久しぶりに下鴨神社を訪れる。よく晴れて美しい日。雲一つないきれいな青空が広がっている。空高く描かれている飛行機雲もくっきりと見える。
参道口近くに早咲き桜があるという。すぐに見つけたが、確かに花を咲かせていたけれどとても、とても小さくて貧弱な桜だった。神社にはいつも糺ノ森の方から歩いて入っていたので知らなかった。
神社を訪れて境内の社などを見てまわると、そして取り囲まれた森の中に身を置くと心も落ち着く。というか拝殿などの神社独自の古い建築様式の与える印象と、近代現代建築に特有のガラスやコンクリートに囲まれる場合とは受け取る感覚が明らかに異なる。
本殿の奥へは進めないようになっていて、たたずまいがいつもとは違うようだと思いながら覗き込むと、奥の方に鉄パイプの足組とテントが見えた。どうやら工事中のようだった。
今年の正月もすでに終わっていて、喧噪もなく落ち着いて参拝できた。社殿の造りなどの一角を眺めていると、紫式部や清少納言ら古人の往時の生活環境に自然と思いがゆく。階段の下に木靴が一足揃えられてあった。蹴鞠にでも使われたにちがいない。
大きな絵馬の板があちこちの建物の壁に立てかけられてあり、そこに参拝客らの寄せ書きがびっしりと書かれてあった。たまたまその中に自分と同じ名前 を見つけた。聖子さんという名前といっしょにハート形に囲まれてあり、forever love とか下手な字も書きこまれてある。年末年始の参拝客の雑踏と若いカップルを想像させて微笑ませる。
ただ、こうした大きな絵馬が境内のあちこちの建物の壁に立てかけられているのは、いずれ撤去はされるとしても無風流というか、神社の落ち着いた感じにそぐわないように感じる。
土産物売り場に並べられた様々なお守りやお札、茶碗などを眺める。そのあと、みたらし川の方に行った。浅い水底に苔が目についた。掛かっている赤い橋の上には銀杏の実が落ちている。尾形光琳の国宝、紅梅白梅図のモデルにもなったという梅の木も傍にあったが、まだ咲いてはいなかった。
帰 途、神社を出てすぐ近くにあるお店でわらび餅をいただく。奥の方に男性ばかり連れ立った客がいたが、入口の座席には客はなかった。女店員が奥で雑談しなが ら立っている。本当に何年ぶりになることか。反復はありえなことではない。みたらし団子は食べなかった。この団子の名前が下鴨神社のみたらし川に由来する ことに今になって初めて気づく。