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♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物・・

2016年02月02日 14時27分53秒 | 暇つぶし
                  
     第三章  怒りの爆発

 夕子が朝霧に来て、一ヶ月が過ぎようとしている。。
 桜の季節が過ぎ、新緑で山が緑に包まれ、うっとうしい梅雨の季節が近付いて来たが、夕子の病に進展は見られなかった……和久とダイスケに見せる笑顔を他の者に見せる事は無く、驚くほどの従順さだけを残して、時だけが空しく過ぎ去って行く。
 何時しか、夕子に関する報道も無くなり、浮き沈みの激しい芸能界で、夕子の存在も忘れ去られようとしていた。
 怒りを取り戻す為の糸口さえ見付けられない和久は、小川の側でダイスケと戯れる夕子をじっと見守っている。
 温かさを増して来た爽やかな風が、夕子の黒髪を撫でて木々を揺らしていた。
「夕子、武さんの所に行くけど、一緒に行くか?」
 ダイスケと遊んでいる夕子に、声を掛けた和久。
「いいよ和さん、ダイちゃんと遊んでいるから……」
 珍しく、和久の誘いを夕子が断った。
「そうか、そんなら行って来るわ! 直ぐに帰るからダイと遊んでいてなっ」
「はーい和さん、行ってらっしゃい!」
 大きな声で返事をし、和久を見送った夕子は、ダイスケと走り回っている。
 昼休みの診療所に着いた和久を、武夫妻が迎えてくれた……台所の椅子に座り、出された茶を一口飲んだ和久は、大きな溜め息を吐いた。
「和さん、どうした? 溜め息など吐いて……それより、夕子君はどうだ?」
 和久の悩みを察っした武は、元気付ける様に問い掛ける。
「うん、夕子は元気や! ダイスケと遊んどるよ……だがなぁ武さん、如何したら良いのか見当も付かんのやっ! 如何したら良いのかなぁ……」
 ほとほと困り果てた様に問い掛ける和久。
「うん、如何したら良いのかなぁ……」
 名案も浮かばずに、考え込んでいる武と和久。
「和さん、夕子さんの身の上なんか聞いた事が有りますか?」
 傍らで黙って聞いていた加代が、さり気無く問い掛けて来た。
「いや、聞いた事は無いわ! 今までの事は嫌な思い出として、持っているやろと思っていたから……」
 加代の問い掛けに答えながら、少しだけ糸口を見出した様に感じた和久。
「そうか! 加代! 良い所に気が付いた……和さん、其処の所に何か糸口が有るかも知れんぞ!」
 少し興奮した様に言った武。
「うん、そうやなっ! そうして見るか! 加代さん、おおきに!」
 此れと言った糸口が見えない中で、加代と武の言葉に、僅かな光明を見た和久である……少しの期待を抱いた和久は、診療所を出て朝霧に帰って来た。
 河原で遊んでいるダイスケを、笑いながら見ている夕子は、和久が帰って来た事に気付いていない……夕子の背にそっと近付き、驚かせる和久。
「わっ!」
「きゃー……」
 驚いて大声を上げた夕子は、和久を見て和久の胸に抱き付いた。
「あっはっはっ、ごめんごめん……驚いたか? 夕子……」
「もう、和さんは! 心臓が止まるかと思った!」
 少し膨れっ面を見せた夕子だが、目は優しげに微笑んでいる……そして、河原で遊んでいたダイスケは、夕子の悲鳴を聞いて土手を掛け上がって来た……駆け上がって足に纏わり付いているダイスケを抱き上げる和久。
「夕子、支度をしてキャンプするか?」
 和久は夕子の過去が、少しでも解ればと言う思いで誘った。
「うん、何処でするの? 和さん」
「山頂の山小屋やっ! 星が綺麗やでぇ……今日は天気が良いから、綺麗な星空が見えるわ!」
「わー嬉しい! 山小屋で寝るの?」
「そうや、囲炉裏に火を熾して、餅や椎茸を焼いて食べるのや! 美味いでぇ夕子」
「わー良いな良いなっ! 和さん、早く行こう!」
 子供の様に喜び、はしゃぐ夕子。
「よっしゃ、行くでぇ……わしは美味しい酒を持って行くのや!」
「わー和さん、私もお酒飲みたい!」
「うん、分かっとるよ夕子! そんなら支度をして来るから、もうちょっとだけダイスケと遊んでいてなっ……」
「はい! ダイちゃん行くよ!」
 喜んだ夕子は、嬉しそうにダイスケを連れて山女の所に行き、山女に吠えるダイスケを見て笑っている。
 急いでキャンプの支度を整えた和久は、山女の所で遊んでいる夕子とダイスケを呼んだ。
「ダイスケと風呂に行って来いやっ! 風呂から出たら出発や!……夜はまだ冷えるから、厚手の物を持って行く方がええでっ」
 夕子とダイスケが家風呂に行くのを見て、和久も家族風呂に行く……先に風呂から出た和久は、囲炉裏の火を消して夕子とダイスケを待っている。
 灯が沈むまでには、まだ時間が有る……暫く待っていると、ダイスケと一緒に夕子が風呂から戻って来た……夕子は待っている和久に微笑み、着替えを取りに部屋に行った。
 着替えを済ませて、部屋から出て来た夕子……夕子は笑みを浮かべて和久の前に来た。
「和さん、お待たせ!」
 和久に挨拶をして、にっこり微笑んだ顔は、人を引き付けて和ませた天才、茜 夕子の笑顔であった……和久は、夕子の笑顔に見入っている。
「和さん、どうかした? 私の顔に何か付いている?」
 自分の顔に見入ってる和久を見て、問い掛けた夕子。
 夕子の問い掛けに、ふっと我に返った和久。
「あっ、いやっ……あんまり夕子が綺麗やから、見惚れ取ったのや!」
 咄嗟に本音を漏らした和久。
 夕子は少し頬を赤らめた。
「またまた和さんは!……お世辞を言っても何も出ませんよ!」
 照れながらも、微笑みながら言った夕子。
「何や、何も出んのかい!……褒めて損したわ……」
 和久は、本音を気取られない様に惚けた。
「もー和さんは、素直じゃないのだから……」
 頬を赤らめて、恥ずかしそうに言った夕子……だが、少しの冗談が言える様に成っただけでも、多少は進展しているのかと思う和久である。
「そうやっ! 大好きな夕子に見惚れていたのや!……さあ、ぼちぼち出掛けようか夕子!」
 恥らいながらも、茶化した様に本音を漏らした和久……夕子は和久の言葉に頬を赤らめている。
 荷物を持って家を出る和久と夕子……ダイスケは一足先に出て山女と遊び、通り過ぎる二人を見て、慌てて追い掛けて来た。

小説らしき読み物(34)

2016年02月02日 08時37分30秒 | 暇つぶし
                
 暫くして、夕子の部屋のドアが開き、にこやかな表情の夕子と加代が居間に来た……その姿を見たダイスケは、抱かれている武の腕から飛び降りて、夕子と加代に愛嬌を振ってじゃれ出した。
 和久の勧めで風呂に行く武と加代……残されたダイスケを抱き上げて、和久を見詰めている夕子。
「和さん、先生何か言ってた?」
 夕子は心配そうな顔をして問い掛け、和久と目が合った途端、恥らった様に俯いた。
「何処も悪くない! 健康そのものやって言うてたよ……」
 夕子の心配を取り払う様に、明るく伝えた和久。
「良かった! 何処か悪いと、和さんに心配かけるから……」
 恥らう様に言った夕子は、ダイスケに頬擦りをした。
「優しいなぁ夕子は……けど夕子の心配やったら、何ぼでもして見たいわ!」
 優しい眼差しで夕子を見詰め、さり気なく言った和久。
「本当に! ありがとう和さん……」
 夕子は、嬉しそうに言って和久を見詰めている。
「そやけど、夕子には健康と明るい笑顔が似合うからなぁ……病気の夕子は見とうないわなぁ……」
「うん、和さん……」
「さぁ済んだ! 夕子、此れを運んでくれや!」
 しんみりしかけた夕子を、元気付ける様に言った和久だが、今ひとつ気が晴れない事も事実であった。
「あっそうや! 忘れていたわ……ダイスケの飯がまだやった! 夕子、此れを食べさせてやって……」
 和久に言われてダイスケを下ろした夕子は、ダイスケの食事が入った器を取って、座って待っているダイスケの前に置いた……夕子と和久の顔を交互に見て食べ始めたダイスケ。
「ねえ和さん、ダイちゃんは如何して顔を見たの?」
「夕子にお礼を言うたのや……賢いやろダイスケは……」
「うん、賢くて可愛いねっ!」
 微笑んだ夕子は、食事をしているダイスケの頭をそっと撫でた。
 和久と夕子が囲炉裏の側に座ると、風呂からの戸が開いて武夫妻が居間に入って来た。
 ダイスケを見た加代は、優しく微笑む。
「ダイちゃん、ご飯食べてるの……」
 加代の言葉を聞いたダイスケは、ちらっと加代を見て食事を続けている。
 新緑の季節に成ってはいたが、囲炉裏の火が、心地良さを与えてくれる夜でもあった。
 食事が済み、加代とダイスケを抱いた夕子が駐車場に行く。
「和さん、此れから如何する?」
 居間を出掛かる和久に、解決の糸口さえ掴めない武が問い掛けて来た。
「うん、如何したらええのや武さん……わしには見当もつかんわ!」
「そうだなっ、心の病だから治療の術が無い! 時間を掛けるしかないのかなっ……」
「そうやなぁ……」
 気落ちした和久は、力無く答えて二人を見送った。
 家に入った夕子と和久は、囲炉裏の側に座ってダイスケと遊んでいる。
一人で酒を飲んでいる和久は、笑いながらダイスケの相手をしている夕子に
目を細めていた。
「夕子、もう少し飲むか? 其れか、スープを温めようか?」
「和さん、スープが飲みたい……」
 ダイスケから目を離して和久を見詰め、嬉しそうに愛しむ様に言った。
「そうか、直ぐ温めて来るわ……ちょっと待っていてなっ」
 瓶の中に入れていたスープを鉄鍋に取り、温めて夕子に手渡した和久。
 温められたスープを味わう夕子。
「美味しい!……此のスープが和さんと会わせてくれた! 私にとって生涯忘れる事の無いスープ……優しさが伝わって来る温かいスープ! 和さん……」
 愛しむように和久を見詰め、和久の名を呼んだ夕子。
「ありがとう夕子……太閤楼で初めて作った時は迷ったんやけどなぁ、そやけど作って良かったわっ! 此のスープのお陰で、夕子が覚えてくれたのやからなぁ……初めて夕子と会った時は、心臓が止まるかと思ったわ! 嬉しゅうてなぁ……憧れの茜 夕子やったからなぁ……」
 目を細めて、夕子との出会いを思い起こす様に話す和久。
「本当、和さん……でも、落着いていたよ! 私も和さんと初めて会った時、こんなに若い人が、老舗の高級料亭の料理長だなんて信じられなかった……優しい温かい眼差しが嬉しかった。 私を茜 夕子ではなく、一人の人間として見てくれた和さんの気持ちが嬉しかった」
 夕子もまた、和久との出会いを懐かしそうに告げた。
「あっはっはっ、そうか! そやけど、落着いて見えたんは緊張していたからや! 夕子に見詰められた時は、舞い上がってしもてなっ……夕子が、とてつものう大きゅう見えた! 小柄な夕子に圧倒されたわ……やっぱり、夕子はスーパースターやと思うた! 綺麗な目をした、小さくて可愛い年下の夕子に威圧されたのやからなあ……」
 記憶を辿る様に話しながら盃の酒を飲み、囲炉裏の火を調整する和久……夕子は和久の話に笑みを浮かべて、ダイスケを膝の上に乗せた。
「良かった! 和さんと逢えて……」
 ダイスケを撫でながら和久を見詰め、消え入る様な声で呟いた夕子。
「うん……わしも夕子に逢えて良かったわ!……夕子に逢わせて下さいちゅて、神さんにお願いしとったからなぁ……」
 夕子を見詰めて、悪戯っぽく言った。
「本当! 和さん!」
 嬉しそうに問い質した夕子。
「うそ!……」
 和久の顔を見ていた夕子は、ちょっと膨れっ面をして小さく手を上げた。
「もう、和さんは……」
 顔を見合わせた和久と夕子は、大笑いを始めた……涙を流さんばかりに笑っている夕子に、目を細める和久。
「そやけど、本当に良かったわ! 夕子に逢えて……」
 夕子を見詰め、微笑みながら心の内を話した和久。
「うん……」
 小さく返事をした夕子の目に、喜びが漂っている……だが何の進展も無く、糸口さえ見えない和久の胸中を嘲る様に、夜は更けて行く。