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いのちの源

こちらはあなたにいのちのマナを提供し、あなたを満腹させ、いのちの源を見つけ、一日も早く主に立ち返るように導きます。

悔いのない青春時代

2020-05-17 19:28:31 | 賛美の心

 「愛と呼ばれるものは、純粋できずのない感情を指し、心をもって愛し、感じ、思いやりをもつ。愛においては条件、障壁、距離がない。愛においては疑念、欺き、悪賢さもない。愛においては距離も不純なものもない。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』より)神の御言葉のこの讃美歌は、7年4ヶ月にわたる長期の刑務所暮らしの苦痛を乗り切る助けとなりました。中国共産党政府が私の一番美しい青春の年月を奪ったとしても、私は全能神から最も貴重な本物の真理を得たので、不満も後悔もありません。

 1996年、私は終わりの日における全能神の救いを受け入れました。神の御言葉を読んだり集会で交わったりすることを通じて、神がおっしゃってきたすべてのことは真理であり、この邪悪な世界のあらゆる知識や理論と完全に正反対のものだと判断しました。全能神の御言葉は人生に関する最高の格言です。さらに私を興奮させたのは、兄弟姉妹に対して飾ることなく率直になり、何についても自由に話し合えることでした。兄弟姉妹と交わる際は、あとで批判されるのではないか、あるいは裏をかかれるのではないかと恐れて自分を守る必要はまったくありませんでした。私はかつてない慰めと幸福を感じ、この家族が本当に好きでした。しかし、人々が全能神を信じることを国が許していないと聞き及ぶのに、さほど時間はかかりませんでした。この事実に私はすっかり困惑しました。全能神の御言葉のおかげで、人は神を崇拝していのちの正しい道を歩けるからです。人は御言葉によって正直になれるのです。誰もが全能神を信じれば、全世界が平和になるでしょう。私には本当に理解できませんでした。神を信じることは最も義なる取り組みです。なぜ中国共産党政府は全能神への信仰を迫害し、それに反対して、その信者を逮捕までするのでしょうか。中国共産党政府が私たちをどのように迫害しようとも、あるいは世論がどれほど大きくても、これはいのちの正しい道だと私は判断していますし、最後まで歩いていくつもりです。

 

 その後、私は教会で神の御言葉の本を発送するという本分を尽くし始めました。神に抵抗するこの国でそのような本分を尽くすことは非常に危険であり、いつでも逮捕される可能性があることは知っていました。一方、すべての被造物の一部として、神のためにすべてを費やし自分の本分を尽くすことが、人生における自分の使命であることも知っていました。それは回避できない責任なのです。私が自信満々に神と協力し始めた2003年9月のある日、兄弟姉妹に神の御言葉の本を渡しに行く途中で市の国家保安局の人間に逮捕されました。

 私は国家保安局で何度も何度も尋問されましたが、どのように対応すべきかわからずにいました。そこで切羽詰まって神に助けを求めました。「ああ、全能神よ、あなたの知恵をお与えください。そして、私があなたを裏切らず、あなたの証しに立てるよう、話すべき言葉をお授けください」その頃、私は毎日神を呼び求めました。神を捨てるなど思いもよらず、邪悪な警察に対処できるよう知性と知恵をお授けくださいと、ひたすら神に頼みました。私を見守り、保護してくださる神を讃えます。尋問を受けるたび、唾が出るか、しゃっくりが止まらなくて、話すことができませんでした。神の素晴らしい働きを見て、私は決して尻込みしまいと固く決心しました。私の首をはねていのちを奪うことができても、今日私に神を裏切らせることは絶対にできない。ユダのように神を裏切るくらいなら自分のいのちを危険にさらそうと決心したとき、神はあらゆる点において私への「ゴーサイン」をお与えになりました。私が尋問されるたびに神は私を守ってくださり、この試練を穏やかに乗り切らせてくださったのです。私が黙秘したにもかかわらず、中国共産党政府は「法の執行を破壊すべく邪教組織を利用した」として私を有罪とし、懲役9年の判決を下しました。その判決を聞いても、私は神のご加護のおかげで悲しむことも、恐れることもありませんでした。むしろ、私は裁判所の人々を軽蔑しました。裁判官が判決を言い渡していたとき、私は「これは中国共産党政府が神に反対している証拠だ」と、低い声でつぶやきました。その後、公安職員が私の態度をさぐりに来ましたが、私は静かにこう言いました。「9年など何でもありません。出所しても、私は全能神教会の一員のままです。信じられないなら見ていてください。しかし、あなたがたがこの事件を担当したことは忘れないでいただきたい」私の態度は公安職員をすっかり驚かせました。彼らは親指を突き上げて何度もこう言ったのです。「立派、立派!お前は江姐よりも江姐らしい人だ。お前が出所したら再び集まるから、きっと招待してやろう」そのとき、私は神が栄光を得られたと感じ、心の中で満足しました。判決を下されたその年、私はわずか31歳でした。

 中国の刑務所はこの世の地獄であり、長期間の刑務所生活はサタンの真の非人間性と、神の敵となったその悪魔的本質を私にしっかり理解させました。中国の警察は法の支配に従わず、むしろ悪の支配に従っています。刑務所では、警察は人々を自分たちの手で扱わず、囚人たちを暴力に駆り立てることで他の囚人を管理させているのです。また、邪悪な警察は人の考えを抑圧するためにありとあらゆる方法を用います。例えば、新入りの囚人はおのおの特別な通し番号がついた同じ囚人服を着用し、刑務所の要件に従って髪を切り、刑務所が認めた靴を履き、刑務所が許可した道を歩き、刑務所が許可した速度で行進しなければなりません。春夏秋冬を問わず、雨であろうと晴れであろうと、凍えるような寒い日であろうと、囚人は命じられたことをしなければならず、選択肢はありません。毎日少なくとも15回、私たちは集合して自分の番号を言い、中国共産党政府を讃える歌を少なくとも5回は歌わされました。私たちには政治学習もありました。つまり監獄法と憲法を学ばされ、6ヶ月ごとに試験を受けさせられたのです。これは私たちを洗脳することが目的でした。また刑務所の規律と規則に関する知識も抜き打ちで試されました。刑務官は私たちを精神的に迫害しただけでなく、完全に非人間的な態度で私たちを肉体的にぼろぼろにしました。私は何百人もの人々と一緒に狭い工場に詰め込まれ、1日に10時間以上手作業での重労働をしなければなりませんでした。このような狭い場所に非常に多くの人がいて、機械の騒々しい雑音が至るところで聞こえたため、どんなに健康であっても、一定期間そこにいると身体が深刻な障害に苦しむことになります。私の後ろには穴開け機があり、毎日休むことなく穴を開けていました。それが発する騒音は耐え難いもので、私も数年後には重大な聴力障害に悩まされました。今日に至っても私の聴力は回復していません。人々にとってさらに有害なのは工場のほこりや汚染でした。診察を受けた多くの人が結核と咽頭炎に罹患していることが判明しました。さらに、長時間にわたって座りながら手作業をするため、身体を動かすことができず、多くの人が重度の痔になりました。中国共産党政府は金を生み出す機械のように囚人を扱い、人が死のうが生きようが少しも気にしませんでした。囚人たちは朝早くから夜遅くまで働かせられました。私も疲労困憊のあまり体力的に作業を続けられなくなることがよくありました。それだけではなく、毎週の政治学習や手作業、公的任務などに加え、ありとあらゆる抜き打ち試験にも対応しなければなりませんでした。そのため、私は日々極めて不安な状態にありました。精神状態が絶えず張り詰め、少しでも注意を怠れば追いつけないのではないか、刑務官に罰せられるのではないかと極度に緊張していたのです。そのような環境では、安全かつ健全に一日を過ごすことは簡単ではありませんでした。

 刑に服し始めたばかりのとき、私は刑務官によるこの種の残酷な暴虐に対処できませんでした。ありとあらゆるつらい手作業やイデオロギーの圧力のせいで息をするのも困難で、囚人たちと様々な形で接しなければならなかったことは言うまでもありません。さらに、悪魔のような刑務官と囚人による虐待と侮辱にも耐えなければなりませんでした……私は頻繁に迫害され、窮地に追い込まれました。絶望に陥ったことも何度かあり、特に9年間という刑の長さを考えたとき、私は荒涼とした無力感がほとばしるのを覚え、何回泣いたかわかりません。命を絶って自分の置かれたこの苦しみから逃れようと考えたこともあるほどです。極度の悲しみに沈んで自分を支えられなくなるたび、私は切羽詰まって祈り、神を呼び求めました。すると神が私を啓き、導いてくださるのです。「あなたがたは、まだ死ぬことが出来ない。あなたがたは、拳を固めて断固として生き続ける必要がある。あなたがたは神のために生きなければならない。人間が自分の中に真理を備えているのであれば、その者にはこうした決意があり、死を望むことは二度と無い。死の危険が自分に迫った時、あなたがたは「神よ、私は死を望みません。私はあなたを知りません。私は依然としてあなたの愛に報いておりません。私はあなたを十分知ってから死ぬ必要があります。」と言うであろう…神のご意向を理解せず、自分の苦難について沈思するだけであれば、その苦難について考えれば考えるほど、それを受けるのは困難になってゆく。それは面倒であり、死の苦悩が始まる。真理を理解していれば、あなたがたは「私は十分に生きていない。なぜ死ぬのか。私はまだ真理を得ていない。神に対して自分を適切に費やさねばならない。私は好ましい神の証しとなる必要がある。私は神の愛に報いなければならない。その後は、自分がどのような死に方をしても問題は無い。それならば、私は満足な人生を送ったことになるであろう。他の誰が死のうと、今、私は死なない。私は根気よく行き続ける必要がある。」と言うであろう。」(『キリストの言葉の記録』の「真理を追い求めることでのみ、性質の変化を成し遂げられる」より)神の御言葉は私の孤独な心を慰める母の柔らかく優しい姿のようでした。それはまた、両手で暖かく優しく私の顔の涙を拭う父のようでもありました。すぐに暖かい流れと力が私の心を駆け巡りました。暗い刑務所で肉体的に苦しんでいたとしても、自殺を試みることは神の御心ではありません。神の証しをすることができず、またサタンの笑いものになってしまうでしょう。9年後にこの悪魔のような刑務所から生きて出て行くならば、それが証しになるはずです。神の御言葉は私に生き続ける勇気を与えました。私は心の中で、「これから先どんな困難があっても、懸命に生き続けよう。勇敢かつ強く生き、証しをしてきっと神に満足していただこう」と決心しました。

 長年にわたる仕事の負担は私の体を徐々に弱らせました。工場で長時間座った後、しばしば過度に汗をかくようになり、痔がひどくなって出血することもよくありました。重度の貧血でめまいを起こすことも度々でした。しかし刑務所では、医者の診察を受けるのは簡単なことではありません。刑務官の機嫌がよければ安い薬をもらえますが、機嫌がよくなければ仕事をさぼろうとして仮病を使っていると言われます。私はこの病気の苦しみに耐え、涙を飲みこまなければなりませんでした。1日の仕事が終わるといつも完全に疲れ果てていました。疲れた体を刑務所の独房に引きずり、いくばくかの休息を取ろうとしましたが、落ち着いて眠るわずかの力もありません。何かの用事で刑務官が深夜に来たり、刑務官の騒々しい物音のせいで目が覚めたりしました……私は彼らにしょっちゅう弄ばれ、言葉にできない苦しみを受けました。加えて、刑務官による非人間的な扱いにも耐えなければなりません。私は床や廊下、あるいは便所の隣で眠る難民のようでした。私が洗った服は干して乾かすことができず、その代わりに他の囚人と寄せ集まり、その体温で乾かしました。冬に服を洗うのは特にいら立たしく、湿った衣服を長時間着用したため関節炎を発症する囚人がたくさんいました。刑務所では、健全な人が鈍感になり、機転が利かなくなり、肉体的に弱り、病気に苦しめられるのに、そう時間はかかりません。私たちはしばしば季節はずれの古い干からびた野菜を食べました。より良いものを食べたければ、刑務所から高価な食べ物を買わなければなりません。囚人は刑務所で法を勉強させられますが、そこに法はないのです。刑務官が法であり、刑務官の神経を逆なでする者がいると、何かしらの理由を見つけて囚人を罰するどころか、何の理由もなく罰することさえできました。さらに卑劣なのは、全能神の信者を政治犯とみなし、私たちの犯罪は殺人や放火よりも重大だと言ったことです。それゆえ、刑務官は私をことさら憎み、厳しく管理して非常に激しい迫害を加えました。このような邪悪な行為は、中国共産党の道義に反した振る舞い、天への敵対行為、そして神との反目の決定的な証拠となるものです。刑務所の残酷な苦しみに耐えた私の心は、しばしば義憤で一杯になりました。神を信じて崇拝することがどんな法律に違反しているのでしょうか。神に従い、いのちの正しい道を歩むのはどんな犯罪なのでしょうか。人は神の御手によって創造されたのですから、神を信じて崇拝することは天地の法です。これを乱暴に妨げ迫害するいかなる理由が中国共産党政府にあるのでしょうか。明らかに、それは道義に反した振る舞いであり、天への敵対です。中国共産党政府はすべての面で神と対立しており、全能神の信者に反動というレッテルを貼り、私たちを激しく迫害して破壊します。中国共産党政府は全能神の信者を一撃で一掃しようとしているのです。それは黒を白に変えるもので、これこそ完全に反動的ではないでしょうか。中国共産党政府は躍起になって天に抵抗し、神に敵対しています。最後は神の義なる懲罰を受けるに違いありません。堕落があるところ、必ず裁きがあるはずです。罪があるところ、必ず刑罰があるはずです。これは神が予め定められた天の法であり、誰も逃れることはできません。中国共産党政府の邪悪な犯罪は空まで積み上がり、神に滅ぼされます。それはまさに、神がこうおっしゃったとおりです。「神は久しくこの暗黒社会を骨の髄から忌み嫌っている。神は歯ぎしりし、この邪悪な老いたへびが再び立ち上がって人間を虐待する事の無いよう、そのへびを必死で踏みつけようとしている。神はそのへびの従前の行いを許さず、そのへびの人間に対する偽りを容赦せず、そのへびの遠い昔からの罪のひとつひとつに報復するであろう。神がその諸悪の首謀者[1]に対して寛容となることは僅かばかりも無く、そのへびを完全に粉砕するであろう。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」より)

 この悪魔の刑務所において、私はこれら邪悪な警察の目に野良犬以下の存在として映っていました。警察は私を殴ったり罵ったりするだけでなく、しょっちゅう突然押しかけ、私の寝台と私物を滅茶苦茶にしました。また刑務所の外で何らかの暴動が起こるたびに、政治問題を担当する刑務所の職員が私のところにやって来て、こうした出来事に関する私の見解を厳しく追及し、なぜ神を信じる道を歩むのかと絶えず非難しました。この種の詰問に直面するたび、心臓が飛び出そうになりました。私に対してどんな悪しき企みを抱いているのか見当もつかなかったからです。この危機のさなか、私は心の中でいつも切羽詰まって神に祈り、助けと導きを求めました。来る日も来る日も、来る年も来る年も、虐待と搾取と抑圧が言葉にできない苦しみを私に与えて苛みました。毎日、手作業と単調で退屈な政治学習が重くのしかかるだけでなく、病気に悩まされたうえ、何より精神的に落ち込んでしまいました。私はそのせいで崩壊の危機に追いやられました。特に中年の女性囚人が邪悪な警察の非人道的な責め苦に耐えられず、夜中に窓から首をつっているのを見たとき、また別の高齢の女性囚人が、病気の治療が遅れたために死んだのを見たとき、私は同じ息詰まるようなどん底に沈み、再び自殺を考え始めました。死こそが最高の救いだと感じたのです。しかし、それが神を裏切ることなのはわかっており、そうすることができませんでした。すべての苦痛に耐え、神の采配に従う以外に選択肢はないのです。しかし自分に下された長期の刑を考え、自由を得るのはどれほど先かと考えるや否や、どんな言葉をもってしても自分の苦痛と絶望は言い表せないと感じました。この状態に耐え続けられない気がして、どのくらい長く持ちこたえられるか見当もつきませんでした。深夜、何もできず掛け布団にくるまって泣き、全能神に祈って嘆願し、心の苦痛を残らず話したことが何度あったでしょう。大変に苦しく無力だったとき、私はこう考えました。「いま自分が苦しんでいるのは、自分を堕落から切り離し、神の救いを受けられるようにするためだ。これらの苦難は私が被るべきものであり、被らなければならないものだ」このように考えたとたん、私はもう苦痛を感じませんでした。むしろ、自分は神への信仰のために刑務所に押し込まれたのであり、救いを求めて苦しみを受けているのは最も価値と意義のあることだと感じました。この苦しみにはとてつもない価値があるのです。無意識のうちに心の苦しみは喜びに変わり、私は感情を抑えられませんでした。そしてよく知っている経験の讃美歌を心の中で口ずさみました。「私たちは幸いにも神の到来を迎え、神の御声を聞く、幸いにも神の到来を迎え、小羊の祝宴の席につく、受肉した全能神を知り、その奇しき御業を見る。私たちは人生の奥義を理解する。全能神の御言葉は最も貴い…誰がこれ以上幸いになれるか。誰がこれ以上の祝福を得られるか。神が真理といのちを授けてくださる。私たちは神のために生きなくては私たちは神のために生きなくては神の愛に報いるため、真理を得て、神を証する」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』より)心の中でこの讃美歌を繰り返し、歌えば歌うほど私は励まされました。歌えば歌うほどさらなる力と喜びを感じたのです。私は神の御前で誓いを立てずにはいられませんでした。「ああ全能神よ、私が再び信仰を抱き、生き続ける勇気をもてるようにしてくださった、あなたの慰めと励ましに感謝します。あなたが本当に私のいのちの主にして私のいのちの力でいらっしゃると、私に感じさせてくださったのです。私はこの地獄の穴に投獄されていますが、孤独ではありません。この暗い日々を通じてあなたがいつも共にいらっしゃるのですから。あなたは私に何度も何度も信仰を授け、生き続ける動機を与えてくださいました。ああ神よ、いつかここから出て自由に生きることができれば、私は自分の本分を尽くし、あなたの御心を傷つけることも、自分のために打算を働かせることもいたしません。ああ神よ、これからの日々がどんなにつらく厳しくても、私は喜んであなたに頼り、強く生き続けてまいります」。

 刑務所では、兄弟姉妹と過ごした日々が頻繁に思い出されました。それはとても美しいときでした。誰もが歓声を上げて笑い、言い争いもしましたが、すべては懐かしい思い出となりました。しかし、以前の本分をなおざりに尽くしていた頃を振り返るたび、私は大変な罪深さと負い目を感じました。自分の傲慢な性質が原因で兄弟姉妹と言い争ったことも考えました。すると気分が大いに沈み、それを後悔しました。こうなるたびに私は涙にくれ、心の中で静かに讃美歌を歌いました。「長年神を信じてきたが本分をきちんと尽くしてこなかった。心に深い後悔を感じる。神の愛を多く味わったがお返しできず、実践する機会をもらってもいい加減に接した。それより一心に地位と富と名誉を求め、将来の計画を立てた。私はとても反抗的で恥知らずで多くの時間を無駄にした。そして今、神は私達から去ろうとしている。私はとても後悔している。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』より)苦痛と自責の念の中、私は頻繁に心の中で神に祈りました。「ああ、神よ。私は本当にあなたからあまりにかけ離れてしまいました。あなたが許してくださるなら、私は喜んであなたを愛していきます。出所後は以前のように進んで自分の本分を尽くし、再び出直します。過去の欠点も補います」刑務所にいる間、私は特に、朝も夕も連絡を取り合っていた兄弟姉妹がいないのを寂しく思いました。本当に彼らを恋しく思いましたが、私が捕らわれているこの悪魔の刑務所では、この願いは叶わぬ夢です。しかし、私は頻繁にこの兄弟姉妹の夢を見ました。神の御言葉を一緒に読み、真理について語り合っている夢です。私たちは幸せで陽気でした。

 2008年に四川大地震が発生した際、私たちが収容されていた刑務所も揺れましたが、私は現場から避難した最後の囚人になりました。当時は余震が続いていました。囚人も刑務官も恐怖と不安のあまり、日常を続けることができませんでした。しかし私の心は大変に落ち着いており、揺るぐことがありませんでした。これは神の御言葉が現実のものになったのだと知っていたからです。それは神の激しい怒りの到来でした。100年に一度という地震の間、神の御言葉は常に私の心を守ってくれました。人の生死はすべて神の御手にあると、私は信じています。神がどうなさるかにかかわらず、私は進んで神の采配に服従します。しかし、悲しかった唯一のことは、自分が死んだら創造主への本分を尽くす機会がなくなり、神の愛に報いる機会がなくなり、兄弟姉妹に会えなくなることでした。とは言え、私の不安は無用のものでした。神はいつも私と一緒にいらっしゃり、最大限の加護をお与えになり、それによって私は地震を生き延び、平和に過ごすことができたのです。

 2011年1月、私は早期に釈放され、刑務所での奴隷生活がとうとう終わりました。自由を得て私の心はひときわ興奮していました。教会に戻ることができるのです。兄弟姉妹と一緒にいられるのです。私の心の感動を言葉で説明することはできません。予想外だったのは、家に帰っても娘は私のことがわからず、親戚や友人たちも変な目で私を見たことです。彼らは私と距離を取り、接触しようしませんでした。周囲の人たちも私を理解せず、受け入れませんでした。このとき、私は刑務所で虐待や責め苦を受けていたわけでもないのに、冷たい視線や冷笑、そして疎外は耐え難いものでした。私は弱く否定的になり、過去の日々を振り返らずにはいられませんでした。逮捕されたとき、私はわずか31歳でしたが、出所するまでに冬が8回、夏が7回過ぎ去っていたのです。私が孤独と無力を感じる中、神は私をお助けになるために、何度人や出来事や物事を采配なさったことでしょう。苦痛と絶望の中、神の御言葉は何度私を慰めたことでしょう。私が死を望んだとき、神は私に何度力を与え、生き続ける勇気をもたせてくださったことでしょう……長く苦しい年月の間、私を死の影の谷から一歩一歩導かれ、しっかり生き続けられるようにしてくださったのは神でした。今この苦難に直面して、私は否定的で弱くなり、神を悲しませました。恩をあだで返す本当に臆病で無能な人間なのです。これについて考えると、心の中で強い自責の念を感じました。服役中に神に立てた「いつかここから出て自由に生きることができれば、私は自分の本分を尽くし、あなたの御心を傷つけることも、自分のために打算を働かせることもいたしません」という誓いを思わずにいられませんでした。私はこの誓いをじっくり考え、神に誓ったときの状況を振り返りました。すると涙で目がぼやけ、次の賛美歌をゆっくり歌いました。「私自身は、神を追い求め、神に従う意欲がある。今神は私を見捨てようとしているが、それでもなお私は神に従いたい。神が私を求めていようがいまいが、私はなおも神を愛し、最終的には神を得なければならない。私は神に自分の心を捧げ、神が何をしようと、私は生涯を通して神に従うつもりだ。何があろうと、私は神を愛し、神を得なければならない。私は神を得るまで休まないつもりだ。」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「神への真の愛は自発的である」より)

 しばらくデボーションと調整を行なったところ、私は神の啓きの下ですぐに否定的な状態を脱し、本分を尽くす人々の中に再び身を投じました。

 私は最も素晴らしい青春の年月を刑務所で過ごし、7年4ヶ月にわたって神への信仰のために苦難を経験しましたが、不満や後悔は一切ありません。多少の真理を理解し、神の愛を経験したからです。自分の苦しみには意味と価値があると私は感じています。これは神の私に対する破格の賞揚にして恵みなのです。神が私をひたすら愛してくださったのです。親戚や友人ですら私を理解せず、娘が私のことをわからなくなったとは言え、どんな人や物事も私を神との関係から切り離すことはできません。私は死んでも神から離れることができないのです。私が刑務所で最も好んで歌ったのは、『汚れなき純粋な愛』という讃美歌でした。そして今、私は実際の行動を通じて神に最も純粋な愛を捧げたいと思います。

孝文 重慶市


人生の虚しさを解放する道はここにある

2020-05-16 11:39:57 | 賛美の心

 【編集者メモ】人生の虚しさを埋めるため、彼はよく友だちと飲み食いや遊びに出かけます。しかし彼の霊はいまだに満足していないだけでなく、そのような人生は虚しさに苦痛をも加えます。神様を信じるようになったあと、彼は自分の虚しさの根源を理解するとともに、それを解決する道を見つけます。

寄稿家:思明(韓国)

 朝早く、私は窓際の小さな机の前に座って『カナンの良き地の幸せ』というダンスと音楽のビデオを静かに見ていました。私の心はメロディーに合わせて舞い上がり、思わず笑みを浮かべました。神様の御前に出ることの平和と確かさを心から感じていたのです。

罪に陥り虚しさと苦痛の中で生きる

 私はより多くの収入を得ようと数年前に韓国へ来ました。しばらくのあいだ必死に働いたあと、徐々により豊かな生活を送るようになりましたが、心の中で虚しさや無聊を感じることがよくありました。友人からしばしば食事や飲み会に誘われ、歌って踊るためにカラオケバーなどの場所へ誘われることもありましたし、帰宅が深夜になることも珍しくはありませんでした。当時、私たちのあいだではこんな言葉がはやっていました。「喜びの日をつかめ。人生は短いからである。」「今日は飲んで心配は明日にしよう」「若さの特権を生かして飲み食いし、浮かれ騒いで人生を楽しもう。歳をとれば何も楽しめなくなるのだから」私はこうした言葉に共感を覚え、自分たちはこのように生きるべきだと考えました。その後、友人たちが集まって出かけるたび、一緒に行かないかといつも私を誘ってきました。仕事が終われば何もすることはないしどうせ退屈なので、私は必ず一緒に出かけました。どこかへ食事に出かければ兄弟のように飲み食いし、話して笑い、とても幸せに感じました。飲み食いしたあとはカラオケバーや他の場所に行って歌ったり踊ったりします。宴とお祭り騒ぎが終わったあと、こんなに大勢の友人と一緒に話したり笑ったりして、これほど大いに楽しむのは本当に素晴らしいことだと感じました。ときどき友人たちが出かけたくないことがあっても、私は出かけたいと思いました。そうしたとき、仕事で感じていた退屈さ、人生に対するあらゆる失望、そして不満に思う一切のことが一瞬で消え去りました。私は徐々に、飲み食いして人生を楽しまないのは馬鹿げているとか、そのような人生だけが喜びをもたらし、自分をつまらない仕事から引き上げるのだとか考えるようになりました。仕事が終わると毎日のように際限なく酒を飲みましたが、その後時間が空いたとき、心は虚しさと孤独を感じたままでした。私はこう思わずにはいられませんでした。人はなぜ生きるのか。どうすれば霊の空白を埋められるのか。

 私は様々な思いを抱いていたものの、生活と仕事は続けなければなりません。雨が降ると同僚も私も仕事を中断せざるを得ないので、みんなは自由時間に雀荘へ行き、麻雀をして時間を潰していました。私も誘われたのですが、そのときこう考えました。「ちょっとだけやってみよう。どうせ自由時間なんだ。麻雀しながら時間を過ごして、退屈な日が続いても暇を潰せるようにしよう」こうして私は雀卓の前に一日中いるようになったのですが、いつも大きく負けるばかりで勝つことはあまりありませんでした。一日で二、三百万ウォン負けることもあったほどです。麻雀をしているあいだは本当に幸せで、心ゆくまで楽しんでいました。しかし家に帰れば以前と同じままで、負けたお金のことを思い出して恐怖を感じました。もう麻雀はやめるよう自分に言い聞かせても、次の日には例のごとく雀荘へ舞い戻ってしまいます。結局さらに負けてしまい、友人にお金を借りるまでになりました。私は自制できないことに対して自分に憎しみを覚えました。はじめは単に暇つぶしのため、楽しむためにすこしだけ麻雀をするつもりでしたが、虚しさにこれほどの苦痛が加わるなど想像もしていませんでした。その後仕事のプロジェクトが終了し、私は借りていたお金をなんとかすべて返済したため、別の現場へ向かうことになりました。

 そこに着いたあとも、私は引き続き友人たちと集まり、稼いだ金で飲み食いや遊びに出かけました。そのどれもがつかの間の幸福をもたらすものの、私の生活は虚しいままで、偽りの世界で暮らしているように感じられるほどでした。一緒に飲み食いしたり遊んだりして人生を楽しむなど、表面上はみんなが友人でした。しかし実際には、誰もが自分のことしか心配していなかったのです。特に自分の個人的な利益に関係することがあると、背後で互いに攻撃したり非難したりします。私は暇なときによくこう考えました。「俺はこのように人生を送るべきなのか。周りの無数の人間はみんな他人の足跡に従っている。それ以外に生きる道はないということなのだろうか」

人生の虚しさを解放する道はここにある

人の人生における虚しさの根源は何か

 ある日の仕事中、私は恩浩に出会いました。私たちは互いを知り、あらゆることを話し合い、親友になりました。あるとき会話の中で、私は心の中で感じていた苦悶を残らず彼に打ち明けました。すると恩浩はこう言いました。「君をある場所へ連れて行こう。そうすれば君の問題はすべて解決する」そうして結局、彼と一緒に教会へ行くことになったのです。私は兄弟姉妹に自分の経験を話し、率先してこう尋ねました。「人の人生はなぜこんなに虚しいのでしょう。いったいどうすれば人生の虚しさと苦痛を自分から取り除けますか」

 すると一人の姉妹が私に言いました。「兄弟、あなたがなさった質問は多くの人を困惑させています。いま人々の生活水準はますますよくなりつつあり、私たちはより多くの物質的な喜びを享受していますが、それでも霊の中の虚しさは日を追うごとに大きくなる一方です。それがなぜかを理解する人はいませんが、神様の御言葉が人類の苦痛と虚しさの根源を明らかにしてくださいます。神様の御言葉の一節を読みましょう。『人の心の中に神の居場所が無い世界とは、暗く、何の希望も無く、空虚である。…何故なら、神の導きなしには、支配者たちや社会学者たちが人類の文明を維持するためにどんなに頭を悩ませても何の役にも立たないからである。誰も人の心の中の空洞を埋めることはできない。誰も人のいのちとなることはできず、どんな社会学的理論も、心をむしばむ虚しさから人を解放することはできないからである。科学、知識、自由、民主主義、余暇、快適な暮しは、つかの間の慰めに過ぎない。これ らのものがあっても、人は必然的に罪を犯し、社会の不公正を嘆く。これらのものは、人の探求への欲求や願望を抑えることはできない。人は神によって造られたからであり、人の無意味な犠牲や探索はさらなる苦悩につながるだけである。人は常に恐怖に怯えて存在し、人類の將來にどのように向き合うべきか、目の前にある進路にどのように対峙すべきか分からない。人は科学や知識に脅かされるほどになり、自分の中にある空虚感をそれらのもの以上に恐れるようになる。…人間は結局、人間に過ぎない。神の地位といのちに取って代われる人間はいない。人類は、誰もが食べる物に満ちたり、平等かつ自由である公平な社会だけではなく、神の救いと神によるいのちの満たしが必要なのである。神の救いといのちの満たしを受けて初めて、人間の欲求、探究心、そして霊的空虚感が解決されるのである。』

 神様の御言葉を読んでくれたあと、その姉妹は交わりを続けてこう言いました。「神様の御言葉は私たちの虚しさと苦痛の根源を完全に説明してくださいました。私たちはサタンによって堕落させられたあと、神様を避け始め、神様の御言葉のお導きと供給を失い、サタンの影響の下で生きました。人類がこのような虚しく苦痛に満ちた人生を送っているのはそれが理由なのです。私たちはみな人生においてお金や名声や富や肉体的な快楽のために争ったり走り回ったりしています。そしてこのような物事を追い求めれば追い求めるほど、私たちはより満足を覚えず貪欲になっていきます。それらの物事を手に入れると、物質的な生活水準は向上し、肉体は喜びを得ますが、それらを享受したあと心は再び虚しさを感じます。それらの物事を得られないとき、私たちはより大きな苦痛と無力感を覚えます。したがって、お金や地位を持たない人は虚しさを感じて人生に何の意欲も持ちませんが、それはまさにお金も地位もあって人生を大いに楽しんでいる人が感じることでもあるのです。彼らも虚しさを感じ、何の意欲も持っていません。霊の虚しさを埋めようとダンスクラブに行ったり、たばこを吸ったりお酒を飲んだり、旅行に出かけたりするなど様々な方法を試した人もいますし、中には麻薬を試した人さえいます。しかし私たちが何をしようと、どれも無駄なことです。お金や名声や富、あるいは肉体的な快楽が人類の虚しさを解決することはできず、私たちを幸せにも喜びに満ちた状態にもできないことを、それは示しています。私たち人類は神様によって作られたのであって、神様の御前に出て神様の救いを受け入れ、神様の御言葉によって生きることでのみ、私たちの心は安らぎと平和を感じ、この虚しさを自分から取り除くことができるのです」

 姉妹の話を聞いたあと、私は再び神様の御言葉について考え、それが私の心に直接語られたように感じました。当時、食べ物や着るものを買える余裕があるかについての心配はありませんでしたが、それでも人生に幸せを感じていませんでした。時間を潰して虚しさを取り除くため、よく友人と外出して飲み食いしたり遊んだりしていたものです。そうしたとき、私は肉体的に満足して表面上はとても幸せに見えました。しかし帰宅後、特に一人でいるときに信じられないほどの虚しさと無力感を覚え、自分には人生の目標がまったくなく、人生そのものが無意味だと思えるほどでした。気前よく散財したり、遊びにふけったり、際限なく飲酒したりする暮らしはつかの間の幸福をもたらしただけで、私が真の幸福を感じたことは一度もありませんでした。おそらく神様への信仰だけが、自分の霊的な虚しさを解決できる唯一の道だったのです。

自分から虚しさを取り除く希望を持つ

 それから姉妹は『神に救われていなければ』という賛美歌のビデオを再生しました。それを聴いた私は自分自身がその言葉を経験したかのように感じ、歌うあいだ自分の生活の一幕一幕が映画のように私の心に映し出されました。以前の生活では際限なく酒を飲んでばかりいて、人類がどこから来たのかも自分たちがどう生きるべきなのかも知らず、人生に何の目標も期待すべきこともなく、その代わりに「もがき罪に苦しんで虚しく、望みもなく」という賛美歌の歌詞どおり、何の目的もなく一日中ぼんやりしていただけでした。さらに、ビデオに登場する兄弟姉妹は神様を信じ始めたあと、自由で解放された人生を送っていることに気づきました。私はそのことに深く心を動かされ、神様は本当に私たちを虚しく苦痛に満ちた生活からお救いになれるのだと感じ、これからも神様の働きを勉強し続けたいと思いました。

 その後、神様の御言葉を読むことや、兄弟姉妹と集まって交わることを通じ、私は人類の堕落の源、サタンはいかに人間を堕落させるか、神様はどのように人間をお救いになるか、本当の人間らしさをどう生きるべきかといった真理の側面を理解するようになりました。全能神によって表現される御言葉はおそらくどんな人間にも語れなかったことを私は知り、また全能神の御言葉は私に人生で進むべき方向を示し、有意義な人生を生きるために何を追い求めるべきかを教えました。それらは私にとって大いに助けとなるものでした。私はその後教会に加わり、しばしば集会に参加して兄弟姉妹と神様の御言葉を分かち合いました。このように生きることで自分がとても豊かになったように感じ、私の霊はそれまで感じたことのない平和と喜びを体験しました。

誘惑に打ち勝てないことの根源

 ある日仕事が終わったあと、同僚がこれから出かけないかと私を誘いました。しばらく飲み食いに出かけておらず、生活が少し面白みに欠けるものになっていたことを思い出し、一緒に出かけて少しのあいだ気晴らしを求めるのもいいだろうと考えました。それで結局、私は彼らと一緒に出かけました。その夜帰宅したあと、私は心を静めて考えました。「俺はいま神様を信じているけれど、不信心者のようにこんな贅沢な生活を送ることは神様を喜ばせるだろうか。クリスチャンはこんな風に振る舞うべきじゃない」そこで私は神様の御前に出て祈りました。「神様よ。私はもう堕落に陥りたくありませんが、自分から誘惑を取り除くことができません。これらの肉体的な欲望と誘惑に打ち勝つ手助けをしてください」その後、私は神様の御言葉を読みました。「ひどく汚れた地に生まれ合わせて、人は社会に駄目にされ、封建的倫理の影響を受け、「高等教育機関」で教えを受けてきた。時代遅れの考え方、墮落した倫理観、さもしい人生観、卑劣な哲學、全く価値のない存在、下劣な生活様式と習慣、これらはすべて人の心をひどく侵害し、その良心をひどくむしばみ、攻撃してきた。その結果、人はますます神から離れ、ますます反対するようになった。人の性質は日ごとに悪質になり、神のために進んで何かを投げ出そうという者は一人としておらず、進んで神に従う者は一人としておらず、さらには神の出現を進んで探し求める者も一人としていない。それどころか、サタンの支配下で快楽を追求しているだけで、泥の地で肉体の墮落にふけっている。真理を耳にしたときでさえ、暗闇に生きる人々はそれを実行に移そうとは考えず、たとえ神の出現を見たとしても、神を探し求める気持ちにはならない。こんなにも墮落した人類にどうして救いの可能性があり得ようか。どうしてこんなにも退廃した人類が光の中に生きることができようか。」

 神様の御言葉から、神様を信じることができながら同僚の誘いに耐えられないのはなぜか、彼らとこうした贅沢な生活を送ることで自分の心がいまだに喜ぶのはなぜかを理解するようになりました。それは社会の悪しき風潮によって生じた影響のせいだったのです。「喜びの日をつかめ。人生は短いからである。」や「酒に対いては当に歌うべし、人生幾何ぞ」などの誤った人生訓をはじめ、社会で流行しているありとあらゆる言葉が私の心に根を下ろしていました。人は人生の中で肉体的な快楽を追い求め、飲み食いしたり浮かれ騒いだりすることに集中すべきだと信じ、そうした生活だけが人に幸福をもたらし、この退屈な世界から引き上げることができる、そうすれば一生を無駄に過ごすことはないと考えていたのです。そうしたことがなければ人生がまったく無意味に感じられるので、しばらく飲み食いや遊びに出かけなかったりすると、私の心はそれを切望し始めるのでした。私は真理を持たず、何が正しく何が間違いかも知らなかったので、これらの悪しき風潮に捕らわれてしまい、罪深い快楽を楽しんだり、際限のない飲酒や堕落や放蕩から成る生活を送ったりしてしまったのです。肉体はつかの間の享楽を得るものの、霊は虚しく苦痛に満ちたままで、人生で追い求めるべき正しい目標を持たず、人生の意味にも気づいていませんでした。神様の御言葉の啓示を通じて、そのような人生訓はサタンに属していること、それらの考えや見方によって生きるのは方向を見失わせることしかできないことを、私はようやく理解しました。そのように生きていれば、罪の快楽の追求を正しいことと見なし、肉体的な快楽をやみくもに追い求め、ますます堕落し、真理を追い求めたり人生の正しい道を歩んだりする心を持たず、最終的にはサタンによって傷つけられ、食い物にされるでしょう。その事実の真相を見るようにしてくださったことに対し、神様に感謝いたします。

人生の方向を見つける

 私は神様の御言葉を読みました。「人々が追求する人生の様々な目標や生活様式を繰り返し調査し、注意深く分析すると、創造主が人類を創った時の創造主の本来の意図と一致するものがひとつも無いことが分かります。それらは全て人間を創造主による統治と慈しみから引き離し、人間を墮落させて地獄へと導く罠です。このことを確認した後の作業は、以前の人生観を捨て、様々な罠から離れ、自分の人生を神に託して神による採配に委ね、神の指揮と導きのみに従うよう心がけ、それ以外の選択肢をもたない神を崇拝する者となることです。」神様の御言葉は人生で進むべき方向を私に示しました。肉体的な快楽を追い求めるのは堕落の道だとすでに認識していたので、それを捨てて神様に従い、真理を追い求めて神様を崇拝する道を歩くほうを選ぶべきであることは知っていました。そうして丹念に真理を追い求め、社会の悪しき風潮を避け、以前のような贅沢な生活を絶対に繰り返さない決意をしました。

 時が過ぎて中秋節が目前に迫るころ、友人と親戚が私を呼び出して一緒に出かけようと誘ってきました。以前であれば、そうした休日に友人や親戚と一緒に出かけ、飲み食いしたり遊んだりするチャンスに飛びついていたでしょうし、大いに楽しめるはずだと信じながら外出して自分を甘やかしたでしょう。しかしいまは、真理を追い求めることでのみ平和と確かさを感じられると理解するようになっていました。一緒に出かけてもつかの間の肉体的な享楽しか得られず、私の心が神様を避けることになってしまい、その後はいまだに虚しさを感じたでしょう。それで私は丁寧に誘いを断わり、教会に行って神様の御言葉を読み、兄弟姉妹と真理について語り合いました。そしてそれまで感じたことのなかった幸福と確かさを感じたのです。

 私は自分が過去に誤った道を選んだこと、社会の悪しき風潮に捕らわれてしまったこと、罪の快楽をむやみに求めたこと、ますます堕落して人間らしさをすっかり失ったことを振り返りましたが、それはどれも自分の虚しさを埋めるためでした。私を神様の家に戻してくださったのは神様のご慈悲だったのです。神様によって表わされる真理を受け入れて初めて、私はこうした社会の悪しき風潮やサタンの人生訓についていくらか識別力を持ち、真の幸福とは何か、人生において追い求める価値が一番高いのは何かを知るようになり、人生における真の方向性を見つけました。心からの感謝を神様に捧げます。


13歳のクリスチャンが体験した病気からの回復

2020-05-14 21:30:36 | 賛美の心

 私は13歳のクリスチャンです。私は幼いころから両親と同じように主を信仰しています。当時、私は讃美歌を歌って主を讃えるために毎週教会に通っていました。2018年2月、私の母は終わりの日の全能神の働きを受け入れて、私の家族に福音を説きました。こうして、私は全能神教会でも集会に参加するようになったのです。

13歳のクリスチャンが体験した病からの回復

 6月のある日、私は突然病気になって熱を出しました。その4日後、母は私を病院に連れて行き、私はデング熱だと診断されたのです。4日入院した後、私は病気から回復しました。しかし、7月3日、病気が再発したのです。最初、私は軽い熱と咳が出ていただけだったので、母は注射を受けに私をクリニックに連れて行きました。しかし、4日間続けて注射を受けた後、私は回復しなかったどころか、どんどん悪化していったのです。ついに、母はまた私を大きな病院に連れて行きました。私は前回と同じように数日経てば回復すると思っていました。しかし、予測に反して体温は初日に42度まで上がり、咳も増々悪化していったのです。体の表面は触って感じるほどに熱を帯び、母が私の側にいるのを不快に感じるほどでした。しかし、私はひどく寒気がし、手足は氷のように冷たくなっていました。しかも、体中が震えて止まりませんでした。私は絶え間ない熱と咳に苦しみ、時には悲しさのあまり涙を抑えられないこともありました。

 私の容態が全く改善せず、増々深刻になっていく様子を見た医者は血液検査をするために私から採血をして、レントゲンも撮りました。ついに、私は肺が炎症を起こしていて、とても悪い状態にあると医者は言いました。私の両親が私の診断結果を知った時、二人は私のことをとても心配して、私をタイの病院に移す決断をしました。私は「そこの病院に行けばすぐに良くなるのかしら?良くならなかったらどうなるのかしら?」、と思いました。私はとても怖くなりました。その時、母が私に神の御言葉を幾つか読んでくれました:「万物の長である全能神は、玉座から王としての権力を振るう。神は宇宙と万物を支配し、全地で私たちを導いている。…病を患うとき、それは神の愛によるもので、神の善意が必ずその背後にあるのだ。たとえあなたの体が苦しみに耐えている時でも、サタンによる思いを受け入れてはならない。病気の只中で神を賛美し、あなたの賛美の只中で神を楽しみなさい。病気に直面しても心を失ってはならない。求め続けなさい。決してあきらめてはならない。そうすれば、神はあなたの上に光を輝かせるだろう。ヨブはどれほど忠実だっただろうか。全能神は全能の医者である。病の中に留まれば、病気になる。しかし霊の中に留まれば、健やかになるのだ。あなたに最後の息があるかぎり、神はあなたを死なせはしない。」

 母はこの神の御言葉を読んだ後、こう話してくれました、「神は全能な御方なの。全てが神の御手の中にあって、私たちのいのち、死、幸運、そして不幸はすべて神が支配しているの。だから、私たちが生きることや、死ぬことは、私たちが決めることじゃないし、医者や科学が左右することでもないの。私たちの病は神の御手にあるの。神が許可されない限り、私たちはたとえ死の扉の前にいたとしても死ぬことはないわ。どの病においても、神の善良な御旨は私たちの信仰を完全にすることなの。私たちは神を頼りにして、いつも心配したり、怖がらないようにすることを学ぶ必要があるわ。それはなぜかと言うと、怖いという気持はサタンが送りつけてくるもので、それは私たちに神への信仰を失わせようとしているのよ。」神の御言葉、そして母の話と励みを受けて、私はそれでも動揺することはありました が、以前ほど怖くはなくなりました。なぜなら、私は神が側にいてくださることを知っていたからです。

 その後、私はタイの病院に入院しました。そこの医者はもっと慎重で、かつ信頼の置ける人で、看護士たちは2時間おきに私の様子を確認しに来てくれました。私はこう思いました:「これは病気がすぐに治るってことかしら。そうだとしたら、期末試験に間に合うように帰国できるわ。」その後、一日3回、看護士たちは決められた時間に私に水を渡し 、薬を飲むように言いました。

 しかし、私は3日経っても全く改善しなかったのです。熱は朝から晩まで続き、咳もよく出ました。咳をする最中には鼻血も出ました。医者は私の容態をもう一度確認した後、母にこう言いました、「あなたの娘さんはデング熱だけであれば、3日治療すれば熱が下がるはずなのですが、彼女の熱は全く下がっていないです。こんなケースは滅多にありません。」これを聞いた母はこう言いました、「どうか全力で出来る限りのことをしてください。お医者様、お願いです。この熱が続いたら、彼女の脳と臓器へのダメージが心配です。」そして、医者は私を徹底的に検査した結果、私は結核を患っているかもしれないと言ったのです。

 これを聞いた私はこう思いました:「私は結核を患っているに違いないわ。じゃないと、こんなに長い間入院しているのに病気が治らないわけがないわ」この若さでそのような病気に罹っているかと考えると、私はさらに悲しくなり、動揺し 、大声で涙を流しました。私は、「神はどうして私を守ってくださらないの?どうして神は私がこんな病気になることを許しておられるの?」と思いました。私は涙を流した後、母にこう聞きました、「お母さん、私が結核に罹っているのが本当だとしたら、私は死んじゃうの?」母はこう言いました、「あなたは死なないわよ。私たちは全能なる神を信仰しているんだし、神は私たちの生活の全側面を支配しておられるのよ。だからこそ、私たちは全てを神に委ねるべきなの。」母がこう言ったのを聞いて、私の恐怖感は少し和らぎました。

 そして、母は神の御言葉のこの節を読んでくれました:「神は業を行い、人間を慈しみ、見守るが、サタンは常に神の働きの邪魔をする。神が大事にする人間を、サタンも見ていてつけ回す。神がその人間を求めると、サタンは持てる力の全てでどんなことでもして神の行うことを阻もうとし、隠された目的を達成するため、あらゆる邪悪な方法で神の業を試し、邪魔し、挫折させようとする。サタンの目的は何であろうか。サタンは神が人間を得られなくなることを求めている。サタンは神が求める人間を求め、その者を自分のものとして支配し、掌握してサタンを崇拝させ、サタンと共に邪悪なことを行わせることを求めている。これはサタンの悪意に満ちた動機ではないか。」

 母はこれを読み終えると、私にこう話してくれました、「病の発症は霊的戦いで、サタンからの試みでもあるの。サタンは今、私たちが神の前に行ったことを知ったから、出来ること全てをして私たちが真理を追い求めて神を礼拝するのを妨害しようとしているの。その目的は、私たちが神を誤解して、疑って、神への信仰を失って、結果的に神に背いてしまうようにすることなの。サタンの策略を見抜くには、神に頼る必要があるのよ。ヨブが色んな災難に遭遇した時のことを振り返ってみましょう。彼は山一面を覆えるほどの羊と牛と所有物を全て失い、体中に腫物ができても一度も何の不平もこぼさなかったの。彼は祝福を受けても、不運に遭っても、神の御名を褒め称えることができたの。なぜなら、彼は神が全てを支配しておられると信じて、神と取引をせず、神を信仰するにあたって神に何の要求もしなかったからなの。彼は何に遭遇しても神を褒め讃え、神に従ったのよ。最終的に、彼の信仰は神への証しとなって、ヨブは祝福を授かることができたわけ。だからこそ、私たちも神を信仰するべきなの。あなたが悲しいことは分かっているわ、でも今は強くならないとだめよ。動揺する ことがあったら、神に祈りを捧げて、信仰する心を与えてくださるようお願いしなさい。」

 母の話しを聞いて、神は私が病と戦いながら断固たる姿勢で神の証言をし、神への信仰を失わないことを私に求めているのだと、私は理解しました。病の発症はサタンの仕業なのだから、私は神の文句を言ったり、神を傷つけることは止めて、サタンを嫌い、サタンに背くべきなのです。従って、私は心の中で静かに神に祈りを捧げました、「ああ、全能神、私はサタンの狡猾な策略を見抜いて、サタンに付くことや、あなたの文句を言わないようになる必要があります。どうか私に信仰する心をお与えください。」後に、私は度々神の御言葉のこの節を思い出しました:「信仰とは一本の丸太橋のようものである。卑屈になって命にしがみつく者がそれを渡るのは困難だが、自らを進んで犠牲にする者には不安なく渡ることができる。臆病と恐怖を抱いている者はサタンに騙されているのだ。サタンは私たちが信仰の橋を渡って神の中に入ることを恐れている。」 私も気が付かぬうちに、神を少し信仰するようになったのです。

 驚いたことに、医者が水薬を変更して、一日かけて点滴を施してくれると熱が下がったのです。咳だけがまだ完全には治っていない状態でした。点滴を始めて3日目に、熱は完全になくなりました。4日目になると、医者は私を検査した後にこう言いました、肺の炎症が下がったので、結核の可能性はなくなりました。7日間しっかりと点滴を受ければ退院できますよ。」私はこれを聞いてとても嬉しくなり、心の中で神を讃え続けました。私はこの全てが神の不思議な御業であることを知ったのです。神に感謝します。全ての栄光、全能神にあれ!


クリスチャンの結婚-彼女のフィアンセが婚約を破棄した時

2020-05-13 19:18:46 | 賛美の心

「もう別れよう。」

「いやよ!いやよ!結婚してくれるなら、やって欲しいこと何でもするから…」

 彼らが結婚する1か月前、ヂェンヂェンのフィアンセであったリンは突然婚約を破棄しました。突然訪れたこの知らせに佐恵子は唖然としました。彼女はこれを受け入れたくなければ、彼らの愛を諦める気などさらさらありませんでした。こうして、彼女は電話で彼を引き留めようとしました。

 しかし、リンは容赦なくその電話を切ってしまいました。

 その瞬間、ヂェンヂェンの心は引き裂かれました。彼女は深い悲しみに圧倒されました。彼女は窓にもたれながら、ゆっくりと滑るように床に座り込んで気絶しそうになりました。彼女は窓越しに走り去る車と通り行く人混みを見ながら思い出にふけました…

 その年、ヂェンヂェンは偶然リンと出会いました。リンは背が高くてハンサム、大きな目に太い眉、鼻の高い色黒の男性でした。さらに、彼はスーツと革靴をまとい、それが彼のボーイッシュな魅力をさらに際立てていました。大人らしく落ち着きのある彼は彼女の完璧な男性の条件を全て満たしていました。その瞬間、彼女は彼が理想の恋愛対象であると確信しました。

 リンはよそよそしく、気難しい人でした。しかし、ヂェンヂェンは彼に惚れていたので、一緒にいた時にどのような衝突があっても彼を許していました。さらに、彼が国内の他の地域で仕事をして疲れていた時、彼女は彼を安心させて、元気付けようとしました。彼女は彼に自分の心を捧げていたのです。彼女は疲れ立てている時もありましたが、愛する男性のために努力することに幸せを感じていました。

婚約を破棄,結婚,絶望

 

 「私が必死になって維持しようとした愛はこんな風に終わってしまうの?」ヂェンヂェンは自分に問いかけました。しかし、リンの冷たい言葉が耳の中で繰り返し鳴り響く中、彼女は心が引き裂かれたとしても、2人が寄りを戻すことはないと思いました。その瞬間、彼女は絶望感に駆られてこう考えました、「リンのいない人生に何の意味があるのよ?」

 彼女の目には絶望の色が浮かび、彼女はこう思いました;「彼なしで生きるくらいなら死んだ方がましだわ。」これを頭に、彼女はゆっくりと立ち上り、飛び降りようと思って窓を開けようとしました。しかし、彼女は全力を出しても窓を開けることができませんでした。そして彼女はあまりの悲しさに力なく床の上に横たわり、涙が彼女のほっぺたを激しく流れ落ちました。。。

 彼女の家族はこの結婚に反対していたので、その当時、彼女はこの心配を誰に打ち明ければよいのか全く分かりませんでした。こうして、彼女はこの叶わなかった愛を覚えておくため、悲しい気持を日記に書いておく必要がありました。

 その当時、ヂェンヂェンは歩く死体のようでした。周りの人に見せた陰気な笑顔は彼女にとって精一杯の好意的な表情でした。以前、彼女は光輝く太陽を見て、それに対する感謝の気持ちを日記に書いていましたが、それはもうやめてしまいました。彼女は春雨が降った後、空気に浮かぶ地面の香りを嗅ぐ気にもなれませんでした。彼女はイチョウの葉を掴み、それを日記帳にはさみ、その葉脈を指先で描くということもしていましたが、当時の彼女の気分は悲しみで覆い包まれていました。過去の素敵な出来事は全て彼女の思い出から消えてしまいました。彼女の心は完全に暗闇に包まれてしまったのです…

 その後、彼女の母は彼女に神の国の福音を説きました。彼女は神のこの御言葉を目にしました:「あなたの心の中には非常に大きな秘密がある。あなたはそのことを全く知らない。なぜなら輝く光のない世界でずっと生きてきたからである。あなたの心や霊は悪い者によって取上げられてしまった。あなたの目は暗闇によって覆われている。あなたは、空の太陽も夜のきらめく星も見ることができない。あなたの耳は欺瞞的な言葉で塞がれ、ヤーウェのとどろきわたる声を聞かないし玉座からほとばしる水の音も聞こえない。あなたは、得るはずのすべてのもの、全能者があなたに与えたもの全てを失ってしまった。あなたは、苦しみの終わりのない海へ入ってしまった。救助もなく、生き残る希望もなく、ただもがき騒ぐことしかできず…あなたが疲れているとき、この世の荒廃を感じはじめるとき、途方に暮れてはならない、泣いてはならない。全能神という、見張る者はいつでも、あなたが来るのを抱擁して迎えるだろう。彼はあなたのそばで見守っている、あなたが引き返してくるのを待っている…」。 この御言葉は、光の筋のごとく、彼女に少し期待を与えてくれました。彼女は深く感動し、涙が彼女の顔を流れ落ちました。彼女は今までずっと自分の家族を含め、誰も彼女の悲しみを理解してくれていないと思っていました。しかし、あの日、彼女は神の御言葉を読んで神の人類に対する愛と御気遣いを感じたのです。特に、彼女は、「なぜなら輝く光のない世界でずっと生きてきたからである。」 という神の御言葉を目にした時、それは正に自分の置かれている状況であると感じました:彼女は愛を失った後、生きる意欲と希望を失い、支えや方向性を持たぬ歩く死体のような下劣な様をこの世にさらしていたのです。神の御言葉を読み、彼女はこう理解しました:「サタンの支配下にある人々の悲しみと絶望感は神のみが本当に知っておられ、神のみが人類を救うことができるのです。」こうして、彼女は教会生活に参加し始めました。彼女は頻繁に神の御言葉を読み、集会に参加し、兄弟姉妹たちと交流しているうちに、霊的状態が以前よりも良くなりました。

 ある日、彼女は神の御言葉の次の節を読みました:「ひどく汚れた国に生まれ合わせて、人は社会に駄目にされ、封建的倫理の影響を受け、「高等教育機関」で教えを受けてきた。後ろ向きの考え方、堕落した倫理観、さもしい人生観、卑劣な哲学、全く価値のない存在、下劣な生活様式と習慣──これらはすべて人の心をひどく侵害し、その良心をひどくむしばみ、攻撃してきた。その結果、人はますます神から離れ、ますます反対するようになった。」「これらが人々の心に存在する理由は、サタンの毒が常に人間の考えを腐敗させており、サタンの誘惑を人間が決して払いのけることができないことにある。このような人々は罪のただ中で生活しているが、それを罪と考えず…」

 神の御言葉を読んだ後、ヂェンヂェンはこう理解しました:私たち人間はサタンに堕落させられるとサタンの虚偽と異端に従って生きることを止められなくなり、その結果、神の御導きと御指導を失い、増々辛い生活を強いられていくのです。「だとすると、サタンの地上におけるどの人生観が私の思考を堕落させているのでしょう?」彼女はじっくり考えていると、幼かった頃から道端で繰り返し流れていたラブソングや、「愛とは一体何だ?それは恋人たちに生死を共にすることを誓わせるものだ」「私たちは目の前で山が崩れ、世界が消え去っても愛に留まる」「生き残りなら、あなたと暮らすために必ず戻る。死んでしまうなら、天国で一生あなたのことを想うだろう」等といった愛に関する詩や有名な引用句に影響を受けてきたことを思い出しました。知らぬ内に、「愛が一番大切」という考えが彼女の心にゆっくりと浸透していき、彼女は、「私はパートナーになってくれるハンサムで、大人で、落ち着きのある男性を見つけて、彼と一生一緒に暮らすわ」という愛に対する美しく切なる思いを抱いたのです。彼女はリンと出会った時に一目惚れし、家族の反対を押し切って彼と一緒になりました。彼女は彼を自分の世界そのものとみなしていたので、彼が婚約を破棄した時、彼女は方向性と生きる価値を失った気になり、すぐに建物から飛び降りて自殺しようとして、いのちを失いそうになったのです。

 神の御言葉の御啓示を通じ、彼女は次のことを知りました:「彼女が追い求め、切望していた架空の愛はサタンが人類に対して仕掛けた罠でありました。サタンはこれを利用して人々の心を欺き、人々に愛をこのように考えることは気高く、純粋で、偉大なことであるとまで誤まって思い込ませます。彼女の現実の愛が、彼女の求めていた基準に及ばなかった時、彼女は死にたくなり、いのちを失いそうになりました。彼女は明らかにサタンに欺かれ、傷つけられていましたが、愚かにも自分は愛情を注いでいると思っていました。彼女は普通の人間の考えや理性を完全に失ってしまうほどサタンに騙されていたのです。」その時、ヂェンヂェンはサタンの悪質さと卑劣さを知りました。それが彼女に植え付けた虚偽が彼女の苦しみの根源となっていたのです。そして、彼女は、そのために生きることは全く無意味であり、最終的に虚栄心と悲しみ以外には何も得られなかったということも理解しました。

 神の御言葉はヂェンヂェンの心にあった混乱を解消し、彼女に次のことを分からせてくださりました:「多くの人々が愛に夢中になるのはサタンの罠に陥っていることが理由だったのです。サタンは私たち人間に ‘愛が一番大切’ という考えを無理やり吹き込み、私たちにそれを追い求め強く欲しがらせるのです。この結果、私たちはサタンによる害と策略の中で頼るものがないまま生きています。」この瞬間、彼女はこう気が付きました:「私たちは真理を持っていなければ、サタンの罠を識別することができず、サタンから束縛され、傷つけられ、欺かれることを余儀なくされるのです。神の御気遣いと御加護がなければ、サタンは何時でも、何処にいても私たちの魂を貪り食ってしまうのです。」これはとても危険なことなのです!

 ヂェンヂェンはサタンの策略を見抜いた後、これ以上サタンに痛めつけられるのが嫌になり、代わりに神の支配に従うことにしました。この結果、彼女の生活は普段通りに戻りました。

婚約を破棄,神の御言葉,神の国の福音,結婚生活,真の幸せ

 その後、彼女は神の御言葉のこの節も目にしました:「被造物として、あなた方はもちろん神を崇拝し、意味のある生活を追求するべきである。あなた方が神を崇拝せず、汚れた肉体で暮らすならば、あなた方は人間の衣装を身に着けたただの獣ではないだろうか。」神の御言葉は彼女が正しい人生観を築くための指導をしてくださりました。彼女はこう気が付きました:「愛または結婚は人の人生の旅における小さな通過点に過ぎず、人生の全てではないのです。」神はその偉大な御力によって全てのものを支え、養われ、神の養いと備えの下で人類が生き、増えるようにしてくださります。神は人間の肉だけでなく、人間の干からびた魂も養ってくださります。神が御備えくださる全てをいただいている小さな創造物である私は神を礼拝し、神の創造物としての本分を尽くすべきであります。こうする場合に限って、私は良心と理知を持つ人ということになり、こういう人生にのみ本当の意味があるのです。ヂェンヂェンはこれを知った後、とても安心しました。

 ある日、ヂェンヂェンの兄は彼女が以前開けられなかった窓をいとも簡単に開けました。これを見た彼女は驚いて、彼にこう聞きました、「お兄ちゃん、この窓はもう錆び付いてひっかかってたでしょ?」「いや、ずっと調子良かったよ」、と彼女の兄は応えました。
その瞬間、ヂェンヂェンの目は波がぐみました…


きびがあっても、私の人生は不確かではありません

2020-05-11 14:58:08 | 賛美の心

私の大学生活のための良い計画

 2013年9月、私は興奮を胸に大学の門をくぐりました。私は今、ルックスの良い顔が人々から重宝される時代だと知っていました。面接に参加する時、またはクラスでリーダーポジションに立候補する時、人々は誰もが先ず肉体的な魅力を評価するものです。誰もがハンサムな男の子や美しい女の子を好みます。ルックスさえ良ければ、何処に行っても褒め立てられるでしょう。誰もがWeChat MomentsやWeibo,そしてQQスペースにそれぞれの美しい画像を載せています。私は以前、ニュースで大学生が最初に大学に入学した時と卒業した時の見た目の大きな違いを示した写真を見たのを覚えています。後者の写真は前者と比べて何千倍も綺麗になっていました。私もまた必ずそういった変化を遂げたいと思いました。良い仕事を見つけ、良いパートナーを見つけ、そして良い将来を手にするため、私は大学の入学初日からこのような決意をしました:「大学の4年間で私は全く新しい自分に変わってみせる。私は化粧を学んで、美しくなる努力をして、自分を気が利いて、魅力的で、十分に洗練された人に作り上げる必要があるわ。」

私の人生は予想外のにきびに破壊されました

 しかし、私が計画を実行する前に、それは私の顔にできた予想外のにきびによって完全に破壊されてしまいました。それ以降、私は私生活においてにきびと戦う必要がありました。

 大学の軍事訓練後、私はにきびが出るようになりました。私は不規則におでこと頬に大きなきびが出るようになり、痛くてかゆい思いをしました。それらが潰れると、赤い傷を残し、私の顔は赤色や青色に見えました。その後すぐ、私の顔はにきびのせいで傷ができてしまい、ほぼ見違えてしまうほどに変わってしまいました。これが原因で、私はもの凄く悲しくて心配になりました。私はこう思いました:「大学は才能のある人だらけ。賢くても平凡な人は競争になったら負けてしまう。これはこの大学の学友会のリーダーポジションの選挙を見たら分かるわ - 当選した人は皆ハンサムな男の子だったり、可愛い女の子だから。でも今となっては、私の元のルックスは変わってしまったから、私はどうやって目立てばいいのよ?どうやって他の人たちと戦う資格を手にしたらいいのよ?」

 一度、私のルームメートたちが私たちのクラスにいる男の子の彼女について話していたことがありました。彼女たちはこう話し合っていました:「彼女はすごい背が低いし、顔もにきびで傷ができてるわ。どうして彼は美しいものを見る目がないのかしら?」 これらの言葉は私の心に鋭く突き刺さりました。彼女たちは私のことを言っていたわけではないにしろ、彼女たちの言葉はまるで私の欠点を暴露したかのように私に強い羞恥心を感じさせました。この恥ずかしい状況を目の前に、私は静かにこう決意する他ありませんでした:「私はこの顔にできたにきびを治す必要があるわ。」しかし、私はこれらのにきびを相手に勇気を奮い起こしましたが、依然として時々ショックを受ける時がありました。私の先生は授業中によくこう言いました:「あなたたち女の子は化粧とおしゃれを勉強するべきだ。そうしたら、他人に好印象を残して、仕事を手にすることができるようになる。見てみなさい、あの誰それっていう生徒の服のスタイルと化粧は魅力的だ。」彼の言葉を聞いて、私のクラスメート全員が賛成していました。しかし、私はというと、ただ単に地面に割れ目を見つけてサッと入り込んでしまいたいだけでした。私は心の中で思わずこう泣き叫びました:「私の将来は本当にこのみきびのせいで駄目になってしまうの?」

 次第に、明るくて社交的な女の子であった私は孤立し、自己卑下をし、落ち込んでしまいました。私はクラスメートたちの顔はすっきりして、色白だったのを見ました、しかしそれに比べると、私は自分の顔を見ることが耐えられませんでした。こうして、私は言葉を絶するような悲しみを感じ、常に自分の顔の皮膚を変えたいと思いました。顔ににきびがあった私は外出して人に会うことを恐れました。時に外出が必要な時は、道中ずっとマスクをしました。しかも、私はにきびを解消するためにありとあらゆる手段を試しました。私は毎晩1時間から2時間かけて温水で顔を洗い、中国伝統医学で作られたマスクを顔につけました。ある程度の時間が経つと、私の机と棚にはありとあらゆるにきび治療用クリームのボトルがいっぱいになり、私の顔は様々なにきび治療用クリームで覆われていました。それにもかかわらず、私がとても憤慨したのは、中国伝統医学、西洋医学、ありとあらゆる軟膏剤、スキンケア商品やマスクを使い、美容院にさえ行ったのに何の効果も得られなかったことでした。

 顔ににきびができていたことで、私が一番心配したのは将来の就職活動でした。私はこう思いました:「もう顔がにきびだらけだから、インターンとして働きに行く勇気すらないわ。そしたら卒業した後、どうやって仕事を見つければいいのよ?企業は人の面接をする時は、先ず人の見た目を確認するのよ。。。私は考えれば考えるほど、増々自分の将来は暗いと感じるようになり、増々心配になっていきました。そして、私は自分の部屋で秘かに泣き叫ぶことすらありました。私はにきびを解消しようとありとあらゆる方法を試しても効果が無い時は将来の生活の希望を更に失ってしまいました。私はこのにきびがいつ消えるのかが分からず、卒業後に就職先を見つけられるのかどうかも分からず、まして肉体的な魅力を重視するこの社会に自分がどのようにして溶け込めばよいのかなど分かりませんでした。私にとって、将来は手の届かない所にあり、私は目的なしに生きて行くしかありませんでした。

真理の道,潮流,幸せ

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混乱していた時、神の御言葉が私の問題の根元を明らかにしてくださりました

 しかし、私がとても悲しみ、絶望していた時、神は私に御救いの手を差し伸べてくださりました。ある夏休みの間、私は神を信じる機会があり、自宅で神の御言葉を読みました。一度、私はこの御言葉からなる節を目にしました:「こうした社会動向には、それぞれに人間を継続的に退化させ、人間の倫理や性質をますます低下させる邪悪な影響があり、現在においては、大部分の人々に誠実さや慈悲、良心はなく、理性など尚更欠如している状態にまで達している。それでは、その社会動向とは、どのようなものであろうか。これらの社会動向は視認不可能である。社会動向が席巻した場合、その創出者とされる人数は、ごく僅かであろう。社会動向の創出者は、このような行動を始め、そのような考え方や意見を認め始める。しかし大部分の人々は、無意識のうちに、そうした社会動向に継続的に汚染され、捕らわれ、魅惑され、やがてそれを無意識のうちに受け入れるようになり、そうした社会動向に呑み込まれて支配される。こうした社会動向は、心身の健全さが欠如し、真理とは何かを知らず、肯定的なものと否定的なものの判断が出来ない人間に、そうしたサタンに由来する社会動向や人生観、人生哲学、価値観を、次々と進んで受け入れさせる。この種の人々は、どのような人生を送るべきかに関してサタンが述べた言葉や、サタンにより『授けられた』生活の道を受け入れる。この種の人々には強さ、能力、またことさらに拒否する意識が欠乏している。」彼らは良い仕事と将来性を手にするために「美容整形手術は運命を変える」や「外見が全てだ」といったサタンの考えを受け入れてしまうと、化粧品を熱狂的に求めるようになり、もっと美しくなろうとできること全てを行うようになります。そして、その多くは命を危険にさらしてまで美容整形手術に手を出し、中には顔の形が変わってしまったり、命を落としたり、障害を負ってしまう人々までいます。私もまたこのトレンドに深く束縛され、苦しめられていました。私は大学に入学する前からどのようにして自分を可愛く見せるかということを既に計画し始めていました。にきびが私の計画を台無しにした時、私は悲しみ、動揺し、苦しみ、一日中自己卑下をし、時には他人の言葉や表情に傷つけられることすらありました。この全てが私を落胆させました。さらに、大学時代中、私は常に将来の仕事と将来性を心配し、自分がルックスの良い顔を重宝するこの時代に排除されてしまうことを恐れていました。にきびを治すため、私はありとあらゆる薬を購入し、全ての手段を試しましたが、何の効果も得られなかった時は更に悲しみながら生活し、閉じこもって世間と他の人たちから離れたくまでなりました。今、私は自分が様々な問題と苦しみを抱えていたのは、自分がサタンの生み出した邪悪なトレンドに操られ、それによって悩まされ、傷つけられていたことが理由であったとついに理解することができました。

神は御言葉を使って私の心の希望を明るくしてくださりました

 その後、私は他の御言葉からなる節を目にしました:「大学で有利な学部を選択し、卒業後は満足できる職に就いて、人生の旅路の第一歩で成功を収める者もいる。様々な技能を学んで身に付けたが、自分に適した職や役職を得られず、ましてや経歴を積むなど問題外で、人生の旅路に就いてすぐに、何をしても挫折感を味わい、様々な問題に悩まされ、先行きが暗く、人生が不確かな者もいる。…ある者が追究する職業、ある者の生業、ある者が生涯にわたって蓄える富は、その者の両親や才能、努力、野望によって決まるものではなく、創造主により予め定められている。」これらの御言葉を読んだ後、私は突然明かりが見えました。私はこう理解しました:「私たちの人生全体が神の御手にあるんだ。私たちがどの職業を追求するかということは私たちの外見で決定することではないのです。むしろ、それは神の事前の定めに従って決定されているのです。正に、現実の世界ではこのような実例があります:「多くの人々は大学で順調に物事を進めます - 彼らはそれぞれの成功に満足であると言えるでしょう。それにもかかわらず、彼らは卒業してから仕事を探すと、至る所で挫折を強いられます。対照的に、他の人々は大学では目立ちませんが、仕事を始めるととても業績がよく、素早く昇進もします。更に、客観的な事実から判断すると、美しい人は良い運命を有していると言うわけではありません。美しい人の多くは若くして亡くなり、衰運の一途を辿るというのも事実ではないでしょうか?それに多くの平凡な人々も世界中で成功を収めてはいないでしょうか?従って、私がどのような仕事に就いて、どのような将来を手にするかは私の肉体的な魅力によって決まるわけではないのです。むしろ、これの全ては創造主の手中にあるのです。だから、私は心配とパニックを脇に置いて神の御采配に従うことを学ぶべきなのです。私はこれを理解した時、落ち着いて安心した気分になりました。そして、私は心の重荷をおろし始めて自分の顔にできたにきびを心配しなくなった時、他人の言葉が原因で辛い思いをしたり、将来の仕事について心配、不安、動揺を感じることはなくなりました。代わりに、私は毎日神の前に行き、神の御言葉を食べ飲みし、神のお導きの下で静かに暮らしました。このように生活していると、私は増々安心して、解放された気分になりました。

神の御言葉は私がサタンの罠から逃れ真のいのちを貫くよう御導きくださりました

 卒業後、私は教師の仕事に応募するため、インターネット上の研修プログラムに自分の履歴書を送りました。その会社に面接を受けに行った時、洗練された服装で自信満々な様子の若い教師たちを見た私は思わず少し緊張して怖くなりました。私はこう思いました:「こんな格好してて、私はこの職に選ばれるのかしら?」私は否定的になり落胆していた時、これはサタンが私を悩ませているのであって、サタンが私にその観念に従って物事を見させようとしていることに気が付きました。従って、私は素早く静かに神に祈りを捧げ、私の心を静めてくださるよう請いました。同時に、私はこの御言葉の節についても考えました:「神の権威、そして神が人間の運命を統治しているという事実は人間の意志から独立したものであり、人間の好みや選択に従って変わることが無い。」これらの御言葉から、私は次のことを知りました:「私が今日経験することを前向きな体験にできるかどうか、そして私がここで働けるかどうかは神の御手、神の規則の内にあるのです。それらは私の意思からは自律しており、私の容姿で決まるものではなく、ましてはこの会社のリーダーの手中にあるものではないのです。なぜなら、私たちの持つ各思考は神の御手にあるからです。今、私は神の主権に従うことだけを望みます。」神の御心を理解した私は大分落ち着きを取り戻しました。面接後は講義を行いました。私は準備していた通りに講義を行いました。神の御導きの下で、私は最善を尽くしてさえいれば、残りは神が定められた宿命次第だと分かっていました。こうして、私は何のプレッシャーも感じずに講義を行い、安定して口調で話しました。これほどの自信を感じ、心の開放感を感じたのはこれが初めてでした。しかし、意外なことに、私が一旦神の御計画と御采配に服従する意思を持ったとたん、その2日後にこの会社から電話があり、私はそこで働く誘いを受けたのでした。この知らせを聞いて、私は興奮と喜びを抑えられず、神に神の主権と権威を体験させてくださったことを感謝しました。

 私は仕事を開始した後、生徒たちは裕福で、オシャレな服装をして、知識も豊富であったことを知りました。しかし、私は見た目は普通で顔はにきびだらけでした。これ故に、私は彼らから見下されて、話も聞いてもらえないのではないかと心配でした。しかし、面接の際に経験した素晴らしい体験、そして自分は神にお導きいただいているということを考えた時、私は心の中で次第に落ち着いて解放された気分になりました。その後、私は肉体的な魅力とルックスの制限から開放され、正直な人を実践し、心を開いて生徒たちと会話をし、心を尽くして働いていると、自分の生徒たちからの尊敬を得ただけでなく、校長と生徒の両親たちからの承認も得ることができたのです。これらの体験を通じ、私は神の主権を実際に経験しただけでなく、神に従うことの素晴らしさも体験しました。先の見えなかった私の人生において、光を見せてくださった神の御導きに感謝しています。全ての栄光、神にあれ!

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