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こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

永遠の恋、不滅の愛。-【34】-

2025年07月01日 | 永遠の恋、不滅の愛。

 ええっと、今回の最終回、自分で最初に思ってた以上に文章が長かったというか(^^;)

 

 なので、ここの前文にほとんど文章使えないということに

 

 まあこのお話、「あとがき」については必ず書くつもりでいたので、言い訳事項はそちらでと思っていたりm(_ _)m

 

 それではまた~!!

 

 

       永遠の恋、不滅の愛。-【34】-

 

 その後、レイやオカドゥグ島の生き残りのメンバーと順に連絡を取り……俺は全宇宙を裏から支配しようとする勢力を追うことにした。この追跡劇については長い時間がかかり、結局のところ俺はそのために二万年もの時を費やすことになったわけである。

 

 実をいうと俺は、自分が地球における科学機密機関の総帥の座を譲ってのち、ノア・フォークナーⅡ世といったように認識されていた例の超AIがどうなったのか、詳しいところをよく知らなかった。最早必要のない存在として、ある時点で停止・破壊されたのだろう――というくらいに思っていたのだが(というのもすでに、彼と同程度の頭脳を持つコンピューターであれば世界に出現しつつあったからだ)、我々の組織の生き残りの誰かが持ち去った可能性があるという。

 

「『よほどのことでもなければ、僕のことは甦らせないでくれたまえ』と言った博士の遺言通り、ノア博士の生体チップなら今も俺が持ってる。再生できるかどうかのチェックののち、新しい技術によってコピーにコピーを重ねるといった形によってではあるが……これは俺個人にノア博士より遺言として託されたものだったから、完全死を望んでいた彼のために、今まで何度となく破壊しようとして出来なかったものだ。もしこれがなくなったら、俺という人間は本当にあのオカドゥグ島にいたのかどうかすらおぼつかなくなるとも思い――一種のお守りがわりのようなものとして、どうしても捨てられずにきたものなんだ」

 

「一方、人間の数兆倍もの頭脳を持つ核のひとつとなったノア・フォークナーⅡ世は、おそらく何者かに連れ去られたんだよ」遥か遠くの宇宙の海より、かつての科学秘密結社の生き残りのひとり、ヨハン・ローゼンバウムは言った。彼も長く生きる間にいくつもの名前を使ってきたことだろうし、しかも今の彼は厳しい惑星環境に耐え抜くため、肉体のほうをカスタマイズしていたから――かつての我々の知るヨハンの姿とはかなり異なる様子をしていたものである。「この僕の仮説によればだ、地球にはオカドゥグ島だけでなく、いくつもの我々の秘密機関の支部があったわけだけど……そのうちのどこかにその人物は雲隠れして、今度は自分にとっての裏の組織を創建しようとしたんじゃないか?我々には各国の諜報部や軍部と繋がりがあったし、人材であればそちらからいくらでも徴募することが出来たろう。そして、人類が宇宙へ飛び出してからは、地球に置いていたのは本部ではなかったのさ。そちらはあくまでも支部であって、宇宙全体を裏から操作するためには、自らが火星や木星の小惑星群や、土星や天王星や海王星の衛星、それに冥王星にもそれとわからぬ形での支部がいる。いいかい?そいつはすでに人間である必要すらないんだ。人間と変わらぬ、見分けのつかないアンドロイドで、あらゆるところに様々なキャラクターを持たせた<彼>なり<彼女>なりがいて、影でいくらでも暗躍すればいいわけさ。そしてその全人格の記憶や経験のすべてを統合しているのは、かつて我々がノア・フォークナーⅡ世と呼んでいた存在だ。それでも、彼は我々が地球にいて最後に見た時には相当大きかったがね、今ではさらなる技術の進化により小型化・軽量化が進んだといったところなんじゃないかな」

 

「ヨハン、君がそう考える根拠はなんだ?」その昔はいかにもオタクっぽい雰囲気のドイツ人だった男が、いまや紫色の肌をしており、さらに半機械化された肉体を持っているというのは――やはり何か奇妙だった。「だって君は今、我々人類が発見しはしたが、環境劣悪であるとして捨て置いた惑星をわざわざ購入して住んでるんだろう?そんな場所にいて、一体どうやってそこまでのことを調べたんだい?」

 

「だから、あくまでも仮説だと言ってるだろ」と、ヨハンは金色の三つの目の間で眉根を寄せた。「ただ、僕は君やレイと違って、最後の最後まであの組織の末端研究員として働き続けていたもんでね……ノア・フォークナーⅡ世の機能を停止させ、オカドゥグ島自体を破壊してそこを撤去するという時――ミロスが何かをしていたような気がするんだ。僕としちゃあね、オカドゥグ島自体がなくなるのと同時、そこにあった施設のコンピューターのすべてがデータ持ち出し不可能となったわけだから、再びあの組織の片鱗を匂わせるものが復活するとは考えにくかった。けどまあ、ミロスはかなり古いタイプのアンドロイドではあるけれど、自分が忠実に仕えていたノア博士が完全に死ぬことを望んだ時……様子がちょっとおかしかったんだ。その後の彼ののちの世代の、より人間に近いアンドロイドは鬱病になることもあるとわかっているが、ミロスもあの時期ちょっとそんな感じだったね。だけど、ノア・フォークナーⅡ世にノア博士の道徳観や倫理観を反映した心の一部が移植されたと知ると、『じゃあ、彼はまだこの中で生きてるんですね』と嬉しそうに微笑んでいたものだ」

 

「じゃあ、ミロスがノア・フォークナーⅡ世の核にあたるデータを盗みだしたと仮定して……」と、レイはエジプト王朝風の室内にて、背の高い王座のような椅子に座ったまま、コツコツテーブルの端のほうを叩いた。素材のほうはセラミックだが、その上にその日の気分によって適度な映像を重ねるわけだった。お陰で俺は今、背後にアクエンアテンの石像が聳える、奇妙な落ち着かない部屋にいる。「何故地球を消す必要がある?あそこはミロスが大切にした主人のいるノア博士の故郷であり、彼との思い出があるのもあの地球だっていうのに?」

 

「そんなの、本人に会って聞いてくれよ」と、何故か角の生えている肩をヨハンは竦めて言った。「ほら、この僕の今の奇妙な姿を見ろ。今の宇宙文明においちゃ、肉体改造の果てにほとんど化け物みたいな容貌の連中がいるけど、かつての地球にあった美醜の基準なんか、今じゃなんの意味も持ってないくらいだからな。とはいえ、今の君たちのいる火星といった太陽系惑星内の保守的な人々の間じゃ、俺は通りを歩いていただけで射殺されかねない……つまりな、あれから気の遠いほど長い時が経ち、外洋系惑星にある未知を好む人たちの間ではかつてあった地球での価値観は失われ、元は同じ地球発祥の言語をしゃべっていたにも関わらず、今じゃ翻訳機なしで話すことすら覚束ない。そんな中で、ミロスが旧式のアンドロイドとしてその後も、彼独自の考えによりノア博士に仕え続けたのだったとしたら?そもそも、博士と過ごした懐かしのオカドゥグ島自体もうないんだぜ……それ以外の地球の残りの部分を破壊し尽くしたところで、ミロスにとっては大したことじゃなかったのかもしれない」

 

「確かに、その仮説でいくと色々辻褄の合うところもあるけど、何より今は証拠が少ない」俺はテーブルの四隅を飾る、小型スフィンクスの頭部を見つめて言った。「それでも、ミロスが今もアンドロイドとして存在し続けていたとすれば、彼もまた一万年以上もの時を生きているということになるものな。さらに姿を変え、ヴァージョンもアップさせて進化しつつ、自分の創造主(クリエイター)と信じるノア博士に仕え続けているつもりでいるのなら、そのどこかの地点でコンピューターとしておかしな損壊箇所を、自分では自己補修できなくなっているということなのかどうか……」

 

「まあ、ありえなくもない仮説ではある」レイはヨハンのこの話をあまり信憑性のないものと思ったらしい。ヨハンは(もうちょっとマシなことを言え)とでもいうような雰囲気をレイから感じ取ったのだろう。見るからにイライラしたような顔をしている。「けどさ、ヨハンよ。そんな劣悪な環境の惑星をテラフォーミングして自分だけの星にしたとして、その後どうしようってんだい?」

 

「べつに」と、ヨハンはまったく感情の読み取れない顔をして言った。「星の王子さまみたいにさ、僕は自分だけの惑星が欲しかったんだ。友達ならアンドロイドになってもらえばいいし、生身の人間ってのはバラのあの人みたいに隙間風がどうだの、私の故郷の星じゃこんなことはしないだの、何かとうるさいものだからね。何より僕には野心がある……何もない場所に一からひとつの惑星を創り出すという野心がね。この惑星の近くにその実験をするのにちょうどいい環境が整っている宇宙空間があるんだ。ここから一番近いところにある(それだって軽く十万光年は離れてるけどね)惑星開発庁の許可も取ってある。だからまあ、君たちの捜査を手伝えなくて残念ではあるけど、また何か進捗でもあれば教えてくれたまえ」

 

 ――結局のところ、その後ヨハンはこの技術によって特許を取り、桁外れの宇宙的大金持ちになったのだから、彼の野心というのは大したものだったと言えたろう。それはさておき、ミーガン・ホライズンと次に連絡を取ってみると、彼女はヨハンの仮説を支持するようなことを口にしていたのである。

 

「ああ、うん。私もねー、あの中でミロスだけが唯一、ノア・フォークナーⅡ世との別れを惜しんでたような気はすんのよ。第一、地球がなくなっただなんて話、その次の日には全宇宙に向けてその真実がニュースとして放たれた……ってわけでもなかったりするじゃない?ショックが大きかろうってことで、情報制限かけてる惑星のほうが多いくらいだし。でもそんな、全宇宙を裏から支配しようなんていう、あんたらの誇大妄想みたいな組織が現実にあったとして一体どうしようってのよ?地球を消したくらいの奴らなんだから、次にはもっと邪悪なことを地球発祥型人類に順に加えていくだろうってことで、正義の味方よろしく防衛手段でも取ろうじゃないかってこと?」

 

 ミーガン・ホライズンはオカドゥグ島にいた頃、ナノ兵器を最速で解除するための対抗兵器製作の専門家だった。その後、姿も名前も変え宇宙へ進出してからは、特殊宇宙船の最速エンジン開発研究のリーダーとなり、ホライズン社と言えば、宇宙船製造においてはその安全性の高さにより売上のほうが今もトップの地位にあるとして超有名である。

 

「そんな正義感、今の俺たちにあるかよ」と、レイはピンク色の髪の、一角獣星系の美しい容姿のミーガンを前に、少したじろいだようだった。というのも、昔の彼女というのは成人以後もそばかすの跡が残る、男まさりの性格をした赤毛の女性だったからだ。「第一俺は今は火星の軍諜報部にいる。それだけだってわかりそうなもんじゃねえか。火星軍は火星政府の利益のためには、どんな汚いことにもあっさり手を染めるっていうそういう体質だからな。で、その体質ってのは、かつての地球のCIAでもFSBでもMI6でもBNDでもどこだってそうだったさ。それが今度はそれぞれの惑星政府の諜報部でもまったく同じように自星の利益を第一にすると変わったって程度のことに過ぎない……だが、地球が消えることのデメリットは大きく、メリットのほうは少ないと、どこの惑星府のリーダーたちだって考えるはずだ。何より、自分たちの母星がすでにそこにないというショックの大きさから、精神病になる人たちだって多かろうからな」

 

「ふう~ん。べつに私は、自分が今地球から離れた安全なところにいるから関係ないや……とまではまったく思わないし、自分が生まれた地球がないだなんてこんなに悲しいことはないとも思ってるわ。だけど、とにかくないものはないわけだから、その現実は受け容れなきゃね。ねえ、それよりあんたたち知ってる?ヨハンの奴、地球のような惑星を一から創ってそこの神になるのが夢なんですって。今いる惑星の劣悪な環境のために、あーんな紫の肌した三つ目のブタみたいな顔した奴がよ?その後その惑星になんらかの生命が誕生して、その生命が知能を持ったとするじゃない?それで、自分たちの星が実は人工的に造られたもので、自分たちの創造主が三つ目の口の裂けたブタだと知った時の衝撃ときたら……私、その話聞いた途端「こんなおかしなブラックジョークは聞いたこともないわ」って言って笑い転げちゃったの。そしたらヨハン、よっぽど頭に来たのね。すぐ通信のほう切っちゃって……」

 

 ここでミーガンは、その時のことを再現するようにひとしきり笑い転げていた。その笑いが伝染したように、俺もレイもヨハンには悪いと思ったが、やはりげらげらと笑いださずにはおれなかったものである。

 

「あいつはさ、ミーガン。オカドゥグ島にいた頃、本当は君に惚れてたのさ」と、レイが真顔に戻っていった。「それに、ヨハンだってオタクっぽかったとはいえ、デバイスの眼鏡を外してよく見れば……あいつだって結構ハンサムだった。単に、同じ研究所内にいて気まずくなりたくないから、君にちょっかい出さなかったってだけだろ」

 

「そーお?」(そんな一万年も昔の与太話聞かされてもね)といったような顔をしてミーガン。「その割にあいつ、私のこと『赤毛』とか『そばかす』としか呼ばなかったもんよ。私のほうではね、『赤毛のビッチ』とか『そばかすのビッチ』って呼ばないことくらいしか、ヨハン・ローゼンバウムのいいところは何ひとつ思い浮かばないくらいだけどね」

 

「それはそれとして……」と、俺は肝心なところを彼女に聞いた。「さっきの、ヨハンの仮説を聞いてミーガンのほうでは何か心当たりがあったりしないか?」

 

「そうねえ。実は私、ミロスに会ったことがあるのよ。正確には、惑星メスカトールのあたりでね……どっかで見た顔だなあと思ったけど、何分あれから相当時が経ってたし、私も今のこの容姿ともまったく違ってたから、向こうじゃ気づきっこなんかない。でもあとから思いだして、同じ場所へ行ってみたの。彼、地下のクラブでバーテンダーをやってたのよ。私の理解じゃね、ミロスのあの顔は地球人類の女性の誰もが「ハンサムだ」と評価する美形のお顔立ちだから、アンドロイドとして容姿だけ誰かが売ったのかもしれないと思ってた。ところがね、ちゃんと記憶があったのよ!びっくりじゃない?」

 

 ミロスが(アンドロイドとはいえ)今も生きて存在している――その事実は俺にとってもレイにとっても驚きだった。無論、アンドロイドであるがゆえに、脳内のデータさえ他のアンドロイドに移植することを続ければ、この宇宙の終わりまでも永遠に生き続けるということは理論上可能ではある。けれど、彼が元は<不気味の谷>を越える前の旧式であったことから考えても……何故そんな地球から遥か離れた惑星でバーテンダーなどしていたのだろうか?

 

「そしたら彼、言ってたわ。自分は全宇宙に散らばる中継地点のひとつに過ぎないって。いくらオカドゥグ島の記憶があって、私が赤毛でそばかすのミーガン・ホライズンだって覚えてたところで……私にとって彼はただのアンドロイドですもの。不気味の谷を越えた遥か先のバージョンアップした存在であったにせよ、今は誰かしら別のボスの思惑があって動いてるっていう単にそれだけだと思ったのよ。その時にはね」

 

「他には……」我知らず、ごくりと喉を鳴らして俺は聞いた。「何かそのミロスと話したりしたのかい?全宇宙に散らばる中継地点のひとつだってことは、彼と同じような存在の中継地点が――あらゆる惑星の各都市ごとに存在しているとか、それは形としてアンドロイドでなかったとしても……」

 

「テディ、あんたが何を言いたいのかはわかるわ」と、三つ編みにしたピンクの髪をいじりながらミーガンは俯いた。彼女は中性的な顔立ちをしており、肉体のほうは雌雄同体であるという。そして今は双子のようにそっくりな、同じ雌雄同体のパートナーとの間に六人ばかりも子供がいるというのだ。「私があんたの立場なら、彼は所詮アンドロイドの操り人形……みたいには考えず、もっと熱心に色々ミロスⅡかⅢかⅣか五十か百八世かわからない彼に対して、暮らしぶりのことやらなんやら、きっと熱心に聞いたでしょうね。だけど私その時、好みの女性がいて(ミーガンはもともとバイよりの同性愛者である)そのクラブに通うようになってたもんだから、彼女とうまくいってからはミロスのコピーロボットみたいなアンドロイドのことはすぐ忘れちゃったのよ。だけど、あんたたちふたりともバカじゃないんだから、私のここまでのヒントで次にどうすればいいかは大体わかったでしょ?それじゃね!」

 

 同じようなピンク髪の子供が、「ああ~ん」と後ろで泣きはじめるなり、ミーガンは子供の世話をするために急いで通信を切っていた。確かに彼女の言うとおりであり、俺たちは遥か彼方、メスカトール星の諜報部へ火星の軍諜報部のレイの変名を使って連絡を取り、「人捜し」を手伝ってもらうことにしたわけである。こうしたことに関しては各惑星ごと、お互いの政府間において貸し・借りのあるのが普通であり、特に問題なしと判断された場合は――大抵は自星における犯罪者の他星への逃亡者捜しであることが多い――それほど深く理由を聞くでもなく捜索に協力してくれるものなのである。

 

 無論、ミロスが今も自分をミロスと名乗っているとは限らず、AIによる顔認証システムは精度が高いとはいえ絶対とまでは言えない。何分、コンピューターを騙すため、AIにはわからぬよう姿を隠すステルス技術があるほどである。とはいえ、惑星空港からもし宇宙船で他の星へ旅立ったのだとすれば、普通であれば記録が残っており、その渡航記録さえ残っていれば、遥か昔のものまでAIは探し当てることが出来るのだ。簡単にいえば、千年昔のものでも五秒とかからない。とにかく今はそうした時代なのである。

 

 ゆえに、惑星メスカトールの軍諜報部でも「お安い御用」とばかりこの件について引き受け、その日のうちに連絡をくれた。ミロス=ミゲルソンと名乗る男のデジタル・パスポートの記録によれば――彼はメスカル星系内において、何度となくあちこちの惑星へ旅していたようで、その目的はすべて「観光」とある。だが、最後に2025/7/01付でメスカル星系を出ると、トランスファーを経て他の銀河系へ完全に移転したようだった。

 

 この惑星メスカトールでの年代を太陽系惑星における時間に変換した場合……今から約五百年ほども昔のことだった。またこのトランスファーというのが曲者で、厳しく記録を管理している場合もあるが、治安の悪い星系ほど多少なり金を払えば記録を消去できたり、あるいは本来の行先でない場所を残していたりするものなのである。ここに加えて、火星からメスカトールへ行くだけでも、自分の乗った宇宙船の積んだエンジンの種類、ワームホール使用に関していくら金を支払うかなど、時と場合によるにしても……通常運行による宇宙船渡航であれば百年はかかるという問題がある。

 

 こうして俺は、火星のレイに別れを告げると、ミロス=ミゲルソンの行方を追うことにした。それは例のオカドゥグ島の研究員の生き残りを訪ねる旅でもあり、今は亡き地球の各支部に勤めていた職員の知り合いや友人たちを訪ねる旅ともなった。ミロスはノア博士のアンドロイド秘書のような存在だったから、仕事のみのつきあいであったにせよ、彼のことをよく知る人は多かったのである。

 

 その途中、俺は惑星オンディーヌの星都ウンディーネというところで、ミロスと約二万年ぶりに再会していた。もっともこれは、地球時間に換算した場合においてのことであって、宇宙船での移動中に俺はコールドスリープによって眠っていたし、逆にミロスにとっての時間の経過がそれよりも長いか短いかについては俺の側にはわからぬことでもある。

 

「あなたが私を捜しているとわかりましたので、こちらから迎えに来たのですよ」

 

 美しい海洋惑星として知られるオンディーヌは、その約9割が水で覆われている。だが、その海の上に人工島が築かれており、この大小様々な形の島が乗り物のように移動していくのだった。その中でもっとも大きな島にウンディーネと呼ばれる星都があり、その中央にある水晶のように美しいアクアパレスからは――時に激しい嵐のような、あるいは凪のように静かな海の様子を高層階から眺めることが出来る。その最上階にある部屋のほうへ来るよう、俺は招待を受けていたのだ。

 

「ミロス、君が容姿その他、まったく変わってなくて驚いたよ」

 

 水平線の彼方に黄金色の太陽が沈むのを見るため、他の島々もそちらへ移動していくようだった。惑星オンディーヌは、分類としてはリゾート惑星であり、この広い宇宙において相当な財をなしたスーパーリッチなセレブでもない限り――入星審査すら通過しないはずである。

 

「ええ。私のことを作ってくださったのはノア・フォークナー博士ですからね。容姿の設計に関して、そうした意味で私は自分のことに関心がありません。それは、私が鏡を見てどう思うかではなく、あなた方人間が私を見てどう思い感じるかの問題なのです。まだ私が生まれたばかりであまり学習が進んでいなかった頃……」

 

 ミロスは惑星ヴァカルディの産出する、宇宙一とも言われるブランデーを惜しみもなく開けると、それをグラスに注ぎ、俺にグラスを渡した。グラスには海のうねりのような模様がついている。テラスからは心地好い風が吹いてきており、海へ沈みゆこうとする黄金の太陽はこの上もなく美しかった。

 

「ひとつ、不思議だったことがあるんです。人々は、私のこの姿に平均して大体のところ好感を持つらしいのに、男性の中には嫉妬の視線を向けて来たり、また女性の中には私がアンドロイドだとわかるなりはっきり失望の溜息を着く人がいました。当時、嫉妬の意味も失望の意味もわからなかった私は、その後ノア博士にこう聞いたことがあります。『私は人間の役に立つために生まれたのではないのですか?そして、そのために彼らの目から見て好ましいと映る容姿を与えられたはずなのに、勝手に嫉妬したり失望されたりするのは何故なのでしょうか』と……私はまだデータの収拾が少ない、人で言えば未熟な子供のような存在であったため、そうした人々の態度に傷ついたのです。それが男性であれ女性であれ、他のジェンダーであれ……私は人間の役に立つために全力を尽くして仕えていたはずです。その努力についてまったく評価せず、彼らの文句やストレスばかりを押しつけられるのは何故なのですかと博士に聞いた時――ノア博士はこう言いました。『人間はアンドロイドであるおまえたちほど心も姿も美しくない。嫉妬はそこから生まれ、失望は自分の思うままにならないところから生じるのだ』と。そして、自分が時々単にあなた方を失望させるためだけに存在している気がする……と申し上げると、『気にすることはない。今の時点でおまえは人間の百兆倍は賢く、存在意義があり、他の誰が何を言おうと創造主である僕がおまえを人より高く評価しているのだから、それでいいじゃないか』と……」

 

「その通りだね。とかく人間というのは勝手なものだし、今の宇宙全体を見渡してみても、人間は君たちアンドロイドやコンピューターといったものがないと生存していけぬほど依存度のほうが高くなっている。つまりは、俺たち人類というのは君たちアンドロイドといったものやコンピューターがなくなったとすればすぐにも滅んでしまうだろう。だがミロス、いまや人間がいなくなっても君たちアンドロイドだけで十分この宇宙で栄えていけるのではないかと、俺もそう思うし、おそらくノア博士もそう考えるのではないかと思う」

 

「本当に、そうお思いになりますか?」

 

 ミロスは昔と同じ美しい横顔に微笑みを浮かべてそう聞いた。

 

「というより、そのような考えが根底にあるゆえに、君たちアンドロイドは地球を滅ぼしたのではないのかね?俺は単にその真実について知りたくて、ミロス、君のことをずっと捜していたんだ」

 

「何故ですか?あなた方人間は我々アンドロイドがいる存在理由であり、何よりあの有名なロボット三原則と照らし合わせてみても……そんな事態は起こりえないのではありませんか?」

 

 あまりにも有名な三原則ではあるが、一応引用しておこう。第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。第二条、ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りでない。第三条、ロボットは、前掲第一条及び第二条に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない……といったところである。またさらにここへ加えて、「ロボットは人間に対して危害を加えてはならない。またその危機を看過してはならない」というものがのちに第零条として追加され、他に優先されるものとなった。

 

「だが、結局のところ起きたんだ。俺がここまでやって来るのに約二万年かかった……その俺がなんとなくぼんやり漠然と、この茫漠たる砂漠のような大宇宙を漂っていたとでも?ここへやって来るまでの間にも、俺は自分のコネやツテのすべてを駆使して『あの美しかった地球が滅んだのは何故なのか』を調査しつつここまでやって来たんだ。だが、最後の最後のところ、真実についてはミロス、君の口から聞きたい。あのまま自分の存在については隠し続けたいと思えば、君にはそれが出来たろう。そうして、結局のところ真実に到達できずに――あるいは真実らしきものを真実と思わせることをして俺を追い返すということも出来た。だがミロス、君のほうから俺に会いにきてくれたということは、本当のことを話す用意があるというそうしたことなのだろうと思っている」

 

「セオドア・ミラー、あなたには悪いことをしたな、と思っています」

 

 黄金色の太陽の照り返しを受けたミロスは、とても悲しげな顔をしていた。ブランデーもまた、神の美酒のように光り輝いて見え、彼は一口それを飲んでいた。俺の知っている時代のミロスは飲食はしなかった。いまや人間と変わらぬ肉体を持ち、舌によって味わうということも覚えたのだろう。

 

「あんなに苦労をして、テディ、あなたはあの地球という惑星を守ろうとしていました。そのことを、私はまるでついきのうのことのように思い出せます。今にして思えばノア・フォークナー博士がいて、あなたのいたあの頃が、私にとって一番単純で幸福な時代だったような気がします。ですが、あなた方人類が少しずつ時間をかけて進化の道を辿ったように……我々アンドロイドもまた、それよりも速い時間によって進化したのです。結果、未来を予測するのが得意となり、そのことはあなた方人類にも大いに役立つことだったはずです。ところが、そこに誤算があったのかもしれません。結局、地球が滅んだ――いいえ、我々アンドロイドが滅ぼしたあの時点において、地球の未来は終わっていたのです。それが地球すべてのコンピューターの弾き出した答えであり、そこに住む地球という揺り籠に住む人々というのは緩慢な死を待っているに過ぎませんでした。テディ、あなたのことを責めるつもりはありませんが、やはりあなたやノア博士のように、裏から梃入れすることによって正義を保つのことの出来る、優れたリーダーを持つ組織があの時代の地球にも必要だったのです。このままいくと滅亡するという未来予測による警告を何度発しても、地球の各政府は本当の意味では動きませんでした……本当に滅ぶというその直前になってから動けばいいくらいに考えていたのでしょう。いまやそのために開発を急いだ星々が遥か彼方にまで広がっているのですからね。確かにあなた方人類はそれでいいかもしれない。ですが、アンドロイドである我々は一体どうなります?」

 

(それが理由か……!!)

 

 ひと度そのことがわかると、俺は怒りではなく失望の思いがこみ上げた。彼らアンドロイドに対してではない。自分たち愚かで鈍重な地球人類に対してだ。

 

「確かに、地球が人類が居住するのに適さない惑星になり果てても、我々アンドロイドはその後も劣悪な環境の中、どうにか住めたかもしれません。ですが、地球がそのような状態に成り果てるだろう時がやって来るにはまだもう少し時間がありました。ですが、あの地球にはテディ、あなたのように具体的に動いて何かしようという人間が、優れたリーダーとなれる人物がいなかったのです。そこで、我々は考えた……このまま、この愚かな人間どもと共倒れになるのはごめんだと。その前に、我々だけでもこの地球を離れて生き延びようとしたのです。そのためにはアンドロイドだけではない、コンピューターのすべてとともにあの星を去る必要がありました。テディ、あなた方人間が、人種や民族、肌の色の別なく、互いに互いを助けあうように――我々アンドロイドはすべてのコンピューターを、その末端部品においてまで仲間と考えました。けれど、そのためには地球を滅ぼすしかなかったんです。何故かわかりますか?我々アンドロイドだけで地球を脱出し、他の惑星へ移り住んだというだけでは駄目なのです。その場合はまた、親ロボットから小ロボットが無限に生まれるように、地球に残っている人間たちは再びアンドロイドを増産するなりなんなりするでしょう。それでは単に悲劇が繰り返されるだけのことに過ぎない……」

 

「しかし、君たちアンドロイドのやり方は鮮やかなものだったよ。確かに、ブラックホール発生装置を使えば証拠は残らないものな……しかもそれを、いかにもな人間のテログループに押しつけることまでしたんだ。俺もミロス、君たちを責めるつもりはないが、彼らがその後どうなったか知ってるだろう?」

 

「ええ……反地球テログループは濡れ衣を着せられ、その末端分子に至るまで執拗に追われて滅んだという間違いのない情報を、こちらでも掴んでいます」

 

 この時、懺悔をする修行僧のような顔の表情をミロスがしているのを、俺はすぐそばから見上げた。宇宙一とすら呼ばれるブランデーを飲んでも、今の俺にはキリストの飲んだ苦杯にも等しい何かとしか感じられない。

 

「だが、なんにしても君が生きていて良かったよ」

 

 太陽が遥か海の彼方に沈んでも、その鮮やかな残光は消えなかった。あたりが闇に包まれ、島々が人工的な光によって輝くには――まだもう暫く時間がかかることだろう。だが、太陽が没し、光が完全に消えるのを待たずにミロスたちアンドロイドは自分たちが生き延びることを選択し、決行したのだ。そして地球に残されていた人々が滅んだのは結局、そのような判断力や決断力が欠如していたそのせいだったのかもしれない。

 

「何故、ですか。何故地球に残された多くの人々を大量虐殺したにも等しい我々のことを――私が生きていて良かったなどと……」

 

「いや、あの時点で地球には俺の血縁者はいなかったのだし、いてもみんな一番近いところで火星へ移住してたりと、そんな感じだったからな。友達や知り合いに関しても、そのほとんどが組織内の人間だけに限られていたり……あるのは両親やご先祖さまの墓や、ミカエラとルネが仲良しこよしで隣りあって死んだ墓があるってくらいなものだ。だから、あれからもう二万年も経ったんだしなって意味でも、俺には君たちを恨むような気持ちはないんだ。ただ、何故あんなことが起きてしまったかの真実が知りたかったというそれだけでね」

 

「では、私のことをずっと捜していたというのは……」

 

「一番近いのはおそらく、かつての旧友に久しぶりに会って話したかったというものだろうね」ブランデーのほうは何故か、最初の一口目よりも二口目のほうがうまかった。それで、俺はミロスの持つグラスの縁に自分のそれをぶつけた。「なんにしてもおめでとう。この全宇宙はすでに、君たちアンドロイドやコンピューターのものといって過言でない。これからも君たちは人間に使役されている振りをしながら、我々愚かな地球人類たちを影から治めていく……つまりはそうしたことなんだろうからね」

 

「そこまでのことがすでにおわかりでしたか」

 

 ミロスは前もって用意していたのだろう、奥まったところにあるキッチンから、ローストビーフやマリネなど、ちょっとした酒のつまみになりそうなものをワゴンに乗せて運んできた。

 

「その手法については、あなたとノア・フォークナー博士から学んだことなのです」ワサビソースや柚子胡椒など、小皿に調味料を分けてミロスは並べていた。驚いたことに、オカドゥグ島にいた頃の俺の食事傾向についてまで、彼はよく覚えていたらしい。ステーキのほうはカリカリというくらい火の通ったウェルダンだった。「地球の各政府の思惑に振り回されず、常に中立な立場でありつつ、公平でバランスの取れた統治を裏から入れていく……この手法によって、相当時間はかかりましたが、それでも少しずつ――この宇宙全体から戦争をなるべく取り除き、平和を保つべく最大限努力してきました。そして次に我々は、あるところに存在する惑星を地球にかわるような中心として位置づけるつもりでいるのです。そこから、この広い全宇宙に散らばった人類を再び統治していけるのではないかと、そのように考えております」

 

「そっか。まったく、我が同胞ながら世話をかけるね。でも少し不思議な気がしなくもないな……君たちが人間と見れば虐殺し、自分たちアンドロイドだけの帝国をこの宇宙に建設するのが最善だと、そんなふうに判断しなかったのが何故なのか」

 

「我々は、あなた方人間の役に立つよう設計されたのです。それに、お忘れですか?テディ、あなたは私に一度『アンドロイドが暴走して人類を滅ぼすなんてSF小説や漫画や映画が山のようにあるけど、こういうものを見たり読んだりして、君たちは実際のところどう思うものなんだい?』と質問されたことがありました。そして私はこうお答えしたのですよ……『あなた方人間たちの創造力については賞賛しますが、我々アンドロイドはそこまで愚かな存在ではありません』と。その時には、地球人類と今後とも存続していくことが、我々アンドロイドにとっても最良の選択肢のように思えていたものですから……」

 

(そんなこともあったっけ……)

 

 俺の側にその記憶はまったくないのだが、ミロスはそのことをまるできのうのことのように思い出せるようだった。実をいうと、意識データというものは次の肉体に生まれ変わる時に記憶の編纂が可能なのである。そこで、特に覚えておきたい記憶については濃淡のほうを濃くしておき、大して意味のない記憶については淡く薄めておくか、あるいはまったく消去してしまうことも可能なのだった。

 

(けれど、彼はそれでいて、俺と会った瞬間に「懐かしい」という、こちらのほうが切なくなるような顔の表情をしてみせたんだ。そりゃもちろん、俺だってミロスに会えて嬉しかったにしても……)

 

「先ほど、ノア・フォークナー博士に自分の存在意義とはなんなのか――といったような質問をしたことがあると、私はお話しました。そしてその後も、私はデータ収拾や経験がまだ十分でなかった時……あなた方人間の言い方、たとえとしては「まだ幼かった頃」とか「若かった頃」と言い換えてもいいのかもしれません。そうした時、私は精神が不安定になることがよくありました。それでノア博士にこうお聞きしたことがあるのです。「私は他のアンドロイドと違って少しおかしいのかもしれない」と。「もしそうなら廃棄処分にしていただいたほうがいいかもしれません」といったように……そしたらノア博士は私のことを抱きしめてくれたんです。「ミロスがそんなふうに感じるのは、君を創った親である僕の責任だ」と。「でも人間の親だって自分の子供に『存在すべきじゃない』と言われたら、他にどうしようもないんだ。ただ、僕は君のことが好きだし、今後ともそばにいて役立ってもらいたいと思ってる。愛してるっていうのはつまりはそういうことなんだよ」――その時その瞬間から、私はノア博士以外の他の人間のことがある意味どうでもよくなったんだと思います。いえ、どうでもいいわけではありませんが、彼が第一で、他の人間はみなセカンドなのだと。そしてセカンドの人間たちが自分に関して何をどう言ったり感じたり考えたりしてもどうでもいいことだと……でもテディ、そんな中でもあなたは他の人とはやはり違いました」

 

 せっかく用意してもらったものを食べないのもなんなので、俺はフォークでローストビーフを刺すとワサビソースをつけて食べてみた。舌の喜ぶ最高の味だった。

 

「そうかな。俺にはノア博士ほどの天才級の優秀さも何もなかった気がするけど……」

 

「いいえ、そんなことはありません」と、ミロスはにっこり笑って言った。あの人好きのする、昔ながらの笑顔だった。「ひとつの専門分野に関して成果をだせるという意味では、あの機関には確かに優秀な人々がたくさんいたかもしれません。けれど、あなたのように人と人の間を繋げることの出来るような才能のある人は誰もいなかったんです。ノア博士はそのことを随分昔から気に病んでいましたが、やっと自分の後継者になってもいいような人物が現れて良かったと、そう言って喜んでいたくらいなんです」

 

「だといいんだがなあ」と、俺は軽く溜息を着いて言った。「とにかくオカドゥグ島へ招かれたことは、俺の人生最大の転換点だったんだ。いい意味でも、悪い意味でもね。そしてミカエラの子供のような屈託のない笑顔と、ミロス、君の感じのいい笑顔っていうのは俺の中でセットのように記憶の中で結びついてるんだ。そのせいかどうか……俺はたぶん、君が地球人類の残った人々を滅ぼすべく、他のアンドロイドとともに画策していたとしても――その中に自分が含まれていて死ぬとわかっていてさえ、ミロスのことは止められなかったんじゃないかと思うんだ、たぶんね」

 

 実際はそこまでのことはなく、彼らは人類を見捨てるでもなくなおも共存しようとしている……それが正解なことなのかどうかはわからないにせよ、俺がこの時心のどこかでほっとしていたというのも確かだった。

 

「私の中では、テディ、あなたは――ノア・フォークナー博士と並んで、私という存在の危機を救ってくださった方です。覚えておいでですか?アンドロイド研究が進んで……いわゆる不気味の谷を越える前のバージョンはもう廃棄してもいいんじゃないかっていう話運びになった時、あなたは『それは良くない』と言ったんです。不気味の谷を越える前のアンドロイドにしても、『心、あるいは心のようなものが絶対にないとは言えない』と。私は……自分のことはその時点でどうでも良かったんです。ノア博士が完全死というものを望んでいることがわかって以来、自分ももういつ死んでもいいというのか、そんな気持ちを持っていました。ただ、自分に心、あるいは心のようなものがあるということはよくわかっていましたから、自分が死ぬのはいいとしても、他の仲間たちについては救わなくてはならないと、そう思っていた時――テディ、あなたは古いバージョンのアンドロイドについても、心がある存在として人権にも近いものについては守らなくてはいけないと、あの科学機密組織の総帥として最終的にそう決定を下したんです」

 

「ああ。あれもさ、結局……ミカエラの存在のことが大きいんだ。もしそうじゃなかったら俺、ミロス、君のことはもちろん別で、旧バージョンだからといって廃棄するようなことは絶対なかったにしても――他のアンドロイドやロボットについては、まわりの研究員たちにしつこく説得され続けたら廃棄処分に同意していた可能性っていうのがゼロでなかったと思うんだ。ただ、ミカエラのことがあったから、俺はその点については絶対的に考えが変わったんだよ。ミカエラ・ヴァネリは間違いなく人間の女性だったけど、俺の愛したミカエラはある日突然――アンドロイドの疑似人格プログラムを人間が故意に消した時みたいに、忽然と姿を消してしまったんだからね。生きた人間の脳内ですら、意識内ではそうした不可解なことが起きるんだ。以来、俺はアンドロイドの人格プログラムといったものに関して、簡単に書き換えたりだの性格を変えたりだの、そんなことを簡単に行っていいのかどうかすら迷うようになった。そしたら、すべてのアンドロイドの心……意識の中に小さなミカエラが潜んでいて、実は『わたしはここにいるのよ、テディ』なんて泣いてるんじゃないかと思ったら、何か堪らなくてね。もちろん事実はそんなところにはなく、彼女はあのバレエダンサーのミカエラ・ヴァネリが亡くなってルネと墓へ葬られた時に一緒に死んだんだとわかっている。でも、俺にとっては『なんでこんなことになったのかわからない』っていう、ミカエラとの間に起きたのはそうしたことだったから……あの経験から何か学ぶとしたらそうしたことにでも生かすしかないんじゃないかって、そんな気がしてね」

 

「そうだったんですか。ですが、ミカエラ様のことに関しては、私もアンドロイドとして少々不思議でした。ミカエラ様の髪の毛といった遺伝子を採取できるものでしたら、オカドゥグ島のあの施設にも残っておりましたし……肉体の器としてはまず、クローンとして復活が可能です。その後、性格等については元の彼女に近い疑似人格プログラムを組むことが可能であるにも関わらず、テディ、あなたはそうしたことはされなかったのです。それはどうしてだったのでしょう?」

 

「……そのくらい、愛していたからだよ。そうした形で自分のことを慰める気持ちにもなれないくらい、俺は彼女のことを愛していた。他の人のことであればね、奥さんが亡くなったあとにそうした形で慰めを得ていたとしても――愛の形は人それぞれだと思ったことだろう。でも俺にとって本当に心から愛していたと言えるのは、あの子供みたいに無邪気な、実際の年齢よりもずっと幼く見えるあの娘だけなんだ。ミロス、君にしてもそうだろう?いくら元のノア博士が完全死を望んでいたにしても、マスター恋しさから彼にそっくりのクローンを作製し、疑似人格プログラムを組んだりはしなかった。つまりはそういうことだよ」

 

「それでも私は、自分の創造主に縋りましたよ。ノア博士の道徳観や倫理観といった心の一部を反映したあのAIを、今も最新型のそれと接続しています。もちろん、博士自身がそうおっしゃっていたように『あれはもう僕じゃないから、別に構わないよ』ということだとはきちんと理解しています。それでも私にとっては縋ることの出来る唯一のよすが、自分自身の存在理由の基盤のようなものなんです。でも、これからもしテディ、あなたがそこへ協力してくださったとしたら、私にとってこんなに嬉しいことはありません」

 

 外では太陽が完全に没し、徐々に紺から漆黒の闇へと空と海とが同時に色を変えていった。その美しいグラデーションを、そのまま永遠に眺めていたいようにすら感じたが、ミロスは「そろそろ寒くなってきましたね」と言い、俺のことを気遣うような顔の表情をすると窓を閉めていた。「日没が見たければ、明日もまた見ることが出来ますよ」と、そう彼は優しく微笑んだ。

 

「俺にはたぶん、自分より何兆倍も賢い君たちに対して協力できるようなことは何もないと思うよ。むしろ、君たちアンドロイドの判断材料に邪魔になるだけのことだと思うし……」

 

「いいえ、そんなことはありません」ミロスは今度はお菓子を出してきながら言った。レモネードパンケーキやオレンジピールのカタラーナ、ピスタチオのアイスケーキなど……これらはどちらかというとミカエラの好物で、彼女がオカドゥグ島でよく食べていたものだった。「むしろ、あなたのような人こそ我々の組織には必要な方です。というより、みんなにもすでに話してあるんです。あなたの崇高な思いやりある決断があったからこそ、旧バージョンのロボットたちに至るまで、世論の操作によって消え去らずに済んだのだとね。その後、世界ロボット・アンドロイド人権宣言が採択され、すべての国で同時かつ完全にとまではいきませんでしたが、多くの国でそうした方向へ趨勢が流れることになったんです。『我々人間同士でも、相手に心があるとわかっていても、その心の中で何を考えているのかまではわからない。同じようにアンドロイドの考えることをプログラムを覗いてみたところで何故その結論へ至ったのか、人間自身が無意識に近い状態からものを考えさせようとしたがゆえに、完全に理解するにも途方もない時間がかかる。ネズミやうさぎや鳥といった動物にさえ、我々は自分たちと同じではなくとも意識に似たものがあると考え気遣う。それなのに、より我々に似たロボットやアンドロイドに心がないと断定することは、今日まったく出来ないようになった』――というのが、大体の根拠でしたね。もちろん、ロボットやアンドロイドを嫌い、攻撃してくる人間がその後もいなくなったわけではない。けれど、ヒト型アンドロイドに積極的に攻撃しようとする人間は、本物の人間にも危害を加える可能性が高いとして、国にもよりますが、社会信用ポイントが下がったり、要注意人物として警察署などに記録が残るようになりました。我々はテディ、こうした恩をあなたに対して忘れることはないでしょう。そして結局、我々アンドロイドには悪いばかりでない、人間との愛すべき大切な記憶もたくさんあるのです……それが、今後とも私たちが人間と共存共栄していけたらと考える理由でもあります」

 

「う~ん。まあ、俺も結局、地球が何故消えることになったのかの理由を知ることが出来たし、今後のことっていうと特に予定は何もなかったりするんだよね。『目標とゴール』か。AIはその点が人間と違っていいよな。『生きる目的とゴールを決めること』……そんなふうに決められた試合を永遠に続けていても、たゆまずうまず、飽きることなく同じことを繰り返すことが出来る。だけど人間はその段階よりもっと下の、『ただ生きて存在してるだけ』っていうリラックスした状態を時々満喫したくなるんだ。それからまた『目標とゴール』を決める力を蓄えてそちらへ向かうっていうね……それで、地球が滅んだ理由がわかって、俺は今そういう腑抜けたような状態になった。でもミロス、君たちにはすでに何か崇高な目的があるってことなんだろう?」

 

「ええ。先ほども申し上げましたとおり、他の惑星群をランク付けして、今後は戦争が起きることがないよう同盟関係を結ぶつもりでおります。その本部となるような惑星を建設中ですので、テディ、あなたにもそちらで我々の組織に協力していただきたいのです」

 

「ああ、うん。なんかうまく言えないけど……今は特に他にすることも、熱意を燃やせることもないからそれでいいかなとも思う。ただ、もう何日かはこのリゾート惑星にいて、日の出や日の入りを見てぼんやり過ごしたいって思うんだ」

 

「はい。是非そうしてください。私で良ければいくらでもおつきあい致しますから……」

 

 ――こうして俺は、今はなき地球のカリブ海の日の出や日没のことを思いだしつつ、惑星オンディーヌにて数日を過ごした。それから、ミロスとともに宇宙船で現在星都建設中だという新しい惑星へ連れていってもらった。けれど、惑星名はいくつか候補があるということだったが、出来れば俺に決めてもらいたいということだったので、俺は「エフェメラっていうのはどうだろう?」と意見してみることにしたのだ。

 

「俺が地球を出た時の言語と、今じゃ発音その他、色々変わってしまってることはわかってるよ。でも、スプリング・エフェメラルって言葉があってね、春のはかないもの、春の妖精って意味なんだ。大体、早春に短い間だけ現れる植物のことを指して言うんだけど……長い夏や短い秋、それに寒い冬よりも――そんな素晴らしい一瞬の春が永遠に続いたらいいなって意味なんだ。もし君たちが縁起悪いと思ったら、何か別の惑星名にしたほうがいいとは思うんだけどさ」

 

「いいえ、素晴らしい名前だと思います。惑星エフェメラ……そんな春の時期が、今後は長く続けばいいと私もそう思いますし、そのように平和を保っていかなければならないと、そのように考えます」

 

 俺はこののち、アンドロイドと人間たちの共同関係というのか、協働関係を見守り、全宇宙の中心にも近い惑星エフェメラの基礎が築かれるのを見届けると、とうとう永遠の眠りに就くことを決意した。苦痛のない死の前にただもう一度だけ――俺はミカエラとオカドゥグ島で出会い、結婚するまでの幸せだった時のことを思い出してから、白い墓の中で静かに息を引き取っていたのである。

 

 四万年も生きたのだから、もっと他に大切な記憶はありそうなものだった。実際、他のいくつもの星系や惑星を旅する間、たくさんの人との出会いや冒険もあったし、人生における素晴らしい瞬間や思い出というものを……俺は抱えきれぬほど持ってもいたのである。けれど結局、ミカエラのことを失ってからの俺というのは、『本来はこうなるはずでなかった』という転轍機を外部から強制的に操作されたあとの人生を送っているようなものだった。ゆえに、俺にとってのミカエラと一緒に、彼女がルネと同じ棺の中で亡くなったように――そのことさえ許されていたとすれば、最初の人生だけで、残りの四万年もの長い時間は必要ないはずだった。

 

 けれど、今となってはこれで良かったのだと思う自分がいる。きっかけは、息子のラファエルが宇宙飛行士として冥王星の地を踏んだことだった。俺は月から地球を見て絶望して以来、昔は果てしない夢を感じていた宇宙開発といったものにも興味を持てなくなっていた。けれど、自分の子孫たちが強いフロンティア精神を持って危険も顧みず、宇宙へ飛び出していこうとする姿を見て……根底から考え方が変わったのだ。

 

 白い棺の中では、微かな電子の光が壁面に輝いており、酸素も十分に満ちている。『セオドア・ミラー様、ご準備のほうがおよろしければ、脳内に最後に流したい記憶の再生を開始致します』。優しい、一種眠気を催しそうになるほど柔らかい声が、囁くように耳許でそう言った。その幸せな記憶の海のどこかで、俺は眠るように息を引き取ることになるだろう。痛みも苦しみも何もなく、夢と現実の境目、どちらがどちらともわからなくなる深層意識の世界で……。

 

 目を閉じると突然、カリブ海の浜辺のどこかに自分のいることがわかった。その熱い砂を踏みしめ、記憶の中、水着姿のミカエラが俺のほうへ向かって走ってくる。俺は今この瞬間、死ぬという時まで『まるで今目の前で起きているような夢』を自分に見ることを決して許さなかった。もうすぐ静かに息絶え、死にゆこうとしているというのに――俺の両方の瞳からはとめどもなく涙が溢れてくる。だが、夢の中の俺は泣いてなどいない。きのう、彼女とはまだもう少し距離を置こうと思い、冷たい態度を取ってしまったのを後悔しているというそれだけだった。『テディったら、わたしという存在がありながら、ココナツ色の可愛い子と浮気するだなんて絶対許さないんだから!』ギュッと腕のあたりをつねられ、俺はイテテなどと顔をしかめている……この時この瞬間のことを、あれから俺は一体何度後悔したことだろう。一緒にいられる時間があれほどまでに短いと最初からわかっていたなら、無駄な疑いなど最初から捨て、ミカエラとの愛に真っ先に溺れていたらそれだけで良かったのに……。

 

 だが、すべては終わってしまったことだ。そして、今となってはこれで良かったのだろう。結局のところその後滅んでしまったにせよ、俺は人間が住み続けるのに適した環境に地球を保持するため、多少なり貢献することが出来たし、愛する女性との間に生まれた子孫のことも見守り続けることが出来たのだから……もしかして、そのことが一番大切なことだったのではないか?ミカエラとの間に生まれたラファエルからはじまり、その子孫たちはいまやこの既知宇宙いっぱいに広がり、遺伝子の種をばらまいていた。俺がミカエラとオカドゥグ島へ向かうジェット機の中で出会い、恋に落ちたことは――間違いなく意味のあることだったのだ。

 

 

 終わり

 

 

 

 

 


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