





■「博士の愛した数式」 著/小川洋子 新潮文庫
◇第1回本屋大賞受賞
《story》
「ぼくの記憶は80分しかもたない」
家政婦として赴任した家には一人の老人がいた。彼の背広には、いくつかのメモがつけてあった。かって遭遇した交通事故のため、彼の記憶は80分しかもたなくなっていた。毎朝、家政婦の私がくるたび、新しい家政婦として迎えられる。そのとき、博士はいつも聞くのだった。「君のくつのサイズはいくらかね」「君の誕生日はいつかね」いつしか家政婦の私の11才の息子も加わった。博士は、息子の頭をなぜては「平らな頭だから、君は√(ルート)だ」と言った。それから息子の名前はルートとなった。三人の生活は、驚きと喜びの日々となった。
◎記憶がなくなる。こわいことだと思う。自分ではわからないのだから、それほど苦ではないかもしれない。しかし、過去とともにしか生きられないないなんて悲しいことだと思う。今、味わった感動が心に残らないなんてつらいと思う。もし、文章として残したら、日記に書いて残したら、少しは違うかもしれない。いや、その日記を見て何も思い出さない悲しさや苦しみが自分の心を押しつぶしてしまうだろう。この家政婦さんだからこそ、博士に寄り添うことができたのだと思う。多くの人は近づかない。こんな人と関わりたくないと思うにちがいない。息子と二人、家族で触れあうことが、より深い関わりを作り、さわやかな結びつきを持つことができたのだと思う。子どもはこんなとき大きな力となるものだ。博士も子どもがすきだったからこそ、新しい展開を生み出すことができた。最後に奇跡を期待してしまったけれど、現実、これがハッピーエンドなんだなあ。