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今日、私が、思うこと。【略して「キョウワタ」】

ハンパな知識でも、今日私が思ったことを、素直に書いてみます。

No.358 年賀状コミュニケーション

2009年01月19日 12時51分12秒 | Weblog
年賀状は毎年250枚くらいプライベートで書く。
何かの調査で日本人の平均は80枚くらいとのこと。
どうやって平均を出すんだろうね?

私の場合、結構しつこく出し続けるんで嫌な人もいるんだろうと最近気づいた。
遅いかもしれないが、気づかないよりはいいだろう。
返事が来ない人、圧倒的に遅い人には書くのをやめた。
そうすると当然来なくなる。
時々忘れたときにやめた相手から来ることもある。
不思議な現象だ。

毎年出す相手からは「どうせ今年も来るんだろうから」ということで、お互い出してしまう。
そうするとどうなるか?
お互い言いたいこと、聞きたいことを言い合って終わってしまうのだ。
次のコミュニケーションは1年後・・・。
考えてみれば変な話である。

毎年来た年賀状の中に「!」と思うコメントが数枚ある。
(大丈夫かな?)
と思うことも多い。
絶対電話しよう、と思う。
でも電話しないことも多い。

中学2年生の時の担任の先生からの返事が気になっていた。
「前立腺がんで苦しんでいます。
今年はぜひ会いましょう」
と言うものだった。

驚いてしまった。
今年は絶対に会いに行こう!
と思って年賀状を他のものから抜き出しておいた。

神様は見ている。
今月お客さんから紹介を受けた女性が、その先生の娘さんだった!
「よく父からお話を聞いています」
漫画のような話だ。
お父様と同居中ということで、電話でお話も出来た。

年賀状コミュニケーションも長く続けていると、こういう運を確実に呼び込むのだと確信する出来事だった。

No.357 祈ること

2009年01月18日 19時51分24秒 | Weblog
娘が受験だ。
私は全くダメオヤジでロクに協力できていないので、直前に浅間さんで合格祈願してきた。

まさに困った時の神頼みである。
お守りも買った。
「サクラ、サク。」

ついでにご先祖様のお墓にもお願いに。
(あなたのひ孫はよく努力しております。
志望校に合格させてやって下さい…)

友人の墓にもお願いに。

神仏にすがるしかダメオヤジに出来ることは、ない。

でも世の中自分のこと以外はそんなものではないか?

我が子も含めて自分以外のものを支援するのは金銭か愛(祈ること)しかない。

現実を前にして大した言葉もかけられないダメオヤジである。

No.356 「僕の仕事はあなたの期待を上回ることです!」

2009年01月17日 16時51分30秒 | Weblog
中村文昭さんの名言である。
大好きな言葉だ。
「大好き」と言い切れると言うことは、自分の中にそういう思いがあったんだろうと思う。
実践しているかどうかは別として・・・。

人生は日常とサプライズで出来ているように思う。
よいサプライズが多い人生のほうがいいに決まっている。
おかげさまで私はかつてよいサプライズをたくさんいただいてきた。
あれも、そして、あれも・・・。

だから自分も周囲の人や大事な人たちによいサプライズで返していかねばならないと強く思っている。

今回はお客様と面談し、宿題をいただいた。
宿題がいただけるのは本当に光栄なことである。
ただし難しいことも正直、ある。
でも立ち向かわなくては、自分の成長はない。
そこで24時間以内にふつうではできない提案にチャレンジして再度お客さんを訪ねて見ようと思った。
前の晩の集中力は物凄いものがあった。
5時間集中した。
なかなかよい出来のものが、あがった。

今朝9時に電撃訪問。
幸運にも面会できた。
見せた。
サプライズの後の、ほころんだ顔!
あとでお電話をいただいた。

「自分でも感激し、他の社員にも見せたがみんな感激している。
本当に素晴らしい!
ぜひあの企画で行きましょう!
すぐにもとりかかってください!!」
というお褒めの言葉をいただいた。

最高の気分である。

No.355 おもしろいこと

2009年01月15日 12時45分16秒 | Weblog
突然会社に知らない人から電話があった。
有名な外資系の保険会社の人。
やっぱり知らない。
その会社に知人はいる。
が、静岡にはいない。

その人はこう切り出した。
ある方からご紹介をいただいた。
保険の勧誘ではないので安心して欲しい。
15分でいいので話を聞いてくれないだろうか・・・と。

誰の紹介ですか?
という質問にも会った時にお話したいと切り返された。
悪い感じの人ではないので、会う約束をした。

会って見て驚いた。
その人はヘッドハンティングの担当者だったのだ。
(正確に言うと私は組織のシッポなのでヘッドではないが)
ある人の紹介で会いにきたとのこと。

ひとしきり世間話をし、盛り上がる。
広島出身の彼は当地でも被爆体験を義務教育でこんな風に教わった・・・などと興味深い話もあった。

そこで本題。
ある人からあなたの紹介をいただきやってきた。
「優秀な知人を紹介して欲しい」
というシステムをとっているらしい。
驚いて、次に恥ずかしくなった。
誰?誰?そんな無責任な紹介をするやつは!!

当然誰が?は知りたいが、そんなにムキになる必要もない。
ありがたき誤解を幸せに受け止めよう。

私は転職を繰り返し、最後の職場と思って今の会社に入ったのだ・・・と経緯を説明。
彼は初対面はこの程度で結構です。
また会いましょう、と言う。
面白い人だ。

結局「誰が私を紹介したのか?」は、聞き出さなかった。
そんな奇特な人がいることをイメージする自由が失われてしまうから。

だってちょっとドキドキする経験もさせてもらったから。
ありがとう!
誰かさん。

No.354 東京の感情は麻痺している。でも否定できない。

2009年01月14日 12時52分19秒 | Weblog
先日久しぶりに山手線に乗ったときのこと。
車内アナウンスが入った。

「前の駅で線路に落下した人がいます。
ご迷惑をおかけしますが、今しばらくお待ち下さい」

すぐそばに立っていたカップルの女性が苦笑した。
「なんで落ちんの?考えられない!」
憮然としている。

そこには、迷惑して気分が悪いと言う「怒り」の感情しかない。
落下してしまった人を気遣うことなど考える余地はない。

よく最近の歌にも出て来るが、確かに東京の感覚は麻痺している。
でもよく考えて欲しい。

最初はガザ地区の戦争で民間人が10人死んだと聞けば「ケシカラン!」と思っていた人が、今や累計数百人の死者が出ても慣れてきてしまっていないだろうか?

派遣切りだって同じだ。
最初は数百人契約中止!と言われて大騒ぎしていたが、その後は相対的な人数に注意が移り、その企業規模や内情に関係なく報道は垂れ流されている。
受け取る側も、もう「日常」になってしまった。

人間は「慣れる動物」だ。
どんな過酷な状況にも慣れるらしい。
もちろんそれは「鈍感になる」ことと同義だ。
だからたまに東京に行く人間が世界でも有数の大都市であり、事件事故が多い場所に行って当惑するのも無理はないが、そこに暮らす人々を「人でなし」と批判することも「?」である。

「人でなし」の都市をつくってきたのも、私たち。
そこに暮らす人たちも毎日必死に生きている。
ただ生きるために「慣れてしまっている」だけなのだ。

でも「異常な状態」は「異常な事件・事故」を呼び起こす。
ますます東京から気持ちが遠ざかる。

No.353  私の誇り

2009年01月13日 12時37分29秒 | Weblog
毎年行われている大学野球部の新年会に参加した。
なんと卒業してから一度も途絶えたことのない珍しい会である。
みんな飽きもせず同じ話題で笑っている。
もちろん自分も、だ。

5年に一度の目安で「新ネタ」が飛び出す。
まだ時効が過ぎていないと言う判断で個人が暖めていた「懺悔ネタ」だ。
今更怒っても仕方ないが、怒らないと面白くない(笑)。
(そうだったのか、こいつ・・・)
と思いながらピーチクパーチクあの頃に戻って言い合っているのがいい。

この仲間だから言えることがある。
4年間同じ釜の飯を食った仲間だから。
1年生の苦しい時代を、みんなで乗り切った仲間だ。

見てくれも少しずつ変わっていくが、実はみんな内面もしっかり成長しているのが面白い。
歳をとって「丸くなる」というのとは少し違う。
味わい深くなっているのである。

この会は私の誇りである。
グラウンドのそばにあるお好み焼き屋さんの味も変わらず、マスターもママさんも「私の父母同然」である。
そしてかけがえのない仲間たち。

野球を4年間続けて、こんなやつらと出会えて、私は幸せだ。

今年こそお好み焼き屋の両親に写真を送らねば!!

No.352  粋なはからい

2009年01月12日 17時48分58秒 | Weblog
何年ぶりか分からないくらい久しぶりに母校のキャンパスに立ち寄った。
学生時代あまり通わなかったが、記憶と言うものは意外とシッカリしていて「変わったもの」を中心に目が行く。
それはまず敷地を取り巻くレンガの壁やその周辺の造作から、校舎のつくりまで。

「1号館」と言われるレンガ造りの建物はこの大学のシンボルである。
時計台を持ち、総レンガ造りで、つたが絡まる私のお気に入りだ。
大正年間に建設されたこの建物は関東大震災にもビクともしなかったと言う。
ただ私の記憶が間違いなければ写真の塔の高さが違うのはこの地震のせいではなかったか?

今は姪がこの大学に通っているので質問したことがある。
「1号館には冷房がある?」
「あったかな・・・ないかも」
「暖房はスチーム?」
「どうだったかな?
「窓は相当力がないと開かないでしょ?」
「・・・」

在学中はそんなものである。
マニアックな質問に呆れられてしまった。
でも私が知る限り「1号館」はほとんど私が受験した当時と変わっていない。
卒業生としてはとてもうれしい。
粋な計らいである。

もちろん新しい建物ができているが、そのすべてがレンガカラーの従来の建物とマッチングしている。
天晴れである。

「第一学食」に寄った時にも驚いた。
見た目は全く変わっていないのに、その見えない後ろ部分を増設しているのである。
しかも元々あった壁などをうまく利用して、イメージが変わらないように最大限の配慮がなされている。

都内では無粋なビルが敷地内に建ち全体のバランスを大きく崩している大学が見受けられる。
そんな中、とてもとても嬉しく思える訪問だった。
子供のようにはしゃいでしまった。

No.351 ほんの少しのこと

2009年01月09日 22時46分00秒 | Weblog
事情がありタクシーを拾った。
品のいい運転手さんだった。

「最近タクシーの運転手さんが殺されたりして物騒ですね」
「いくらももっていないのにね!!」
と会話が始まった。

どうせとるならしっかり考えて3億円強盗くらいに派手にやったほうがいい・・・と話はエスカレートした。
まぁ、半分冗談だが、世の中冗談のような話が多すぎる。

コンビニ強盗も相変わらず後を絶たないが、私のバイト経験だとレジに多くのお金がたまると勝手にレジが警報を鳴らす。
「お金を安全なところに移動させろ」
と人間に命令するためだ。
その指示が出るとお金は簡単には盗めない場所に移動させられる。
レジにはいつもしょぼい額しか残らないシステムだ。
よくできている。

切羽詰って強盗するのは本当に人生もったいない。
少しだけ頭を冷やして、考えたほうがいい。
前科一般は同じなのだから。

この運転手さんは駅前の交差点で信号に捕まった時、もう精算ボタンを押してしまった。
通常この赤信号を待ち、青になってロータリーに突入し、停車位置が決まってからの行為のはずなのに、だ。
ふだん運賃メーターの上がり具合に敏感になってしまう小市民の私がこの行為に感激してしまった。
そういえば乗車時も走り出してからボタンを押していた。
こんな余裕のあるプロになりたい・・・と思ったら嬉しくなってきた。

精算金額は1070円。
出した金額は1100円。
お釣りはいりません。
強盗に襲われないように気をつけてくださいね!
たった30円で偉そうな物言いだが、そう言いたかった。

ほんの少しのことに心があったかくなった一日だった。

No.350 救急車と人生の歯車

2009年01月08日 23時01分50秒 | Weblog
世の中の時間を刻む大時計には「大きな歯車」と「小さな歯車」があると思う。

私は運命を信じる。

大きな時の流れは「大きな歯車」が刻んでいて、これにあらがおうとしても難しい。
これは定められたもの=運命そのものである。
だが「小さな歯車」は時としてちょっとしたことで刻むリズムを変える時があるのではないか?と思っている。
時代の大きな流れにとっては「ほんの少しの誤差」の範囲である。

私は救急車に出会うと祈りたくなってしまう。
どんな人がどんな症状で乗っているのか知らないが、可能であれば間に合って欲しい。
そして「小さな歯車」を少し止めてでも、命とその周囲にいる「やさしさ」に免じて救って欲しいと思うことがある。

道路上で死に絶えてしまう動物たちには本当に申し訳ないと思いつつ。

No.349 CHANGE!?

2009年01月07日 14時57分37秒 | Weblog
「今までのやり方ではダメだ!
とにかくやり方を変えろ!!」

方向も示さずにこう言われたら、普通の人はどう思うだろうか?
米国の新大統領ではないが、「変革の年」とか「チェンジはチャンス」とか不況になって急に言われ始めている。

たしかに一理、ある。
今回の不況は構造的なものだと言われているし、長期化するとも言われている。
頭も体も使わないと切り抜けられそうに無い。

でもコツコツ積み上げてきた人間にとってはやはり(???)と思わざるを得ない。
こういう非常時にこそお客様との関係が請求書一枚の関係かどうかが試されるのではないだろうか?

広告代理業があまり尊敬される業界ではないのが、このあたりではないだろうか?
逆に得意先が苦境に立った時こそ、普段の時以上に汗を流す必要がある、と私は思う。
質の悪い広告マンは「金の切れ目が縁の切れ目」と去っていく。
そしてまた不毛の営業を繰り返すのだ・・・。

私の認識では「広告業」は「スペース売りの代理業」から「付加価値創造業」を経て、「お客様のコミュニケーションコンサルタント」になるしか生きていく道は無いと思う。

どこで買っても同じものは一番安いところで買う。
当然である。

私が目指すスタンスは「どこにも売っていないもの」になること。
そして「ワンストップ営業」になること。
険しい道のりではあるが、どんな業界でも「オンリーワン」になるのは簡単ではないはずだ。