来ないでっ!」
 和久を一括した夕子は、雷雨の中に飛び出して行った……太閤楼で見せた、天才、茜 夕子を彷彿させる威厳を感じた和久は、制止する事も出来ずにダイスケを抱いたまま、その場に立ち尽くした。
 雨は激しさを増し、容赦無く振り続けている……飛び散った破片を片付け、夕子が摘んで来た花を別の花瓶に挿して、囲炉裏の縁に置いた和久。
 少しの時が流れ、和久は静かに戸を開けて外を見た……軒下で雨を避けていると思っていた夕子は、降り頻る雷雨の中で落雷に怯えながら、駐車場の電灯の下に佇んでいる……滝の様な雨の中、ずぶ濡れになって立っている夕子の姿に驚いた和久は、慌ててタオルを取り、ダイスケを残して駆け付けた。
 夕子に傘を差し掛けた和久。
「アホ! 何を遣ってるのやお前は!」
 一括して、夕子の頭にタオルを掛けた……和久を見た夕子は、綺麗な目に涙を滲ませて見詰めている……そして、次の瞬間。
「バカッ! 和さんのバカッ!」
 激しく和久の胸を叩き、子供の様に大声で泣き出し、和久に抱き付いて来た夕子……小刻みに震え、泣きじゃくる夕子をしっかりと抱き締めた。
「夕子、ごめんなっ……わしが悪かった! お前の気持ちは分かっていたのやが、何かをして夕子に嫌われるのが怖かったのや……」
 和久の言葉を聞いて、泣きながらも優しく見詰めた夕子は、顔を小さく左右に振って和久の胸に顔を埋めた。
「わしが悪かった、ごめんなっ夕子……風を引いたらあかんから、家に入ろうやっ! 風呂に入ろうなっ夕子、一緒に入ろう……」
 抱き締めている手に力を込めて、夕子の黒髪を手で梳かした。
「うん……和さん、ごめんねっ……酷い事を言ってごめんねっ……」
「心配せんでもええよっ夕子……」
 涙を流しながら和久を見詰めて、謝る夕子を優しく労わる和久。
「怒って酷い事を言った私なんか、嫌いになった? 和さん……」
 涙に濡れた目で和久を見詰め、心配そうに問い掛ける夕子。
「いいや、本気で怒った夕子が嬉しかった! 前よりもっと夕子が好きになった……」
 不安そうに見ている夕子を見詰めて、優しく語り掛けた。
「本当? 和さん……」
 夕子は、和久の言葉を確かめる様に問い直した。
「本当やっ! 誰よりも夕子が好きや!」
 夕子を見詰め、目を細めて答えた和久。
「良かったぁ……」
 降り頻る雨の中、和久を見詰めて目を瞑った夕子の唇に、和久はそっと唇を重ねる……少しの時が流れ、ずぶ濡れの夕子を連れて家に入った。
 和久と夕子を見たダイスケは、夕子の足下に来て、甘える様に尾っぽを振っている。
「ダイちゃんごめんねっ、大きな声を出して……」
 足元で甘えるダイスケを抱き上げて、頬ずりをする夕子……ダイスケは嬉しそうな仕草を見せて、夕子の頬を舐めた。
「夕子、着替えを持って風呂に入れや! 濡れた服を着替えんと風邪を引くでっ! わしも直ぐに行くから……」
 部屋に行き、着替えを持って出て来た夕子は、囲炉裏の火を整えている和久に微笑み、ダイスケを連れて風呂への階段を下りて行った。
和久が支度をして風呂に行こうとした時、風呂からの階段を駆け上がって、ダイスケが居間に飛び込んで来た……そして何かを知らせる様に吠えては風呂の方を振り向き、和久を見詰めている。
ダイスケの仕草に異常を感じた和久は、慌てて風呂に降りて行き、ずぶ濡れの服を着たまま脱衣場で倒れている夕子に驚いた。
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小説らしき読み物(44)

2016年02月07日 08時50分03秒 | 暇つぶし
                 
 先日より、言い掛けては言葉に出さなかった夕子の思いを知り、恥らいながら佇み、頷いている夕子が愛おしく思える和久である……だが、気持ちとは裏腹に、和久の口から思いも掛けない言葉が出た。
「またまた、夕子は! 冗談きついわっ……本気にするやんか!」
 夕食の支度をしながら、照れを隠す様に言った和久……思惑と違う返事を聞いた夕子は、戸惑った様に和久を見たが、直ぐに笑顔を取り戻した。
「やっぱり、冗談だと分かった?……」
 精一杯の笑顔で、冗談にすり替えた夕子。
「そらぁ分かるわ!……ああ、びっくりした! 脅かすなよ夕子……」
 和久は、ちらっと夕子を見て答えた。
「ごめんね、和さん!……ダイちゃんお風呂に行くよ!」
 夕子は寂しげな眼差しを残し、和久に背を向けると、ダイスケを連れて居間を出た……何時もなら、ドアの所で立ち止まって振り返り、和久に笑顔を見せる夕子だが、一度も振り返らずにドアを出て行った。
 そして、風呂に行く夕子の目から、大粒の涙が零れ落ちた事を、和久は知る由も無かったのである。
 支度を済ませて家族湯に行った和久は、遠雷を耳にしながら、夕子に詫びる気持ちが募っていた。
 風呂から出た和久が居間に帰ると、囲炉裏の側にはダイスケが居るだけで、夕子の姿は無かった……ダイスケは甘える様に和久に近付いて、抱き上げられると、嬉しそうに頬を舐め回し始める……和久はダイスケを下ろし、夕子が置いた花挿しの横に、出来上がった夕食を並べた。
 暫くして風呂からのドアが開き、夕子が居間に入って来た……夕子を見たダイスケは、喜びを体いっぱいに表して夕子の所に走り寄る……足元に来たダイスケを抱き上げた夕子は、和久に微笑み掛けて部屋に行ったのだが、何処か様子が違っている。
 遠くで聞こえていた雷が近くなり、曇り空から雨が落ちて来た。
 夕子の部屋のドアが開き、居間に来て囲炉裏の側に座った夕子は、何かを思い詰めて居る様に、無言でダイスケを撫でて花挿しの花を見ている。
「夕子、酒飲むか?」
 自分の盃に酒を注ぎながら、夕子に問い掛けた。
「うん、少しだけ……」
 言葉少なに答えた夕子……和久は夕子の前に盃を置き、酒を注いでやる……盃を合わせて飲み始めた和久と夕子……夕子は一気に飲んで、静かに囲炉裏の縁に盃を置いた。
 料理に箸を付けた夕子の盃に、酒を注ぐ和久……食事は進むが、何時ものように会話は無く、少し激しさを増して来た雨音が、居間に聞こえて来るだけである。
「和さん、和さんは私の事を大切な人だ! 好きだ! って言ってくれたけど本当?……」
 食事の最中、思い詰めた様に問い掛けて来た夕子。
「うん、何でや……」
 戸惑いを感じながら答えた和久。
「和さん、はっきり言って!……」
 夕子の、激しく思い詰めた様な問い掛けに、少し驚いた和久。
「そうや、夕子……夕子は大切な人や! 誰よりも好きな人や!」
 夕子に向かって、初めて本音を打ち明けた和久である。
「嘘でしょ? 和さん……」
 夕子は和久を見詰めて、寂しそうな眼差しで言い、視線をはぐらかした。
「和さんは優しい人だから、歌えなくなった私に同情しただけなんでしょう?私が、どんな気持ちで誘ったのか分かる?……」
 視線を落したまま、悔しさを噛み殺す様に話す夕子。
「夕子……」
 返答に困った和久は夕子を見詰めて、名前を呼ぶのが精一杯であった。
「随分昔の話だけど、年末の歌番組でトリを任せられた時期、私は誰にも負けない誇りを持っていた……歌謡界で頂点を保つには、人一倍の誇りが必要だった! でも、あの結婚で私の誇りは踏み躙られた。 優しかったのは半年位だった……私も悪かったのだけどねっ! 後は(怒るな! 笑え!……僕の前では笑顔を絶やすなっ!)何年も、そう言われて来た……あの人にもスターとしての誇りが有ったのだと思う……私の気持ちなど関係無くねっ! その内、体罰を加えられるようになり、言われるままに従う様になって行った……もう、誇りも何も要らない! と思う様に成って行った……」
 話す夕子は悔しさが込み上げて来るのか、大粒の涙を落して拳を握りしめている。
「夕子……」
 夕子の胸の内を察する和久は、労わる様に名前を呼んだ。
「でもねぇ和さん、こんなに汚れてしまった私でも、少しの誇りは残っていたのよ……その少しの誇りも捨てて、大好きな和さんを誘ったのに……」
 俯き加減に話しながら、目頭を拭う夕子……雨が一段と激しさを増し、居間にも落雷が聞こえて来た。
 何の返答も出来ず、夕子の話を聞く和久。
「和さん……私、そんなに汚れている? 一緒に、お風呂にも入りたくない位に汚い?……」
 寂しげな眼差しで和久を見詰め、問い掛ける夕子。
「夕子、それは……」
 和久が返答し掛けた時。
「黙って聞いて!」
 語気を強めて、和久の言葉を制止した夕子。
「誇りの高かった人間が、一番嫌な事は何だか分かる? 和さん……」
 怒りを表した眼差しで、優しく問い掛ける夕子の言葉に、応える術が無かった。
「和さんには分からないでしょうけど、情けとか憐みを掛けられる事が、誇りの高かった者には一番嫌な事なのよ!……掛ける方は気持ちが良いでしょうけどねっ!」
 言葉は柔らかいが、夕子の怒りが伝わって来る言葉に、黙って聞き入るしかない和久である。
「でも、もう良いの……もう、歌は歌えないのだから……」
 寂しそうに消え入る様な声で言い、花挿しの花を見詰める夕子。
「そんな事は無い! 歌はまた歌える!……」
 夕子を見詰めて、労わる様に言った和久。
「良いのよ和さん、慰めなんかは……」
 和久の慰めに少し笑みを浮かべ、反発するように返答した夕子。
「慰めなんかや無いでっ、夕子……」
「もう良いの……気持ちが良いでしょうね和さん! 人に憐みを掛けるって!」
 夕子の口から、思いも掛けない言葉が出た。
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