さらさらきらきら

薩摩半島南端、指宿の自然と生活

ハンミョウ

2012-06-05 10:19:48 | 


茶畑の脇の山道を歩いて行くと、ぶーんと低い羽音がして何かが目の前を飛び過ぎた。スズメバチかと一瞬たじろいだが、きらりと青い光が見えた。何だろうと見回すと、近くのススキの葉の上にハンミョウがいた。ハンミョウはいつも地上にいるものだから意外だったが、どうも様子からすると別に草に止まっているつもりでなく、たまたま着陸したのがそこだったというだけのようだ。

ともかくこんなに目の前でじっと見るのは初めてだ。きれいな虫とは知っていたがこれほどまでとはと改めて感心する。赤も青もそのものの色というより、中からじんわりにじみ出てきたような深みがある。そしてその配色もそれぞれの模様も、どんな理由が隠されているか計り知れないような不思議さがある。



頭と胸は金属光沢でたぶんタマムシなどと同じ干渉色なのだろう。しかし翅は違うようだ。どうもビロードのような感じで、つや消しになっていてそれで色に深みが出ているのだ。体の下、足の付け根あたりに白い毛がたくさん生えているもの意外だった。甲虫にしては毛深いと思う。

昔、ハンミョウは猛毒だと教えられたことがあった。この極彩色はそれを何の疑いもなく信じ込ませるのに十分だった。実際にはツチハンミョウの仲間は猛毒なのだが、それらとはかなり縁が遠くてこちらには毒はないのだそうだ。



何年か前、屋久島でも撮ったことがあった。動き回る瞬間を速写するのが精一杯でじっくり見ることなどできなかった。写真を比べてみるとほとんど同じだが、よく見ると肩のあたりの白い紋がほとんどなくなっている。この変異が屋久島産の特徴だそうだ。屋久島が九州本土と切り離され孤島になったのは1万年ほど前、その隔離の結果としては小さいような気もする。もしかしたらこの色と形は完成の域に達していて、なかなか変り得ないものなのかもしれない。



これだけ派手な色なのだが地上では意外に目立たない。よく動き回るのでそれでやっと判るくらいだ。考えてみればトラにしてもシマウマにしても、そのもの自体はずいぶん派手な模様なのだが、それぞれの生息環境においては周囲に溶け込んでしまっている。ハンミョウももしこれが保護色になっているのなら、さらに自然の神秘を見たような気がする。

顔を見て大きな牙には驚く。これは実際は顎で、小動物を襲ってがっちりくわえ込んで食べてしまうのだ。これで噛まれたら痛いだろうなと思わず犠牲者に同情する。



ハンミョウは幼虫も同じ食性だ。成虫は獲物を探し回ってうろついているが、幼虫は穴に潜んで待ち伏せしている。畑の脇の裸地を丹念に見ていったら巣らしきものが見つかった。せいぜい5mmくらいと小さいが、周りはいわくありげに掃き清められ、地獄かどこかに通じてでもいるような雰囲気がある。じっと待っていると突然穴がふさがれた。穴にぴったりの大きさの黒坊主がじっと地上をうかがっている。これがハンミョウの幼虫だった。顔、といっても広い額のような上半分は実際は胸の一部だそうだ。そのすぐ下にこれでいったい何が見えるのかと思うほどの小さな二つの目がある。下の方には成虫と同じような大きな顎が付いているとのことだ。まったく地獄の使者にふさわしい形相だ。

とても敏感で、ちょっとカメラを動かしただけですぐ引っ込んでしまった。そのままいつまでたっても出てこない。もっと写真を撮りたかったがもう待つのは限界だった。昔の子供は草の茎など差し込んだりしてハンミョウ釣りで遊んだという。巣を探すこと、待つこと、そして手先の器用さなどなど、飽きもせずにそんなことのできる忍耐力や能力がかつて子供たちにはあったのだ。

ハンミョウは道教えともいわれる。足元から飛び立って少し先に舞い降りる。歩いて行くとさらに先に飛んで、そうしてしばらく先導してくれるのが面白い。ただそのうち横や後ろに向きを変えてしまって残念に思ったりする。これは生息環境がある程度限定されているので遠くに行かないための習性だそうだ。ともかくわずかな時間でもこうした道連れができると山歩きはいっそう楽しくなる。