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私を知る

自覚を中心に悟りのヒントを書いています。自覚とは「私」に意識を向け、一切は「私」の考えであることを自覚していくことです。

真我覚醒方法について

2014年02月06日 15時51分51秒 | 自覚ワーク等の紹介
◇真我覚醒方法について◇

今日は、全体意識(真我)の覚醒方法について書いてみたいと思います。

全体意識の覚醒とは、その通りの意味で、全体意識に目覚めることです。
もう少し具体的に説明すると、私という個の意識が幻であることを実感として理解することです。
「空」の覚醒とも言ったりするんだと思います(間違っていたらごめんなさい、何分業界用語をよく理解しないまま書いてるもので、笑)。

全体意識に覚醒するための経路としては、禅の世界などでよくなされているように、見性を経て全体意識に覚醒するという経路が一番多いのではないかと思います(他の経路のことは今回は省略します)。
その途中に見性があるのは、一気に全体意識に目覚めるのが難しいため、見性によりまずは個の意識を捉えておいて、そこを足がかりに全体意識の覚醒を目指すためです。
また、見性により個の意識が的確に捉えられてないと、自我である自分がつくる考えと自我の区別がつかず、他の考えに紛れてしまい、起きたり消えたりする自我の様子に気づくのが難しいからです。

という訳で、見性により個の意識を捉えられている方は、全体意識の覚醒まであと一歩なのです。

方法は簡単です。
簡単な方法として、おおよそ三つの方法があります。
(他にもいい方法あったらコメ書き等で教えてください、お願いします、m(_ _)m)。

一つは、自覚です。
自覚により、個の意識である「私」に意識の焦点を当て続けるだけでいいのです。
このとき、「わたし、わたし、わたし、・・・」と唱えながら意識を向けるとさらに効果的です。
「私」に意識の焦点を当て続けていくうち、意識の焦点を当てているときと、当ててないときのギャップに気づくときがきます。
必ず来ます。
そしたら、「なーーんだ、そーだったのか」ということになります。

人によっては、私である「個」の意識が解けて無くなりそうになる方もおられると思います(笑)。
そういう方は、そのまま解脱してしまわれるかも知れません(笑)。

もう一つの方法は、無我の状態から自我が起こるときの変化を捉える方法です。
これは禅でよく行われる方法です(聞きかじりですが、笑)。

まず顕在意識の思考がない無我の状態をつくります。
瞑想、呼吸法、ヨガ、何か作業に没頭する、ただボーッとするなど、何でもオッケーです。
見性を得られた方なら、無我の状態は比較的簡単につくれると思います。
そうして無我の状態をつくれたら、何かの切っ掛けで自我が起こるところを捉えるだけです。

自我が起こる切っ掛けは、何かの音に対する感応だったり、突然起こる考えだったり、いろいろだと思います(一般的に音に対する感応が多いようですが)。

ここで少し解説しますと、この無我の状態は全体意識の状態なのです。
つまり、無我の状態にあるときは、「私」という自我は消えているのです。
そこを気づきましょうということなのです。

さらにもう一つの方法は、私がつくっている思考、そして私と思考の関係について徹底的に洞察する方法です。
徹底的に洞察すれば自ずと、実は思考そのものが私という自我(個の意識)なんだということに気づいていきます。
そして、その気づきは即、全体意識の目覚めにつながります。
この洞察の際、「私とは何か」という問いについて追求するのもいい方法だと思います。

ちなみに、私は上の一つ目の方法と三つ目の方法を同時並行的に組み合わせて全体意識に目覚めました。

ぜひ、是非、ゼーヒ!、試してみてくださいな。\(^O^)/


コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。


<訂正(2014年6月19日)>
上の文章を一部訂正しました。
この記事を書いた当初は、思考と自我と真我の関係に関する理解が不十分で、記載に誤りがあったので、それを訂正しました。
具体的には、上の三つ目の方法に関する記載の中で、当初は「思考そのものが私であり、真我そのものである」旨の記載をしていたのですが、大きな誤りでした。
ごめんなさい。
思考(考え)は真我でなく、自我そのものなのです。
この記事は悟りのワークに関するものなので、誤りを放置するのはどうかと思い、訂正することにしました。
この当時に書いた他の記事も類似の誤りがあることと思いますが、それはそれで私の歩みを示すものであり、そのままでもいいのかと思っています。


<訂正のようなコメント(2019年12月17日)>
久しぶりに読み返して、自分の書いたものながら余りの稚拙さ、吟味不足、適当さに困惑してしまいました。
実はこの記事は、題名が「真我覚醒方法」となっていてセンセーショナルなせいか、ブログ記事の中で最も読まれている記事の一つなのです。
今まで「まあいいか」と放置していたのですが、思い直して訂正することにします。

今日やろうかと思ったのですが、寝る時間になってしまったので明日か明後日やります。


昨日の続きです。

まず、真我とは何かについて。
私は、真我とは観照意識であると捉えています。
観照意識とは、六根(五感と意)を通して起こってくるこの世界をただ認識している(ただ観ている、ただ感じている)意識のことです。
観照意識は、悟りの行程がある程度進み、囚われが減り、それに伴って思考が減ってくると、自然に意識の表層部に現れてきます。
真我に覚醒するとは、その観照意識に気づくということです。

上の記事で、真我の覚醒方法についていろいろ書いてますが、どの記載も適切ではありません。
囚われが減っていけば自ずと真我に気づくようになるので、自覚は有効だと思いますが、上の私の説明は余りにお粗末です。

多くの方々は、目や耳から入る映像や音、あるいは自己の内面から起こる感情や思考と余りにも一体化しているため、それらを認識している自分の意識要素がそれらとは別に存在していることに気づけないのです。
起こってくる現象や考え、感情と私とは別のものであるという分離感が確立されてくると、その現象や考えを観ている自分自身に気づくようになります。
真我の気づきのポイントは、ここです。

上で一つ目の方法として挙げられている自覚は、自分が握りしめている囚われに気づくのにとても有効な方法です。
また、自覚を続けていると、六根を通して起こってくる情報(考え)に対して、それらに巻き込まれないよう距離を置くというか、客観視する視点や感覚が養われていくため、真我(観照意識)に気づきやすくなります。

二つ目の方法は、観照意識に対する気づきとは余り関係ありません。
すみませんでした。
二つ目の方法は、何を意図しているのかも不明確でダメダメです。
この文章は無かったことにしたいくらいです(苦笑)。

三つ目の方法も、観照意識に対する気づきとは余り関係ありません。
すみませんでした。
三つ目の方法も、記載が稚拙で吟味が足りておらず、何が言いたいのかとても曖昧です。
三つ目の方法は観照意識に対する気づきに関するものではなく、実は大悟に関するものでした。
これを真我の気づきと一緒に書くのは不適切でした。

三つ目の方法の後に、「私とは何か」に関する追求について言及していますが、これもとても曖昧であり、そこで言及するべきものではありませんでした。
実は「私とは何か」について追求する方法には、二つの段階がありあす。
一つ目の段階は、「私とは何か」を追求することにより、私とは、六根を通して起こってくる事柄ではなく、それを認識する意識(認識主体)であることに気づく段階です。
二つ目の段階は、さらにそこから進み、その認識主体をも手放し、超えていくものであり、これが小悟から大悟へ向かう行程となります。
当時の私は、この辺りのことがらを一緒くたにして書いてしまっていました。


◇「私」に意識を向ける自覚についてのご紹介は、例えばこの文章をお読みください(「自覚を始められる方へ」)。
◇セッションのご案内はこちらです。
※現在は講話会や対面セッションはやっておりません。
スカイプを使った無料の30分程度(最大1時間)のセッションのみ行っています。
ご希望の方は、suiku2013☆yahoo.co.jp(☆を@に替えて下さい)へご連絡ください。

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読んで頂いてありがとうございました。

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「私は在る」という錯覚について

2014年01月13日 14時28分18秒 | 自覚ワーク等の紹介
◇「私は在る」という錯覚について◇

しつこく、今日も書きます。
これは、「私」という個の意識に目覚められた方に読んで頂きたいと思います。

あなたの目の前にリンゴがあるとします(リンゴでなくても、パソコンでも何でもいいです)。
そのリンゴは、あなたが目で観る等してそれに意識を向けているときだけそこに存在し、あなたが意識を向けていないときは存在しません。
あなたが意識をむけてリンゴという考えつくっているときだけ、リンゴは存在します。
これは間違いありません。
まずは、ここをしっかりと確認していただきたいと思います。

では、「私」についてはどうでしょう。
多くの方は、リンゴについては厳然とした観察者の視線を向けられるのに、対象が「私」になると、途端に曖昧になり自分をごまかそうとします。

もう一度お伺いします。
「私は常に在るのだ」と思われますか?
リンゴは私が観ているときだけ存在すると言っておられるのに、「私」については誰も観てなくとも、常に存在するんだとお考えでしょうか?

「私は常に在るのだ」と考えられている方に申し上げたいのですが、「リンゴ」は自分が観ていときだけ存在すると言っておられるのに、「私」についてはどうして簡単に、誰も観てないのに常に在るという結論を出されるのでしょうか。
「私が私を観ているから」と仰るかも知れませんが、本当に「私」が「私自身」を観ることができるのでしょうか。
「私を観ている」というときのあなたの視点はいったいどこにあるのでしょうか。
視点だけを私の外側に置いて、私自身を観ているとでも仰るのでしょうか。
それは余りにもナンセンスです。

もっと強く、もっと厳しく「私」に意識を向けて、「私」を見つめてください。
そうすればいずれ、「私という存在」が考えであり、「私という考え」がつくられる現場に遭遇することになると思います。


補足です(2014年1月15日)。
上では、私の意識が向けられているときだけリンゴが存在すると書いていますが、この表現は正確ではありません。
リンゴに意識のスポットが向けられ、リンゴという考えが生成されているとき、そこには「私」という存在はありません。
そこには、リンゴという考えだけが存在します。
敢えて言えば、そのとき、リンゴが「私」そのものなのです。
つまり、スポットライトのように移りゆく考えそのものが「私」なのです。


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読んで頂いてありがとうございました。

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「私」に意識を向け続ける

2014年01月10日 12時41分20秒 | 自覚ワーク等の紹介
◇「私」に意識を向け続ける◇

最もシンプルでしかも強力な覚醒の方法はと訊かれたら、私は迷わず、「私」に意識を向け続けること、つまり「自覚」だと答えます。

熾烈なまでの激しさで、「私」に意識を向けてみていただきたいと思います。
そのとき、顕在意識の思考はほぼ止まっているだろうと思います。
顕在意識の思考が動いているうちは、まだ集中が足りません。

燃えたぎる炎のような激しさで意識の焦点を「私」を当ててみてください。
そうすれば、まずは「私」という個の意識を捉えることができると思います(これが見性です)。

そうして「私」が照らし出されたなら、その「私」に向けてさらに意識を集中し続けてください。
これでもかこれでもかというくらいに、「私」に意識を集中しつづけてください。
そうすれば、いずれ「私」が考えであり、幻であるということが実感(自覚)できるようになります。
そして「私」という意識や認識も消えていきます。


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読んで頂いてありがとうございました。

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自覚のポイントやコツなど

2013年12月21日 14時00分17秒 | 自覚ワーク等の紹介
◇自覚のポイントやコツなど◇

今日は、自覚のポイントやコツなどについて書いてみますね。
自覚や自覚ワークについては、このブログの画面右端のブログカテゴリーの自覚ワークに関する紹介記事をお読みくださいね。

自覚を始められたころは特にそうでしょうが、見性の前後も、自覚について、これが自覚だというような手応えや確信が得にくいと感じられている方が多いのだろうと思います。
今日はそんな自覚についての何か取っかかりをお伝えできないかと思いながら、記事を書いてみたいと思います。

念のために書きますと、自覚の基本は自分に意識を向けることです。
これだけなのです。
自分に意識を向け、何か考えが起こってきたら、あるいは何か出来事等の現象が起こってきたら、その考えや現象は私が起こしているんだと自覚するんです。
自分に意識を向けながら、これは私がやっているだと自覚する、ただひたすらそれをやっていくだけなのです。
これは、見性後もまったく同じでして、私もこれをずっとやっています。

最初は、手探りでも闇雲でもなんでも結構ですから、この自分に意識を向けて自覚することをただひたすらやるだけなのです。
やるしかないのです。

それで私に意識を向ける力がある程度付いてくると、集中力も上がってきますので、雑多な思考が減り、自分のつくっている或いは握っている個々の考え(思考)について、気づいたり、観察したり、ある程度コントロールできたりするようになってきます。

自覚の最初の取っかかりは、例えばこんな感じす。

例えば何か考えごとをしているときに、考えが起こってくる瞬間を捉えられたり、自分が考えをつくっていることを自覚できるということが起こってきます。
夕食のおかずを何にしようかでもいいですし、週末の過ごし方でもいいですので、自分で積極的に考えをつくり、その考えや考えをつくっている自分を観察してみてください。

あるいは、肉体の自分の視点ではなく、肉体の自分を観ている本質の私の視点にふっと気づくことがあるかも知れません。
本質の私は、どんなときも常にあなたの側で、あなたと一緒に、あなたという存在を経験し、見守っています。

また、私たちは傾向として、肯定的な考えよりも、これはダメだとか、こうあるべきとかの否定的又は制限的な考えを固定観念として握りしめていることが多いです。
このため、そこを取っかかりとして、自分が考えをつくっていることに気づかれる方も多いです。
例えば、何か嫌なことがあったり失敗したりして、誰々が悪いとか、自分はダメな人間だなどの否定的な考えをつくっているときは、チャンスです。
そういうときこそ、一度冷静になって、その嫌な出来事ではなく自分の内面に意識を向け、そのときの自分や自分の気持ちを観察してみてください。
そして、その気持ちは自分がつくっているんだと改めて自覚してみてください。
そうやっていると、まさにそうなんだ、その考えを自分がつくっているんだと気づくときがきっときます。

自覚の取っかかりさえ掴めれば、後はそれを続けるだけです。
やればやるほどどんどん上手になっていきます。

そして、すべては創造主である私がつくった考えなんだということが理解できるようになります。(*^_^*)


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自分に意識を向けるワーク

2013年10月08日 10時38分47秒 | 自覚ワーク等の紹介
◇自分に意識を向けるワーク◇

私自身が少し前から毎日のようにやっているワークを紹介します。
一応自分で考え出したつもりになっていて、名前もつけてしまいました(笑)。
名付けて「自分に意識を向けるワーク」です(笑)。

やり方は簡単です。まずは入門編から。

例えば、両方の手の平を重ねるようにして、胸の真ん中に当てて、「わたし」を感じるようにして、「わたし」に意識を向けます(手を当てると感覚的に「私」を感じやすいですが、特に手は当てなくても大丈夫です)。
このとき、こころの中で、あるいは声を出して、「わたし、わたし、わたし、・・・」と唱えてみてください。結構お勧めです。

効果は意外なほど大きかったりします。
辛いとき、不安なとき、しんどいときにはぜひお試しください。
自分にエネルギーが流れ込み、楽になったらり、元気になったり、落ち着いたりと、意外はほど大きな効果があったりします。
元気なときもぜひどうぞ。さらにいい感じになります(笑)。

次に、発展バージョン。
これは考えを観るワーク等と組み合わせたもので、外側にブレた意識を内側に振り向けさせて、継続的に自分に意識を向け続けるのにいいです。
どうやるかというと、こうやります。
何か考えが浮かんできたら直ぐに、「この考えは誰が創っていますか?」と自分に問いかけます。
そして、その問いに対して「私です」と答えます。このとき、単に答えるのではなく、そうしっかり自覚しながら答えます。
あるいは、単に「私がそう考えているんだ」と自覚するようにしてもいいです。
この作業を何か考えが浮かぶ度に徹底的にやっていきます。
このとき、意識は常に自分に向けたままとしてます。
意識の集中が高まってくると、考えがあまり浮かばなくなってくると思います。
そうすると、今度は、上の考えに対する問い「この考えは誰が創っていますか?」をしながら、定期的に「私がいまこれをやっているんだ」と自覚します。これは、浮遊しそうになった意識を「私」に振り向かせるのに有効です。

このワークをする時間は、5分でも10分でも30分でも各自の好きな長さでいいんだと思います。

ここまで読まれた方で、そこまで自分に意識を向けて何がいいのと思われる方がおられると思います。
当然の疑問と言えばそうなのですが、このワークは自分に意識を向けるためだけのワークなのです(笑)。
ただ身体が熱くなるほど私にエネルギーが入ってきます(これはいい点か、笑)。
少なくとも私は、自分に意識を向けるためだけにこれを毎日やっています(笑)。
私はきっと自分フェチなんだと思います(笑)。
私と同様な自分フェチの方、よろしければやってみてくださいね^^


コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。


<補足(2014年6月19日)>
この私に意識を向けるワークは、私という自我を捉えられた方(見性した人)に特にやって頂きたいと思っています。
このワークを継続的にやられることで、自我が溶かされていきます。
そして、あなたを真我(空)の覚醒に導いていきます。

私の場合、真我の完全覚醒(真我の第二段階の覚醒)に至る前の2、3週間の間、この私に意識を向けるワークを毎日5、6時間以上やっていました。


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進捗の自己確認など

2013年08月14日 09時57分30秒 | 自覚ワーク等の紹介
このブログの「自覚ワークの紹介」というカテゴリーを作ったときは、自覚ワークについてもっといろいろ書きたいと思っていたのですが、自分を観るワークと自分を愛するワークについて書いたところで、書くことがなくなってしまったようです(笑)。
当初書こうと思っていた他のことの多くは、枝葉に過ぎないんだということが分かったのです。

自分を観るワークと自分を愛するワークのお好きな方いずれか一方か、あるいは両方をただ実践していくだけでいいんです。
本当にそれだけでいいんです。
それだけで、見性という悟りのゲートを潜れるのです。

本当にそれだけのことなのです。
簡単だと思われませんか?

簡単だと思えば簡単なんです。
難しいと思えば難しくなります。

あまり深く考えず、身体で覚えるような感覚でこのワークを実践してみて頂きたいと思います。


みなさんがこの自覚ワークを進めていかれる際に、進捗の目安になるようなものがあればいいのではないかと思いましたので、このカテゴリー記事の最後にそれについて書かせていただきます。

但し、これは私を含めた僅か数人の方の例に基づくものですので、あくまで一つの参考例だとお考えください。
見性までの道のりは人それぞれで、一つとして同じものはありません。


自分を観るワークについて。

自分を観るワークをやられる際、最初から自分という存在そのものを観るというよりは、自分が起こしている考え(思考)を観ることから始められるのがやりやすいと思います。
考えを観ていくうちに、考えが起こる瞬間を捉えることができるようになると思います。
それができれば考えをちゃんと観れていると思います。

そうやって考えが観れるようになってもそこで安心せずに、さらに自分の内面をひたすら観ていきます。
そうしているうち、肉体の自分の視点の他に、自分を客観的に観ているもう一つの視点があることが何となく分かってきます(中にはハッキリと鮮明にそれを実感する方もおられると思います)。

また、自分が考え(現象)を起こしている現場を重ね重ね観ていくうちに、自身が創造主であることの実感も芽生えてきます。

ここまでくると、見性のゲートは間近です。

あとは、各自の決断次第です。
決断の形は、人それぞれです。
自分はこれで見性するんだという具合に、その決断がハッキリとした形で表層意識にも表れる方もおられますし、表層意識には特に変化はなく、表層意識の自覚がないまま見性のゲートを潜って行かれる方もおられます。
また、ゲートを潜られる際に「人は人、自分は自分」という具合に「自分」をしっかり持たれる方もおられるようです。


自分を愛するワークについては、正直なところ私はあまり情報を持っていないのですが、少しだけ書かせていただきます。

自分を愛するワークを続けていかれると、そのうち、肉体の私という存在の他に、私を常に見守っている大いなる存在があることを実感するようになっていきます。

そうやって大いなる存在を実感できたら、私が体験談の中で書いたように、イメージの中で大いなる存在と抱き合ってみてください。
あるいは、思い切って大いなる存在の胸に飛び込んでみてください。
大いなる存在であるあなたは、きっとあなたのことを包み込み、抱擁を返してくれます。


最後に悟りとカルマのことについて書かせていただきます。

悟りを得るためにはカルマを解消していく必要があると思い込まれている方がおられるようです。
そのような方の場合、悟りより先にカルマの解消を置いておられるのでなかなか悟りに行きつかない傾向があるようです。

実は、悟りへ向かう工程とカルマの解消とは分離可能なのです。
ですから、カルマのことは放っておいていただきたいのです。
そして、悟り(ここでは見性)を得ることだけに集中していただきたいのです。

びた一文カルマを解消すことなく、見性することも可能なのです。
なぜなら、例えば見性は自身の本性を知ることであり、明け渡しはすべてを受け入れることですから、そこにカルマが関与する必要性がそもそもないのです。


それと、最後の最後にお節介をもう一つ。

それは、自覚ノートについてです。
自覚ノートは、心の勉強をしていく上で思ったことや、気がついたことなどを書いていく日記のようなものです。
自分の内面に関することを文章にして書き表す作業は、自分を見つめる上で、みなさんが想像されている以上に学びになります。
自分だけの心のノートですから、形式にとらわれず、自由に好きなように書いてください。

ちなみに、キャンドルライトでは、この自覚ノートのことを自分のための経典という意味を込めて「自覚経」といいます。
ですから、自覚ノートは少し上等なノートに書いてください。
この世で唯一の自分だけのための経典なのですから。


少し短いですが、これで自覚ワークの紹介記事を一旦終わらせていただきます。
次回からは、思いついたことを気の向くままに書かせていただきます。

次は今週金曜日にでも書かせていただきます。
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読んで頂いてありがとうございました。

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自分を愛するワーク

2013年08月10日 09時07分42秒 | 自覚ワーク等の紹介
次は、自分を愛するワークについて説明します。
このワークは、愛のワーク又はロマンスのワークと言ったりもします。

自分を愛するワークは、自分に関心を持ち、自分のことを愛していくことにより、本来の自分を知っていくワークです。
その具体的なワークの手法は本当にいろいろあり、また人それぞれです。
でもどの手法も、自分に関心を持つことが基本になります。

多くの方が自分自身にあまり関心を持たないまま生きています。
自分のことでありながら、自分の本当の気持ちに蓋をしたまま生活している方が多いのです(私もいまでも多くの部分でそうです)。
自分を愛するワークは、そうやっていままで蓋をしてきた本当の自分にまず関心を持つことから始めます。

例えば、「今度の日曜何したい?」とか、「何か食べたいものはない?」とか何でもいいですから、まずは自分に問いかけてみてください。
気分が曇っているときは、「どうしたの?」と内面の声に耳を傾けてみてください。
悲しいときや辛いときは、「辛いね」と自分に寄り添ってください。
楽しいときや嬉しいときは、その気持ちを一緒に味わってください。

そうやっていつも自分に寄り添って、自分を見守ってください。
そして、自分のことを愛してください。

あなたが自分を愛すれば愛する程、自分に意識が向けられることとなり、自分を知っていくこととなります。

初めのうちは、あなたの問いかけに対し、内面の声は何も反応がないかも知れません。
あるいは、答えとしてあなたの普段の欲求が返ってくるだけで、その答えが本当に内面からの声なのか実感がないかも知れません。
それでも、直ぐに諦めることなく、続けていただきたいのです。
続けていれば、きっと内面のあなたのことが分かるようになっていきます。

(ここで白状しますと、私は自覚ワークを始めたころ、この自分を愛するワークは自分にはあまり向いてないと思ってしまったため、あまりやっておりません。)

次は来週木曜日にでも書かせていただきます。
お盆休みですから、のんびりしたいと思っています。
皆さんもよいお盆休みをお過ごしください。

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自分を観るワーク

2013年08月08日 09時04分08秒 | 自覚ワーク等の紹介
私の見性体験談の中でも書きましたが、主な自覚ワークとして、自分を観るワークと、自分を愛するワークの2つのワークがあります。
どちらのワークも、自分に意識を向け、本来の自分を知っていくための非常に有効な手段になります。

まずは、自分を観るワークについて説明します。

自分を観るワークは、その言葉の通り、ただ自分を観ていくワークです。
具体的には、私という存在や、私の感情、考えていること、行動等を淡々と観ていきます。
そのときのポイントは、常に「私」を意識するようにします。
「私」がそういう感情や思考等を起こしているんだということを常に自覚するようにします。

例えば、嬉しいときは、私がいま嬉しく思っているんだな~と観ます。
怒っているときも、私はいま怒っているのだな~と観ます。
悲しいときも、私はいま悲しんでいるのだな~と観ます。
そして、そうやって自分の中の感情を観ながら、その感情を「私」が起こしているのだな~と自覚するようにします。

また、花や風景を観ているときも、ただ花を観るのではなく、花を観ている自分に意識を向けるようにします。
そして、私が花を観るという行動(考え)を起こしているのだということを自覚するようにします。

また、夕食に何を食べようかを考えているときは、「私」が夕食のメニューをころいろ選んでいる様子を観ていきます。
夕食を食べるときも、「私」がご飯を口に運ぶという考えを起こして、それをお箸でご飯を口に運ぶという動作に繋げている様子や、次にどのおかずを食べようかと考えている様子を逐一観ていきます。

また、特に何もしないでボーっとしているときは、自分で積極的に考えを創り出してみてください。
例えば、今度の休みに何しようかなど、何でもいいです。
そして、自分が考えを創り出している様子を観察してみてください。
頭の中の考えが減っているときの方が、個々の考えを観るのには適しています。

私の場合は、よく晩ご飯を題材にして考えを起こし、その考えを観察していました。
例えば、晩ご飯の選択肢(考え)を順番に頭の中(あるいは、心の中)で思い浮かべていき、その選択肢(考え)が思い浮かぶ瞬間や、選択肢(考え)が頭の中に留まって浮かんでいる様子や、消えていく様子を観察しました。
そのとき、そうやって考えを起こしているのも、その考えを観察しているのも、「私」がやっていることんだということを常に意識するようにしていました。

特に、「私」を意識することは日常の中で徹底的にやっていました。
歩いているときも、「私」が自分の左右の脚を動かしているんだということを意識していました。
左右の脚を前に送り出す度に、「右」、「左」、「右」、「左」という具合に、一歩一歩意識しながら歩いていました。
そして、道を曲がるときも、立ち止まるときも、「私」がそういう考えを起こしてそれを体の動きに繋げてるんだと意識していました。

どうでしょうか?
自覚ワークのやり方を何となくでもご理解いただけてるでしょうか?

何となくでも理解できたら、大丈夫です。
とにかく、実践してみてください。
そして、諦めず毎日続けていただきたいのです。

自分を観るワークは、よく泳ぎの練習や、自転車に乗る練習に例えられます。
とにかくやってみて、身体で覚えていくという側面があるのです。
みんな、最初はよく分からないまま始めます。
コツを掴むまでが少し大変ですが、コツさえ掴めば、あとは知らず知らずのうちに上手に自分を観られるようになっていきます。

そして、そうしてワークを続けていると、段々と自分を常に客観的な視点で観られるようになっていきます。
あるいは、自分自身を観つめ続けているうち、本来の自分を知るようになっていきます。

次は今週土曜日にでも書かせていただきます。

コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。

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私に意識を向ける

2013年08月05日 09時04分45秒 | 自覚ワーク等の紹介
自覚とは、自分(私)に意識を向け、自分自身を知っていくことです。
そのための手段の一つとして、これから紹介する自覚ワークがあります。

殆どの方は、本当の意味で自分を意識して見つめたことはないのだろうと思います。
私もつい最近までそうでした。
そんなことはない、わたしはいつも自分を意識していると仰る方も中にはおられるでしょうが、そのような方も本当の意味では自分を意識できてないのです。

自分を意識していると仰る方の殆どは、その方の意識が本当にその方自身に向けられているのではなく、自分を観ている他人の目を通して自分を観ているだけなのです。
つまり、その方の意識は自分ではなく、自分以外の外側に向けられているのです。

私たちは、そうやって他人の目を意識したり、外側から取り込んだ情報のことばかりを気にして生きたのです。

でもここでは、そのような外側のことは脇に置いて、あなた自身に意識を向けて頂きたいのです。
あなたが引き受けているサラリーマン、OL、主婦、学生、フリーター、お父さん、お母さん等の役割も、あなたがいま置かれている境遇のこともひとまず脇に置いて、あなたという存在そのもの、そしてあたなの内面で起こっていることに意識を集中して頂きたいのです。

手の平を胸の真ん中に当てて、「わたし」に意識を集中してみてください。

そうやってあなたがあなた自身に意識を向けるだけで、それまで外側に向かっていたエネルギーがあなた自身に流れ込むようになります。
それにより、自分がしっかりして安定感が増すはずです。

どうですか?
何か違いを感じられましたか?


以下、補足です。

このワークで意識を向ける対象である「私」について、少し補足説明します。
ハートが開き、自我(エゴ)が薄くなっておられる方の場合、「私」に意識を向ける際に、「自我の私」を連想してしまう等して違和感を感じる方がおられるかも知れません。
しかし、ここで意識を向ける「私」は、「自我の私」というよりはむしろ、「大いなる存在である私」なのです。
ですから、このような違和感を感じられる方は、「大いなる私」をイメージしながら、「私」に意識を向けられるといいと思います。
なお、特に違和感を感じられない方はシンプルに「私」に意識を向けてください。

次は今週木曜日にでも書かせていただきます。

コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。

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悟りへの意志

2013年08月02日 09時14分35秒 | 自覚ワーク等の紹介
今日から何回かに分けて、見性という悟りのゲートを潜るためのワーク(自覚ワーク)について紹介いたします。
これは、私がマスターゲート氏が主催する101キャンドルライトで学んだことに基づいています。
なお、見性とは自分自身の本性である仏性(大いなる存在)に気づくことです(詳細はこの記事か、この記事をお読みください)。

悟りに興味を持っておられる方は、このワークをぜひ実践してみてください。
ここで紹介する自覚ワークは、非常に明確かつシンプルなものなので、誰にでも簡単に実践できると思います。
またワークの進み度合いを自分で実感しなが少しずつ進んでいけますので、その点でも非常にやりやすいワークだと思います。
但し、どういうルートで悟りに至るかは人それぞれで、そのための方法にも合う合わないがあるようですので、ここで紹介する自覚ワークはあくまで一例であるとお考えください。
この自覚ワークは、見性ルートで悟りに至るための一つの方法です。

101キャンドルライトのメンバーになられるなどして、誰か先を行く先人から教えてもらいながら進めていかれるのが楽なのでしょうが、私は、このワークをお一人でやられても見性は可能なのではないかと思っています。
ぜひ実践してみていただきたいと思います。

では、ワークの内容に入っていきます。


まずは、悟りへの意志についてです。

私は、悟りを得る機会(チャンス)は誰にでも等しく平等に用意されていて、誰もが今生で悟りを得る機会を持っているのだと思っています。

この私の考えに対し、あなたは、誰もが悟れるのなら悟る人が少ないのはどうしてなのかと思われるかもしれません。
それは、いまはまだ自分が悟るんだという意志を持っておられる方が少ないからです。
悟りは、その人が悟りへの意志を持ったときに初めて得られるようになっています。

あなたは、悟りへの意志を持っておられますか?

あなたがもし悟りを得たいと思われるのなら、その意志をしっかり持ってください。
そして、あなたが悟りを得るまでその意志を持ち続けてください。

もしあなたが、自分は悟るんだと本当に強い決心をされたなら、あたなはその瞬間にでも悟りを得ることが可能なのです。
あなたの意志にはそれ程までに偉大な力があるのです。
ですからどうか、あなたの意志の力を信じていただきたいのです。

あなたにもう一度お伺いします。

あなたは、悟りへの意志を持っておられますか?


以下、余談です。

悟りへの意志を持ってくださいという私の言葉に対し、あなたは、それが悟りに対する欲望や執着になっているのではないかと思われるかもしれません。
確かに、過剰な欲望や執着は心のバランスを崩し、あなたを悟りから遠ざけてしまいます。
しかし、あなたが悟りを求めるときのその思いは、他のものごとに対するそれとはまったく異質のものなのです。
このため、あなたの悟りに対する思いがあなたの悟りを邪魔することはありません。
もし邪魔になることがあるとしたら、それはあなたの悟りに対する思いが邪魔をしているのではなく、あなたがその思いにくっつけている他の思いが邪魔をしているのです。

また、悟りを得られた方の中には、自分の意志に関係なく悟りの方から自分にやってきたと仰る方がおられるかも知れません(私が明け渡しを経験したときもそんな感じでした)。
しかし、それはその方の表層意識内での認識がそうなのであって、その方の深層意識まで含めた全体の意識で見れば、その方も悟りに対する明確な意志を持っておられたのです。

次は来週月曜日にでも書かせていただきます。

コメント大歓迎です。気軽にお書きください。
読んで頂いてありがとうございました。

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