拈華微笑 ネンゲ・ミショウ

我が琴線に触れる 森羅万象を
写・文で日記す。

 写真とは何か?〜(その2) 『承』の巻

2022年07月21日 | 必撮無眼流

   『写真とは何か』・・・といっても、そこには『私にとって』を付け加えなければ…、いかんなぁ〜と感じつつ

  自分の人生を『写真活動』との関わりの中で還暦スキャンすると、今まで気づかなかった視点から省みることができるこがわかった。

 

  『神戸』という私にとって第二の故郷的場所は今思えば、まさに『神様がいる所』であったであろうか。

  道産子の私が、高卒後最初に就職した東京の新宿京王プラザホテルを3ヶ月で辞職、牛乳屋さんに住み込み配達員として神戸六甲道

  に住みはじめ、神戸に来た理由であった夜間神戸外語大学の受験に落第後、写真専門学校に入学・・・・

  こうした一連の時の流れは、私の気まぐれなその時々の思いつき的行動のように思い、これまで省みることもなかった。

 

  北海道から東京経由で関西の『神戸』に住み着いた私は、なにもかも新鮮で生きる喜びを強く感じていたが

  『神戸』にまで来たことで、それまで18年間生きた、私の様々な『柵(しがらみ)』から、私は完全に解放されていたのだ。

  

  大抵の若者を苦しめる、将来の展望の中で自分が何をやりたいのか? という具体的な目標が定まらない時期…

  これに私自身もそうとう悩んだと思うが、神戸に移り住んだある時、電車の窓から観えるある芸術学院の『写真科』という

  文字をみた時、私の悩みは解決していた。

  それまでの人生のなかで『私と写真』との接点というのが、もしあるとすれば単に『映画好き』・・・ぐらいなもので

  当時19歳だった私が『写真をやろう』、という思いに取り憑かれた原因が何であったのか?解らなかったし、別に解ろうとも

  しなかったのであるが、後に禅の道に進んで『己事究明』に深くかかわる事を思えば、『写真』の選択はその布石であったかもしれない。

  

  もとより写真は視覚芸術で、非言語であり、より『直感』を要求するモノ・・・という認識が私にあり、だから写真家としては

  ブレッソンやロバート・フランクなどのスナップショットという『撮影法』で、深く『人間観察』された作品を好み

  自分もそのような作品作りを目指し、『寝てる時以外はカメラを首からぶら下げていること』を自分に課していた。

           

  この写真は、卒業した写真学校に助手として雇われた頃(24歳)。玄関・台所があり4畳半の部屋は、それまで相部屋とか間借りであったから

  完全に『一国一城』の主になったような気分であった。写真はフイルム現像をしている時の私自身の様子。

  フイルムも印画紙に焼くのも自分自身でやっていたが、フイルム現像する時のかったるい『時』はある意味『瞑想』の始まりであった。

  

 



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (桂蓮)
2022-07-22 03:35:15
すげーです。
芸術作品の石鹸みたいな感じですね。
汚い芸術を洗える石鹸みたいなー
すげえーです。
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打ち上げ花火 (桂蓮さんへ)
2022-07-22 05:20:06
こんばんは。桂蓮さんがくると、気前よく『いいね』マークの『打ち上げ花火』をあげてくれるので気分がいいです。が、『すげー』は桂蓮さんらしくない気がします。
返信する
Unknown (桂蓮)
2022-07-22 12:48:26
実はですねー日本に26年も住んで
しかも学習塾を15年
若い講師、子供たち
とにかく、気楽におしゃべりする時は
話汚い極まりなのです。

気がしれている人には
気とらないで
やべえーとかすげえーとかばっかなのです。

けれど、公ではまー猫かぶりですね。

線をはっきり切ってましたからね。

でも馴れ馴れしい表現、失礼しました。
慎みます。

指摘、受け止めます。

でもまー久しぶりに
ほんものらしき才能を見た感じで
つい口癖がでましたね、失敬!

それに、いいね押しながら
自分がいつ来たのかなーと確認するつもりもあるので、

あまり来れない時は
パソコン開けない事情があるだろうと思ってください。
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Unknown (syaraku-sai_5)
2022-07-22 14:20:25
そうですね。我々は気が知れている間柄ですから「スゲー」もOK にしましょう。それにしても、日本語がうまいですね。外人とは思えない❗
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