時間が経ってしまったが,2月17日に開催された北九州マラソン2019に出場したのでレポートします。
前日の夕方に小倉駅を降り,受付会場へ向かった。
小倉駅の北口には,動く歩道が整備されており,受付会場の西日本総合展示場新館までは徒歩5分とあったが,実に楽ちんであった。
動く歩道は大阪や東京駅にあるものが有名であるが,小倉のは実に長い。
人口比で考えれば無駄なエネルギーを消費しているのではなかろうかと思ったが,これを動かす電力の一部は,通路デッキや広場に設置されている太陽光と風力の発電装置でまかなわれているそうな。
さすがに環境首都をうたう北九州市である。
宿はなじみのある福岡でとっていたため,新幹線自由席で博多へと向かった。
小倉~博多間は約67kmと距離が長いので,新幹線の隣接駅間に設定される特定特急料金で乗れるとお得感がある。
マラソン当日はさらにお得な「新幹線よかよかきっぷ」で往復した。
さて,当日は朝の6時57分に小倉駅に着いた。
スタート地点は小倉駅の南口から魚町銀天街を歩いて紫川を渡ってすぐの,北九州市役所の南側である。
駅から歩いて15分くらい。
ゴール地点は前日の受付会場のすぐ近くなので,スタート/ゴールがいずれも小倉駅徒歩圏内であり,こんなにアクセスのよい大規模市民マラソン大会は初めてだ。
朝の7時台は薄曇りで肌寒く,時折小さな水滴が降ってきた。
天気予報では晴れで,徐々に気温が上がる予想だったので,シャツを長袖にしようか半袖にしようか迷ったが,後半の海沿いで風が強くなって袖がびらびらして抵抗を受けるのを避けるために,福岡同様半袖にアームカバーを着装して走ることにした。
グローブを忘れないようにと,荷物をまとめたあとはウインドブレーカーのポケットに入れておいたが,ストレッチをやっているうちに手荷物預かり終了5分前になり,慌ててウインドブレーカーをそのまま袋に詰めて預けてしまったため,グローブなしで走らざるを得なくなってしまった。
まだ肌寒かったが,天気予報を信じてスタートブロックに並んだ。
北九州マラソンには「スピードランナー枠」というのがあり,過去2年間で3時間30分以内(男子の場合)の記録があれば申し込むことができ,運良くその枠で当たっていた。
「スピードランナー枠」だと,招待選手らのすぐ後ろのブロックからスタートできるため,ちょっといい気分でスタートを待ち構えることができた。
今回のゲストは,何と増田明美さん!
あのほわわんとした口調で,「スッスッハッハッで頑張ってくださいねー」と叫ばれると,妙に盛り上がった。
もう一人のゲストは中村勘九郎さん。
今年の大河ドラマ「いだてん」で金栗四三役を演じておられる。
ゲストランナーには,かつてオリンピック3大会連続で出場した君原健二さんもいらっしゃった。
とても80歳近くとは思えないほどかくしゃくと見受けられた。
という方々が紹介された豪華なスタートセレモニーののち,9時にスタートの号砲が鳴り響いた。
スタートラインを超えるまでのタイムロスはたった15秒。
この枠はガチランナーにはとても嬉しい。
さて,先月にモートン病を自覚してからは,長時間の走り込みができておらず,インソールの確認のため7~8km走と,ラストスパート対策(?)の3kmインターバル走しか練習してこなかった。
なぜラストスパート対策かと言うと,毎回40km付近でフラフラになるので,「あと2.2km!」と気持ちを張り続ける練習のつもりであった。
今回はサブスリーはおろか,自己新も無理だろうと思っていたので,足への衝撃を気にしながら正しい姿勢で,福岡よりペースを崩さないよう,キロ4分20秒のイーブンペースを目指していた。
最初の5kmほどは一般道の片側車線を走っていたが,反対車線は規制しながらも車が通行していたので,排気ガスの臭いが気になったのは残念だ。
北九州市には東西を通る道路が少ないとはいえ,今後検討していただきたい。
5km通過タイムは21分38秒。
思っていたより順調に足が動いた。
スペースワールド跡地まではちょっとしたアップダウンやカーブが多かったが,負担には感じなかった。
横目に見える解体中のコースターが郷愁を誘う。
絶叫マシンは好きなので,一度は乗ってみたかったなあ。
5~10kmのラップタイムは20分41秒。
これはちょっと速いぞ,と思ったが,足や体への負担は全く感じなかった。
ペースを幾分落としたつもりであったが,10~15kmのラップタイムは21分13秒。
今日は調子がいいみたいだ。
余裕があってこのペースなら,このまま行こう。
と思っていたが,18kmあたりから両足とも母指球と人差し指の指尖球の間(つま先立ちするとき地面と接する箇所)に激痛が走る!
ここは五本指ソックスをしっかり伸ばさずに履くと,しわが寄ってマメができやすい箇所である。
靴下はしっかり伸ばして履いたはずなのに,走っているうちに寄ってしまったのか,マメができてしまったのだろう,仕方ない,と我慢して走り続けた。
モートン病を気にして,両足とも外側(薬指の方)への衝撃を与えないよう,親指側に負担がかかっていたのかもしれない。
小倉駅の北側にある20km地点を通過。
この5kmのラップタイムは21分23秒。
いいペースだが,あと半分ちょっと。
マメがじんじん痛む足でどこまで行けるか。
増田明美さんの声援を受け,ハイタッチする。
有名人ランナーと触れ合えるのは嬉しいし,テンションも上がる。
中間地点を1時間29分台で通過した。
一時間半を切ったのは4年ぶりだろうか。
後半は,小倉~門司港間を海沿いに往復するコースなので,高低差はほとんどなく走りやすい。
沿道からは中高生のダンスチームやおっさんロッカー?の応援が嬉しく楽しく,痛みをこらえながら走ることができた。
30km地点は門司港,ここまで来たら,折り返して後は来た道を小倉まで戻ればゴールだ。
しかし,ポキポキと何度も折れ曲がるコースはマメのできた足に負担が大きい。
いつからか足裏にズレる感じがするので,皮がむけているのだろう。
ここまではキロ4分30秒前後でラップタイムを刻めたが,マメの痛みとやや向かい風で少しペースダウン。
しかし,これまでマメのせいで無理に走ろうとしなかったためか,大きく崩れなかった。
疲れはきているが,いつものヘロヘロ感はなく,35km付近でもまだキロ4分50秒前後で走れている。
このまま行けば,4年ぶりの3時間10分切りは堅い。
キロ5分を超過したのは,37~39kmの2区間だけで,40km手前からスパートォォォのつもりで4分50秒前後に戻せた。
ゴール会場の建物が見えてきた。
マメが痛くてもう泣きそう。
最後の角を曲がると,ゴール上の時計が見える。
3時間8分の後半を表示している。
8分台なら間違いなく自己新だ!
猛スパートでゴールに駆け込むが,ちょうど9分に変わったところだった。
ネットタイムなら8分台のはずだから,自己記録をわずかに更新できた。
マメのおかげで中盤を抑えた結果,後半まで脚力を温存できたのかもしれない。
まさに「ケガの功名」である。
でも,グロスでも8分台を出したかったなぁ。
完走メダルとタオルを掛けてもらい,メロンパンとドリンクをもらった。
そして手荷物をもらって更衣室で着替え。
おそるおそるシューズを脱いでみたら,やはり足の裏は真っ赤。
しかし,血がこびりついてしまって靴下を脱ぐことができない。
無理に脱ごうとすれば皮がちぎれて余計に出血することが容易に想像できたので,このまま帰ることにした。
メロンパンを食べた後,自衛隊の豚汁サービスを受ける。
そして向かいのイベント会場で北九州の物産品を物色する。
走り終わった後は,やっぱりビール!
門司港の地ビールと,小倉の焼きそばを出店で買って食べた。
炭水化物ばかりガツガツと飲み食いしてしまい,ちょっと気持ち悪くなったので,早々に帰ることにした。
でも味はおいしかったので,もっとゆっくり食べればよかった。
帰り道は,前日と同じである。
傷めた足には,動く歩道の存在が大変ありがたかった。
新幹線で博多に戻り,宿で風呂に入って驚いた。
お湯を張った洗面器に靴下ごと足を入れて数分ふやかし,ぺりぺりと靴下をはがすことに成功したところ,何とマメのサイズは両足とも500円玉よりも大きく,破れていた足裏の皮はグイと押しやられて餃子の皮のようにヒダヒダになっていた。
これは痛くて当たり前,こんな状態でよくぞ20km超も走り続けられたものだ!とわれながら感動した。
自己新を更新できたのは,やはり前半~中盤を抑えめにして,後半の走力を図らずも温存できたからであろう。
このようなペース配分を自分でコントロールできれば,サブスリーも可能かもしれない。
昨年は全くイメージできなかったが,何となくできそうな気がしてきたので,また来シーズン頑張ろうと思う。
北九州マラソンは,コースがほぼ平坦で記録が出やすい大会ではないかと思った。
声援もありがたく,運営もよいと思ったが,唯一,記録をその日にもらえなかったのが残念だ。
案内には3月下旬の送付を予定と書かれている。
1ヶ月は長すぎる。
最低でも2週間以内に届くようにしてほしい。
記録はRUNNETで確認できたが,やはり実行委員会が発行したものが最も信用できるからだ。
最後に,モートン病対策については,今回はマメが痛すぎたためにモートン病の痛みは全く感じず,検証できなかった。
マメに勝る痛みはなし?(外傷では)
前日の夕方に小倉駅を降り,受付会場へ向かった。
小倉駅の北口には,動く歩道が整備されており,受付会場の西日本総合展示場新館までは徒歩5分とあったが,実に楽ちんであった。
動く歩道は大阪や東京駅にあるものが有名であるが,小倉のは実に長い。
人口比で考えれば無駄なエネルギーを消費しているのではなかろうかと思ったが,これを動かす電力の一部は,通路デッキや広場に設置されている太陽光と風力の発電装置でまかなわれているそうな。
さすがに環境首都をうたう北九州市である。
宿はなじみのある福岡でとっていたため,新幹線自由席で博多へと向かった。
小倉~博多間は約67kmと距離が長いので,新幹線の隣接駅間に設定される特定特急料金で乗れるとお得感がある。
マラソン当日はさらにお得な「新幹線よかよかきっぷ」で往復した。
さて,当日は朝の6時57分に小倉駅に着いた。
スタート地点は小倉駅の南口から魚町銀天街を歩いて紫川を渡ってすぐの,北九州市役所の南側である。
駅から歩いて15分くらい。
ゴール地点は前日の受付会場のすぐ近くなので,スタート/ゴールがいずれも小倉駅徒歩圏内であり,こんなにアクセスのよい大規模市民マラソン大会は初めてだ。
朝の7時台は薄曇りで肌寒く,時折小さな水滴が降ってきた。
天気予報では晴れで,徐々に気温が上がる予想だったので,シャツを長袖にしようか半袖にしようか迷ったが,後半の海沿いで風が強くなって袖がびらびらして抵抗を受けるのを避けるために,福岡同様半袖にアームカバーを着装して走ることにした。
グローブを忘れないようにと,荷物をまとめたあとはウインドブレーカーのポケットに入れておいたが,ストレッチをやっているうちに手荷物預かり終了5分前になり,慌ててウインドブレーカーをそのまま袋に詰めて預けてしまったため,グローブなしで走らざるを得なくなってしまった。
まだ肌寒かったが,天気予報を信じてスタートブロックに並んだ。
北九州マラソンには「スピードランナー枠」というのがあり,過去2年間で3時間30分以内(男子の場合)の記録があれば申し込むことができ,運良くその枠で当たっていた。
「スピードランナー枠」だと,招待選手らのすぐ後ろのブロックからスタートできるため,ちょっといい気分でスタートを待ち構えることができた。
今回のゲストは,何と増田明美さん!
あのほわわんとした口調で,「スッスッハッハッで頑張ってくださいねー」と叫ばれると,妙に盛り上がった。
もう一人のゲストは中村勘九郎さん。
今年の大河ドラマ「いだてん」で金栗四三役を演じておられる。
ゲストランナーには,かつてオリンピック3大会連続で出場した君原健二さんもいらっしゃった。
とても80歳近くとは思えないほどかくしゃくと見受けられた。
という方々が紹介された豪華なスタートセレモニーののち,9時にスタートの号砲が鳴り響いた。
スタートラインを超えるまでのタイムロスはたった15秒。
この枠はガチランナーにはとても嬉しい。
さて,先月にモートン病を自覚してからは,長時間の走り込みができておらず,インソールの確認のため7~8km走と,ラストスパート対策(?)の3kmインターバル走しか練習してこなかった。
なぜラストスパート対策かと言うと,毎回40km付近でフラフラになるので,「あと2.2km!」と気持ちを張り続ける練習のつもりであった。
今回はサブスリーはおろか,自己新も無理だろうと思っていたので,足への衝撃を気にしながら正しい姿勢で,福岡よりペースを崩さないよう,キロ4分20秒のイーブンペースを目指していた。
最初の5kmほどは一般道の片側車線を走っていたが,反対車線は規制しながらも車が通行していたので,排気ガスの臭いが気になったのは残念だ。
北九州市には東西を通る道路が少ないとはいえ,今後検討していただきたい。
5km通過タイムは21分38秒。
思っていたより順調に足が動いた。
スペースワールド跡地まではちょっとしたアップダウンやカーブが多かったが,負担には感じなかった。
横目に見える解体中のコースターが郷愁を誘う。
絶叫マシンは好きなので,一度は乗ってみたかったなあ。
5~10kmのラップタイムは20分41秒。
これはちょっと速いぞ,と思ったが,足や体への負担は全く感じなかった。
ペースを幾分落としたつもりであったが,10~15kmのラップタイムは21分13秒。
今日は調子がいいみたいだ。
余裕があってこのペースなら,このまま行こう。
と思っていたが,18kmあたりから両足とも母指球と人差し指の指尖球の間(つま先立ちするとき地面と接する箇所)に激痛が走る!
ここは五本指ソックスをしっかり伸ばさずに履くと,しわが寄ってマメができやすい箇所である。
靴下はしっかり伸ばして履いたはずなのに,走っているうちに寄ってしまったのか,マメができてしまったのだろう,仕方ない,と我慢して走り続けた。
モートン病を気にして,両足とも外側(薬指の方)への衝撃を与えないよう,親指側に負担がかかっていたのかもしれない。
小倉駅の北側にある20km地点を通過。
この5kmのラップタイムは21分23秒。
いいペースだが,あと半分ちょっと。
マメがじんじん痛む足でどこまで行けるか。
増田明美さんの声援を受け,ハイタッチする。
有名人ランナーと触れ合えるのは嬉しいし,テンションも上がる。
中間地点を1時間29分台で通過した。
一時間半を切ったのは4年ぶりだろうか。
後半は,小倉~門司港間を海沿いに往復するコースなので,高低差はほとんどなく走りやすい。
沿道からは中高生のダンスチームやおっさんロッカー?の応援が嬉しく楽しく,痛みをこらえながら走ることができた。
30km地点は門司港,ここまで来たら,折り返して後は来た道を小倉まで戻ればゴールだ。
しかし,ポキポキと何度も折れ曲がるコースはマメのできた足に負担が大きい。
いつからか足裏にズレる感じがするので,皮がむけているのだろう。
ここまではキロ4分30秒前後でラップタイムを刻めたが,マメの痛みとやや向かい風で少しペースダウン。
しかし,これまでマメのせいで無理に走ろうとしなかったためか,大きく崩れなかった。
疲れはきているが,いつものヘロヘロ感はなく,35km付近でもまだキロ4分50秒前後で走れている。
このまま行けば,4年ぶりの3時間10分切りは堅い。
キロ5分を超過したのは,37~39kmの2区間だけで,40km手前からスパートォォォのつもりで4分50秒前後に戻せた。
ゴール会場の建物が見えてきた。
マメが痛くてもう泣きそう。
最後の角を曲がると,ゴール上の時計が見える。
3時間8分の後半を表示している。
8分台なら間違いなく自己新だ!
猛スパートでゴールに駆け込むが,ちょうど9分に変わったところだった。
ネットタイムなら8分台のはずだから,自己記録をわずかに更新できた。
マメのおかげで中盤を抑えた結果,後半まで脚力を温存できたのかもしれない。
まさに「ケガの功名」である。
でも,グロスでも8分台を出したかったなぁ。
完走メダルとタオルを掛けてもらい,メロンパンとドリンクをもらった。
そして手荷物をもらって更衣室で着替え。
おそるおそるシューズを脱いでみたら,やはり足の裏は真っ赤。
しかし,血がこびりついてしまって靴下を脱ぐことができない。
無理に脱ごうとすれば皮がちぎれて余計に出血することが容易に想像できたので,このまま帰ることにした。
メロンパンを食べた後,自衛隊の豚汁サービスを受ける。
そして向かいのイベント会場で北九州の物産品を物色する。
走り終わった後は,やっぱりビール!
門司港の地ビールと,小倉の焼きそばを出店で買って食べた。
炭水化物ばかりガツガツと飲み食いしてしまい,ちょっと気持ち悪くなったので,早々に帰ることにした。
でも味はおいしかったので,もっとゆっくり食べればよかった。
帰り道は,前日と同じである。
傷めた足には,動く歩道の存在が大変ありがたかった。
新幹線で博多に戻り,宿で風呂に入って驚いた。
お湯を張った洗面器に靴下ごと足を入れて数分ふやかし,ぺりぺりと靴下をはがすことに成功したところ,何とマメのサイズは両足とも500円玉よりも大きく,破れていた足裏の皮はグイと押しやられて餃子の皮のようにヒダヒダになっていた。
これは痛くて当たり前,こんな状態でよくぞ20km超も走り続けられたものだ!とわれながら感動した。
自己新を更新できたのは,やはり前半~中盤を抑えめにして,後半の走力を図らずも温存できたからであろう。
このようなペース配分を自分でコントロールできれば,サブスリーも可能かもしれない。
昨年は全くイメージできなかったが,何となくできそうな気がしてきたので,また来シーズン頑張ろうと思う。
北九州マラソンは,コースがほぼ平坦で記録が出やすい大会ではないかと思った。
声援もありがたく,運営もよいと思ったが,唯一,記録をその日にもらえなかったのが残念だ。
案内には3月下旬の送付を予定と書かれている。
1ヶ月は長すぎる。
最低でも2週間以内に届くようにしてほしい。
記録はRUNNETで確認できたが,やはり実行委員会が発行したものが最も信用できるからだ。
最後に,モートン病対策については,今回はマメが痛すぎたためにモートン病の痛みは全く感じず,検証できなかった。
マメに勝る痛みはなし?(外傷では)