仕事は忙しかったり 冷や汗かいたり ボーっとしたり あわてすぎたりして
しょうもないミスしたり。
Vegan Earth Day(ヴィーガン アースデー)について ごちゃごちゃと
考えをめぐらせています。
自分がベジになったことで
つながった 人との出会いとか、自分の心の中のなにか とか
けっこう すてき。
一方で、
ベジに対するいろんなカウンターオピニオンのことを考えたりする。
ベジになっても、
それで崇高な人間になれるかっていうとそうでもなく。(笑)
にくったらしいことばかり考えてますわ、ホント。(笑)
あ、で、最近よく考えること。
「感謝してなんでもありがたく食べればいい」という言葉。
うん。
とってもすてきに聞こえると思う。
・・・
でもちょっと待って。
ちょ ちょ ちょっと待って。
それじゃぁ、第一段階、
まずは、お肉のこと、考えてみよう・・
お肉はどのように、「お肉」になっているか。
ジューシーなお肉=牛、豚、鳥 など。
「みんな生きていた、動物たち」
ちゃんとつながってるかな?
ちゃんと、買うとき 料理するとき 食べるときに
その いち いきもの の
「壮絶な死」
を認識しているだろうかな・・?
牛 豚 鳥がどんなふうに育てられているか
知って 認識しているかな?
どんなふうに殺されてるか知って 認識しているかな?
「かわいそうって思え!」って 言ってるわけじゃない。
それを、「かわいそう」「かわいそうじゃない」と思うのは
それぞれの人の感受性や経験によって違う。
でも
具体的に 知らないのに
ココ重要→ 『具体的に』 知らないのに
なんとなく知ったっということにして
で
「感謝してなんでも」
は、ちょっと すぐに 結論に行きすぎじゃないかな って思うわけで。
・・・・・・
なにかを殺さなければ、生きていけない。
私もそう。
それじゃあ 植物の死はどうでもいいから
食べちゃえ食べちゃえ! これぞ ピーーースっ!
って思ってるわけじゃない。
いろんな雑草たちが ルンルン青々と茂っているところは
植物たちは厳しい生存競争のなか、
精一杯のエネルギーを発揮してるなぁって感じる。
畑の白菜を野菜包丁でざっくりと根元から切り取るとき。
おひたしにしようと、熱湯にほうれん草を入れる瞬間。
トマトを真っ二つに切るとき・・・
(いつも考えてるわけじゃないけど)
心構えの要る瞬間がある。
実は、
「じゃあ 植物はどうなるの?」
ってよく聞かれる質問で。
うん、何かを殺して 摂取しなければ、生命活動の維持はできない、と思う。
でも、その「程度」は自分の選択に委ねられていて。
もちろん、選択する余裕があれば、のハナシだけど。
色々情報収集して、
感じて、考えて、語って
感じて、語って、考えて、
私は、能動的に、そして、自然に、
こういう食を選ぶこととなりました。
(だって いまの時代、
お肉を食べるっていうのは、そのお肉の10倍のカロリー分の植物(飼料作物)
を間接的に殺生していることになるらしいしね)
(
2006年 国連食糧農業機関(FAO)調査報告書より)
「じゃあ 植物はどうなるの?」
とっても難しいもんだい。
私もその答えへの道程にいて
考えながら迷いながらいる。
しかし、そんなカンタンに答えがでるわけがないかなっ!?
だから、
私にしつもんする前に、
自分の心に、いちど
問うてみて。
行動を決めるのは、
私でなくて、
自身の考えだもん。