大阪の心療内科クリニック放火殺人事件で警察は「犯人の動機の解明」だとか言っているのだが
殺人犯の動機を解明して何かの役に立ったことないだろ
どうせ殺人犯の動機なんてのは身勝手な個人的観念であって 裁判判決で「身勝手な動機」だと糾弾するだけで 何ら合理的な原因の究明にはならない
重要なのは「どうして身勝手な動機で非合理な暴力破壊をするようになるのか」 殺人犯に共通する普遍的原因を究明しないことには本当の再発防止にはならんだろ
無差別殺人犯の類いというのは 方向性のない漠然とした社会への不満を勝手に募らせ 暴力破壊で何かが解決するかのような感覚(錯覚)に基づく主観的満足感を満たすために暴力破壊に暴走するんであって 殺人犯個人の動機なんぞクソの役にも立たない
自暴自棄な大量殺人犯なんてのは 国家権力による刑罰なんぞを怖れてはいないので 厳罰化は意味が全くない
私も個人的な感情だけであれば いくら論理的根拠に基づいて説明しても誰も理解せずに 相変わらず当たり前のように生物学権威が「○○のため(目的)に進化を(考えて)選んだ」などという間違った説明を続け しかもそれをマスコミの誰も疑問にも思うことなく呆然と垂れ流し続けている現状には呆れて憤慨するばかりである
だが 憤慨して「頭にくる」のは私個人の主観的感情論であって 理解出来ないバカが大半であることは私の責任の範囲外であるから 別に社会に方向性のない報復をする必要性はない
報復も懲罰も何の合理的「解決」にもならない
本当の合理的「解決」とは 実効性のある具体的な再発防止策を見つけ出すことであり 被害者を出さないようにすることを最優先すべきであり 如何なる懲罰も報復も意味がないのである
ヒトという種の生物は 腹を立てて暴力威圧しておけば気分的に満足する習性があるが それは暴力的に暴れると後から副交感神経が優位になってセロトニンが分泌されて気分が良くなることから中毒的にヒトは暴力依存に陥る先天的習性があるだけであって 野獣のように怒り狂っても何ら合理的な「解決」には一切ならないのである
ヒトは 主観的に気分が良くなって満足感さえ得られれば それこそが「正しい」ことだと錯覚する先天的な認知的欠陥が存在するのである
それは進化の過程で生存価や繁殖の継続において適応した必然的結果ではあっても 合理性や目的の論証には全くならない
個人の主観的感情や欲望というものは それだけでは本当の意味での意識の論証にはならない
私の個人的感情にも意味がないし 無差別殺人犯の身勝手な報復感情にも 無差別殺人犯を死刑にしたいと「思う」ことに意味がない
それはヒトとしての動物的な意識ではあっても 人間としての本質的な意識ではない
これを論理的に理解できないからこそ 論理客観的根拠に基づいた真実と嘘やデマを区別できずにバカが治らない
Ende;