こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【28】-

2023年02月01日 | マリのいた夏。

 

 ええと、すみませんww今回は↓に『エレクトラ』のことがちらっと出てくるので、そのことでも……と思ったんですけど、久しぶりに前文に文字数いっぱい使える!!ということで、前に【9】のところで書いたとおり、『きのう何食べた?』の続きを、その後2~10巻まで購入し、今10巻の途中まで読んでいます♪

 

 んで、例の気になってた「ジルベールが誰か」問題が解決したわけですよ(笑)。

 

 >>「マイナーなジャンルだったのに、いつの間にか市民権を得、講談社の週刊誌『モーニング』によしながふみさんが『きのう何食べた?』というゲイカップルの日常をテーマにした連載を始めた時は、メジャーなジャンルになったなあ、と感心しました。その作品のサブキャラのニックネームが「ジルベール」です。よしながさんが竹宮先生のファンであっただろうことが読み取れます」

 

(『一度きりの大泉の話』萩尾望都先生著/河出書房新社より)

 

 てっきりわたし、主人公の男性ふたりのどちらかが、相方に対してそう呼ぶことがある……みたいに誤解してたんですけど、サブキャラってことは、他に別のキャラがいるのかなあと思い。。。

 

 そしたら、ものっそ我が儘なゲイの恋人として登場してましたwwなるほどなあ。ヒゲのジルベール……そして、セルジュ(※とは誰も呼んでません)の小日向さんが、ジルベール・ワタルくんに初めて出会ったのが12歳(しかも家庭教師・笑)。そして手を出した(?)のが17歳くらいと想像されることから――それでまあ、色々理不尽に我が儘言われても、小日向さんは言うなりになってるのだなあと、妙に納得

 

 あと、読んでみて自分でも「なんでこんなに人気があるか」っていうのがよくわかりました(笑)。その~、わたしが今読んでるくらいまでのところだと、ゲイのおじさんである筧氏とケンジ氏のほのぼのしたやりとりが面白いっていうのと、あと、ふたりの職業含めた日常生活と人と人とのつながりや触れあいが面白いというのでしょうか。

 

 主人公の筧氏が弁護士とのことで、具体的にどういった案件を扱っているかとか、法的にこうした場合どうなるかなど……「へえ~。そうなんだあ」ということが出てきたり、美容師であるケンジ氏の仕事を通した面白人間関係や、とにかく出てくる登場人物がみなさん、「あ~、わかるわかる」、「そうだよねえ。こういう人、いるよねえ」と妙に納得する人ばかり(=共感できるリアリティがある)。

 

 わたし、あんましお料理のレシピ的なことに関しては、そんなにあれこれ思わなかったものの(「美味しそう」とか、「こういう作り方なんだあ~」とか、「うちとは作り方違うけど、これもアリだよね~」みたいに思うくらい)、料理本まで出てる理由については、読んでてすごく納得しました♪

 

 ちなみにわたしの料理レベルは……

 

☆落としぶた=落とし穴を作ってブタをしとめること

 

☆びっくり水=水がびっくりして逃げだすこと(擬人化

 

 といったレベルですが、そんなわたしにもちゃんとわかりやすくレシピが書いてあるのです!!そうなんですよねえ。今から遡ること△□年前、「根菜類は水から炊く」とか言われても、そもそも「こんさい類ってなんだっけ?」というところから料理をはじめたわたし。。。

 

 あと、これは中学生とかそんくらいだったと思うのですが、ケーキか何かを作ってて、「粗熱を取る」という意味がわからず、「アラ、熱とった~」と口で言うだけで、実際にはその過程は無視した記憶があったり(でも割と美味しかったような?笑)。

 

 なんていうか、とにかく初心者にもわかりやすく書いてあるので、「これならわたしにも作れそう」みたいに思わせてくれるところも人気のあるポイントなのかなあ~なんて。

 

 う~ん。なんていうか、お料理上手な方って、料理マウントを取って来られる場合があるわけですけど、そんなところは全然ゼロ。なので、「作者のよしながふみ先生、なんて親切ないい人なんだろう」とか思うのみだったのですが、でも、途中まで読んでいてふとこんなことが思い浮かびました。。。

 

 いえ、もしや逆に、「もっとこうしたほうが美味しいですよ」とか、軽く上から目線的にお料理マウントを取ってくる読者さんもいらっしゃるのではないかと……まあでも、それ以上に「書いてあるとおりに作ったら、すごく美味しかったです」とか、「わたしにも作れそうだったので、お母さんに作ってあげたら喜んでくれました」などなど、嬉しい言葉のほうがその百倍もありそうなので、問題ナスィンですよね、きっと

 

 なんにしても、「ゲイってべつに特別なことじゃないし……」みたいな、ユル優しい雰囲気と、筧氏とケンジ氏のふたりを巡る人間関係がすごく面白かったので、11巻以降もちょっとずつ読んでいこうかな~と思ったりしています♪(^^)

 

 あ、ちなみに↓のお話の中に出てくる『エレクトラ』、ルイーザちゃんが手に取って見てるのはカール・べーム指揮のコレです(笑)。

 

 

 いえ、「『エレクトラ』って名前のゾンビでも出てくんの?」って感じのジャケじゃーないですかー。わたしこれ、このジャケットに一目惚れして即買いしたのですよ(^^;)

 

 そしたら、そんなに期待せず見はじめたのに、一気に全部見ちゃったくらいお話のほうに引き込まれてしまいました。オペラなんですけど、登場人物がみなさん色んな意味で濃すぎて、初めて見た時目を離せなくて(というか爆笑した)、一気に最後まで見てしまった記憶があります

 

 そんな方はいないと思うのですが、歌劇『エレクトラ』のDVDどれにしよ……と思ったら、絶対的に見て損はない名盤と思います

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【28】-

 

 こののち、ロリとルークは双子の娘たちを連れ、よくミドルトン家へ遊びに行くようになった。久しぶりにミドルトン家を訪れた時、ロリはなんとも言えない、既視感にも似た、懐かしい思いに胸を占拠されたものだった。道を挟んだ斜め向かいの、かつて自分が住んでいた屋敷には新しい住人が住んでいたが、それでも家や庭の佇まい自体はそう大きく変わったところはない。そして、約十年近く訪れていなかったミドルトン家は、さらに懐かしかった。玄関ホールにはマリやフランチェスカの部屋へ通じる螺旋階段があって、一体自分は何度そこを駆け上がっていき、親友の部屋へ飛び込んでいったことだろうかと思い返す。

 

 マリの部屋は、彼女が家から出ていった時そのままにしてあるということで、ロリは見慣れたベッドカバーや、壁に貼ってあるマリ憧れのテニスプレイヤーのポスターや、数々のテニスの優勝トロフィーを見ているだけで――胸が苦しくなるあまり、その場で顔を覆って泣いた。ルークも瞳に涙を滲ませていたが、マリとルイーザがやって来て、「ママ、どうして泣いてるの?」、「おなかいたいの?」といったように聞いたため……ルークは娘たちを連れ、再び下へおりていくことにした。「ママのことは、少しの間ひとりにしておいてあげようね」と、そう言って。

 

 フランチェスカもまた、娘のモニカを連れてきていた。彼女は母親に似て、大人しく品行方正なタイプだったが(母親が四歳だった頃と同じく、すでに周囲の大人が自分に何を望んでいるか、空気を読んでいる子供だった)、この場合、まったく人見知りしないルイーザのほうがモニカを気に入らなかったようで、人見知りするマリのほうがむしろ……自分のほうから彼女に近づいていき、挨拶したというのは珍しいことだったに違いない。

 

 モニカが、自分の大事なお人形コレクションを見せてくれるというので、マリは喜んでモニカとお人形ごっこをはじめた。マリはモニカがお人形をたくさん持っているのみならず、人形たちが住む立派な家や家具まで細々揃っているのに瞳を輝かせた。そこで、「ルイーザもおいでよお。モニカの持ってるの、すごいよお」と妹のことを呼んだのだが、ルイーザは何故かやって来なかった。「お人形遊びなんて子供っぽいこと、もうしないの!」などと言って。

 

 そんな様子を見ていて、おかしかったのはエマとフランチェスカだった。双子の姉のマリのほうは、母親のロリと性格が似ていそうなのに、妹のルイーザのほうはどこか、セカンドネームをもらったというマリのほうに性格が似ていたからである。

 

 まだほんの四歳とはいえ、子供には子供のプライドがあるものである。エマとフランチェスカは決して嫌な笑い方をしたわけではなかったが、「なんか笑われた」という印象を持ったルイーザは、ふたりが「クッキー食べる?ルイーザちゃん」と優しく言ってくれたにも関わらず、「いらない!」と叫ぶと、廊下のほうへ走っていった。

 

 この時、廊下へ出たルイーザは、どこからかクラシック音楽が流れてきているのに気がついた。それはモーツァルトの交響曲第四十番だったが、その曲調に惹かれたといったことは一切なく、ただその音の源を突きとめたくて、ルイーザは広い一階の廊下を走っていった。意味もなく、そこらへんのドアを開けたり閉めたりしては、「どこよぉ?」などと、独り言を呟いたりしながら……。

 

 結局、一番奥まった部屋のほうから聴こえてくるとわかると、ルイーザは一度ゴクリと喉を鳴らした。その一角はなんだか妙にシーンとしているのに、にも関わらず音楽だけが聞こえてきているのだ。ルイーザはパパを探して呼んでこようかとも思ったけれど、結局好奇心に打ち勝てず、ノックもせずにその大きな樫の扉を開けた。

 

 その部屋は、ミドルトン家のリビングや他の客間などと同じく、アンティーク調の家具類で統一されていた。飾り暖炉やマントルピースの上の犬を腕に抱いた貴婦人の肖像画、テーブルの上に置かれた九つに枝分かれしたキャンドル、マーブル大理石の灰皿、ハバナ産の葉巻の入った葉巻入れなど……小さな子供の目には、何か不思議に思われるものばかりだった。

 

「おじさん、だれ?」

 

 この家の主であるアーサー・ミドルトンは、その時ロッキングチェアに腰かけたまま、好きなクラシックやオペラを聴いたりしていた。彼は若かりし頃、ピアニストを目指していたこともあったが、早々に自分に才能はないと気づき、父親が望むとおりの実利第一主義の実業家になったわけであった。けれど、もともとは芸術家肌の人間が、無理にそのように自分に合わぬ世界で最大利益を求める計算をし続けたのが祟ったのだろうか。彼は自分が心の中で<何もかもが虚しい病>と呼ぶものにかかってしまっていた。

 

 朝、彼はパジャマから服に着替える気力さえない。何故なら、夜になればまたパジャマに着替えるのに、そんなことをするだけ無駄なことではないか。食事も何かあまり美味しくない。きっと体のどこかが悪いのだろう……近いうち、心臓発作か脳梗塞にでもなって、誰にも気づかれずに死ねるといいのだが。妻には、その際には蘇生行為など一切してくれるなと、すでに言い渡してある。最近、ずっと疎遠だった次女のマリが死んだ。最初、そう聞かされた時には悲しくなかったが、遺体と対面した時には、体から水分がなくならなかったのが不思議なほど号泣した。考えてみれば、自分の人生は後悔ばかりの人生だった。唯一、伴侶には恵まれたというのに、毎日こんなに鬱々とした暗い気分の夫がそばにいたのでは、エマも不幸なばかりだろう。そうだ。自分さえこの世からいなくなれば……娘が先に旅立った、天国へ行くことさえ出来れば……。

 

「おじさ~ん。お耳が聴こえないのお?」

 

 どこかから、子供の声が聞こえてきて、アーサーはドキリとした。声は聞こえど姿は見えぬ……というわけで、アーサーは軽く腰を浮かせ、周囲をきょろきょろ見渡した。

 

 すると、ロッキングチェアの脇のほうに、ゴム紐つきの麦わら帽を後ろに下げた、白いワンピース姿の子供がいたのだった。

 

「お嬢ちゃん、一体どこから入ってきたね?ここは君の家ではないだろう?」

 

 白髪頭のおじさんに厳しい顔つきで睨まれても、ルイーザは怯まなかった。というより、金の刺繍飾りのあるシルクのパジャマを着たおじいさんが――揺り椅子を時折揺らしながら音楽を聴く姿が、どことなく面白かったせいかもしれない。

 

「うん!ここ、ルイーザのおうちじゃないのお。おとなりがね、ルイーザのおばあちゃんちなのお。でね、遊びにおいでって言われたから、きょうここへ来たのお」

 

(ああ、そうか。ということは、ルークの……)

 

 次の瞬間、アーサーの顔はますます険しいものになった。ルークがあのままマリの心を捕まえておいてさえいてくれたら……娘は性転換だなんだとおかしなことになるでもなく、今も死ぬことなく生きていたことだろう。口に出して言うことは決してなかったが、アーサーの見解としてはそういうことだったのである。

 

「あっちへ行きなさい!おじさんは、音楽を聴くのに忙しいんだ」

 

 アーサーは彼なりに厳しい口調で言ったつもりだったが、ルイーザにはあまり効果がないようだった。彼女はその後も「ふう~ん」とだけ言って、部屋中をちょこまか移動しては、珍しい蝶や蜻蛉の標本やら、レコードが一万枚ばかりも詰まってそうな棚のあたりをいじったりしていたものである。

 

(汚い手で触るんじゃない!!)

 

 よほどそう言おうかとも思ったが、そもそもアーサーには人に怒鳴る気力自体、すでにあまり残っていなかった。そこで、一度溜息を着くと、今度は疲れたような声音でこう聞いた。

 

「そんなものに興味があるのかい?それは『エレクトラ』と言ってね、愛する父親を殺した実の母親に復讐する娘の話さ。そうだな……ルークが父親じゃ、君はきっと将来エレクトラ・コンプレックスというやつになるかもしれないね。ま、父親以上の男じゃなきゃ結婚するのはイヤだなんていうふうにならなきゃいいがね」

 

「ルイーザ、男の人となんか、絶対ゼッタイ結婚しないの!男の子ってみんな乱暴でバカな子ばっかりなんだもの。ルイーザね、将来はママみたいな人と結婚して、一生幸せに暮らすの!!」

 

 もちろん、ルイーザにはアーサーの言った言葉の意味がすべてわかったわけではない。ただ、この風変わりなおじさんが自分を大人扱いして、大人に対するように話したことが気に入ったのである。

 

「はははっ。そりゃルークパパも形無しだな。そういや、ルークは家にいることが多くて、専業主夫みたいなことをやってるとシャロンがよく溜息を着いてたっけな。そうなると、もしかしてあまり男としては魅力がないということになるのかな?それとも、パパのほうが色々口うるさくて、ママはそれほどでもないということなのかい?」

 

「パパ、うっさいのよお。女の子なんだから、もっとあーしなさいとかこーしなさいとか……マリはね、パパのこと大好きだから、パパに気に入ってもらおうとして、すぐなんでも言うこときくの。でもルイーザはね、パパに気に入られなくてもいいの。自分の好きなように暴れるのっ!!」

 

「マリか……」

 

 その名前を聞いた途端、アーサーの心の中で何かが動いた。もちろん、彼も妻が『ルークが自分の娘にマリとルイーザって名づけたらしいけど、一体どういうつもりなのかしら』と怒り心頭に発したように言っていたのを覚えていた。アーサーも妻と同意見だったが、この時はその娘の顔を見てみたいと思ったのである。

 

「そういえば、君たちは双子なんだったな」

 

 そう考えた場合、顔のほうだって似たり寄ったりだろうとアーサーも思ったが、この可愛いらしい顔がふたつ並んでいるところを見てみたいような気がしたのである。

 

「うん、そうなの!あたしたち双子なの。でも、マリがお姉ちゃんなんだけど、わたしのほうがお姉ちゃんで、マリは妹みたいってみんな言うの」

 

「ふむふむ、なるほど……」

 

 レコードプレイヤーから針が上がり、再び元の位置へ戻ると、アーサーは隣の部屋にある自分専用のクローゼットのほうへ向かった。そこにはオートクチュールのスーツがずらりと並んでいたが、彼はそちらは無視して、とりあえず白のラルフローレンのポロシャツに、グレイのズボンをはき、ブランド物の黒のベルトを締めた。その次の瞬間、鏡に自分の顔が映って、アーサーは自分の顔に驚いた。やつれたような青白い顔に、くしゃくしゃの白髪頭……ここ十日間くらい、髪に櫛を入れてもいないと思いだし(何故なら、そんなことをしても明日には乱れるので意味がない)、彼はサッと適度に櫛を髪に差すと綺麗に整えた。

 

「おじさ~ん、ここって男の人の服を売ってるお店かなんか?」

 

「いや、全部おじさんの服だよ」

 

 アーサーは至極当たり前の事実について答えたつもりだったが、ルイーザは興味津々といった様子で、たくさんのネクタイがしまってある棚をじっと眺めたり、カフリンクスのコレクションを驚嘆して触ってみたり、あるいはブランド物の時計がいくつも並んでいるのを見て、「時計屋さんみたい!」と感動して叫んだりした。

 

「変な子だね。ルークだってたぶん、おじさんと同じくらいには時計をたくさん持ってたり、いくつもスーツやネクタイを持ってたりするんじゃないのかね」

 

 アーサーの香水コレクションを見つけると、ルイーザはその匂いを順に嗅ぎ、鼻のてっぺんに皺を寄せ、「おえっ」とか「うえっ」と言ったりしている。

 

「ねえ、おじさん。男の人って、なんでわざわざあんなくさい匂いを自分に振りかけるの?」

 

「そうだなあ。そりゃ、ようするにノネナール臭とやらを誤魔化すためじゃないかね」

 

「のねなーる?」

 

「簡単に言えば加齢臭……まあ、おっさんくさい臭いを誤魔化すために、さらに臭い匂いを自分自身に振りかけるのさ」

 

「ふう~ん。変なのー!ルイーザ、よくわかんなーいっ!!」

 

 ――この時、パジャマから普段着に着替え、アーサーが居間に姿を現したのを見て……驚いたのは彼の妻と娘である。何故なら、アーサーは妻と娘のフランチェスカがどんなに着替えて欲しいと言っても頑として着替えず、後ろから髪を梳かそうものなら、「自分で出来るっ!」などと怒鳴り、それでいて実際には揺り椅子に腰かけたまま、トイレへ行く以外ではずっとそうしていたからである。

 

「アーサーおじさん、お久しぶりです」

 

 ルークは彼の心中について聞いたことはなかったが、それでもある程度のことは察していた。つまり、あのまま自分とマリがつきあってさえいれば、娘は性転換するでもなく、今ごろはプロのテニスプレイヤーとして活躍し、さらには交通事故で死ぬこともなかっただろう……そう思っていても不思議はないということは、ルークなりに理解しているつもりであった。

 

「ああ、久しぶりだね。元気だったかい?」

 

 アーサーは自分でも不思議だったが、ルークの顔を見ても、特段何か苛立ちや腹立ちを覚えることはなかった。いや、むしろ彼は昔通りの好青年ですらあった。また、彼の隣にいて、軽く頭を下げた娘にも見覚えがあった。いや、ロリはもともと童顔であったが、娘、などと呼ぶのは流石に失礼だろうとアーサーも思った。昔、斜め向かいの屋敷に住んでいた、大人しい感じのする子だったということは、彼にしても記憶がある。エマの話によると、トンビに油揚げ……という、何かそんなことだったが、今こうしてあらためて相対してみると――ルークはいい女性を伴侶として選んだのだろうという、そんな気持ちしか湧いてこないのが不思議だった。

 

「今も、スカッシュで軽く汗を流すことはあるんですか?」

 

「いやあ、もう私も六十を越したジジイだからねえ。あんな激しいスポーツをしたら、ギックリ腰でも起こしてぶっ倒れちゃうんじゃないかな」

 

 ルイーザはパパとおじいさん……いや、ロマンスグレイのダンディなおじさんがそんなふうに話すのを聞いて、軽く首を傾げた。ルイーザがスカッシュと聞いて思い浮かべるのは、レモンスカッシュやオレンジスカッシュだけだったからである。

 

「ねえ、パパ。スカッシュってなあに?」

 

「うーん。そうだな……まあ、テニスにも似たスポーツだよ。壁に向かってボールを打って、それをふたりのプレイヤーが交互に打ち返すといったようなね」

 

「ふう~ん。変なのー。そんなことして、一体何が面白いの?」

 

 ――このあとも、その昔ミドルトン家が明るく賑やかだった時代と同じく、楽しいおしゃべりが続いた。そのことに誰より一番驚いたのは、エマとフランチェスカのふたりである。少し早い夕食時、食堂にて、アーサーは本当に久しぶりに家長席へ着き、一家団欒にも似た懐かしい時間を過ごすことが出来た。マリとルイーザはまだ右手にナイフ、左手にフォークを持つような正式な食事の仕方がまるでわからないため、ロリは少しばかり恥かしい思いをしたが、アーサーもエマもフランチェスカも、終始和やかに笑ってばかりいたものである。

 

 ルークにもロリにもわからないことだったが、実はエマとフランチェスカにとってこのことは奇跡にも等しいことだったのである。しかも、彼女たちにとって奇跡と思われることはこの翌日も続いた。父親が自分で服を着替え、以前と同じく身綺麗にして、時間通りに食事をしはじめたからだ(アーサーは鬱病になる前までは、時間にうるさいほうであった)。それから、「またあの双子ちゃんに会いたいな」とよく洩らすようになり……ロリは仕事があったものの、ルークが時々実家へ寄りがてら、隣のミドルトン家に娘たちを連れてくるようになったのである。

 

 アーサー・ミドルトンは鬱病になってのち、「私は近いうちに死ぬだろう」といったことをよく口にしていたが、結局そののち十数年以上も長生きし、八十二歳の時に亡くなった。アーサーとマリとルイーザの双子の娘の間には、言うまでもなく血の繋がりはない。けれど、マリもルイーザも、インテリジェンスな雰囲気漂う高貴なおじいさんのことを、実の祖父にも勝って熱愛した。マリはアーサーからピアノを教えもらうようになり、ルイーザは最初、ピアノにはあまり興味がなかったが、熱愛するおじいちゃん(やがてふたりとも、アーサーのことをそう呼ぶようになった)に気に入られたくて、マリと競うようにだんだんピアノが上手くなっていった。

 

 その他、誕生日にはいつも豪華なプレゼントをくれたりと、話していても会話にピリリと毒にも近い味を差し挟めることのある、冗談好きな人だった。マリもルイーザも彼から乗馬を教えてもらったり、競馬へ連れていってもらったり、豪華客船の旅へ一緒に出かけたりと――たくさんのいい影響を受けながら成長した。だから実の祖父にも等しいアーサー・ミドルトンが死んだ時、マリもルイーザも泣きながらこんなふうに思っていた。「わたしたち、おじいちゃんがもう少し長生きしてくれたら、きっとおじいちゃん孝行が出来たのにね」と。けれど、これもまた言うまでもなく……若くして死んだ娘の面影を彼女たちに重ね、その成長をもう一度見守ることが出来たことで、誰より心を救われていたのは、アーサー自身のほうだったのである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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