DVDで
「動物農場」 を見ました。
イギリスの古いアニメで 話は単純だけど
全体のトーンは暗い。
イギリス人作家ジョージ・オーウェル原作。
聞いたことある? かなぁ~・・?
主人公たちは 動物で
これは単なる設定で、
最初は、みんな熱いハートでクーデターが起こり、成功。
みんな平等、よい滑り出し。最初はうまくいく。
でも権力は かのように 腐っていく・・・
とまぁ、
ソビエト共産党の内部腐敗や全体主義批判 を風刺した
話なんだけど
50年前作られたアニメ、でも 今公開する意味があったそう。
というのも、
描かれているのは、社会主義の批判というもんじゃなくて
資本主義の現代にっぽん だって、
この映画で描かれてることと変わらないじゃないか。
利権でがっぽりかせぐ一部の人
大勢多数の切り捨てられるワーキングプア
それが自己責任だというわれる社会のしくみ。
が投影されている。
宮崎駿が動物農場についての語りがありますが
おもしろく読ませてもらいました。
動物農場を語る
宮崎駿 談。 以下 上記の動物農場を語る の抜粋。
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自分が善意であるからといって、自分が善良な存在だとは思ってはいけない。
とくべつお金を稼いでいるとか、楽をしているわけじゃないから、自分は無罪だ、とは思ってはいけないんです。
しくみのなかでは、自分だってナポレオンなんです。
そのしくみの問題はいっぺんには解決できないですけど、だからといって、手をこまねいて、無関心でいられること自体、すでにそれはナポレオンなんだってことなんです。
個人的なことだけじゃなくて、社会における位置とか役割によって、自分の存在の本質には、いつも気づいていなくちゃいけません。
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もひとつ。
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要するに、この世界は不条理だということ。
悪いことをしても天罰が下るわけではなく、良いことをしてもお褒めにあずかるわけではない。
じゃあ何が違ってくるかというと、顔が違ってくる。
豚の顔になるのか、少しはましな顔になるのか。
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ブタの顔、愛らしいと思いますが、、、
とか 論点違うことつっこみたくなりますが、それは置いといて。
こういう宮崎駿のいう「不条理」とかが なんか好き というか
ナットクなのです。
そんなに世の中 単純に 美しくないって言うか
美しいんだけど たくさんたくさん 複雑 混沌 ジレンマがあって。
「自分が善意であるからといって、自分が善良な存在だとは思ってはいけない」
ということばは、けっこう重いことばやなと思いました。
個人的に べつの解釈で この一節が 心にひっかかりました。
ベジやっているからって
フェアトレードもの買ってるからって
自分が善良だなんて 思っちゃいけないなと。
善良っていうか
独善的になっちゃいかんと。
そんなふうに思っちゃいけないなと。
「善良さ」はきちがえないように したいと。
ただ
状況に嘆かず、
だれかがほめてくれることを期待しないで(

)
自分の存在とか役割とか自覚して
すこしはマシな顔をして
そして迷いながら
努力したいなって思いました。
(結局 違う話になってしまいました

)