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日々あれこれ思いつきメモ

日記というよりもメモ? そんな思いつきを書いただけ……。

情報の取捨選択と共有

2013-02-03 10:15:56 | 時事
沖縄と東京では情報量に圧倒的な差がある。それは仕方のないことだ。
いくらインターネットが普及したところで、ネットを通しての体験と実体験とでは全く違う。
首都と地方で差があるのは当然で、それは他の国でも同じことだ。
ただ、沖縄の場合、情報に関してはある種偏っているような気がする。
沖縄の人にとっての問題は、首都圏の人にとっては何ら問題として感じられない。
しかし、沖縄の持つ問題の一部(基地)は沖縄だけの問題ではなく、日本という国の問題なのだ。
そして、首都圏から発信される情報は取捨選択されて、沖縄でも発信されるが、
沖縄から発信される情報は選択されないのだ。

ただ、沖縄の新聞の取捨選択にも問題があるような気がする。
米兵の問題行動に関して、まるで沖縄だけで行われているように県民に報道している。
確かに、その数は圧倒的に多い。
しかし、横須賀など他の米軍基地のある地域でも行われているのだ。
そのことを沖縄の人は知らない。
それは、沖縄の人のせいではない。
沖縄のメディアのせいだと思う。
もちろん、沖縄には基地が圧倒的に多いし、他の都道府県とは比較にならない。

ただ、同じような思いをしている人が他の場所にもいるのだということを意識するべきだと思うし、それをきちんと報道するべきだと思う。

そして、同じような思いをしている人たちとつながるべきではないだろうかとも思う。
沖縄一県からだけの発信は、抹殺されてしまう。
所詮は1億分の100万なのだから。
より多くの声を集めることが不可欠なのではなかろうか。

沖縄の問題に関する追記

2013-01-24 14:15:29 | 時事
「沖縄は無視されている」ということについてだが、実は”無視”されていると同時に”無関心”のだ。
多くの人の場合、沖縄への関心と言えば観光だ。だから、沖縄県も観光に力を入れているし、観光によってほんの少しの富がもたらされるわけだ。

さて、”無視”と”無関心”のことだが、これは言うまでもなくまったく違う。
沖縄の基地、オスプレイなどの問題に関して、多くの人たちは無関心であると僕が思う。
今は沖縄に住んでいるので、実際のところは分からないが、僕が東京に住んでいた頃はそんな問題が話題に上ることはほとんどなかった。
時折、何かの事件がニュースで流れる程度で、それもすぐに忘れ去られてしまう。
忘れ去られるのは、無関心だからだ。

そして、国はその”無関心”をいいことに”無視”をするのだ。

原発に関しても、3.11以来多くの人々が無関心ではなくなった。
だから、国は動かざるを得なくなった。
だから、原発に関わるさまざまなことに関して、常に関心を持ち続ける必要があるのだ。
もし、関心を失った時、おそらく国は無視をするだろう。

”無視”よりもはるかに怖いのは”無関心”だ。
沖縄もそのことを理解した方がいいと、僕は思う。

沖縄の問題は沖縄自身にある

2013-01-24 09:42:10 | 時事
先日Facebookで、知り合いがシェアしていた「沖縄は差別されているのではなく、無視されているのだ」という記事を読んだ。
正にその通りだと思うし、それは沖縄に住んでからずっと感じていた。
沖縄の新聞(地方紙)に1面で掲載されている基地問題ほかは、全国紙ではほぼ掲載されないし、テレビのニュースなどでもほぼ取り上げられることはない。
でも、それは当然の話で、日々何百、何千と起こる出来事の中から取捨選択して、その新聞やテレビ局の主義主張に合ったものを取り上げていくのだから。
事実、僕が東京に住んでいた頃、沖縄関連のニュースに接するのは年に数回あればいい方で、1~2回程度だった記憶がある。
自ら沖縄に関するニュースを検索でもしない限りは、ほとんど目にすることがないのが現状なのだ。

さて、それを”無視されている”という言葉が正しいのか?
確かに、ほとんどの人々は沖縄の基地問題その他の問題に対しては関心がない。
それは本当の話だ。
なぜなら、県外の人たちにとっては、沖縄に基地があることは既定事実と化しているからだ。
そういうものだと意識されているのだ。
例えば、騒音に悩まされていると言っても、それは体験していない人にはそれを想像することも出来ない。
仮に、旅行などに来て一回体験しても、それが毎日のことである場合のストレスがどれほどのものかなど想像出来るわけがない。
実際、僕も普天間や嘉手納の騒音を想像出来ないし、そのストレスも想像出来ない。

東京で行われた原発のデモのことを思い出して欲しい。
東京で何万人もの人が参加し、大江健三郎、坂本龍一など世界的にも影響力を持つような錚々たる人たちが参加していながら、それに関する報道はテレビのニュースでは数分程度。新聞は見ていないので分からないが、キャンペーンは張っていないだろうと思う。
東京で行われたデモですらその程度にしか扱われないのだから、沖縄で10万人集めようが、20万人集めようが無視されて当然なのだ。
しかも、オスプレイに関しては、ほとんどの人はおそらくすでに忘れ去っている。
嘉手納にさらにオスプレイが追加配備されようと、県外に住む人にとっては関心のないことなのだ。

しかもネット上などでは心ない人たちは、沖縄の特別財源などについてはまるで泥棒扱いであるような書き込みがされているのを幾度か見たことがある。
非難を覚悟で書くが、沖縄自身も考えなければいけない。
政府が沖縄の特別財源を認めるのは、「金は言うとおりにやるから、基地については黙ってろ」ということなのだ。
さらに言えば、沖縄自身もそのことを理解しつつも「基地を移転させろ、オスプレイの配備をやめろ」と言っているのだから。

沖縄県は政府からもらったお金を自由に使えるのだから、そのお金を普天間移転、辺野古反対、オスプレイ撤去などの大規模なキャンペーンに使えばいいのだ。
自由に使っていいのだから。沖縄も本当に基地問題をどうにかしたいと考えるならば、そのくらいのことをやったらいい。
沖縄で10万人集めて集会をやっても何の意味もないのだから。
全国の人たちへ届くようなことをしなければ、何も始まらない。

沖縄の人が基地の問題を語る時、基地か経済かという話を必ずする。
僕はそれは詭弁だと思う。確かに基地で働く人もいるし、基地の地代収入で暮らしている人がいるのも事実だ。
しかしだ、基地がなくなった跡地をきちんと利用すればいい。
普天間基地移転が決まった時、世界の建築家たちを使って移転後の普天間利用計画のコンペンをしていたはずだ。
僕は某建築家の取材をした時にその青焼きを見せてもらったことがある。
それを無駄にするつもりなのだろうか?
正直な話、沖縄県はお金をきちんと使えていない。無駄に使っているとしか思えない。
企画を立てては、ダメにしての繰り返しだ。

だから、一層のこと、普天間移転、辺野古反対、オスプレイ撤去などの大規模なキャンペーンに使えばいいのだ。全国ネットのテレビ番組でも、全国紙の1面広告でもお金さえだせばいくらでも出せるだから。
国からの特別財源はおそらく打ち切られるからだろう。しかし、それで沖縄県は本気であることが示せるはずだ。

身を切る覚悟がなければ、何も変わらない。