goo blog サービス終了のお知らせ 

今日、私が、思うこと。【略して「キョウワタ」】

ハンパな知識でも、今日私が思ったことを、素直に書いてみます。

No.383 体育会系脳科学者

2009年02月16日 12時41分16秒 | Weblog
NHKの「プロフェッショナル」で一躍有名となった脳科学者の茂木健一郎(もぎけんいちろう)さんのブログ「クオリア日記」というものがある。
週に一度は必ず訪れる。
科学者なのでその論は「科学的なるモノ」ではあるが時折出てくる体育会的な文章が面白い。

今回注目したのは「how to argue」(議論の仕方)。
まさに時期は「受験」。
そこをテーマに歯切れよく明快なロジックが展開されている。http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2009/02/how-to-argue.html

幼いころの教育は「国家百年の計」と言われる最重要な事業だ。
家庭で、学校でもっと「教育の質」に目を向けるべきだ。
下記は引用です。
興味のある方はぜひお読み下さい。

◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

本当に大切なのは、「学ぶ」という
ことに対する情熱を植え付けることである。

そうすれば、今の時代、いくらでも
独学できる。

子どもたちの心に火をつけよ。
自分の心に火をつけよ。

日本の「受験」に対する方法論

No.382 これが私の生きる道

2009年02月15日 19時06分42秒 | Weblog
ソフトの春が近づいた。
今日は4チームのオープン戦。
いきなり3試合は結構きつくグロッキー気味である。

私はキャッチーをやっている。
キャッチーを長くやっていると自分の成績よりピッチャーの出来が気になる。

今日はご機嫌だ。
エースが自主トレの成果が出ていい調子だったのだ。

そうなると攻撃陣が得点してピッチャーを楽にしてあげなければいけない。
そのためには出塁してチャンスを作る必要がある。
でもヒットは確率が悪い。
特に私は。

ではどうするか?
私はホームベースに一番近く立ち、インコースはデッドボールを必ずもらう。
逃げない。
今日もデッドボール2つとフォアボールをもらった。
打てない選手としては死に物狂いだ。

そんななりふりかまわない私のプレーに相手の監督さんが私がいないところでこんなことを言ったと試合後に聞いた。

「あの選手は他の選手と比較して出塁に対する執念が違うね」

メチャクチャ嬉しかった。
下手くそにも生きる道があるんだよ、と応援されたような気がした。

No.381 嘘を見抜く力をつけたい

2009年02月14日 13時08分10秒 | Weblog
気になるテーマは何度も書いている。
しつこい性格だ。

地球温暖化もその一つ。

最近わかってきたことは政府やマスコミが「これは間違いない」と断言することこそ疑う必要がある、と言うこと。

私は地球温暖化についてアメリカの元副大統領やらがノーベル賞をもらったあたりからさらにその疑いを強めた。

最近の報道で地球の平均気温は冷え込み始めた、と聞いた。
様々な要素がからんでいる。

もちろん私も炭素ガスによる温暖化を否定する者ではない。
ただ「気候を決定づけるのはそれだけではない」と言っているだけた。
例を出せば太陽の黒点活動などを挙げてきたと思う。


ちなみにノーベル賞受賞後の世界を見てみると「炭素ガス憎し」とばかりに爆走している。

まずは原発の復権。
日本とフランス以外の先進国は原発の増加に慎重だった。
あのアメリカですらスリーマイル島の大事故以来開発は止まっている。
ドイツもその他の国々も慎重だった。

だが今や先を争って原発を作り始めた。

自然エネルギーも同様。
オバマ新大統領の景気対策でも最重要の柱だ。

結局カネが絡んでいるのではないか?

アングロサクソンが考えそうなシナリオである。

ものごとを自分の持つ知識と自分なりの努力で入手する情報と最後は感性で判断しないといけない時代になってしまった。

あまりにも嘘が多すぎる。
「情報化社会」は「嘘社会」と認識したい。

No.380 脱・八方美人

2009年02月13日 15時58分19秒 | Weblog
私は美人でも無いのに「八方美人」を気取る傾向がある。
それに自分で気づくとすごく嫌な気分になるし、他人から指摘されるともっといや~な後味となる。
営業職なのでどうしても「外面」をよくすることは当たり前だ。
でもそのほかの部分まで頑張る必要は無い。

こう言いながら「ウラオモテ」の激しい人を見ると、本当に哀しい気分になる。
「卑しい」とさえ思う。

ではどうすればよいか?
答えなんて無い。
でも誰からも好かれるようにする必要は全く無い。

少しだけいやなことがあったが、こう思うことで何も残らない。
ストレスをためこむと、病気になる。

そんなことがわかってきて、少しだけ大人になった。
嫌な人とは付き合わなければいい。
無理して付き合うとビョーキになるか、嫌な色に染まってしまう。

心身ともに健康であり続けること。
そうしないといい仕事はできないと思う。

No.379 偉大なる創業社長

2009年02月11日 23時55分49秒 | Weblog
ウォルト・ディズニーの伝記を読んだ。
本編総ページ数約320ページと言う大作だ。
ページを埋める写植も通常の倍近くあり、かなり気合いが必要だったが、途中から夢中になってしまった。

「翻訳者あとがき」によると彼の生涯はその名声に比較すると知られていなかった。
でも一部のアーティストを除き作品や功績と人生は一致しない。
きっとする必要も無いのだろう。

彼はロイと言う実兄と二人三脚で約半世紀の間会社を経営した。
二人は全く違う性格でピンチの連続を乗り切ってきた「戦友」だ。

意外なことに彼は漫画家としての才能は一流ではなく、プレゼンテーションの天才だった。
また次から次に叶えたい夢が現れ、安閑としている時間がない人生だった。

私は卒業旅行で友人と米フロリダはオーランドのディズニーワールドに行ったことがある。
広大な敷地にディズニーランドだけでなくゴルフ場や未来都市エプコットセンター、リゾートマンションなどがあり、その間をモノレールが走り抜けると言うとてつもなさに、呆然とした記憶がある。

ロサンゼルスのディズニーランドには行ったことはない。

彼が莫大な借金と兄ロイをはじめとする周囲の猛反対を気にしつつも押し進めたこの夢の国は大絶賛されたが彼はオープン後もその運営のチェックを怠らなかった。

■パークの運営をはじめてまもなく、ウォルトは園内の警備は業者に任さず、社内の人間を訓練することに決めた。
「僕らが求めているような礼儀の良さを、外部の業者に要求しようったって無理さ。
ここに来るお客さんは、ただ商売上の顧客としてでなくて、ゲストとして扱わなくちゃいけないんだ」

東京ディズニーランドにもその意志が受け継がれている。
そのあたりが徹底されているのがすごいところだ。

彼は映画とディズニーランドの違いも語っている。
映画は完成したらもう手を入れることは出来ない。
でもディズニーランドはどんどん成長させることができる、と。

自宅の庭に実際に手作りの機関車を走らせた子供心いっぱいのアーティストの「最高のおもちゃ」だったと思う。

そして私が最高に感心したことは膨らむ施設改良費用を気にするスタッフに
「お客さんはこのコスト以上にこの改良を気に入ってくれると言う確信が僕にはある」
と説得しているところだ。

自分の感性を信じトコトンやりとおした「創業者」の男の清々しさを感じた。

ただそのホスピタリティスピリッツが広がっていかない謎にも気がついた。

No.378   「志」は愛だと思う。

2009年02月10日 12時42分32秒 | Weblog
尊敬するクリエイターが静岡市に数人いる。
その一人がこんなことを言った。

「初めて会った時のことを覚えていますか?」

正直すぐには浮かばなかった。
一生懸命考えたが浮かばなかった。
悔しい・・・。

彼は続けた。
「初めての仕事は成就しませんでした。
ただその時にすでにコピーは出来ていました。
それが先日仕事場を整理していたら出てきたのです。
それを見せたくて。」
と言ってファクスしてくれた。

いろんな意味で申し訳なかった。
ただそのコピーを見て驚いた。

彼は「次回仕事があったら使えそうですよね?」と電話口で微笑んでいる。
なんだかとっても嬉しかった。

「志」という言葉が好きだ。
彼も好きだと言う。

やっぱり私は「感動する仕事」を「志のあるスタッフ」としたいんだ・・・・と改めて感じた出来事だった。

No.377  プリンシプル

2009年02月09日 12時54分59秒 | Weblog
昨日に引き続き白洲次郎のお話。

彼が大事にしているもうひとつの言葉が「プリンシプル」。
「原理・原則」という意味だ。
私が読んだエッセイも「プリンシプルの無い国 日本」というタイトルだった。

彼は「こういうプリンシプルを持たなければいけない」というようなことは言わない。
「自分のプリンシプルをもて」と言う。
そのプリンシプル同士がちがっていて当然。
それを議論してわかりあうべきで、そのことで思想や行動は深まっていく。

賛成だ。

プリンシプルの無い人に限って、人を否定する。
ディベートが出来ない。
私はただのおしゃべりではなく、「会話」が好きである。
学歴も地位も関係なく、「楽しい会話」がしたいと思う。
楽しい会話には「気づき」があり、「生きるヒント」がある。

そこに活発な質問や議論が始まる。
でもこれをあんまりやると友達がいなくなるんだろうね・・・日本では。
でもイギリスなんかは大学の中に「議論するカフェ」のようなものがあり、教授なんかも一緒に議論しているらしい。

日本は大好きな国だが、議論が無い国なので少しさみしい。

よい議論は「成長の肥やし」だと信じているから。

No.376 プリミティブな正義感

2009年02月08日 23時00分20秒 | Weblog
最近クルマ移動が相当多くなっている。
1日200kmも珍しくない。

そんな時はやっぱりCD講演。
今回は「白州次郎という生き方」。
彼のエッセイは以前読んでいた。
日本人離れした言動は相当魅力的だった。

終戦直後GHQとの交渉を実務レベルでした男として名を馳せている。

「日本はアメリカに戦争で負けたが、アメリカの奴隷になったつもりはない」

痛快である。

そんな彼が大事にしたキーワードの一つが「プリミティブな正義感」だった。
何も知らない子供が感じる正義感。
そこに彼はこだわったと言う。
いくつになっても彼は純粋だった。
「悪いものは悪い」
と言える人だった。

現代を生きる私たちみな忘れてはいないか?

No.375 弔辞

2009年02月07日 17時52分30秒 | Weblog
高校野球部の先輩が病死した。
建設会社の社長と言うこともあり、盛大な社葬だった。
そんなに親しかったわけではないが、葬儀に行けば、わかる。
惜しまれて逝ったかどうかが。

私の尊敬する恩師が先輩として弔辞に立った。
この方はこのような場合公立高校の教師であるにも関わらずありきたりの言葉を使わない。
自分の気持ちを自分だけの言葉で語る。

これはある意味、きつい。
涙腺バクハツである。
喪服に流れ落ちた涙は乾くと塩になることを知った。

私の同級生が亡くなった時も恩師が弔辞に立った…事故で急死した友人に送られた言葉は本当に素敵なものだった。
私はその時(自分が万一恩師より先に逝くことがあれば弔辞を予約したい)と真剣に思ったことを思い出した。
もちろん口に出したことはない。

そしてまた今日再び思った。
多分恩師は立ってくれる。
そう言う人なんだ。
恩師の教え子だったことを神様に感謝したい。

No.374 「効率主義」からの脱却

2009年02月06日 22時58分31秒 | Weblog
「もっともっと頑張りなさい」と日本人はよく言う。
誰もそのことを批判する人はいない。
「昨日ここまでできたんだから今日はもっとできる」
この程度の話までなら、まだかわいい。
「成果」の概念。

「成果」がある程度のところまで行くと
「そこまでしか行かないのなら、もっと速くできるようにしなさい」
と言われる。
「効率」の登場だ。

世界の中でも圧倒的に「効率」を追求してきた日本人。
今回の不況でそれが裏目に出たような感がある。
不況になると爆発的に人が余る。

突然「効率」を落としてまでのワークシェアリングなどが導入される。
人間の欲望は「無限大」だ。
経営者として「成果」も「効率」もというのは確かに分かる。
社員とその家族を食べさせるために必要な「経営の拡大」。

ただ「拡大」はリスキーだと言うことを、今回の不況は教えている。

これからは「身の丈経営」。
いたずらに大きくせず、「細く、長く継続できる」経営へ。

ただノドモト過ぎると忘れちゃうかもね。
日本人忘れっぽいあるから。