ええと、今回は前文のほうに結構文字数使えそうなので……一部前回の前文の続きを、なんて思いました(^^;)
今は過渡期にあるにしても、いずれは「男であることが素晴らしい」というより、「女であることが素晴らしい」というよりも――「あなたがあなたであることがもっとも素晴らしい」という、そうした方向に時代は進んでいくんだろうなあ……なんて思います。
まあ、何当たり前のこと言ってんだ☆と言われそうですけど、基本的には「わたしがわたしである」ことをいちいち賞賛してくれるなんて、今どき親や家族や友達でも、一年に一度誕生日にでも思いだしてくれるかどうか、実にあやしいもんではないでしょうか(笑)
それで、LGBTQIAについての問題提起って、わたし自身はほとんど欧米の情報経由で知っているようなものだし(日本語に訳されたものを読んで、という意味です^^;)、そうしたところから得られる情報ってほんと、先進的だなって思ったりするんですよね。
そして、日本では「ゲイの方がゲイだとわかった途端、家主から部屋を借りることを断られた」とか、「同性カップルは生産的でない」と言われたりとか……「その古くさい価値観って、マジどーにかなんないの?」っていう問題が山積してるんだろうなと思います。その~、前にラジオか何かで「『今はもう、日本でもかなりのところ男性同士でカップルなんだ。そっか~』くらいには理解が進んでると思うのに、男性同士・女性同士で結婚するっていう法整備が整うことについては難色を示す人がいるのは何故なんですかね?」、「だって、そのことで直接迷惑かけられるとか、そういうことじゃないわけじゃないですか」、「それなのになんでって思うんですよね」……みたいな会話があって、問われた側の方は、「う゛~ん。なんでなんでしょうね」くらいな感じで終わっちゃったんですけど、わたし、それ聞いてて「そういえばなんでだろ?」みたいにちょっと考えたわけです。
一番わかりやすいのは、たぶん伝統的な問題ですよね。結婚っていうのは、男女が行なうものだということで、そうした文化が何千年も続いてきたんでしょうから、「それが普通」と今まで信じてきたことに対する、なんとなくな違和感と無意識のうちにもある警鐘。また、日本の場合某政治家さんがおっしゃったという「生産性がない」っていうのは、アメリカなどよりも里親制度の認定が厳しいことにもあるのかな、という気がします。向こうはたぶん、「男性同士の両親」、「女性同士の両親」に育てられた場合でも、男女間で結婚はしてるんだけれど、しょっちゅう喧嘩ばかりしてる両親に育てられるよりは、経済的に豊かで安定した関係性の同性婚の両親に育てられるほうが好ましい……という価値観だと思うんですよね。でも、日本がここまでになるには越えなきゃならないハードルが高すぎて、「男性同士で結婚してるカップル」&「女性同士で結婚してるカップル」が養子縁組したいと思っても、まずもって難しいのではないでしょうか(^^;)
その~、ここに加えてですね、LGBTQIAのAって、アセクシュアルっていうことで、簡単にいうと「同性にも異性にも、その他性的なことに興味なかったりするわたしって、オカシイですか?」といったグループ。「あなたはあなたであるだけで素晴らしいんだから、特に男性に対しても女性に対しても性的に興味がないとしても、それはそれでいいじゃない」という社会的受けとめが必要と思うんですよね。そのことに対して、「異性にも同性にも興味がないだなんて、あんた人間としてどうなの?どっか欠陥があるってことなんじゃないの?」なんて、誰にも責めたり裁いたりする権利なんてないということ。
また、これはたぶん、男性同士のカップル婚ではなく、女性同士のカップル婚のほうに、もしかしたら比率として多くなる可能性のあることかもしれませんが、女性同士の結婚が許された場合、「性的な関係は持ってないけど、友達としてずっと一緒にいたいから結婚した」っていうケースが増えるかもしれないわけです。何より、結婚っていうのは男性よりも女性にとってこそ一大イベント。お互い綺麗なウェディングドレス着て、教会で将来を誓いあうって、女性同士で行なったとしても、なんだかとっても素敵です
これは今はまだわたし個人の意見にしか過ぎませんけれども、わたし自身は「それはそれでいいじゃない。一体何が問題なの?」と思っていたりします。性的な関係を持っていない男性同士・女性同士・男女間の結婚は意味がない、そんなのは本当の結婚ではない――ということ自体、もしかしたらわたしたちがずっとそう信じ込まされて、もっと言えば文化的に洗脳されてきたという可能性すらあるわけですから(未完成婚という言葉だってある^^;)。
その~、わたしの個人的な意見としては、それが男性同士でも女性同士でも、とにかくどこかの小さな一軒家かマンションの一室に暮らすとしても……「ふたりの人間がひとつ屋根の下でずっと一緒にやっていく・暮らしていく」っていうそのこと自体がすごいことなわけで、いかに気のあう人間同士でも、それってすごく難しいことだと思ってます。
だから、事は男同士・女同士以前の問題として、そこで危なっかしいながらもうまくやっている、あるいはうまくやっていこうと努力しているカップルがいたら、とにかくまわりの人たちは応援してあげるべきと思うわけです。
「いや、そうは言ってもさ、社会にはルールってものが必要でしょ。同性婚はそれを乱すことになるんじゃないかな」とおっしゃる方もいるかもしれません。でも、日本は少子高齢化で、このままいった場合、SFに出てくるような人工子宮でも完成しないことには基本的に未来がないわけです。この間、満50歳で一度も結婚してない男女のパーセンテージが上がってるって聞いたんですけど、この数字は男女とも、当然ゲイの方も含めての数字っていうことですよね。また、同性婚が許されたところで、少子化に歯止めはかからない……「だーら、そこは異性婚じゃなきゃ絶対出生率とか上がるわけないんだって」というのが普通に考えた場合誰もが思うことかもしれません。でも、ここのところは実はちょっと違うんじゃないかな……というのが、わたしの個人的な意見だったりします。何故かというと、一度男性と結婚して子供もいるものの、その後女性のパートナーと同棲して助けあって子育てしているといったケースや、男性の場合でも、女性と結婚して子供も大きくなった頃、実は自分がゲイであることに目覚めた……など、色々なケースがあって、とても一括りで「男女は一度結婚して結ばれたなら、一生添い遂げることこそ理想」とは、今の時代、言い切れる方のほうが少なくなってきてるのではないでしょうか。
そうしたことも含めて考えていくと、わたし自身は「おそらく同性婚が許されたほうが社会は活性化するんじゃないか」としか思えなかったりするわけです(女性同士の同性婚の場合、極端な話、「この人なら」という男性の精子を調達することさえ出来ればいいわけですよね。そうした法整備さえ整えば、むしろ出生率は上がる方向へ繋がるとも思う^^;)
まあ、実際のところ、こんなふうにわたしがアレコレ書く必要すらなく、欧米の価値観の流入によって、日本も「遅ればせながら」そうした方向に少しずつでも進んでいくと思うので……とにかく、わたし自身は「日本国民」、「世界すべての人」の幸福度がそのことでさらに上がっていくのではないかと期待しているという、何かそんな感じかもしれません。。。
それではまた~!!
マリのいた夏。-【20】-
「もうっ、ルークがにゃんこたちにエサあげたりなんだりするのに時間かかったから、遅れそうになったじゃないのっ!」
「だって、しょうがないだろー?ララもルーもレミもロロも『かまってかまって攻撃』が物凄かったんだから……第一オレはね、マーカスの結婚式なんかより、自分ちのネコの排泄具合のほうがよっぽど心配だよ。ああ、そうともさ」
「でもだからって、猫じゃらしで猫と遊んでたら、実のお兄さんの結婚式に遅れたってどうなの!?」
「いいんだよ。アンジェリカだって、『マジでだりぃ、うぜえ』って言って、実の妹のくせして欠席してんだから。まあ、自分で設立したコスメ会社のCEOで、忙しいっていうのは本当のことなんだろうけどね」
(ルークにとってもやはり、クソマーカスの結婚式はネコのトイレの砂以下ってことか。けどまあ、なんにしても幸せそうだな。子供が出来たとは聞いてないし、今ロリの腹のあたりを見ても妊娠してるような徴候はないな。まさかとは思うが、ルークの奴は種なしだったのか?それとも、ロリがもし不妊のことで悩んでいるとしたら……いや、もちろん夫婦合意の上で、今はまだ子供を作らないことにしているという可能性だってあるが……)
パイプオルガンによるパッヘルベルのカノンが終わり、ありきたりな歌劇ローエングリンの結婚行進曲へと変わった。と、同時に礼拝堂の座席の間に敷かれた赤い毛氈(レッドカーペット)の上を、タキシードを着た父親と腕を組み、美しい花嫁姿のフランチェスカが静々とやって来る。
マリはこの時、礼儀上一応立ち上がり、お義理的に拍手していたが、彼の目が見つめているのは、ただひたすらにロリのことだけだった。彼女の瞳には、まるで自分の結婚式を喜びでもするかのように――うっすらと涙まで浮かんでいる。
「フランチェスカ、とっても綺麗ね?ね、ルーク?」
「ああ、うん。まあ、そうかもな」
その場にいた誰もが見とれるほど、間違いなくフランチェスカ・ミドルトンは今日ここにいる誰よりも美しかった。けれど、ルークが家で飼っている三匹の犬、ネザーランドドワーフ、モルモット、ハリネズミのことなどを考えて、結婚式の間中、ずっとぼんやりしていたのだとは――流石のマリにもわからなかったに違いない。
ただ、マリにとって重要なのは次のようなことだった。これだけ着飾った男女が礼拝堂にひしめいているにも関わらず、ルークが特にその中にいる女性の内、誰にも興味がないような態度でずっといたということである。
(まあ、今ここだけで判断することは出来んが、ルークの奴、自分がロリと結婚するためにオレのことを不幸へ追いやった……という罪悪感からか、浮気の虫が疼くでもなく、ロリのことだけを大切にしてるのかもしれんな。まあ、もしそうならそれはそれで実に結構なことだ)
結婚式のほうは、途中で気の狂った出刃包丁を持った女が乱入し、「わたしと結婚してくれるって言ったじゃないのよぉォォッ!!」と叫ぶでもなく、神父の導きにより愛を誓い、マーカスとフランチェスカがキスをするところで最高潮を迎えた。その後、幸せの絶頂にいる花嫁と花婿は、結婚式の参列者たちから祝福されつつ、『Just Married』と書かれた車に乗り込むと、新婚旅行へ旅立っていったというわけである。
「ああ、本当に幸せそうなカップルねえ」
「ほんとにね。今ごろはとんと見かけなくなったような、理想的なご夫妻じゃないこと?将来を嘱望された優秀な外科医と、良妻賢母になることが約束されたような、たおやかな花嫁さんと……両家のお父さまもお母さまも、幸せな限りね。ミドルトン家もハミルトン家も、資産的にちょうど見合ったような家柄ですもの。もしそうじゃなかったら、どこの馬の骨とも知れぬ男とだの、あの女は絶対財産目当てに決まってるだの……結婚式の前後で誰もが噂話をしたに違いありませんものね。ほんと、今どき珍しい爽やかな、見ていてこちらも心が晴れ晴れするようなカップルよ」
ユトレイシアの社交界にてよく知られた夫人同士がそんなふうに話すのを聞き、マリは地面にぺっと唾を吐きたくなったが、姉の将来の不幸を思うと、そんな唾などいくらでも飲みこめた。マリが血を分けた姉のフランチェスカを嫌悪することに、特に理由はない。いや、あるにしてもそれはあくまで後付け的なものだ。おそらくこの世界には、なんの神のいたずらか、決定的に相性の悪い兄弟姉妹、あるいは両親と子供といった組み合わせが存在するものなのだろう。事実、マリの性転換手術に関して、父親も母親も大反対したにも関わらず、ただひとりフランチェスカだけは可哀想な妹に対し、いたく同情的だったものである。けれど、「わたしはあんたの味方よ、マリ。だって、わたしくらい味方してあげなきゃ、ますますあんたは家族の中で孤独になるでしょ」などと言われても――0.001ミクロンたりとも嬉しくなどないのだった。
こうして、心の闇の中で、大きな影を育成していたマリだったが、彼女……いや、彼はこれらすべてを一掃するばかりの、真逆の存在に出会ったのだ。今にしても、彼はこう思う。ロリと出会った時期がもう少し遅れていたとしたら、もしかしたら自分は取り返しのつかないほどの、両親から見て悪魔としか思えない存在に成り果てていたのではないかということを……。
マリ自身、今にしても笑ってしまうが、事実彼の母親のエマ・ミドルトンは、エリカ・オースティンの牧師の父に悪魔祓いのことで相談しに行ったことまであったのである。それというのも、「妹に意地悪ばかりする、悪魔にでも取り憑かれているとしか思えない姉」を、オースティン牧師が根気強く両親とともに祈り続けることによって変えていった……という礼拝メッセージを彼がしたというのを、人から伝え聞いていたからである。
(そうだよな。あの人たちにしてみれば、オレに悪魔でも取り憑いていて、それで『男になりたい』だなんだ言ってるんだってことのほうが……よっぽど受け容れやすかったんだろうな。自分が男でも女でもない性に子供のことを産んだから、それでこんなにも次女は苦しんでいるのだ……なんていうことよりも、ずっとな)
この時ふと、マリはカウンセリング中に医師が『ご両親やご家族の支援は受けられますか?』と聞いた時のことを思い出していた。『オレの親はふたりとも反対してますし、こんなことのためにミドルトン家の財産を浪費するのかとまで言った親たちですよ』――マリがそう答えると、医師は眉をひそめ、神妙な顔をしてこう言った。『乳房の切除やペニスの形成手術、続く男性ホルモン投与と、以前も説明しましたが、肉体的にも精神的にもかなりキツい過程を辿ることになりますからね。やはり、家族といった身近な人たちの支援があったほうが……いえ、支えとなる身近な人、理解のある人の支援というのは、非常に重要なことですから』
マリはずっと、同じ悩みを持つ人々とネットを通して繋がっていた。そして、ヨーロッパ中にいるそうした性同一性障害の友人たちとオフ会にて出会い、すっかり意気投合していたのである。マリは自分で自分のことを(決して性格がいいほうではない)と自覚しているのだが、いつでも友達のほうはどこへ行っても出来るほうだった。
マリは今、そうした友人たちと性同一性障害で悩む人々の相談に乗る団体に所属し、また資金面においても支援している。そうでなければ確かに自分は孤独と苦しみと痛みに打ちのめされ、せっかく望んだとおりの男の体になれたというのに、心は虚無を噛みしめるばかり……といった状態に陥っていたかもわからないと、マリは今もそう思う。
そして何より、彼はロリ・オルジェンという幼馴染みの恋する女性のことを心のどこかで一番の拠り所にしていたかもしれない。ユトレイシアを離れヨーロッパまで来てしまうと、マリの中でルークの存在は抹殺され、ロリは彼の妄想の中で、再びマリひとりだけのものになった。けれど、彼は決して現実を見失ってはいなかったし、ルークとロリが不仲でいまや離婚寸前の危機にある……といったことを願っているというわけでもなかった。
(そうだ。オレはただ……ロリが本当に今も幸せかどうか、ルークがきちんと夫としての務めを果たしているかどうか、そのことを確かめるために戻ってきたようなものなんだ。ふたりとも、ミッシィひとりを置いた、すぐそばにオレがいても……まるで気づいてなかった。もちろん、そんなのは当然のことなのに、一体オレは何を期待していたというんだ?)
何故か結婚式のほうには、エリとクリスのノーランド夫妻、それにラースやライアンやエイドリアン、オリビアやドミニク、エミリーと、中学・高校時代の仲間たちがほとんど揃っていた。エリはもともとフランチェスカと親しかったし、エミリーはフランチェスカと同じ学部の後輩だった。ラースとライアンは小さい頃にマーカスからサッカーを教えてもらっていたし、クリスやエイドリアンはボーイスカウトでマーカスにサバイバル方法について教えてもらった……といったような、大体そういった仲だったわけである。
「ねえ、それで結局マリのお目当ての女の子って、どの子だったわけ?」
「ああ。前を歩いてる集団の中にいる、一番地味で目立たない女だよ。あと、あの中には一応、中学時代の元カノも混ざってると言っていいのかな。その後、向こうのほうはすっかり男のほうに宗旨変えしたようだがね」
「へえ、そんなのサイッテーね!」
ミッシィは軽蔑したようにそう言った。彼女とマリは、男性から女性へ性転換した、フランシス・コートニーの紹介によって知りあっていたのである。ミッシィ自身はレズビアンであったが、マリのことは特例中の特例として、彼が男か女かといったことは関係なく、心から愛しているのだった。
「まあ、レズビアンの世界ではよくあることさ。女同士の世界で寂しさを紛らわせていたが、やはり男のほうがいいとなったり、ビアンとバイの間を行ったり来たりしてみたり……彼女の場合はまあ、オレとこれ以上深みに嵌まるのが怖かったとか、そうした話だったがな」
「あ、それならちょっとだけわかるかも!マリと一緒にいると、もうマリのいない人生なんてすっかり考えられなくなって――自分がちょっと怖くなるの。だってマリは他の女たちにもモテモテだし、自分ひとりだけに縛りつけておくなんてことも出来ないでしょ?あっ、わかったわよ、マリ!あんたが唯一執着してるとかいう女。シルバーグレイっぽいドレス着てる、ココナッツクリーム色の肌の、あのエキゾチックな顔立ちの女じゃない?」
マリはミッシィが自分の初恋の相手を外したのを見て、微かに笑った。ミッシィがそれとなく目線で示した先にいたのは、エリだったからである。
「違うよ。あの子は牧師さんの娘でな、もともとそんな性向もないのに、レズビアンの世界に引き込んでいいような子じゃない。オレが好きなのは……結婚式の間中、ミッシィ、おまえのすぐ隣にいた女さ」
「ええ~っ!?でもあの子……確かに可愛いとは思うけど……すぐ隣にいた旦那さんと飼ってる猫がどーだの犬がどーだのいう話ばっかりして、マリのことに気づきもしなかったじゃないっ!!」
「そりゃあな。今のオレの姿を鏡で見て思うに、気づけというほうが無理だろう。が、まあ、結婚して四年にもなるのに子供がいないということは……代わりに犬猫を飼って子供代わりにしてるということなのかどうか。オレの計画としては、今ごろロリはひとりかふたり子供を生んで、ルークはロリの妊娠中に浮気するか何かして、そこからだんだんふたりの間には距離が……という、そんな予想をしていたんだがな。だが実際は、まだ新婚かというくらいラブラブなわけだ。しかも間にモフモフが挟まってりゃ、夫婦の間で会話がなくなるってこともないだろうしな」
「……じゃあ、マリとしては当てが外れてがっかりしたってこと?」
ミッシィはマリの腕をぎゅっと掴みながら、上目遣いにそう聞いた。
「まあ、そういうことになるかな。好きな女が元親友と幸せそうで良かったと思う気持ちもあるし、なんとも複雑なところだな。もしロリが今なんらかの形で不幸だったとしたら、オレもこの姿で彼女に話しかける勇気が持てたと思うんだが……だが、ロリに話しかけないのは、勇気がないせいじゃない。あえてわざわざそんなことは言わないほうが、ロリのためにはいいだろうと思うからさ」
「ふう~ん。なんだかいつものマリらしくないのね。きっとあの子だって、一度でもマリと寝たりしたら……きっとこっちの世界に嵌まっちゃって、あんなモフモフ大好き王子のことなんてどーでもよくなっちゃうんじゃない?わざわざそんなふうに遠慮するなんて、ほんっとマリらしくないっ」
「モフモフ大好き王子か。ま、ルークはもともと動物のドキュメンタリーを見たりするのが大好きだったものな」
マリはミッシィと一緒に、ある一定の距離を保ったまま、かつての仲間たちの様子を眺めていた。そして、そんな自分に違和感を感じてもいた。元の女のままでいたとしたら、あの学生時代の仲間たちに声をかけることに、自分は一切なんのためらいも感じなかったことだろう。けれど、あの中に入っていこうと思わないということは、自分は今の姿を彼らに見られることを恥じているのだろうか?いや、それはない、とマリは思う。彼は今の自分の姿こそ、九つの時に女の性にさせられていなければ、本来の自分の真実の姿だったのは間違いないと思い、誇りにさえ感じていたのだから。けれど、マリはこの瞬間、いい知れない孤独を感じた。そして、(この気持ちは一体なんだろうか)と、心の淵に暗い闇の波がひたひたと打ち寄せてくる、その目に見えぬ不安と恐怖を感じていたのである。
ラースは、プロのサッカーリーグの二軍に所属し、ライアンは大学卒業後、携帯ショップで働き、今は小さな店舗の店長をしているということだった。エイドリアンは映画の制作会社で毎日寝る時間も削って忙しく働いているという。クリスは、いつか来るかもしれない世界的飢饉のため、大学の食糧研究所にてスーパーフードの研究をしており、エリとエミリーはフェミニズムに関する女子大生の見解といった本を共著で出版したことがきっかけで、現在は出版社にて編集者として働いている。オリビアはカークデューク大を卒業後も、そのままデューケイディア市で暮らし、現在はインテリア・デザイナーとして修行を積む日々だった。そしてドミニクは、大学のテニスサークルの先輩の紹介で、いいコーチについてもらったことで――現在世界ランキング第32位の、プロのテニス・プレイヤーになっている。
(オレだって……性転換手術のためにテニスを辞めていなければ、ドミニクみたいにプロのプレイヤーになれていたに違いないのに……いや、今からだって、今度は男としてプロを目指すっていう道がないわけじゃない。まあ、親父やおふくろがミドルトン家の家名を汚すなといったことを言うから、性転換したことは秘密にして、ヨーロッパのあちこちを転々とするような暮らしをしているわけだが……)
そして、マリはこの日、久しぶりに仲間がほとんど全員揃ったことで盛り上がっている友人たちに背を向けて別れると――久しぶりに落ち込んでいた。それからホテルでひとりきりになり、この落ち込みの原因はそもそもなんだろうかと、プレジデンシャルルームの豪奢なベッドへ横になりながら……彼は自己分析していた。
(そうか。わかったぞ……オレはラースのこともライアンのことも、エイドリアンのことだって好きだった。ただ、男友達として、ずっと空気みたいに友達であること自体が当たり前だとしか思ってこなかったんだ。それはルークに対してだってそうだったけど、オレは、後悔してるんだ。親の意向や医者の意見によって、女の性にさせられたってだけで……オレは本当は男なんだってことを、あの頃からずっと主張していたら良かった。そりゃ、今のこのオレの姿を見たら、あいつらだってビビるのも無理はない。だが、ずっと昔からそうしつこく言っていたのだったら、あいつらの態度だってきっと全然違ったんじゃないか?それにオレは今回、ロリとルークのことしか考えてなかったにしても……オレだって、失うには惜しい大切な友達を、あの頃からずっと持っていたんだ。でも、今はもうこうなってしまった以上、仕方ない。とりあえず、ロリにだけでも本当のことを話すことにするか?……)
フランチェスカとマーカスの結婚式が行なわれた礼拝堂を出た時、マリはルークとロリには何も告げず、このままヨーロッパへ帰ろうと思っていた。けれど、久しぶりの再会に顔を輝かせているかつての仲間たちの姿を見て――マリは突然、恐ろしい飢餓にも似た孤独の影が己の心に忍び寄ってくるのを感じたのである。
そしてそれは、マリにとって懐かしい闇の中の影でもあった。小学三年生の時、道を挟んだ向かいにロリが引っ越してきたことで……いつでも身内に感じ続けてきたその暗い存在を、マリは自分でもどうやったのかわからないが、とにかく撃退できたのだと思っていた。けれど、いまやその懐かしき古き存在は、再び自分のすぐそばにまで忍び寄ってきていた。マリは自分に対して、(自分は強い人間だ。だからどんなにつらくとも、きっと乗り越えられる)と、固く信じて頑張り続けたことが何度かあるが――『あいつ』にはそうした力はなんの効き目もないとわかっていた。
『マリ・ミドルトン……いや、ムッシュー・ウルフとお呼びしたほうがいいのかな?おまえの愛しいロリ・オルジェンは、いまや親友と結婚してハミルトン夫人になっている。それなのに、あの娘の愛に最後まで縋ろうというのか?ククク……そんな馬鹿な。あの娘の愛はいまやすっかりルーク=レイ・ハミルトンに与えられ、残りの食卓から落ちるパン屑程度のものしか、おまえに与えられるものはない。その残りのおこぼれにせめても与ろうとするとは、あれほどプライドの高いおまえがすることとは、到底思えんな』
「うるさいっ!黙れっ!!」
枕元に並んだいくつものクッションのひとつを、マリは薄暗がりに向かって投げつけた。ミッシィには、『少しの間ひとりになって考えたい』と伝えてあった。ゆえに、彼女は今晩は同じホテルの別の部屋で休むことにしたわけだった。
「ロリ……助けてくれ、ロリ………っ!!」
この日、マリは悪夢にうなされながら、短い間眠っては起き、一度起きては再び悪夢に深い眠りを邪魔され……といったことを繰り返し、ようやくのことで朝を迎えていた。夢の内容のほうは、マリが今の男の姿でみなの前に現れると、ラースやライアンやエイドリアンは嘲笑し、オリビアやドミニクやエリはヒソヒソ陰で悪口を言い、両親や姉からは『あんたはもううちの子なんかじゃないっ!』、『もうわたしとあんたは血の繋がった姉妹でもなんでもないわ』と絶縁を言い渡され……ルークはといえば、『ふう~ん。ほんとに男になったんだ。でも、おまえみたいな化け物、もう誰も相手になんかしないぜ。オレだってそうさ』と言って、マリの目の前から冷たく去っていった。そして夢の最後で――ルークはロリの肩を抱き、マリのいる方向へ視線を向けることさえ彼女に許さなかった。『あんな奴ともう関わるなよ。オレさえいれば、ロリはそれで十分満足だろ?愛してるよ、ロリ。マリなんかもう、ただの過去の友達、過ぎ去った思い出っていう、オレたちにとってはもうそれだけのことだものな』
こうして、ロリは最愛の夫であるルークの言うとおり、マリのほうへ一瞥すらくれることなく、彼の前から去っていったのである……。
翌朝、マリはせめても前の自分になるべく近い形でロリと再会したいように思い、まずは顔の濃い髭を自分で剃った。昨夜の悪夢の内容を思いだし、手が震えたからだろうか。頬を少し切ってしまったが、気にしなかった。あまり眠れなかったせいで、一晩にして目の下に濃い隈が出来、顔色のほうもどこか青ざめていた。
ミッシィにしても、マリの突然の変化が、主に精神的影響によるものらしいと感じ取り、『一体何があったのか』とまでは、あえて詳しく聞かなかった。以前からマリには精神的に危うく感じられることが時折あったが、こんなにひどいのは初めてだと、彼女にしてもはっきり感じていたのである。
「ロリに会うことさえ出来れば、必ず治る……」
マリは瞳のほうもどこかうつろで、ミッシィの印象としては、突然彼の存在それ自体が薄くなったかのように感じていた。もし、ロリ・オルジェンがマリの望むとおり、『男の姿でも女の姿でも関係ない。わたしはマリ自身のことが好きなんだから』といった態度でなく、かつての親友が女から男になったと知り、及び腰のような態度を取るとしたら――勘の鋭いマリは、いくら相手が隠そうとも、そのあたりの微妙さを一瞬にして見抜くに違いない――マリの強い心の中にある、もっとも繊細で脆い部分が壊れてしまうのではないかと、そんなことがミッシィは心配だった。もしそのロリ・オルジェンという女性が、共通の知り合いか何かで連絡先を知っているのだとしたら、先にこのことを伝えておいたのにと、そう強く願ったほどに。
マリは何かに取り憑かれたような、存在自体にどこか虚ろな影を感じさせるところがあり、彼がどんなに「俺はひとりでロリに会いにいく。ミッシィはもうヨーロッパに帰ってくれ」と言っても、頑として耳を貸さなかった。最初、マリはそれを嫉妬か、あるいは興味深い恋愛沙汰を傍観者の立場でミッシィが見たいのだろうと勘違いしたが、彼女が最後にとうとう瞳に涙を浮かべ、哀願するような表情になるのを見て――初めて悟ったのだった。ミッシィが、もし自分が失恋した場合、自暴自棄に陥らないために、支えたいと心から思っているのだということが……。
そうした経緯によって、マリはミッシィに同行を許したが、彼にしても自信があったわけではない。確か、あれは小学5、6年生の頃のことだったと記憶しているが、マリはロリからエミリー・ブロンテの『嵐ヶ丘』を借りて読んだことがある。最初は難解で、読み通すのに困難を覚えたが、ロリは「それなら、朗読したものをダウンロードして聞いたらいいんじゃないかしら。それで、なんて言ったかよく聞き取れなかったところを、小説でもう一度読み返したりすればいいのよ」と、アドバイスしてくれた。それまで、マリは本当の意味で『読書』というものに興味を持ったことなどまったくない(マリが得意なのは理数系と音楽、それに体育だった)。けれど、読み手の女性の朗読があまりに巧みで、すぐさま『嵐ヶ丘』の世界へと引き込まれ――こうして一度、物語が大体一通り頭に入ってみると、今度は小説を読むのが楽しくなってきた。しかもマリはこの時、ブロンテ姉妹の『嵐ヶ丘』がいかに素晴らしいかと、同じく普段ろくに本など読まぬ親友に説教までしていた。「だからさ、この本はようするに、オレがヒースクリフで、おまえがキャサリンだってことについて書いてあるわけさ」と。もちろん、ルークにはマリが何を言っているのかさっぱりわからなかったわけだが、「なんでオレが女のキャサリンなんだよ。わっけわかんねえな」と思い、子供向けに読みやすくしてある、世界名作ジュニア版の『嵐ヶ丘』を図書館から借りてきて読んだのである。そこでようやくルークにも、マリの言いたかったことの意味がわかった。キャサリンはヒースクリフのことを「ヒースクリフはわたしだ」というくらいに愛しすぎていた……そのくらいにお互いを自己同一化していた。だが、マリは今にして思うと、これらの符号について、奇妙に感じる。かつて、確かにマリはそのくらいルークのことを近しく感じ、それはルークにしても同じなはずだった。だが、キャサリンが地位と金のある男と結婚することになると、ヒースクリフは彼女の前から姿を消す。そして元は孤児である彼が、資産家になって戻ってくると――キャサリンは結婚している身でありながら、心から本当に愛しているのはヒースクリフであるがゆえに、心を引き裂かれてしまうわけである。
(そうだ。確かに昔はオレにとってルークは、そうした存在だったんだ。それに、ロリにしたってそうだ。オレはロリのことだって自分の半身のように感じればこそ、完全にひとつになりたいと、狂おしいまでにあれほど願っていたのだから……)
けれど、今のマリにとっては、<現実は小説よりも奇なり>といったところだった。事実が、ではない。そして、ミッシィと一緒にルークとロリという昔の親友ふたりが住む邸宅のほうへ向かいながら――最悪の事態についても想定しておいた。マリは出来ればロリがひとりでいる時に、彼女とふたりだけで会いたかった。けれど、ロリが(今さらこんな形で会いに来られても……)といった戸惑った視線をルークに送り、ルークはルークで(男になったから、それでなんだっていうんだ)といったように、クソ面白くもない仏頂面をするという可能性だって、絶対ないとは言えなかったろうからだ。
>>続く。