こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【24】-

2023年01月21日 | マリのいた夏。

(※映画『ラム』について激しくネタばれ☆があります。一応念のため、ご注意くださいませm(_ _)m

 

 ええと、映画をいくつか見たので、その感想でも……と思ったら、自分で思ってた以上に長文になってしまう映画ばかりだったので、割と短くまとめられそうな『ラム(LAMB)』を選んでみました

 

 その~、天ぷら☆における現在の評価は星3つです。でも、わたし的には星4つでした。最後のほう、もうちょっとだけ物語に整合性があったら、星5つに近いくらいだったかもしれません。。。

 

 とにかく、背景になってるアイスランドの景色が雄大で綺麗!!それで、登場人物も主人公夫妻が人間嫌いなせいなのかどうか、ものっそ少ないんですよね(笑)。でも、こんな雄大な自然の中で農家として暮らしていたら――こんな超自然なことだって起きてもおかしくないかも……というのが、ある日羊飼い夫婦の飼ってる羊が生んだ、顔が羊で体が人のものっそ可愛い羊人間の誕生だったのでした!!

 

山間に住む羊飼いの夫婦イングヴァルとマリア。
 ある日、二人が羊の出産に立ち会うと、羊ではない何かが産まれてくる。
 子供を亡くしていた二人は、”アダ”と名付けその存在を育てることにする。
 奇跡がもたらした”アダ”との家族生活は大きな幸せをもたらすのだが、やがて彼らを破滅へと導いていく……。)

 

 いえ、この予告映像見ても、羊人間アダちゃんの可愛らしさは、いまひとつ伝わってこないかもしれません。で、でで、ででででも、映画で見るとこのアダちゃんが純真で可愛いのなんの!!!

 

 てっきりわたし、あらすじのところに「(夫妻を)破滅へと導いていく」とあったことから、「悲劇じゃなくて破滅か。そんじゃ、この羊人間はきっと、善良そうに見えて実は違う本性を最後のほうで見せるっていうことなのかなあ」なんて思っていたところ、ラストはもう誰にも予想できない反則技を決められて終わります(^^;)

 

 そこに行き着く前まで、自分的にアイスランドの大自然も見ていて畏敬の念を覚えるほど清々しいし、こんなところでなら羊人間の可愛いおにゃのこ☆が生まれても、それを育てようとする農家夫妻の気持ちもわからんではないと思ったり。しかも、途中でイングヴァルの弟のぺトゥールさんという「今度は黒ヤギかよ」といった感じの、山羊感満載のヒゲモジャおっさんまで登場。。。

 

 でも自分的に、この山羊男のおじさんはなんかフェイクっぽいというか、映画的噛ませ犬(?)といった感じ。ぺトゥールは羊少女アダちゃんを見て多少驚くものの、彼女の存在の純粋さに打たれたのかどうか、兄夫婦がアダを自分の娘のように育てていても、それを簡単に容認し、それどころかむしろ姪として可愛がるように

 

 そんで、問題のラストシーンですが、「ええと、そろそろ映画終わりに近いけど、どーなるんだろ」とか思ってたら――アダちゃんのお父さんの薄汚い羊男が迎えに来て、羊少女アダちゃんは強制的に元いた彼らの世界があるらしいどこかへ帰っていってしまうのでした……。

 

 いえもーほんと、わっけわかりません何が「わけわかんない」かというと、この薄汚い羊男、なんの前触れもなく突然現れたかと思うと、ライフルぶっ放して、イングヴァルの喉を撃って殺してしまうのです。問題は、羊親父があんなにも大切にアダちゃんを育てていたイングヴァルを殺したのが何故かという動機のほうだったり……確かに羊のお母さんのほうは、マリアが同じように銃で殺してしまいました(羊の母親の姿を見れば、アダが自分のアイデンティティに関することで混乱すると思ったことと、あとは毎日のようにこの母羊がアダのいる部屋のそばまでやって来るのが堪らなかったのでしょう)。

 

 んで、例のイングヴァルをぶっ殺した薄汚い羊親父なのですが、かなり正確にイングヴァルの喉を狙って撃っていることから……実は相当知性の高い存在であることがわかります。いえ、これって間違いなく「撃てば確実に死ぬ」&「うすぎちゃない羊頭の男を見た」とか、誰かにイングヴァルが話したりしないための措置ってことですよね(^^;)

 

 実際、マリアが死にかかっているイングヴァルのことを発見した時、彼はまだ意識はあって、きっと自分が目にしたもののこと、それに愛する娘アダが攫われたこととを妻である彼女に伝えたかったはずです。けれども、そんなもどかしく無念な思いの中でイングヴァルは息を引き取りました。そして、絶叫するマリア。

 

 その~、これはわたしがこの映画の「わけのわからなさ」に、自分なりに折り合いをつけようとした妄想にも近い推測なんですけど……たぶん、マリアはこの時妊娠してたんじゃないかと思うんですよね。最初のほうで、アダを妊娠することになるただの羊のお母さんは――大自然の霧の中に紛れてやって来た、何か霊的な悪しき存在によって妊娠した……といったような印象です、あくまで見る側の立場としては。

 

 でも、アダちゃんのあの、イングヴァルとマリア、ぺトゥールがバスケットの試合をテレビで見ながら興奮する様子を見てるだけでも……羊らしい繊細さで怯えてさえいる描写から察するに、アダちゃんは本当に人間の子供以上に純真で汚れない存在といった印象なわけです。

 

 また、羊人間のお父さんが何故「あの時」、「あの時点で」迎えに来たのかも謎以外の何ものでもありません。何故なら、イングヴァルもマリアもアダのことを本当の自分の娘のように可愛がって育てていました。それなのに何故……と、想像していくと、ただの偶然かもしれませんが、ぺトゥールが出ていくのと同時に、羊親父が現れたということは――ぺトゥールに取り憑いていた羊男が、マリアを誘惑することに失敗した……ということなんじゃないかな、そう思ったりしなくもないわけです(^^;)

 

 イングヴァルとぺトゥールは兄弟仲はいいらしいのに、ぺトゥールは一緒に暮らしている間、何度もマリアと体の関係を持とうとするんですよね。また、マリアに殺されたただの羊のお母さんの仇を取りたいといったことであれば、マリアを殺せばいいという話でもある。けれどそうではなく、夫のほうを殺した――ということは、実はこの羊男はマリアに恋をしていた、ということなのではないだろうか……そう思わなくもないというか。。。

 

 また、羊男は彼女が娘を失って悲しんでいることも知っていたから、マリアのために自分なりの方法で贈り物をすることにした……頭だけが羊の存在を見ても、ただひたすら羊娘アダのことを可愛がるマリアを見て――羊男はこれもまた彼なりの方法によってマリアと交わろうとした。憑依する対象が夫のイングヴァルでなかったのは、彼が善良で心からマリアに愛されている夫であったからかも。その点、ぺトゥールは悪い人間ではないけれど、ちょっと人間として薄汚れたようなところがあって、憑依しやすかったとか?

 

 まあ、結局わかりませんけどね。でもわたし的には、無理矢裡にでもまとめるとしたら、そんな程度のことしか思い浮かばなかったというか(^^;)

 

 あと、お話の中にもしかしたら重要な存在として「川」ということがあるかもしれません。「川」の向こう側があの世でこちら側がこの世……なんてよく言ったりしますよね。そう考えると、あの羊男は明らかに「川」の向こうの世界に存在する生き物らしい。また、アダは口や喉が人間仕様ではないらしく、人間として言葉をしゃべったりは出来ません。だから、彼女もまた「自分は本当に本当のアダなんだよ」と話すことは出来なかったという可能性もある。ゆえにこれは、死んだ娘の魂を呼ぶ両親と、川の向こうへ渡った娘の霊魂とが呼びあい――ほんのひと時、再び一緒に過ごすことが出来たという、奇跡の物語……と解釈できなくもないですよね。。。

 

 でも、こうした取引を大自然のどこかに住む、人間にはその正体を明かさない、善悪をも超越した霊的存在に願った場合――大抵どのホラー映画でも<代償>のあるのが普通な気がします。もちろん、これでいくとイングヴァルだって、死んだことによって川を渡ったことになるわけであり……もしかして、イングヴァルが夢の中で水っぽい景色の中、「アダ!」と叫んでいたのは、羊男に連れていかれた彼女をその後霊魂だけの姿で追っていったことを暗示しているのかも……とか、やっぱりうまく整合性を合わせることは出来ませんが、とにかくアダちゃんのきゃわゆさによって、自分的には☆4つといった評価の映画でした

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【24】-

 

「ニャオン」

 

「ナオン」

 

「にゃ~ん」

 

 女主人であるロリの帰宅に伴い、猫たちの動きが一斉に活発になったことで――そのリビングの空気の変化により、ルークとマリはしゃべったり笑ったりするのをやめ、ようやく後ろのほうを振り返った。

 

「ああ、ロリ。おかえり」

 

「そーだった、そーだった!ついマリと話しこんじゃうあまり、夕飯作るの忘れてた。どうしようかな……これから三人でどっかへ食いにいくか、それともウーバーか何かで頼むか……」

 

「いいよ。オレのことは気にしなくて……それよかニャーコどもにエサやったほうがいいんじゃないか?」

 

「そっ、それはわたしがやるから、気にしなくていいよっ!!」

 

 ロリはこの瞬間、自分でもよくわからない胸騒ぎを感じた。もちろん、マリは自身でそうと望んだとおり男としての体を手に入れたのだから、そうした意味での心配はいらないとわかってはいるのだ。けれど、ルークとマリの間にある、誰にも絶ち切り難いような絆の力の存在に……妻と夫としてのそれよりも強い何かを直感的に感じ、胸がざわついてしまったのかもしれない。

 

 マリはきのうと同じく、ロリを手伝って猫たちにエサを与えたり水を取り替えたりしたのだが、ロリの様子がいつも通りといったように見せかけているだけであって、何か違うということにすぐ気づいていた。そして、それが何故なのかということも、直感的にピンと来たのである。

 

「ロリ、おまえ……誤解するなよ」

 

 最後に、リリに手ずからエサを与えるため、ロリが屋根裏へ上がっていこうとすると、マリは彼女の後ろへついていった。

 

「誤解ってなに?」

 

 リリを膝にのせ、喉のあたりを撫でながら、ロリはそう聞いた。自分でも、少し嫌な聞き方だなとは思った。声音に少しばかり棘がある。

 

「だからさ、ルークとオレの間にあるアレは……昔馴染みの友達としてのそれって感じのことであって、それ以上でも以下でもない。おまえが嫉妬する必要なんか、これっぽっちもないんだよ。大体、それで言ったらおかしいだろ?どっちかっていうと、オレのほうが表面上は普通みたいな振りして、おまえとルークの関係に嫉妬に身を焦がしてなきゃなんないんだろうからな」

 

 マリのこの一言で、ロリはどっと脱力した。普通なら、『おまえ嫉妬してるだろ?』とか『嫉妬してるんでしょ?』なんてはっきり言われたら、実際はそうであっても否定するのが普通だろう。けれど、ロリはこの時、ただ素直に頷いた。リリの額を撫でたり、喉を撫でたりするのは――実はリリのためというより、そうすることで自分のストレスを解消してもらっているのだと、はっきり気づく。

 

「あっ、でも誤解しないでねっ。嫉妬って言っても、それはマリが考えてるようなことじゃないのっ。ほら、昔からマリとルークの間には、幼なじみとして断ち切り難い絆があったでしょ?でも、今日わたしが感じたのは……男の人同士の友情の間に入っていけない女友達としての寂しさっていうか、何かそういうことなの。たとえば、ラースとライアンが仲よすぎて、その間には誰も入っていけないみたいのにも似たような……」

 

「ふう~ん。そうか。まあ、大体了解した」

 

 マリがロリの体に密着するような形で隣に座り、一緒に猫の体を撫でても――珍しくリリは嫌がらなかった。ルークでさえリリに触ろうとすると、「シャーッ」と威嚇され、爪で引っかかれるというのに……。

 

「ロリ、今おまえ、オレのことどう思ってる?」

 

「ど、どうって……?」

 

 マリからは、微かにルークが使っているのと同じ、ジェービングローションの香りがした。けれど、ルークからその匂いが漂ってくることは普段あまりない。彼はもともと体毛が薄く、同じようにヒゲのほうもあまり濃くなかった。けれど今、男に性転換したマリのほうがヒゲが濃く、平らになった胸に胸毛まであるというのは――ロリにとって、にわかにはその事実を承認し難く思えることだった。

 

「ほら、はっきり言えばまあ……昔、女だった頃は可愛いかったのに、すっかり男になっちまって気持ち悪ィなとか、なんか色々あるだろ?不思議なことなんだがな、男が女に性転換する場合においては、元男で今は女になった彼女の苦しみを共感的に聞くことの出来る人間が多いのに対して――女が男になった場合は、結構冷淡に遇される場合があるんだ。今はもうダイバーシティだなんだ、多様性が一番大切だのいう教育のせいで、マイノリティの意見も大切にしようだのってことになっては来てる。一応、表面上はな。だが、男から美人の女性に大変身ってのとは違って、元は可愛らしかったのがヒゲもじゃらの男に変身した姿を見たりすると……人ってはのどうも、『何か悪いもんを見た』みたいに、直感的に感じるんだな。簡単にいえばモンスター扱いさ。だから、一応覚悟はしてたよ。ロリが表面的には元と同じように優しく接しようと頑張って努力してる……みたいな感じでも、それはそれで仕方ないんだろうなって……」

 

「…………………っ!!」

 

 ロリは隣のマリに身をもたせかけると、彼にぎゅっと抱きついて泣きだした。リリはまるで空気でも読んだように御主人様の膝から下り、もう一度タッと窓台へ身を横たえると、ロリの体にぴったりと寄り添う。

 

「マリ、どうしてそんな悲しいこというのっ!わたしもルークも、マリが帰ってきてくれてすごく嬉しかった。そのことはわかるでしょ?」

 

「ああ、まあな。ルークとは昼間話してて、大体ほとんど完全って言ってもいいくらい、前と同じ関係に戻れた気がする。いや、もしかしたらそれ以上かもしれないな。お互い、離れていた分だけお互いの大切さがわかったみたいな、そんな感じだった。でも、オレが男になったからとか関係なく、ルークとオレの間に今あるのはとにかく……幼なじみとしての友情だってことだ。なんていうか、ルークもそうだけど、ロリもあの頃とまったく変わってなくて……いや、むしろ変わっていなさすぎてびっくりしたんだ」

 

「それって、いい意味?」

 

 ロリは瞳の涙をぬぐうと、一度鼻をかんだ。それを少し離れたところのクズ籠へ捨てるが、へりのあたりに当たって、そばへポトリと落ちてしまう。

 

「もちろん、いい意味だよ。おとついあったフランチェスカとマーカスの結婚式の時、オレはおまえとルークの近くにいて……さらには、ラースやライアンやオリビアやドミニクや……みんなのことを少し距離を置いたところから観察してた。みんな、やっぱりほんのちょっとずつ変わってた気がする。でも、ロリ、おまえはこうして直接話してみるとはっきりわかるよ。なんだか時間でも止まってるみたいにおまえだけ、あの頃と全然変わりない。けどまあ、そのことに対して『いつまでもそのままでいてくれ』とは、オレには言えない気がする。そうだな……これからもしロリが仮に母親になるか何かして、少しずつ変わっていったとする。でもオレの中ではやっぱり、ロリはあの頃と同じままだろうと思うんだ。それで、そのことはオレが自分の心の中でだけ覚えておけばいいっていう、何かそうしたことなんだよ」

 

 マリのこの言葉で、ロリはもっと泣いた。何故なのかはわからない。今回、一度お互いに再会の儀式を済ませたことで――これからは幼なじみの三人として、何かの機会に会って再び昔のことを語りあい、笑いあったりすることも出来るだろう。けれど、ロリの中で彼女にとっての<かつてのマリ>がいなくなってしまったのは、この上もなく悲しいことだった。もちろん、マリが本来の性を取り戻したことで『本当の自分になれた』ことを、一緒に喜ばなければならないとわかってはいても……。

 

「わたし、体の性別が女でも男でも、変わりなくマリのことが大好きだよ。でも、男としてのマリに馴れるまでには、もう少し時間がかかると思うの。だからいつもつい、マリが目の前にいると瞳ばっかり見ちゃう。変だよね。わたし、どっちかっていうと対人関係が苦手で、今も苦手な人とは目と目を合わせて話したり出来ないくらいなのに……でもマリって、小さい頃に初めて会った時からずっとそうでしょ?わたしに対してだけじゃなく、誰に対しても相手の目を見てじっと話す癖があって……マリは知らないと思うけど、わたし、マリのお陰でその前まであった人見知りが少しだけ直ったの。なんでって、そんなビビリみたいな子、マリは嫌いだろうなって、そう思ったから……」

 

「ほうほう、なるほど」

 

 マリは役得とばかり、ロリのことをそのまま胸に抱いたままでいた。どうやらルークだけでなく、これだけお互いを知っているつもりの彼女との間にも、まだ知らないことは残されているらしい。

 

「でも、実際はまるで違ったさ。オレは初めて会った時からおまえのことが女として好きだったからな。まったく、恋は盲目とはよく言ったもんだ。オレはおまえが人見知りだったら人見知りだったで、その分他の男に取られるパーセンテージが下がると思って喜ぶといったような、そんな感じだったろうよ。そうだ!オレもロリが知らない話をひとつしてやろう。おまえが転校してくる前まで、オレは近所や通ってる小学校近辺じゃ、鬼のようないじめっ子として有名だったんだぜ。だが、そんな噂がロリの耳に入って嫌われちゃマズいと思って、それまでいじめてた男子連中のことをまずは洗脳することにしたんだ。『今後、いじめるのはよしてやるから、今までオレにいじめられてたなんて、誰にも言うんじゃねえぞ!』ってね」

 

 ロリにしても一応、そんな話は聞いたことがあった。『ミドルトン家の下の子は、きかん気の癇癪持ちで、女の子なのに男の子グループの大将をいじめてばかりいる』といったようには。けれど、マリはロリに対して優しかったため、そんな噂話のことはほとんど信じていなかったといっていい。けれど後年、エリが何かの拍子にぽつりとこう言っていたことがある。『マリってさ、ロリが転校してくる前まで、物凄い鬼みたいないじめっ子だったんだよ。ロリは自分がマリやあたしから影響受けてばかりいるみたいに言うけど、そんなこと実は全然なくってさ。マリはその後、急にいじめられてる子を守る優等生みたいに態度が変わっちゃったし、あたしだって、あんたから随分色々影響受けてると思うよ』といったように。

 

「だからさ、オレはとにかく、ロリが右へ転ぼうが左へ転ぼうが、おまえのことが好きなままだったろうよ。それはこれからも、変わりなくずっとそうだろうと思う」

 

「どうして?わたし、自分で言うのもなんだけど……特に何も取り柄のないつまらない子だって思うもの。それなのに、マリみたいなすごい人がどうしてって、ずっとそう思ってたの。あれから思いだしたんだけど……あのモデルみたいに綺麗な人、マリの恋人か何かでしょ?わたしの中の理解としてはね、今はもうマリは本当の自分の性を取り戻して、本来そうであるべき人生に戻ったんだろうなっていうことなの。つまり、男の人としてモテてもててしょうがないっていうか、そうした本当の人生に戻ったことで、わたしのことは『どうしてあんな地味な女、自分は好きだったんだろうなあ。うん、あれはおそらく思春期にある一過性の何かだったに違いない』みたいな、過去のことになってるんじゃないかなっていうか……」

 

「馬鹿だなあ、おまえは。そんな可愛いこと言われると、犯して体でわからせてやりたくなるじゃないか。けどまあ、今はもうそういうわけにもいかないから、言葉で説明するしかないな」

 

 そう言って、マリはロリの腰のあたりにぎゅっと力をこめると、こめかみのあたりにチュッとキスした。何故かリリはどこか疑わしげな眼差しによって、そんなふたりの様子を首を傾げて見上げている。

 

「まあ、一般的にいって、おそらくロリのまわりにいる馬鹿な連中というのは、おまえのジミ・パワーの凄さに気づいてない。たぶん、エリは少しくらいは気づいてそうだが、他の連中は今もよくわかってないままだろう。オレにしてもさ、この間ライアンやラースやクリス、オリビアやドミニクのことを見てて……少しびっくりした。ラースはプロのサッカーチームの二軍に所属してるし、ドミニクは世界ランキング第30位にいる有名プレイヤーだし……エリとクリスだって、ユトレイシアにおける最高学府をそれぞれ優秀な成績で卒業してる。オレはこんな輝かしい奴らと、当時はそうと気づきもせず、中学時代を面白楽しく過ごしてたんだなあ、なんて思ったもんだ。けどな、あいつらは全員、当時から何かと自己主張が強かったろ?クリスは頭がいいだけのオタクみたいに思われてたかもしれないけど、自分が正しいと思うことについては、相手のことを得意の雄弁術によってこてんぱんにのしてしまうことがあったし、とにかくみんな少し変わってた。いいか、ロリ。そういうユニークな連中ばかりが集まるとな、案外接着剤的なものが何もないと、お互い自分の意見だけしゃべって終わったりするものなんだ。その点、おまえはいつでも違ったよ。ただとにかくひたすら「うんうん」みんなの意見を聞いてさ、うまく間を取り持ってくれたり、仲間うちの誰かと誰かが喧嘩して口も聞かないとなったら、なんとか仲直りさせるのに一肌脱いだり……まあ、あいつらもそうしたロリの性格の美点を認めてはいても、「自分だってそのくらい、やろうと思えばできる」くらいにしか思ってなかっただろう。でも、オレはおまえのことが本当に好きだったからな。他の人間が気づかなくても、オレにはロリのよさが一番よくわかってるみたいに自惚れてたもんだ」

 

「やだ。やめて、そういう言い方……ますます泣いちゃうでしょ」

 

 この瞬間、ロリにはわかっていた。おそらく、長くてもマリは、ここへは数日しかいないつもりなのだろう。きっと、別れるその瞬間、自分もルークも、『いつでも、自分の家だと思ってここには来て』といったようなことを口にするに違いない。そして、それは心の底からの本心なのだ。けれど、マリはもう二度とここへは来ないということはなくても、そうたびたび立ち寄るつもりはない……今はもうお互いにそうした関係になってしまったのだ。何が悪い、という理由が今はもう見当たらなかったとしても。

 

「とにかく、オレがロリのことを好きなのは、そんな理由からさ。わかるか?オレはなんとかおまえのことを好きじゃなくてもいいように、嫌いになれる理由探しまでしたことすらある。高校のほうは、おふくろの強い意向のほうさえなければ、オレもみんなと同じ学校へ進学したかった。けどまあ、カトリックの名門女子高へ放り込まれた日には……今度は少し、おまえと距離を置こうと思った。あんまりおまえのことが好きすぎて、苦しかったからな。ところが、そしたら今度はどうだ?今度はノア・キングとかいう奴が、ロリのことを好きだとかなんとか抜かしやがる!オレがあの時どのくらい頭に来たか――オレはすべての事情を知ってるルークに自分の怒りをしょっちゅうぶちまけてばかりいたわけだが、そのことにあいつがいかにうんざりしたかも今ではよくわかるし、本人に聞けばそのことがオレと別れようと思った決定打だったなんて言うじゃないか!いや、若いってのはなんとも恐ろしいことだな、ロリ。今じゃオレも冷静に、ルークが嫌気が差したのも無理はないだの、それまでオレがさんざんっぱら好きだのなんだの言ってた女に走った気持ちも多少はわかる。とにかく、オレはおまえのまったく与り知らぬところで、おまえのことで苦しんだり悩んだりしてたんだ。そんな相手のことを……おまえならそう簡単に忘れられるか?」

 

 まるで、これからキスするぞ、とでもいうように、顔を自分のほうへ向けられて、涙を流しながらもロリは、何度となくかぶりを振った。そして、この瞬間も思った。おそらく、何かの順番やタイミングが違ったなら――自分はマリの体が女か男かということは関係なく、彼女/彼のことを受け容れていたに違いないということを……。

 

「もしかしたら、このあたりのことはルークにも聞いたかもしれないが、オレはおまえと会う前に、性適合手術というやつで、『男になりたい』と再三主張したにも関わらず、見た目が可愛らしい女の子だってことで、説得に説得されて、女にさせられたんだ。今でも、もしロリが道を挟んだ隣に引っ越してきてなかったとしたらと思うと……本当にゾッとするな。あの頃のオレは、両親にとってもフランチェスカにとっても、悪魔のような娘以外の何ものでもなかっただろう。けど、おまえと出会ったことで、オレの人生は180度変わったんだ。おまえに好かれようと思って勉強を頑張ってみたり、本当はどうでもいいと思ってる奴のことを、おまえが見てるって理由から助けてみたり……その後、オレの心の中にはまだどす黒い部分ってのはたっぷり残っちゃいるんだが、優等生になるのも悪くないという気持ちすら芽生えるようになっていった。実はな、おとついあったフランチェスカとクソマーカスの結婚式の時……なんでみんなに声をかけて、女から男になったとカミングアウト出来ないのか、葛藤した。あのまま女のままであったとしたら、オレはなんのためらいもなく、あんなしょうもないカップルのためにわざわざ休日を潰してくれてありがとうとでも快く挨拶していたろうに。それから、ひどい孤独と悲惨な思いに悩まされた。性転換手術を受けたあとも、そうした悲惨で最悪な気持ちになったことがあって、それは小学二年の時、性転換手術を受けたあとの気持ちにも似ていた。そしたら、ロリに会いたくて会いたくて堪らなくなったんだ。あの時、オレの心を暗闇から救ってくれたみたいに、今のオレの心をこの暗さから救ってくれるのはおまえ以外にないと思った。それで、現金なことには……実際そうなったのさ。ロリとルークの愛の巣を見ても、案外傷つかなかったことに自分でも驚いたし、本当、意を決してここへ来て良かったよ。これで、オレはもう本当に大丈夫だ」

 

「そうなの?わたし、マリにはいつもしてもらってばかりで、何もしてない気がするんだけど……」

 

 ロリがそう言うと、マリはもう一度ロリのことをぎゅっと自分のほうへ引き寄せ、チュッとこめかみのあたりや頬のあたりに二度キスした。どことなく、フランス式っぽい雰囲気のキスを。

 

「人妻が他の男を誘惑するな。とにかく、オレにとっては、おまえはただそこにいるというそれだけで、尊い存在というやつだったんだ。これから先、もし仮に何人の女と寝ることになったにせよ、こんな気持ちになることだけは二度とないだろう。だから、今はそういう意味で少しだけほっとしてる。ロリ=オルジェンというオレにとっての聖域を汚さずに済みそうだということについてはな。じゃなかったら、今回の滞在中になんとかおまえのことをホテルにでも呼びだして、『昔のことを悪いと思うなら、一度だけやらせてくれ』とでも言って、強引にベッドへ押し倒していただろう。だが、今はもうオレはルークのことも裏切れない気がしてるし、これで良かったんだと、心からそう思える自分に対して……まったくもって驚きすら覚えるくらいなんだからな」

 

「う……うん。そうだよ。もし仮にそんなことになったとしたら、わたし、マリのことをがっかりさせるだけだと思うし……」

 

 自分の膝の上に頭だけ乗せているリリのことを撫で、ロリはなんとか火照る体と赤くなった顔を彼に見られないようにと務めた。もし、前の女性のままのマリに同じことを言われたとしても、相当ドギマギしただろうことは間違いない。けれど、今自分はそうした時以上にクラクラしているとロリは自覚していた。(体が女性から男性に変わったというだけで、マリはマリなのに……)いくらそう思おうとしても無理だった。禁断の果実に手を伸ばしたいという誘惑に駆られるような力は、ロリの中ではまだ十分に小さく弱い。けれど、そうしようと思えば出来るのだということにだけは、心の中ではっきり気づいてしまったのだから!

 

「がっかりなんかしない。オレはもともと自分の体が女だったからな。だから、男とは違って、女の体のどこをどうすれば気持ちいいか、隅から隅までよく知ってるし、わかってる。その手練手管のすべてを、この世界で一番好きな女に尽くせないのは残念だが、そんな肉体的な愛よりも強いものがこの世界には存在する……そしてそれを失うかもしれないことが怖い気持ちがこのオレにもあるからな。愛してるよ、ロリ。もし万一……これから十年とか二十年してからでもいい。もしルークと何かあって別れたりしたら、必ず連絡してくれ。その時にはオレは、他の何を犠牲にしてでも、絶対おまえのことを迎えに来るから」

 

 このあと、マリは何かの誓いでもするように、ロリの結婚指輪をしてないほうの手――右手を取って、その指にキスした。そしてそれはある意味、唇にキスされるよりも、神聖で愛しげな、まるで騎士が愛するプリンセスに生涯の愛を捧げるかのようなキスの仕方だったのである。

 

 ――この五日後、マリはパリ行きの飛行機に乗ってヨーロッパへ戻っていった。そして、お互いにとっての大親友の幼なじみが去っていった日の夜、ルークとロリがまず最初にしたのは、ここのところなかったくらいの激しさで互いを求めあうことだった。何も親友の滞在中だからという理由によって我慢していたわけではまったくない。ただ、マリという存在自体があまりにも彼らにとって性的な何かを強く暗示させ、ルークはマリがまだ女性であった時、どれほど激しく彼女とセックスしたかを思いだし、ロリのほうではマリへの複雑な思いに悩まされていたという、そのせいだった。

 

 そして、そんなふうにロリとルークが再びお互いに対する愛情を新たにしていた三か月後のことだった。ロリがいつものようにネコたちにエサをやっていると……彼女はまったくなんの前触れもなく吐いてしまった自分に驚いた。けれど、ロリ自身は自分が妊娠する可能性は低いとすっかり思いこんでいたためだろう。その時は自分がすでに身篭っているとは考えず、ルークはルークで、「実は仕事でストレスに感じることがあるんじゃないか」と優しく心配してくれるというそれだけだった。

 

 ところがこの翌日、ロリはランチで一緒になった同僚の目の前でも嘔吐してしまい、「もしかして……」と、同僚から妊娠の可能性を示唆され、初めてハッとしたわけである。仕事が終わるのと同時、近くのドラッグストアへ駆け込み、すぐにトイレで妊娠検査薬の結果を確かめた。もちろん、これだけではまだルークに報告するのは早いとロリは思ったけれど、やはり夕食時に黙っていられなくなって、夫に話してしまっていた。

 

「もしかしたら、違うってこともあるかもしれないけど……」

 

「いや、わからないよ。オレ、ロリには黙ってたけど、男性の不妊治療の本とか読んで、色々勉強してたんだ。そういうクリニックの外来にも通ったりしてたし……」

 

「ほんとに!?」

 

「うん……結構、まゆつばものの実践法について書いてあったりもしたから、ロリには何も言わないでおくことにしたんだけどさ」

 

 この翌日、ロリは図書館を休み、ルークと一緒に産婦人科へ行くことにした。随分長い時間待たされたが、それでも待っただけの甲斐はあったと言えただろう。何故なら、「おめでとうございます。御懐妊ですよ」という、ルークが男性不妊症であることを知る医師からの、天使ガブリエルのようなお告げがあったからである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« マリのいた夏。-【23】- | トップ | マリのいた夏。-【25】- »
最新の画像もっと見る

マリのいた夏。」カテゴリの最新記事