アラ還・撮家としては、撮り散らかした過去の写真を『還暦』することは非常に重要である。
その意味では、デジタル時代に『還暦』を迎えた自分は本当に幸運であると思う。
というのは、ネガフイルムをデジタル化して『時』の流れによる『表現』の流れを『音楽』の流れに乗せて発表出来る媒体のスライド・ショーは
撮家としての自分にとって非常に理想的スタイルであるからだ。
今回まとめたのは1973年、ボクが写真学校1年生(21歳)の時の作品。
当時ボクは神戸は灘区の牛乳屋さんに住み込み、朝の牛乳配達と月一の集金を仕事にして学校に通っていたが、毎朝出会う他社の牛乳配達人の
見事な走りっぷりに興味を持って、撮影の許可をもらい2,3日追いかけて撮影したのがきっかけ。
彼は本来散髪屋さん、ボランティアで施設の子供達の散髪に行くので一緒に来ないか?と声をかけてくれたことで、ボクの最初のドキュメンタリー風
の作品となった。(しかし、今日の2016年まで作品化しなかったけれでも)
その意味では、デジタル時代に『還暦』を迎えた自分は本当に幸運であると思う。
というのは、ネガフイルムをデジタル化して『時』の流れによる『表現』の流れを『音楽』の流れに乗せて発表出来る媒体のスライド・ショーは
撮家としての自分にとって非常に理想的スタイルであるからだ。
今回まとめたのは1973年、ボクが写真学校1年生(21歳)の時の作品。
当時ボクは神戸は灘区の牛乳屋さんに住み込み、朝の牛乳配達と月一の集金を仕事にして学校に通っていたが、毎朝出会う他社の牛乳配達人の
見事な走りっぷりに興味を持って、撮影の許可をもらい2,3日追いかけて撮影したのがきっかけ。
彼は本来散髪屋さん、ボランティアで施設の子供達の散髪に行くので一緒に来ないか?と声をかけてくれたことで、ボクの最初のドキュメンタリー風
の作品となった。(しかし、今日の2016年まで作品化しなかったけれでも)
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