こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【26】-

2023年01月27日 | マリのいた夏。

【聖マタイに霊感を与える天使】カラヴァッジョ

 

 さて、今回は間違いなく言い訳事項があるなあと思ったので、そのことでもって思います(^^;)

 

 カトリックにおいてもプロテスタントにおいても、性同一性障害を<病気>と捉えているため、「病気である以上、性同一性障害の方が性適合手術を受けることは罪ではない」といったように考えるらしい……ということは一応知ってはいたものの、今回書いてて「でも、そう考えていくとアレ?」と思うことがありまして(^^;)

 

 マリと同じ、性同一性障害を持つ心が男性で体が女性の方の場合――心が男性なのだから、女性と愛しあうことは罪ではない、ということになりますよね。また、心が女性で体が男性の方の場合は、男性の方と愛しあっても罪ではない……ということだと思うのですが、それ以外の同性愛者の方は罪となる――↓の中でマリは、そのことを「それっておかしいんじゃね?」的に指摘してるわけですけど、このあたりの論拠については当然彼もわかってはいるわけです。

 

 簡単にいえばそれは、「聖書にそう書いてあるから」ということであり、聖書は預言者や聖徒たちが聖霊に霊感されて書かれた書物であるから、「絶対間違いがない」ということなんですよね。ゆえに、そこに書かれた一点一画にでも「間違いがある」ということは、カトリックでもプロテスタントでも認めることは出来ない。

 

 キリスト教において同性愛を認めるということは、その聖書の絶対性が崩れることなので、認める場合には「それは医学的な問題で、<病気>だから仕方がない」といったように、何かしらもっともらしい理由をくっつけないといけない……のだろうと思うのですが、これからそうした世俗間とのズレというのは大きくなる一方と思うので、その部分をどうするのか、ということだと思うんですよね(^^;)

 

 わたしもこのあたりのことをそんなに詳しく調べようと思ったことがなかったため、ついきのう、「そーいえば」と思い、キリスト教と同性愛とか、性同一性障害といった項目で検索をかけてみたのですが、どうやら書籍なども色々出ているようなので、↓のようなことを書くのであれば、最低でもそうした本を少しくらい読んでおけば良かった……というのが、今回の一番の言い訳事項だったりしますm(_ _)m

 

 それで、そうした項目で検索をかけていたところ、自分的に一番驚いたのが、日本でも同性愛を容認した教会があるっていうことでした!!!しかも、保守的なことで有名な日本キリスト教団の教会と知り、二度びっくり!!!

 

 >>ゲイの牧師として、性的マイノリティに寄り添う。

 

 素晴らしいですよね!記事読んでて、涙が出そうになるほどでした……普通にひとつの教会を牧師さんとして運営していくっていうだけでもすごく大変なことなのに、冷静に淡々とインタビューに答えておられる以上に、きっともっとすごく大変だろうなって、本当にそう思うので

 

 ええと、↓とのお話の関連でいうと、欧米にはそうした、同性愛者の方も容認している教会があると聞いたりしたことはあったものの、「まあ日本では独立系の教会でもない限り、そうした教会は出来ないんじゃないかな」と思っていたので、本当に驚きでした。しかも、日本キリスト教団というところが特にすごいと思ったというか(^^;)

 

 また、「キリスト教と同性愛」のウィキのところにも、

 

 >>日本では同性愛者であることをカムアウトしたうえで日本基督教団で正式に按手を受けた牧師として掘江有里牧師、平良愛香牧師、中村吉基牧師、池田季美枝牧師らがおり、平良愛香が代表を務めるエキュメニカルな性的少数者キリスト者グループであるキリストの風集会は、1995年より東京都内で月一回の定例礼拝を守っている。中村吉基牧師が代表をつとめる新宿コミュニティー伝道所は、「さまざまな性指向を持つ人びと」による礼拝を毎週行なっている。池田季美枝牧師は、2007年より市川東教会(旧・冨貴島教会)の主任牧師として、「女性や男性――さまざまな性指向・性自認を持つ人びと、子どもや高齢者、教会に来るのが初めての人、神の子イエスによる魂の癒しを求め教会を訪れるすべての人に開かれた教会」としての宣教・礼拝を行っている。また、日本基督教団所属の富田正樹牧師は、自分自身は同性愛者では無いが、聖書の中の同性愛に関する記述を吟味した結果として同性愛を容認するという立場を公にしている

 日本聖公会では、聖公会中部教区宣教部性的少数者プロジェクトとして「性的少数者とともに捧げる聖餐式」を執行しており、性同一性障害の女性司祭であるアンブロージア後藤香織司祭がその任にあたっている。

 

 とあって、今後、同性愛のことに関しては教会においても少しずつ変化の訪れる日がやって来るかもしれない……ということに希望があるように思いました。。。

 

 ただ、物凄く時間のかかることだと思うので、最初に声を上げた勇気のある方がまずは小さなコミュニティを作り、多くの方の批判を受けたりしつつもそのバトンが次の人々に継承され、継承され……ということを努力と忍耐を持って続けるうち、再びまた何か「変わる」日がやって来ることだけは間違いないと、個人的にはそんなふうに信じています

 

 それではまた~!!

 

 

 

     マリのいた夏。-【26】-

 

 マリのお葬式は、アストレイシア地区にある、フランチェスカとマーカスが挙式した教会で執り行われた。ミドルトン家はハミルトン家と同じく、やたらと親戚の多い一族であったが、マリの葬儀に参列した人々は、ほんの極少数の人たちだけであった。

 

 ルークとロリは、あれからラースやライアンやクリス、エイドリアン、オリビアやドミニクらに連絡し、「もし都合がつきそうなら……」と、マリの死を遠慮がちに伝えた。男友達にはルークから連絡し、女友達へはロリから電話で友人の死を厳かに伝えた。

 

 この時、ルークはラースとは随分長く話しこむことになった。ルークは今もラースやライアン、クリスやエイドリアンともつきあいがあり――サッカーのワールドカップともなれば、四人のうち、誰かの家や部屋に集まって盛り上がったし、その他よくスポーツバーでもアメフトやバスケ、野球観戦をしては酒を飲むという間柄でもあった。

 

 ライアンとクリスは、どうにか仕事の都合をつけると即断していたのに対し、エイドリアンは「撮影の予定があって……でも、本当に絶対行きたいんだ。だから、少し遅れるかもしれないけど、必ず行く」と約束していた。三人とも、会った時に詳しい話を聞けばいいと思ったのだろうか、何故マリはパリで暮らしていたのか、そちらでの生活はどうだったのかなど、あまり細かい説明をルークに求めはしなかった。けれど唯一ラースだけ、マリがヨーロッパへ渡った理由について、この時初めて親友に聞いていたわけである。

 

 これまで、何度となく顔を合わせて馬鹿騒ぎしていながらも――何故マリと別れてロリをつきあうことにしたのかなど、そうしたデリケートな問題について、ラースもライアンもエイドリアンも詳しく聞こうとしたことはない。けれど、マリが死んだと聞き、ラースは何かを抑えきれなくなったようだった。

 

『あのさ、マリが交通事故で亡くなったって聞いて、オレよりおまえのがよっぽどショックで参ってるだろうってわかってるよ。だけど、先にどうしても聞いておきたいんだ。たぶん、おまえは知らなかったろうけど、ライアンの奴、ずっとマリのことが好きだったんだぜ。でも、おまえとマリのカップルじゃ、他のどんな男でも太刀打ち出来るわきゃねえもんな。そんなふうに思って諦めた人間ってのは、ライアンの他にもきっとたくさんいたろうよ。それがさ、急に別れてマリの親友のロリとつきあいだして、つきあいだしてちょっとしたくらいで結婚までしちまった。オレたちはさ、おまえほどの男がそう決断したってことは……細かいことを詳しく聞くのは野暮ってもんだと思って、ただ黙って結婚式に出席して祝福したよ。だけど、マリのことはその後もみんな気になってた。今、一体どうしてるかってさ……ヨーロッパにいるらしいってことくらいはなんとなく知ってたけど、滅多にユトレイシアへ戻ってくることはないってことは、それだけ親友ふたりに裏切られたことがショックだったんじゃないかとか、あのプライドの高い女王がそれだけ傷ついたってことなんじゃないかって、心配するのが当然ってもんだろ?そりゃオレとおまえは親友だけど、マリとだって大切な友達なんだからなっ!!』

 

「……………………」

 

 ルークは暫くの間黙っていた。今、一体どこまでのことを話すべきなのか、迷っていたというのがある。また、ラースの気持ちが嬉しくて、涙が出そうにもなっていた。

 

『いや、誤解しないでくれ、ルーク。オレも他のみんなも、おまえやロリのことを責めてるってわけじゃないんだ。ただ……』

 

「ごめん。悪いとしたら、それは確かに何もかも間違いなくオレなんだ。それで、ラースが今言ったようなことは、オレもずっと気にはしてた。だから今……そのことでもすごく後悔してる。オレのせいで、みんなからマリと過ごす時間を奪ったんじゃないかってことに対しても……」

 

 ルークが途中から涙声になっているのに気づき、ラースは焦った。自分にしても、何もこんな時に聞いたりせず、知りたかったのなら、もっと早くに聞いておくべきだったのかもしれない。

 

「ごめん、いいんだ……その、さ。マリのお母さんのエマおばさんは、自分の娘がイタリアの病院で性転換したってことを隠したがってて……だから、もしかしたら棺の扉を誰にも開くつもりがないかもしれないと思ったというのがあるんだ。でも、今はもう何も隠すべきじゃないって気がする。オレとマリが別れたのは……ようするに、簡単に短く言えば、マリが女から男になりたがってたからなんだよ」

 

『え、ええっ!?』

 

 ルークの短い言葉の中に盛り込まれた情報量に、ラースは一瞬ついていくことが出来なかった。語られた言葉の意味は理解するが、それが事実であるとは――脳が直感的に否認しているような、何かそんな感じだった。

 

『せ、性転換って、あんなに可愛い美人さんが、男になったってのか!?』

 

「ラース、マリがもしおまえのその言葉をそっくりそのまま聞いたら……たぶん容赦なく柔道技を決められるところだぞ。それはともかく、マリのそうしたジェンダーに関する悩みは、小さい頃からのもので……そのことを知ってたのはオレだけだったから、マリはオレにはなんでも自分の思った本当のことを話してた。それで、マリはずっとロリのことが好きだったんだ。そのことでいかに悩んでるかってことについても、オレは耳にタコが千個は出来るかというくらい、何度も繰り返し聞いてた。でもオレは……マリがロリの性格の美点についてしつこく歌い上げてたから、いつしか洗脳されて自分もロリのことが好きになったってことじゃなく……聞いたら、ロリはロリで小さい頃からオレのことが好きだったって言うじゃないか。それで……マリのことをひどく傷つけることになるってわかってたけど、オレはマリとは別れてロリとつきあうってことにしたんだ」

 

『……絶句するってのは、たぶんこういうことを言うんだろうな』

 

 電話がかかって来た時、ラースはユトレイシア・ストライカーズの一軍の寮にて、ひとり孤独に体を鍛えているところだった。また、シーズン中節制するよう心がけているにも関わらず、この時はビールを飲むのを自分に許した。それじゃなくても、大切な友人のひとりが死んだと聞いたばかりなのだ。今夜は酒の力を借りずに眠れる自信が、彼にはなかった。

 

『でもおまえ、マリが自分の性は本当は男だって知ってたのにマリとつきあってたんだろ!?変態かよ、おまえっ!!』

 

 ラースのこうした単純で直截的な反応は、この場合ルークにはむしろ救いだった。マリがこの場にいても、きっとそう思っていたことだろう。

 

「オレたち、見せかけだけ本当につきあってることにしようって言ってきたのは、マリのほうなんだぜ。それで、体の関係を持ちたいって言ってきたのだってマリのほうだったんだ。オレのほうではマリ女王の言うことに逆らうってことは出来ないからな。でも、オレのほうじゃすっかりあいつに夢中になってるのに……ある時、ふと気づいたんだよ。マリはロリがオレを好きって随分前から知ってて、何よりロリとオレがつきあいだすことを怖れてた。だから先に自分がオレとつきあうってことにして……いや、もうそのことはいいんだ。確かに、最終的にこの三人の中で結ばれたのはオレとロリでも……三人が三人とも、それぞれ傷ついたんだ。その中で、一番傷ついたのは間違いなくマリだったと思う」

 

『ごめん。なんか、すげえ無神経なこと聞いたな。じゃあ、マリはそのあとずっとヨーロッパで暮らしてて、性転換後はそのう……』

 

「そうだ。マリは女のままだった時もレズビアンたちにはモテもてだったっていうし、男になってからもそれは変わらなかったらしい。ずっと自然保護とか、性的マイノリティの人々を助ける活動とか、そういうことに随分資金のほうも投入してたらしくて、マリが死んだって聞いて、パリで行われた葬儀のほうには教会に人が入りきれないくらい大勢詰めかけたって話だし……」

 

『そっか。細かい事情のほうはよくわからないけど、ようするにアレだよな。家族であるマリの両親の言い分のほうが通って、マリの遺体はユトレイシアのほうへ戻ってきたってことなんだろう?』

 

「そうなんだ。だから、もしかしたらライアンが一番びっくりするかもしれないけど……マリの容姿が男っぽい感じでも、そういうことだったんだって思って欲しい。何分、オレも今日マリの死を聞かされて、それで明後日が葬儀だってことで……まだ心の整理もできてないし、ものすごく混乱してる。でもせめてみんなには、もし都合がつくとしたら葬儀に出席して欲しいって、そう思ったもんだから……」

 

『うん、ごめん。オレ、なんかひどい聞き方しちまったな。ライアンにはさ、オレのほうから事情のほうをうまく説明しておくから……安心してくれって言い方はおかしいけど、とにかくその点は安心しておいて欲しい』

 

 ――電話を切ったあと、ルークにしても何かがショックだった。グループの中で、ラースとライアンは同じサッカー部に所属しているということもあり、一番の親友同士だったというのは確かだ。けれど、自分だって大体同じくらい親しくつきあっていたはずなのに……自分は知らなかったのだ。ライアンがマリのことをずっと好きだったということを……。

 

 とはいえ、そのライアン・ハドソンにしても、いまや結婚して一児の父となっている。ゆえに、思春期の頃の忘れられない片想いの相手が性転換して男になったと聞いても……ショックのほうはおそらく、心にヒビが入るというほど強いものではないはずだ。

 

(いや、それより何より、マリの死そのものがショックだっていうのは、みんな同じなわけだから……)

 

 ルークが一通りの連絡をし終えて、犬たちに囲まれ、一緒にごろ寝している娘たちとその脇で見守る妻の元まで戻ると――彼はロリが今自分が浮かべているのと同じ顔の表情をしていると気づいた。

 

「ロリのほうはどうだった?」

 

「うん……わたしのほうはね、まずエリに連絡して……そしたらエリが気を利かせてくれて、オリビアやドミニクには自分から連絡するって言ってくれたの。それでね、オリビアは仕事のほうを休むって言ってくれたし、ドミニクは今フロリダにいるってことなんだけど、すぐ飛行機のチケット取って帰ってくるって……」

 

「オレ、ラースに聞かれて、マリと別れた経緯とか、マリが性転換したって話についてもある程度のところ話しちゃったよ。マリだって、そのあたりのことをすべて明かした上でみんなとは会いたいって気持ちが、きっとあったんじゃないかと思うから……」

 

「わたしも……エリには随分前に、そのあたりのことは話してたから、オリビアやドミニクもあんまり驚いてなかったみたい。オリビアはもともとマリが男になりたがってたって知ってたし、ドミニクはね、ロンドンでマリと会って話したことがあるんだって。といっても、それは性転換する少し前のことだったみたいなんだけど……その頃、ドミニクはテニスの戦績のほうが低迷してたから、マリがウィンブルドンの試合がはじまる前に励ましに来てくれたんだって。そのことがすごく嬉しかったって、そう言ってたの」

 

 オリビアもドミニクも、エリから話を聞いたあと、すぐロリに電話をくれた。実をいうと、ロリはルークと結婚したあと、オリビアと一時期まったく連絡を取らなかったことがある。その後、家を建てた時に内装のことでインテリア・デザイナーの彼女に相談をし、お互いの間にあった誤解がすっかり解け、再び元の親しい友人関係へ戻ったといった経緯があった。

 

「そういえば、オリビアがラースとつきあってるって、ルーク知ってた?」

 

「ええっ!?あいつ、オレに随分突っ込んだこと聞いた割に、そんな大事なこと一言も言ってなかったぞ」

 

 ぐっすり眠っている娘たちを起こさないために、ロリは静かに涙を流して鼻をかみ、ルークはルークで、小声で話を続けた。

 

「なんかね、二軍にいた時に支えてくれた恋人がいたんだけど、一軍に上がった時に、いわゆるハニー・トラップっていうの?そういうので写真撮られちゃって、ただの誤解だったんだけど、これからも浮気してるんじゃないかって疑いながらつきあうのは嫌だって言われて別れちゃったんだって。よっぽどその時、『結婚しよう』って言おうかとも思ったんだけど、これから一軍でうまくやってかれるかどうかもわからないし……ってことでね。そんな時、オリビアが友達としてそういう愚痴を色々聞いてくれてるうち……何かそんなことになったって」

 

「じゃあ、もし明日、ラースの奴とオリビアが『わたしたちつきあってなんかいません』みたいな態度だったら、不意打ちを食らわす形で聞いてやらなきゃなんないな。『おまえら、本当はつきあってるんだって?』みたいに」

 

 ルークが珍しく軽く怒っているらしいので、ロリは涙をぬぐったティッシュを捨てると、微かに笑って言った。

 

「きっと照れくさかったのよ。高校時代につきあってて、当時は『わたしたち、こんなに愛しあってま~す!』みたいなバカップルとして校内でも有名だったんだから……それが大騒ぎして別れて、また何年もしてくっついたなんて、なんとなくふたりとも言いにくいなと思ったんじゃない?」

 

「それもそっか」

 

 ――この翌日、双子の娘ふたりのことは母シャーロットに見ていてもらい、ルークとロリはアストレイシア教会のほうへ出かけていった。結婚式の時とは違い、パイプオルガンからは葬儀用の悲愴な旋律が静かに流れてきている。ロリの記憶に間違いがなければ、バッハの『主よ、深き淵よりわれ汝を呼ぶ』だった。

 

 ルークとロリはまず、席の前のほうにいる黒い喪服を着た人々の群れ……その中の、マリの両親と姉のフランチェスカに挨拶した。他に、ルークの両親とアンジェリカの姿もあったし、他にミドルトン家の親類の中でエマが特に心を許している人々の姿もあった。マーカスは、医師としての診療スケジュールがぎっしり詰まっており、どうしても抜けられないということだった。

 

「顔を見てあげてちょうだい」

 

 黒いヴェールの向こう側で、ハンカチで口許を押さえつつ、エマ・ミドルトンは震え声でそう言った。マリの父のアーサーは、ほとんど放心したような状態で、まるで黒いスーツを着た彫像か何かのようだった。その隣でフランチェスカがそんな父に寄り添うようにして、ただ静かに座っている。

 

 葬儀の場においてまで、娘の真実の姿を隠すということは、マリの母親も考えなかったらしい。マリは綺麗に髭を剃られた形で、百合を主体とした白い花々に囲まれ、その端正な白い顔に微笑みを浮かべていた。彼はどちらかというと、男でも女でもないといったような中性的な顔立ちをこの時しており――それが彼という存在の美しさをより際立たせていたといえる。

 

 ロリはマリの顔を見た瞬間、溢れてくる涙をとめられなくなり、激しく嗚咽を洩らして泣いた。どんな内的強さを秘めた巨人でさえも、その時のロリを襲った悲嘆の感情をとめることは出来なかっただろう。号泣としか表現しようのない泣き方で、ロリは顔を両手で覆って泣いた。ルークはそんな妻の肩を抱いていたが、本当は彼女と同じようになりふり構わず激しく泣きたかった。けれど、その衝動をどうにか堪えねばならなかった。何より、男であるがゆえに……。

 

 ルークとロリは、ミドルトン家の家族の近いところに座り(すぐ隣にはルークの両親とアンジェリカの姿もあった)、その後、エリやクリス、ラースやオリビア、エイドリアンやライアン、ドミニクが順に到着したのみらず、昔知っていた懐かしい人たちの顔ぶれがその後も続いた。たとえば、マリが高校・大学時代に親しくしていた、リサ・メイソンやエレノア・ワイアット、シンシア・グレイソン、ジェイムズ・コルビーといった人々である。

 

 ロリは頭の中では、オリビアやドミニクたちに挨拶し、マリとの思い出話をしたりしなければと……理性ではそんなふうにわかっていたが、悲しみに脳のすべてを支配され、体が動かないような状態だった。それでも、ルークのほうはどうにかラースやライアンたちがマリの棺に献花しようとした時、そちらへ挨拶しにいった。みんなマリの顔を見るなり顔を歪めて涙を流していた。エリとオリビアとドミニクは、ロリと同じように「マリ、どうして……っ」と叫ぶことさえして泣いていたが、クリスやエイドリアンは、必死に涙を堪えているのがわかる顔の表情をしていた。

 

 リサ・メイソンやエレノア・ワイアット、シンシア・グレイソンも、みんな同じだった。彼女たちは、マリが性転換したことを知っていたかどうかまではわからない(けれど、ジェイムズ・コルビーが一緒にいたことから、おそらく知っていたのだろうとロリは思った)。その他、ロリとルークが知らないマリの友人たちも……彼女の容姿が以前と変わったようだということで驚く人は誰もいなかったのである。

 

 葬儀のほうは、厳かに進んだ。事前に打ち合わせしてあったのかどうか、パイプオルガンがレクイエムを静かに奏でる中、マリの生前の善行や彼女――ではなく彼――の素晴らしい人柄を称えるような話が続いた。マリが長きに渡って寄付してきた自然保護団体の代表者が、彼のお陰でいかに助けられたかについて語り、彼が開催したチャリティ・オークション等によって毎回どのくらい寄付金が集まり、それによってアフリカのライオンやアジア圏のトラなど、絶滅危惧種に指定された動物たちがいかに救われたかについて、具体的な例をひとつひとつ挙げていった。次に、今はモデル兼女優として活躍しているリサ・メイソンが高校・大学時代を通して、いかに彼女が素晴らしい友人であったかを語り、現在、デザイナーとして有名になっているジェイムズ・コルビーは、自分の設立した会社が傾きかけた時、マリが無償によって資金を援助してくれた話を涙ながらにしていたものである。

 

 マリは性的マイノリティの人々を助ける団体の代表者といった形は取らなかったにせよ、その世界ではちょっとした有名人であったから、今回の葬儀にそうした関係者がほとんどいなかったというのは、ある意味とても残念なことだったに違いない。だが、最終的にマリの母のエマ・ミドルトンが娘の遺体をパリで一緒に暮らしていた恋人や友人らから獲得できたのは――宗教的な理由によるところが大きかったのである。エマは厚化粧が剥げ落ちるのも構わず、目頭からこみあげる涙を何度となく拭いながらこう泣き叫んだのだ。「もし、あなたたちの主義の間に本当の天国がなかったらどうするのっ!?わたしは……わたしはね、マリには小さい頃に洗礼も受けさせたし、そのお陰であの子が天国へ行けるかもしれないという、そのことに縋っているのよっ。そう考えて、マリのお葬式をわたしたちのほうでもあげさせて欲しいの。マリが死後に、あなたたちの天国でいつか再会できるというのなら、それはそれでいいと思うわ。でももし万一、マリがわたしたち家族と再会できる天国へいるためにわたしたちの祈りが必要だとしたら……これ以上の説明なんて必要ないでしょう!?」

 

 キリスト教において、同性愛は禁じられているが、やはりマリの場合はケースとして特殊であり、特例中の特例ともいえることでもあったろう。今日、カトリックにおいてもプロテスタントにおいても、性同一性障害の人においては、性転換することや、同性であっても愛しあうことを罪ではないとして認めている(認めていない教会もあるにせよ、そちらのほうが少数であろう)。けれど、性同一性障害といったある種の<病名>でもつかない限りにおいて、男性同士で愛しあうことも、女性同士で愛しあうこともともに「罪である」として、そうした人々が教会へ集うことを公式には認めていない。

 

 マリは高校・大学とカトリック系の学校へ進んだが、彼女の恋人と友人がマリの葬儀を行ったのは、プロテスタントの教会であった。もっとも、マリの家族や親戚の多くが伝統的にカトリックを信仰していたし、彼女が洗礼を受けたのもここ、アストレイシア教会でのことである。だが、実をいうとマリはミッシィ・ロジェスの影響で(彼女の田舎の実家ではカトリックを厳格に信仰していたが、彼女はパリにて、同性愛を容認するプロテスタント教会へ宗旨替えしていたのである)、はっきりそう周囲に明言していたわけではないにせよ、カトリックからプロテスタントに信仰のほうが変わっていたようなのである。ミッシィとマリが通っていたのは同性愛者の人々も集うことの出来る教会で、<同性愛>という以外のことにおいては、正統的な教義を掲げる他のプロテスタント教会と、なんら変わるところはなかっただろう。また、そのように同性愛以外のことにおいてはイエス・キリスト及び聖書の教えに忠実であり続けたい……そう願う人々の集う教会というのが、欧米においては確かに存在しているのであった。

 

 現在、ここアストレイシア教会の神父は、マリが小さな頃洗礼を授けてくれた神父とは、また別の人物となっている。けれど、事情を鑑みた現在のアストレイシア教会のハリー・ホランド神父は、ユトレイシアにおける一番大きな教会にて司祭を務めるジェフリー・リドロ神父と連絡を取り、マリ・ミドルトンの葬儀を司ってほしいと依頼したわけであった。

 

「今ここに眠る美しく、気高い魂を持つ人……マリ=ルイーザ・ミドルトンのことを、果たして彼と呼ぶべきか彼女と呼ぶべきか、私にしても迷うところではあります。何故なら、最初に会った時、彼は男性の性と女性の性の両方を持っており、その後、九歳の時に性適合手術を受けることになったからです。おそらく、小さな頃の彼女の姿を見てもらえばわかるでしょう……それは愛らしく、可愛い女の子にしか見えない容貌をしておりました。ですから、ご両親や医師の説得により、マリは男性としての性を失い、女性として生きることになったわけですが、今にして思えばそれが間違いだったのかもしれません。マリはその後、「自分は男だ」と強く主張し続けることになり――ちょっとしたことで激しやすい、手のつけられない子供になってしまったのですから」

 

 実をいうと当時、リドロ神父はマリの母親から相談を受けていた。そこで、マリ本人に直接聞いてみると、「自分は男なのに、このままだと女にさせられてしまう」ということを泣きじゃくりながら告白していたわけである。リドロ神父はこの時、「本人は男だと言っているのだし、性適合手術を受けるのはもう一年か二年待って、その時もう一度マリの意志確認をしてはどうか」と勧めた。けれど、先伸ばしにすればするほど手術のリスクが増すということで、手術を早く受けるに越したことはないのだということで――結果、リドロ神父はその後マリから「神さまに祈ればオレのこと、男にしてくれんの?」という、非常に返答に困る幼き魂の告白を聞くことになったわけである。

 

「その後、学校生活において親しい友人も出来、情緒のほうも落ち着いてきたということでしたが……彼女は二十一歳の時、性転換手術を受けて男性になる決心をしました。その時、わたしに一度会いに来たのですよ。この時、暫く会ってなかったせいもあり、随分色々な話をしましたが、この場合彼女が一番聞きたかった重要なことは、『このことが神にあって罪なことだと思うかどうか』ということだったと思います。ですから私は言いました。『少しも罪なことではないと思うよ』とね……ですが、なかなか難しい問題を、彼女は神父である私に投げかけて帰っていきました。『わたしが今の女の体のままで女と愛しあうと、それはキリスト教ではおそらく罪に当たることなのでしょう。けれど、性同一性障害であれば仕方ない、さらに性転換して本来の性である男の体に戻って女と愛しあうのであれば罪ではない……そのことに、教会という場所は矛盾を感じないのですか?』とね。まるで痛いところをグサリと突かれでもしたように、私は黙り込んでしまいました。でもこの時、優しい彼女は、女の体でありながら自分を男として認めてくれる極少ない人間である私に敬意を示してでしょうか……マリは『わたしは、神の名において自分を肯定してくださる方に、随分失礼なことを言ってしまったようです』と最後にそう言い残して、去っていったのです」

 

 ここで、ジェフリー・リドロ神父は白髪の混じった頭をかしげ、一度重い溜息を着いた。彼がマリに洗礼を授けたのが四十六歳の時であり、マリが性転換手術のことで相談をしにきたのが六十七歳の時、そして今彼は七十五歳であって、実は来年には司祭の職を引退するつもりでいたのである。

 

 けれど、これだけ長く神父としての職を務めていると、『自分はあの時、本当に正しい答えを相手に返すことが出来たのだろうか』という、忘れられない人間関係における問題がいくつも存在していた。そしてマリ・ミドルトンが自分に投げかけた難問というのも、そうしたひとつに属していたのである。

 

「今、あれから約七年経って、私は女性から男性になったマリ・ミドルトンと、死を介して再会することになりました。こうした若い人の死に対面するのは、何度経験しても大変つらいものです。何にもまして、ご両親の心痛に対しては、なんの慰めの言葉も見つからぬほどです。お母さまが、『マリは天国へ行ったと思いますか?』と聞かれましたので、私は『間違いなくそうでしょう』とお答えしました。またこれは、神父としての定型句のような社交辞令でもなんでもありません。おそらく、お母さまの心配は、次のようなことでしょう。みなさんご存知の通り、キリスト教では同性愛を禁じています。ローマ人への手紙、第1章26・27節に、使徒パウロによる次のような有名な言葉があります。『すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです』と……自然の用を不自然なものに代えるとは、具体的にいかなる行為をさすのでしょうか。一般的に、この箇所は女同士、あるいは男同士で快楽に溺れることは罪である、といったことを指していると解釈されています。これは――私の神父としての見解というよりも、私個人の見解に属するものではありますが、私は愛というものは、もっとも欠けたところにこそ現れるものと思っています。これは、男同士の間にある愛や女同士の間にある愛が、男女間のそれよりも劣っているとか、そうした話ではありません。そもそも、もし人間が完全無欠の存在であるならば、神という存在も必要なく、神の愛ですら、誰にも必要のないものでしょう。けれども、神はわたしたちを愛の必要な、弱い欠けのある存在として創造されたのです。ですから、わたしたちはお互いの弱いところや欠けのあるところを互いに補いあわなくてはなりません。彼や彼女が同性愛者だからという理由によって、その者たちは天国へ行けないだろうと考えることは、愛のない行為です。誰が天国におり、いないかということは……主イエスのみがご存知のことであって、それ以上のことを訊ねるのは、過ぎたことです。『誰が天に上り、誰が地の奥底に下るのだろうか』(ローマ人への手紙、第10章6・7節)と言うことは、神でない人間には、決して誰にもわからないことなのですから」

 

 その場にいた聴衆の中で、このジェフリー・リドロの、一歩踏み込んだとも言える言葉に、異議を唱える者はとりあえずひとりもいなかった。だが、彼にはもちろんわかっている。彼が教師も務めている神学校にて、もしこれと同じメッセージを話したとすれば、神学生らはすぐ何人も挙手し、「それは、同性愛を認めるということですか?」とか、「もし我々のうちに同性愛者がいたとしても、その者は果たして按手を受け、神父となるに相応しい者でしょうか」といったように、矢継ぎ早に鋭い質問の言葉が集中するだろうということは……。

 

「いえ、マリ・ミドルトンには、こんな私の個人的な言葉は必要なく、すでに彼の魂は天国で主の元へ導かれていることでしょう。この時、彼のほうで随分つらい試練を与えられたことを、主イエスに対して愚痴ってでもいると思いますか?私たちはみな、そうした『神のほうが間違っていたからこうなった』と言って、神のせいにしたい問題というのを何かしらひとつくらいは持っているものです。けれど、死とともに大抵の悩みの根底にあった問題は意味のないものとなります。何故なら、この世界よりも素晴らしい、えもいわれぬ世界へ魂が昇るというその時には……『すべての悲しみは忘れられ、歓びへと変る』ものだからです。『私は、新しい天と新しい地とを見た。私はまた、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために飾られた花嫁のように整えられて、神のみもとを出て、天から下ってくるのを見た。そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神はかれらとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。すると、御座に着いておられる方が言われた。「見よ、わたしはすべてを新しくする」』(黙示録、第21章1~5節)。この場合、男性となったマリのことを<花嫁>にたとえたとしても、おそらく問題はないでしょう。彼は今、一足先に天国という新しい世界におり、我々もまたいつか、彼と同じ場所へ行きます。おそらく、この中で次にマリと会えそうなのは……年齢的なことで言えば、もしかしたら私かもしれませんがね』

 

 ――ジェフリー・リドロ神父は、そのように微かに聴衆の笑いを誘うような言葉によって話のほうを締め括った。こののち、棺の中のマリは、最後の別れをしようという人々に囲まれつつ、急峻な坂のてっぺんにある教会から少し下ったところにある墓地へと運ばれていき……たくさんの彼/彼女を愛した人々に花を手向けられつつ、神父の葬儀における型通りの司式の元、ミドルトン家に代々伝わる墓地へ葬られることになった。

 

 人々はマリの葬儀が終わったあとも、暫くはその場にいて、故人を偲ぶ思い出話をしていた。ロリは最初、エリやドミニクやオリビアたちと涙を分かちあっていたが、その後リサやエレノアやシンシアたちに話しかけられ、暫し昔話をすることになったのである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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