私が現在住んでいる札幌は既に雪に閉ざされていますが、そんな札幌市の片隅の厚別区にある北星学園大学で、元朝日新聞の植村氏に脅迫行為があったと報じられました。
植村氏に批判的な人たちも枕詞のように「脅迫はよくないが」と言っていますが、同じようなセリフを、桜井誠氏への脅迫、拉致被害者家族会の増元さんの選挙ポスターの損壊などの件について、自称リベラル陣営から聞いたことがありません。もちろん植村氏の件のように、マスコミが大々的に報じたのを聞いたこともありません。
私はこうして植村氏への脅迫の件に触れていますが、自分に都合の悪いことにだんまりの人が、他人の倫理観をとやかく言う資格はありません。
私は、マスコミが桜井誠氏への脅迫について大きく報じるまでは、その「枕詞」すら付ける気になれません。
<本当に“極右”の犯行か?>
私は脅迫の証拠も何も見ていませんので、「そういう事件があったと“報じられた“」としか言えませんが、「毎度毎度、売国権力がピンチになるとなぜかそれを助けるような脅迫事件が都合よく起こるもんだな」と感じます。
そして仮にそういう事件が本当にあったとして、それをやった人はどういう思想の人でどういう意図でやったかが分かりません。なぜわざわざ、加害者である植村氏が被害者を名乗ることができる、植村氏が喜ぶような内容の脅迫文を書くのか。
保守系の人の中にも時々、「陰謀論に逃げるべきではない」などと言う人がいます。しかしそもそもこちらにとっては、その人が陰謀論とは呼ばないメディアが報じた情報も、自分で見聞きしたものではなく、全ての情報はあくまで伝聞です。ですから何を境目に陰謀論と言うのかが疑問です。現に日本の中で信頼できるソースと見なされていた朝日新聞があのような大きな嘘をついた訳です。陰謀論がどうのこうの言う人は短絡的だと思います。
ちなみに植村氏側は「極右の犯行」と、証拠もなしに断定しています。そもそも彼らやマスコミは勝手に左右の定義を決めつけ、自分達に反対する人全てに極右のレッテルを貼っていますが、そういうやり方は極めてファシズム的であり、差別主義的です。現実には、右でもなんでもない、ごくごく一般的な日本人が、虚偽によって海外の邦人や日本人に対する人種的偏見を助長した朝日の誤報について批判的に見ています。
私にはこの犯行が、植村氏に批判的な人がやったことのようには思えませんが、仮にその事件を起こした人が植村氏に批判的な人だった場合、なぜわざわざ加害者である植村氏が被害者を名乗ることができる、植村氏が喜ぶような内容の脅迫文を書くのか、普通に考えて理解不能です。
無理矢理考えると、その犯人が小さい子供であるか、もしくは社会思想的な議論を一度も見たことがない程に無学で貧困なのではないかとしか想像できません。小さい子供であれば少年法の理念で大目に見てあげるべきですし、あるいはそこまで貧困層が植村氏を批判しているとすれば、普段の主張からして、そういう貧困層の声には耳を傾けるべきでしょう。
少なくてもマイケル・ムーア氏のように、植村氏が自分のポケットマネーからその犯人にお金を寄付すべきでしょうね。そして「そのお金で生活し、また自由に私への批判をすればいい」と言えば、世間は植村氏の勝ちだと思うかも知れません(私は思いませんが)。日本の「自称リベラル」にそのようなユーモアや余裕のある人はなかなか見かけませんね。
<北星と大弁護団によるファシズム的な空気>
ここに触れる人はまずいませんが、私はいつも感じることですが、こういう時、北星学園大学の中で、植村氏に批判的な人たちの言論の自由が脅かされていないか、危惧します。
この件以降、北星の教授や団体系の学生が、植村氏を支持する会を結成したそうです。そういう大学内の空気の中で、植村氏への批判ができる空気が果たしてあるかどうか。
私も別の大学に通っていた経験がありますが、いつも一部の学生団体の連中が極左的な政治思想の看板を掲げていて、大半の学生はそれに関わらないようにして大学生活を送っています。
ただ私の通っていたところは比較的大きな大学だったのでそういう団体を避けて通るのは簡単でしたが、北星学園大学のような、地方都市の中小大学というのは、校舎も「大きな学習塾」みたいな雰囲気だったりするので、避けて大学生活を送るのは難しいのではないか。これが広大なキャンパスを持つ北海道大学であれば少なくても物理的に避けることは容易でしょうけど、小さい北星だからこそ恐ろしさを感じます。
とある朝日新聞の若手記者の1人がツイッターで、朝日新聞として植村氏を支持する目的で取材をしているものの、取材先にあまりにも「植村シンパ」ばかりが集まり、異なる意見に対する寛容さが全くない、ということを指摘していました。その記者は最近までロシア支局員で海外生活が長かったために、本来様々な議論に寛容であるはずの「リベラル」がなぜか日本では「非寛容」であるという、日本特有の捻じ曲がった言論空間に素直に驚いたのでしょう。
実際に植村氏は産経新聞を取材拒否しているそうです。そして韓国メディアなどに色々言いふらしている。高い地位にいた言論人とは思えない非寛容さです。
そしてこの件で一番怖いと思うのは、たった1人の件について、300人以上にも及ぶ弁護団が徒党を組んで、批判者をできる限り告発するなど、排除を試みているという点です。
訴訟文化が根強い欧米ならともかく、日本において、弁護士と聞いただけで怯える人が大半であり、日本においては弁護士は一種の「権力」を持っています(そもそも法律=「国家権力による強制力を伴う社会規範」ですから、それを利用できる弁護士に権力がない訳がありませんが)。さらに広義には「司法」の一翼でもあります。そういう立場の人が、1人や2人ならともかく、300人以上も集まるという事態には、ファシズム的な恐ろしさしか感じません。
今回の告発も、なぜ動画投稿主なのか。抗議活動を止めるのに特に役に立つとも思えないところを告発する。要は「告発しやすい相手を狙っている」ということでしょう。これは憂さ晴らしの言論弾圧に近いものに感じます。
西村幸祐氏も、
「植村隆を批判する一般国民や識者を巨大弁護団で恫喝するファッショ・全体主義的裏組織がある。しかも、それはNYタイムズにも繋がっていると僕は感じています。」と指摘しています。
おそらく西村氏の指摘するように、巨大弁護団による恫喝に加え、海外の声に弱い日本人の弱点を突いて海外の権威まで悪用してファシズム的な異論封じを行おうとするでしょう。
<日本差別主義ファシズム>
ここでは植村氏の記事の検証などはしませんが、嘘がばれてから、植村氏はしきりに「捏造ではなくミスがあっただけ」「慰安婦募集に強制連行があったとは言っていない」などと批判から逃げようとしているようですね。
捏造かミスかというのは、故意か過失か、殺人か過失致死かという程の大きな違いかあるからでしょう。
本人の内心である故意を裁判で立証するのは非常に困難ですが、ここは裁判ではないのであくまで個人的な予想しかしませんが、これまでの言動から99%故意だと私は思います。
また「強制連行があったとは言っていない」について、私は植村氏の記事を全て読んだ訳ではないので本当に書いたことはない可能性も否定できませんが、日本社会に、「強制連行はあった」という常識があることは間違いありません。もし植村氏ら大手メディア記者がきちんと「私は当時の日本に批判的だが、巷でまことしやかに言われている強制連行を示す証拠はないので、そういうあやふやな情報を断定するのは危険だ」と何度も警告していればこのような「誤った常識」は生まれなかったはずです。つまり植村氏らは、その証拠がないことを知っていながら、他の人が「強制連行があった」と断定していることを何も言わずに放置していたということです。ここには一種の「故意」が存在します。
<一番の被害者は海外在住の邦人>
いずれにしても、一番の被害者は、嘘の情報によって海外で民族的偏見、差別を受けている邦人たちです。そういう被害者への謝罪も反省も何もなしに、そういう被害者の受けた人権侵害を無視して、300人以上の弁護団と共に「脅迫された!」と被害者面して大騒ぎする人たちのやり方、倫理観、人権感覚には、呆れてものも言えません。
しかもそんなに自己反省できない連中がいくら「自国の歴史を反省せよ」などと言ったところで、説得力は1ミリもありません。要は彼らが日本を「自国」と見なしていないことが分かります。だって自分のことは絶対に反省しない訳ですから。
もちろんこれらは植村氏1人の問題ではありません。日本のメディア、学会など情報言論権力全体に蔓延していた、外国に媚びて一緒に日本をいじめる「日本差別主義ファシズム」が問題なのです。
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植村氏に批判的な人たちも枕詞のように「脅迫はよくないが」と言っていますが、同じようなセリフを、桜井誠氏への脅迫、拉致被害者家族会の増元さんの選挙ポスターの損壊などの件について、自称リベラル陣営から聞いたことがありません。もちろん植村氏の件のように、マスコミが大々的に報じたのを聞いたこともありません。
私はこうして植村氏への脅迫の件に触れていますが、自分に都合の悪いことにだんまりの人が、他人の倫理観をとやかく言う資格はありません。
私は、マスコミが桜井誠氏への脅迫について大きく報じるまでは、その「枕詞」すら付ける気になれません。
<本当に“極右”の犯行か?>
私は脅迫の証拠も何も見ていませんので、「そういう事件があったと“報じられた“」としか言えませんが、「毎度毎度、売国権力がピンチになるとなぜかそれを助けるような脅迫事件が都合よく起こるもんだな」と感じます。
そして仮にそういう事件が本当にあったとして、それをやった人はどういう思想の人でどういう意図でやったかが分かりません。なぜわざわざ、加害者である植村氏が被害者を名乗ることができる、植村氏が喜ぶような内容の脅迫文を書くのか。
保守系の人の中にも時々、「陰謀論に逃げるべきではない」などと言う人がいます。しかしそもそもこちらにとっては、その人が陰謀論とは呼ばないメディアが報じた情報も、自分で見聞きしたものではなく、全ての情報はあくまで伝聞です。ですから何を境目に陰謀論と言うのかが疑問です。現に日本の中で信頼できるソースと見なされていた朝日新聞があのような大きな嘘をついた訳です。陰謀論がどうのこうの言う人は短絡的だと思います。
ちなみに植村氏側は「極右の犯行」と、証拠もなしに断定しています。そもそも彼らやマスコミは勝手に左右の定義を決めつけ、自分達に反対する人全てに極右のレッテルを貼っていますが、そういうやり方は極めてファシズム的であり、差別主義的です。現実には、右でもなんでもない、ごくごく一般的な日本人が、虚偽によって海外の邦人や日本人に対する人種的偏見を助長した朝日の誤報について批判的に見ています。
私にはこの犯行が、植村氏に批判的な人がやったことのようには思えませんが、仮にその事件を起こした人が植村氏に批判的な人だった場合、なぜわざわざ加害者である植村氏が被害者を名乗ることができる、植村氏が喜ぶような内容の脅迫文を書くのか、普通に考えて理解不能です。
無理矢理考えると、その犯人が小さい子供であるか、もしくは社会思想的な議論を一度も見たことがない程に無学で貧困なのではないかとしか想像できません。小さい子供であれば少年法の理念で大目に見てあげるべきですし、あるいはそこまで貧困層が植村氏を批判しているとすれば、普段の主張からして、そういう貧困層の声には耳を傾けるべきでしょう。
少なくてもマイケル・ムーア氏のように、植村氏が自分のポケットマネーからその犯人にお金を寄付すべきでしょうね。そして「そのお金で生活し、また自由に私への批判をすればいい」と言えば、世間は植村氏の勝ちだと思うかも知れません(私は思いませんが)。日本の「自称リベラル」にそのようなユーモアや余裕のある人はなかなか見かけませんね。
<北星と大弁護団によるファシズム的な空気>
ここに触れる人はまずいませんが、私はいつも感じることですが、こういう時、北星学園大学の中で、植村氏に批判的な人たちの言論の自由が脅かされていないか、危惧します。
この件以降、北星の教授や団体系の学生が、植村氏を支持する会を結成したそうです。そういう大学内の空気の中で、植村氏への批判ができる空気が果たしてあるかどうか。
私も別の大学に通っていた経験がありますが、いつも一部の学生団体の連中が極左的な政治思想の看板を掲げていて、大半の学生はそれに関わらないようにして大学生活を送っています。
ただ私の通っていたところは比較的大きな大学だったのでそういう団体を避けて通るのは簡単でしたが、北星学園大学のような、地方都市の中小大学というのは、校舎も「大きな学習塾」みたいな雰囲気だったりするので、避けて大学生活を送るのは難しいのではないか。これが広大なキャンパスを持つ北海道大学であれば少なくても物理的に避けることは容易でしょうけど、小さい北星だからこそ恐ろしさを感じます。
とある朝日新聞の若手記者の1人がツイッターで、朝日新聞として植村氏を支持する目的で取材をしているものの、取材先にあまりにも「植村シンパ」ばかりが集まり、異なる意見に対する寛容さが全くない、ということを指摘していました。その記者は最近までロシア支局員で海外生活が長かったために、本来様々な議論に寛容であるはずの「リベラル」がなぜか日本では「非寛容」であるという、日本特有の捻じ曲がった言論空間に素直に驚いたのでしょう。
実際に植村氏は産経新聞を取材拒否しているそうです。そして韓国メディアなどに色々言いふらしている。高い地位にいた言論人とは思えない非寛容さです。
そしてこの件で一番怖いと思うのは、たった1人の件について、300人以上にも及ぶ弁護団が徒党を組んで、批判者をできる限り告発するなど、排除を試みているという点です。
訴訟文化が根強い欧米ならともかく、日本において、弁護士と聞いただけで怯える人が大半であり、日本においては弁護士は一種の「権力」を持っています(そもそも法律=「国家権力による強制力を伴う社会規範」ですから、それを利用できる弁護士に権力がない訳がありませんが)。さらに広義には「司法」の一翼でもあります。そういう立場の人が、1人や2人ならともかく、300人以上も集まるという事態には、ファシズム的な恐ろしさしか感じません。
今回の告発も、なぜ動画投稿主なのか。抗議活動を止めるのに特に役に立つとも思えないところを告発する。要は「告発しやすい相手を狙っている」ということでしょう。これは憂さ晴らしの言論弾圧に近いものに感じます。
西村幸祐氏も、
「植村隆を批判する一般国民や識者を巨大弁護団で恫喝するファッショ・全体主義的裏組織がある。しかも、それはNYタイムズにも繋がっていると僕は感じています。」と指摘しています。
おそらく西村氏の指摘するように、巨大弁護団による恫喝に加え、海外の声に弱い日本人の弱点を突いて海外の権威まで悪用してファシズム的な異論封じを行おうとするでしょう。
<日本差別主義ファシズム>
ここでは植村氏の記事の検証などはしませんが、嘘がばれてから、植村氏はしきりに「捏造ではなくミスがあっただけ」「慰安婦募集に強制連行があったとは言っていない」などと批判から逃げようとしているようですね。
捏造かミスかというのは、故意か過失か、殺人か過失致死かという程の大きな違いかあるからでしょう。
本人の内心である故意を裁判で立証するのは非常に困難ですが、ここは裁判ではないのであくまで個人的な予想しかしませんが、これまでの言動から99%故意だと私は思います。
また「強制連行があったとは言っていない」について、私は植村氏の記事を全て読んだ訳ではないので本当に書いたことはない可能性も否定できませんが、日本社会に、「強制連行はあった」という常識があることは間違いありません。もし植村氏ら大手メディア記者がきちんと「私は当時の日本に批判的だが、巷でまことしやかに言われている強制連行を示す証拠はないので、そういうあやふやな情報を断定するのは危険だ」と何度も警告していればこのような「誤った常識」は生まれなかったはずです。つまり植村氏らは、その証拠がないことを知っていながら、他の人が「強制連行があった」と断定していることを何も言わずに放置していたということです。ここには一種の「故意」が存在します。
<一番の被害者は海外在住の邦人>
いずれにしても、一番の被害者は、嘘の情報によって海外で民族的偏見、差別を受けている邦人たちです。そういう被害者への謝罪も反省も何もなしに、そういう被害者の受けた人権侵害を無視して、300人以上の弁護団と共に「脅迫された!」と被害者面して大騒ぎする人たちのやり方、倫理観、人権感覚には、呆れてものも言えません。
しかもそんなに自己反省できない連中がいくら「自国の歴史を反省せよ」などと言ったところで、説得力は1ミリもありません。要は彼らが日本を「自国」と見なしていないことが分かります。だって自分のことは絶対に反省しない訳ですから。
もちろんこれらは植村氏1人の問題ではありません。日本のメディア、学会など情報言論権力全体に蔓延していた、外国に媚びて一緒に日本をいじめる「日本差別主義ファシズム」が問題なのです。
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馬鹿は何人集まっても馬鹿なのだと、常識として、そう考えております。
ですから弁護士が何人集まろうと、クズはクズです。
考えても見て下さい。左巻きの福島みずほ氏だって、弁護士なんですから・・・。
この件で私たちが注目し、学習すべきは、参加した弁護士たちの名前と所属と経歴です。
獅子身中の虫として、仲間たちに広げ、
被害が広がらない工夫ができるので、結構なことでないかと、そんなことを思ったりしております。
植村の件についての、一般国民の平均な感想(以前の日記で書いた、「家畜」「お花畑」的な日本人の感想)は以下のようなものだと予想しています。
1.嘘の従軍慰安婦関連記事によって日本の評判を貶めた植村のことは嫌い
2.しかし脅迫はまずいよね。弁護士があれだけ集まるってことは、きっと相当悪い脅迫者だったんだろうね。しかもニューヨークタイムズでも日本批判が出ているということは、また日本が叩かれ、苦しい立場になっちゃうね。もうこの件については考えたくないね。
私は一般国民の2に対する反論を今回の記事にしたつもりです。
2のように「弁護士」「NYタイムズ」「国際社会」などを権威としてそれに怯える島国的な感覚を、売国メディアは付け込んでくる訳ですから。
弁護士というものへの批判的な意見は、私はこれまでも何度も書いているように、onecat01さんに同感です。
一部まともな弁護士もいるのですが、日弁連の幹部など力を持っている弁護士は大抵、日本の立場に立つ人の人権を軽視する「売国権力」ですね。
「人権派」と(仲間内やマスコミから)称されているにも拘らず、その実、差別心や権力志向、自己保身の塊で、自分たちにとって不都合な人々の人権や意見は悉く踏みにじる弁護士や左派活動家らの異常な実態と、そういう狂気に満ち満ちた差別主義者らを批判する人々の弱点、更に日本の言論環境が如何に窮屈で歪んでいるのか、そして「誰が一番の被害者なのか」が、非常に分かりやすく明記されていて、サイコパス(人格障害者)の様に、酷くひん曲がった狂人でない限り、誰しもが納得すると思われる意見です。
それと…、僕は植村に関するニュースが地上波でどれだけ報じられているのか一切知らないので、何とも言えない部分が多いのですが、植村隆がどういう事をやってきたのか、どういう人物なのかという事以前に、多分、植村隆という男の存在自体を知らない日本国民が大多数ではないかと思います。
そんな状況の中で、売国マスコミの報道を通じて植村への脅迫を知った国民は、太一さんが指摘されている様に
>しかし脅迫はまずいよね。弁護士があれだけ集まるってことは、きっと相当悪い脅迫者だったんだろうね。
という感想を抱くに違いありません。
サイコパス、あるいはサイコパスに類するぐらい性根が腐っている、全体主義的でカルト的な狂人達に日本国民が服従しているという構図です。
>売国権力がピンチになるとなぜかそれを助けるような脅迫事件が都合よく起こるもんだな」と感じます。
例えば数年前に、小沢一郎の事務所に銃弾が届いた件も、それに該当しますね。
少し話は逸れますが…、大規模な詐欺事件で逮捕される直前だった豊田商事会長の永野一男や、オウム真理教の幹部だった村井秀夫が報道陣の目の前で、自称右翼の男(後者の事件の犯人は在日朝鮮人)の手によって刺殺された事件がありましたが、これもタイミングや「右翼」を名乗っている点を含め、事件の全容が解明されると余りに不都合な人物・組織や、日本の侵略や瓦解を目論む勢力にとっては非常に好都合な事件だったと思います。
>多分、植村隆という男の存在自体を知らない日本国民が大多数
確かにそうですね。おそらく一般人はニュースを見て、「元朝日の人がどこかの聞いたことのない大学にいて、脅迫が届いた」という程度の認識でしょう。ただ「植村」という名前や「北星学園」という名称などは覚えられないでしょうけど、元朝日で、慰安婦の嘘の件が関わっているということは、ニュースをよく見ている人なら知っているのではないかと思いました。
もちろんニュースをあまり見ていない人はそれすら知らないでしょうけどね。
>タイミングや「右翼」を名乗っている点を含め、
とにかく戦後の言論権力(マスコミや学会)は、「右翼」のイメージダウンを徹底的に行ってきました。まさに思想差別でした。しかも在日が街宣右翼に変装して一般国民に悪いイメージを持たせるように工作までした訳ですし。
こうして、日本人の外国の目を病的に恐れる特性や事なかれ主義も相まって、
「一番いいのは中立。左翼はいいとは思わないがマシ。右翼は最悪」
という印象操作が完成しました。
そして日本人は実社会で右翼だと思われないように必死に繕ってきたところ、ネットというツールができて、ネット上で本心を書いていたら、それを「ネット右翼」「ネトウヨ」などとレッテルを貼って差別し、迫害しようとしている。
どこまでも徹底して右翼レッテルを使って異論を排除しようとする。
これが戦後の言論権力の支配体制ですね。
こういうタイプの日本人は、うちの父以外にもごまんと存在している気がします。
(僕は、表で如何に慈善活動をしている人間だとしても、右派に対して勝手な偏見を持ち、碌に主張を聞こうともしない人間であるならば、その人の人格を疑います。人間性の一端や、その人の姿勢・価値観、醜い部分を表している事に違いないからです。)
そう言えば、父が僕と外交・政治関係の話で口論になった際、何かの番組にゲスト出演した鈴木邦男が語った街宣右翼の実態の一端(例えば、「過激な街宣右翼は、自分たちの意に沿わない発言を天皇がした場合、その天皇を殺していいと思っている。」という発言)を引き合いに出し、「お前はこういう右翼の事についてどう思う?」と、唐突に僕に質問してきた事がありました。
(多分、鈴木は「街宣右翼には在日韓国・朝鮮人が多数存在する。」という都合の悪い部分を、その番組内では絶対に触れなかったと思われます。)
僕は口が上手くない上に、考えを整理し答えを出すまでの時間が掛かる厄介な人間なので、その時は、「本筋の話とは関係ないだろ。」と思いつつ、「そういう街宣右翼も中には居るだろうけど、そもそも街宣右翼には在日韓国・朝鮮人が多く存在してる。街宣車に“韓日友好”と書いている右翼団体もあるぐらい。」 「鈴木邦男は今や右翼なんかではない。寧ろ左翼系とつるんでる中韓寄りの売国奴。都合の良いことしか言わないから、そんな奴の言う事はもう聞くに値しない。」等と、説得力の弱い反論しか出来ませんでした。
「街宣右翼と保守派を同一視して、保守派全体を蔑視するな。」といった反論等もすべきだったのでしょうが、その時は思い浮かびませんでした。
太一さんなら、核心を突いた説得力のある反論を展開すると思います。ただ、うちの父はテコでも動かない性質なので、太一さんの意見に全て納得する事はまずあり得ないと思いますが…。
全く同感ですね。
>太一さんなら、核心を突いた説得力のある反論を展開すると思います。ただ、うちの父はテコでも動かない性質なので、太一さんの意見に全て納得する事はまずあり得ないと思いますが…。
私も感情的な人間ですし、議論はあまり上手くないですよ。
そもそもかずさんのお父上のような頑固な方は、異なる立場の年下の人間の意見など聞く耳も持たないでしょう。私の父も同じです。私の異論など意地でも絶対に聞きません。
「まずは家族と社会問題を議論すべき」という意見もありますが、正直いって、かずさんもお父上と議論するのは時間の無駄のように思います。何があっても絶対に耳は貸さないでしょうし。
>「そういう街宣右翼も中には居るだろうけど、そもそも街宣右翼には在日韓国・朝鮮人が多く存在してる。街宣車に“韓日友好”と書いている右翼団体もあるぐらい。」 「鈴木邦男は今や右翼なんかではない。寧ろ左翼系とつるんでる中韓寄りの売国奴。都合の良いことしか言わないから、そんな奴の言う事はもう聞くに値しない。」等と、説得力の弱い反論しか出来ませんでした。
それも「説得力が弱い」とは思いません。
要は聞く側に聞く耳があるかどうかだけの話です。最初から聞く耳のない人間は何を言っても聞きませんので。
日本の反日レイシストも韓国も自分達の主張(というか妄言・ヘイトスピーチ)を押し通す為に、必死で他国を利用します。その国の威光を借りて日本人を屈服させる為に。
植村の訪米がどのぐらい前から決定していたのかは知りませんが、安倍首相の米議会演説を台無しにしようという魂胆もある気がします。
元朝日の植村隆氏、NYで安倍首相を批判 櫻井よしこ氏らも 「私はこの闘いに負けない!」
『元朝日新聞記者で慰安婦報道に関わった北星学園大(札幌市)の非常勤講師、植村隆氏は4日、米ニューヨーク市で講演し、集まった約80人を前に「私は激しいバッシングを受けている。この闘いに負けない」と強調した。
植村氏は「捏造」と指摘される元慰安婦の証言を取り上げた記事(1991年8月)について「捏造だと攻撃することは、慰安婦問題をなきものにしようということにもつながる」と主張。日本が戦後70年間守り続けてきた「言論の自由」や民主主義への攻撃でもあるとし、「勇気を持って辛い体験を話した慰安婦のおばあさんたちの尊厳をも傷つける」と訴えた。
一方、日本で1990年代半ばから「歴史修正主義者の動き」が出てきたとして「教科書から慰安婦問題を除くべきだという運動が始まり、そのリーダーの1人が安倍(晋三)首相だ」と批判した。
また、植村氏非難を繰り広げる言論人として、ジャーナリストの櫻井よしこさんと東京基督教大学の西岡力教授の名を挙げ、櫻井さんについて「暴力的な言辞を繰り返す側に立ち、あおっている」と述べた。
http://www.sankei.com/world/news/150505/wor1505050039-n1.html
>「捏造だと攻撃することは、慰安婦問題をなきものにしようということにもつながる」
「従軍慰安婦」の根拠となった吉田証言が捏造だと判明し、確証も無い以上、従軍慰安婦とやらを用いて日本バッシングを展開するなんて、これをヘイトスピーチと言わずして、何というのでしょう。
そもそも、日本の事を不当に貶める一方で、アジアを支配していた白人国家群や、旧ソ連軍、ベトナム戦争時の韓国軍、中共政府・人民解放軍による現地住民、少数民族、女・子供に対する残虐行為、鬼畜の所業については、植村を始めとする日本の「ジャーナリスト」や「反戦平和主義者」も、欧米・特亜の人権主義者も全く触れていないのではないでしょうか。
だとしたら、植村の行為は残虐非道極まりない欧米・旧ソ・特亜による暴力行為を正当化し、尚且つ隠蔽する為に日本を攻撃している、とんでもないレイシストであり、反日ファシスト、太一さんの表現を借りれば『隣国の極右』、ウルトラナショナリストという事になります。
>「勇気を持って辛い体験を話した慰安婦のおばあさんたちの尊厳をも傷つける」
虚栄心・自己顕示欲、そして金品の為に、日本国民の尊厳を悉く傷付けてくれましたね。
>「歴史修正主義者の動き」が出てきたとして「教科書から慰安婦問題を除くべきだという運動が始まり、そのリーダーの1人が安倍(晋三)首相だ」と批判した。
>植村氏非難を繰り広げる言論人として、ジャーナリストの櫻井よしこさんと東京基督教大学の西岡力教授の名を挙げ、櫻井さんについて「暴力的な言辞を繰り返す側に立ち、あおっている」と述べた。
植村さん、あんたは歴史のみならず、ありとあらゆる事を捏造して、日本人を苦しめ、地獄の淵に追いやる(死刑ならぬ)私刑執行人だね。
これほど暴力的な言辞を繰り返し、レイシズムを煽り、人の名誉を傷付け、心身に深い傷を負わせようとする残酷この上ない所業の数々は、簡単には償えません。
ひ‐はん【批判】.
[名](スル)
1 物事に検討を加えて、判定・評価すること。「事の適否を―する」「―力を養う」
2 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の―を受ける」「政府を―する」
3 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/186757/m0u/
まず3に当て嵌まらないことは明白です。哲学でも研究でも、成立条件を明らかにすることでもありませんから。
2にも当て嵌まりません。誤りや欠点を指摘された事に逆上し、自分が気に入らない人間の名誉を棄損しただけです。ただの犯罪行為です。正されるべきは植村自身の言動です。
1の場合、自分なりの判定・評価をしたという点は当て嵌まるかも知れません。しかし、繰り返し繰り返し、根拠に基づかない身勝手極まりないヘイトスピーチを展開しただけで、論理的に検討を加えた形跡は全くありません。
強いて言えば、「攻撃」「バッシング」「非難」「叩く」という言葉が、「批判」という言葉より適切だと思います。
産経は他に適切な表現が思い浮かばなかったから、いつもの様に「批判」という無難そうな言葉を使ったのか、それとも「公平・中立」である事を強調する為に、「批判」という言葉を使ったのかは分かりませんが、植村の主張という名のヘイトスピーチに、正当性を匂わせる様な「批判」という語句を使ったのは、メディアとして失格です。
「戦勝国に泣きついた」という表現は端的で分かり易いですね。今後も使っていきたいです。
>日本の反日レイシストも韓国も自分達の主張(というか妄言・ヘイトスピーチ)を押し通す為に、必死で他国を利用します。その国の威光を借りて日本人を屈服させる為に。
まさにその通りですね。
そして外国の目に病的に弱い日本人の弱点を悪用しています。
>植村氏非難を繰り広げる言論人として、ジャーナリストの櫻井よしこさんと東京基督教大学の西岡力教授の名を挙げ、櫻井さんについて「暴力的な言辞を繰り返す側に立ち、あおっている」と述べた。
つまりアメリカ様に、櫻井氏や西岡氏をリンチしてください、社会から抹殺してください、と言いたいんですかね。
>植村の行為は残虐非道極まりない欧米・旧ソ・特亜による暴力行為を正当化し、尚且つ隠蔽する為に日本を攻撃している、とんでもないレイシストであり、反日ファシスト、太一さんの表現を借りれば『隣国の極右』、ウルトラナショナリストという事になります。
そうとしか言いようがありませんよね。
>虚栄心・自己顕示欲、そして金品の為に、日本国民の尊厳を悉く傷付けてくれましたね。
同感です。
同時に、アメリカに住む日本人が、植村の誤報によって言われない差別を受け、人権を侵害されました。
>植村さん、あんたは歴史のみならず、ありとあらゆる事を捏造して、日本人を苦しめ、地獄の淵に追いやる(死刑ならぬ)私刑執行人だね。
これほど暴力的な言辞を繰り返し、レイシズムを煽り、人の名誉を傷付け、心身に深い傷を負わせようとする残酷この上ない所業の数々は、簡単には償えません。
こういう大悪党に限って、生命力が強く、しかも罪も償いませんよね。
>産経は他に適切な表現が思い浮かばなかったから、いつもの様に「批判」という無難そうな言葉を使ったのか、それとも「公平・中立」である事を強調する為に、「批判」という言葉を使ったのかは分かりませんが、植村の主張という名のヘイトスピーチに、正当性を匂わせる様な「批判」という語句を使ったのは、メディアとして失格です。
こういうのって、「メディアコード」なんでしょうね。かずさんがされたような分析などは一切無視して、決まり事をそのままやるだけ。西村幸祐さんもマスコミ勤務時代を回顧して、それを指摘されていましたが。
隣国の極右など売国団体のことは「市民団体」、そいつらによるヘイトスピーチは「批判」。
逆にそれらを批判すると「持論」と表現し、誰も賛同していないという空気を醸し出す。そういう主張をする団体は「右翼」「極右」。
結局産経も、朝日などと大差ない、報道ファシズムの一翼だということが分かりますね。