こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

マリのいた夏。-【23】-

2023年01月19日 | マリのいた夏。

 

 ええと、今回の【23】と次の【24】は元は一繋がりの章なんですけど、例によってgooブログは30000文字以上……以下略☆問題によって、中途半端なところでちょん切って>>続く。ということになってますm(_ _)m

 

 そんで、ここの前文に使える文字数っていうのがまた、なんとも中途半端な形なので、何書こうかなって思ったんですけど……最近わたし、割と映画を見てたりして。。。

 

 なんていうか、たまたま天ぷら☆でしか見れない映画があって、そうしたことのためだけに時々天ぷら登録したり、その一か月後に外したりということを繰り返しているものの(笑)、だったらついでに無料のものだけ見ようと思ったっていうだけの話だったり(でも結局他に有料で見たいのが2~3本出てきたりして、これならUNEXTと大して変わらないかも……いえ、密林普段から超お世話になってるので、全然いいのですが)。

 

 そんなわけで(どんなわけだか・笑)、つい先日『アメリカン・ユートピア』と『ジョン・マルコヴィッチの穴』を続けて見たのです(^^;)

 

「あんた、そのチョイスの動機って何?」って話なのですが、『ジョン・マルコヴィッチの穴』は、「その穴に入ると誰でもジョン・マルコヴィッチになれて、彼の視点でものを見、感じることが出来る」っていうあらすじだけ知ってて……「へえ~。面白そう♪」とその昔思って、ずっと忘れてたんですよね、見るのを。それで、『アメリカン・ユートピア』を途中まで見てて、なんの脈略もなく、ふとそのことを思い出したわけです。。。

 

『アメリカン・ユートピア』はとりあえず見て損はない映画(?)と思うのですが、『ジョン・マルコヴィッチの穴』に関しては、あちこち大爆笑できるとは思うものの、見た方によって「不快」、「後味わるっ!!」となるかもしれません。でも、「完全に他人になれること」によって、間違いなく新しくわかることがある――そのことを可能にさせる設定が面白いと思うんですよね(^^;)

 

 その~、わたしも映画雑誌のその記事読んだの、相当昔なので記憶曖昧なんですけど、確か監督さんがインタビューで、他の俳優さんの名前を何人か挙げたあと――「やっぱりジョン・マルコヴィッチが一番ぴったりくる。いや、ジョン・マルコヴィッチ以外にありえない!!」みたいに思った、みたいにおっしゃってた記憶があって(確か、「何故ジョン・マルコヴィッチだったのですか?」みたいなインタビュアーの質問に対する答えだったと思う)。

 

 そうですよねえ。たとえばこれが『トム・クルーズの穴』とか、『ブラッド・ピットの穴』とか『レオナルド・ディカプリオの穴』とか『ティモシー・シャラメの穴』とかでも……「なんか違うな」と思うわけです。もちろん、他人が賞賛するセレブになる気分がどんなものかとか、美青年としてモテもてだったりする気分がどんなものか味わえるのは楽しいかもしれなくても……さらにこれが女優さんっていうことになると、映画の設定としてはとりあえず論外ということになりますよね(いえ、マドンナがどんな生活送ってるかとか、キム・カーダシアンみたいな超のつくセレブの生活を覗き見してみたいといった欲望は、誰もが持ってるものかもしれませんが^^;)。

 

 主人公のクレイグと彼の恋するマキシーンのふたりは、15分だけジョン・マルコヴィッチになれる穴を発見し、「1回200ドルでジョン・マルコヴィッチになれる」という商売をはじめるわけですが……クレイグは結婚していて、すでにロティという奥さんがいます。それで、ロティがジョン・マルコヴィッチになってる15分間に、マキシーンは中にロティが入っているマルコヴィッチとセックスしてしまい、ふたりはマルコヴィッチを通して愛しあう関係になってしまうわけですよね。

 

 いえ、これ以上のことは興味ある方は是非映画見て欲しいと思うんですけど、↓のお話との関係性でいうと、体が「男か女か」というのは、実はそうしたことなんじゃないだろーか……と、ちょっと思ったりしたというか(^^;)

 

 ええと、ここで何故か突然『アメリカン・ユートピア』の話。いえ、この映画、トーキングヘッズのデヴィッド・バーンさんというユルい系と言いますか、チルい系の白人のおっさんが主人公(?)なせいか、後半に政治的なメッセージが混ざっていても、いい意味であまり重い感じがしません。。。

 

 それで、思ったんですよね。たったの15分でいいから、白人→黒人に、黒人→白人に、あるいは白人→東洋人に……といったように、物の視点をはっきり切り換えることが出来たとしたら、「黒人はこんな思いを味わうんだな」とか、「東洋人はこんなコンプレックスを欧米人に抱いてるんだな」といったことがわかったり、あるいはキリスト教徒→イスラム教徒に、イスラム教徒→キリスト教徒に……みたいに、もしこうした視点を相手の立場に立って、相手の脳の中で感じ、考えることさえ出来れば――この地球にももしかしたらユートピア建設は可能なのかもしれないと、そんなふうに思った次第です。

 

 ちなみに、『アメリカン・ユートピア』のメッセージで、自分的に一番残ったのは「溜まる未払い請求書」、「我々は互いに愛しあわなければならない」という歌詞の内容でした。いえ、未払い請求書は聖書の言葉や思想を連想させますし、同じようにわたしたちは、誰しもが誰かに対して未払いの負債を負っているということなのだろうと、そう思ったので。。。

 

 このあたり、もう少し細かく説明したかったのですが、文字数限界に近いので、とりあえずこんなところで(^^;)

 

 それではまた~!!

 

 

     マリのいた夏。-【23】-

 

 結局この時、マリは一週間ほど、ロリとルークの家に滞在した。ミッシィはモデルの仕事の関係で、先にパリのほうへ帰っていたが、マリにとってこの約一週間ほどの滞在は、自分で思ってもみなかったほど、楽しいものとなった。

 

 ルークもロリも、夫婦として仲のよいほうでは確かにあっただろう。けれど、ふたりの間にある絆は夫婦としてのそれというよりも、夫婦という名の友人に近い何かに変化しつつある頃合だった。そのせいだろうか。マリは親友ふたりの間にいても特段居心地が悪くなるということもなく――むしろ、ロリからもルークからも、「いたいだけいても、こちらはまったく迷惑じゃないよ」といった空気感を感じるばかりだったのである。

 

 そして、この一週間の滞在で、マリはふたりに関して大体のところ、その関係性について把握していた。てっきりマリは、ルークが経済的な意味でも強い力を持っているのみならず、もともとロリに対しては彼のほうが強い精神的カードを握っていたことから……夫が上で妻が下といった、そうした関係性なのだろうとばかり想像していた。

 

 けれど、ルークは確かに経済的な意味で強いカードを持っているにせよ、ふたりの関係は対等、ないしは場合によってはロリのほうが精神的強者であるらしいことがだんだんにわかってきた。ロリはこの翌日も、「有給取って休んでる人がいるから、わたしが休むわけにいかないのよ」と言って溜息を着きつつ図書館へ出かけていったが――彼女が帰ってくるまでの間、マリはルークの行動を見ていて、ふとこう思ったものである。

 

(ようするに、アレだ。ロリとルークの場合は……男と女の役割が逆転してるんじゃないか?普通は、夫のほうが外へ働きに出て、妻のほうが今ルークがやってるような家庭の仕事をするものなんだろうが……夫のほうが資産的に多くのものを持っていたにせよ、外へ出て労働する者のほうがある意味強いということになるわけだ)

 

 毎朝、ルークは必ず朝5時前に起きて犬や猫など、ペットたちにエサをやったりその世話をして、簡単に朝食の準備とロリのお弁当作りをする。この間、ロリはぐっすり眠っており、彼女が起きてくるのは大体7時ごろであった。

 

 この時、マリもロリが寝ぼけ眼をこすりつつ、ルークに「おはよう」と言ってキスしたり、しきりと構ってもらいたがる犬や猫たちの頭や体を撫でたりするのを同じ食卓に着いて見ていたが――不思議と嫉妬の気持ちは湧いてこなかった。二匹の大型犬の黒い唇とキスしたあと、マリにも同じようにしてくれたからではない。彼らにとってはこれが当たり前の日常でありすぎるゆえに……なんの緊張感もなく幸せすぎる空間に自分も身を置いてみて、そこに動物の一匹でもあるかの如く「馴染んでいる」ことに、ただある種の驚きを感じるばかりだったのである。

 

「本当はね、せっかくマリがいるんだから、きのうの話の続きをまだ聞きたくはあったんだけど……わたしがいない間に急に帰ったりしないでね。それだけ、約束してくれる?」

 

 ロリは図書館へ行く身支度を済ませると、マリにそう言って、なんとも名残り惜しそうに職場のほうへ出かけていった。昨夜は三人で夜遅くまでビールやワインを飲みつつ尽きぬ話をしていたため――ロリは眠そうだったが、それでいて活力に満ちているように見えるのが、少し不思議だったかもしれない。

 

 こうして、ロリが出かけてしまうと、ルークが犬たちを連れて散歩しに出かけてしまったため――マリはその間ハミルトン家の留守を預かるということになった。猫たちはおのおの、好きなようにダラダラ過ごしているし、うさぎやモルモットは外のカゴの中で身づくろいをし、ハムスターはまわし車の中で飽きもせず、今日も永久運動に挑戦中だった。

 

 マリはこの時、六月ののどかな陽射しを浴びる、外の庭の景色を眺め、花壇にはこべが生えているのに気づくと、その白い花つきの葉っぱを摘み、青と黄緑のインコが二匹住まうカゴの、専用のエサ入れに詰めてやった。

 

(やれやれ。ネコが五匹もいるんじゃ、こいつらも時として生きた心地がしないんじゃないか?)

 

 ブルーのインコがまず、はこべの葉っぱを嘴で啄み、それをワラで出来た住処のほうで食べる。すると、黄緑のインコのほうでも同じようにし、こちらは止まり木の上で葉っぱを食べていた。

 

『ハコベ、オイシイ!オイシイ、ハコベ!』

 

『ピィちゃん、カワイイ、セカイイチ!!』

 

『チーちゃんだって、カワイイ!トモニタタエアオウ!セカイヘイワ!!』

 

(やれやれ。人間の言葉がわかっているやらいないやら……)

 

 ネコがどんなにジャンプしても届かぬ高みに置かれた鳥籠の中で、その後も何やらつぶやき続ける鳥たちの戯言を無視し、マリはウッドデッキの上で足を組むと、暫しのんびりすることにした。

 

 ルークは一時間か、一時間半ほどで戻って来ると言っていたが、今はまだ朝の九時半である。(やれやれ。ロリが戻ってくるまでには、軽く七時間以上もあるじゃないか)――そう思うと、マリは主に二階や屋根裏を住み処にしているリリが、毎日一体どんな思いでご主人さまを待っているかが、手に取るようにわかる気さえしたものである。

 

 結局ヒマだったので、マリはダイニングキッチンにある冷蔵庫の中を見、昼食は自分が作ることにした。ルークはもともと性格に完全主義的かつ、潔癖な傾向があったが、冷蔵庫の中の整理のされ具合を見ると、それがよく窺われたものである。

 

(冷凍庫になかなか感じのいいイカとエビがあるな。あと、野菜室に大きな赤や黄色のパプリカまである……じゃあ、パエリアにでもしてみるか?)

 

 この時点では、まずは解凍するのにイカやエビを出したというそれだけではあったが、そうこうするうち、ルークが戻ってくるだろうとマリは思った。それで、他の料理でイカやエビを使う予定があるということなら、余計なことはしないでおけばいいだろうと、そう考えたわけである。

 

『オレさ、ロリに懺悔しなきゃならないことがあるんだ』

 

 この四年、お互いの間にどんなことがあったか、一通り話し終わった頃だったろうか。適度にワインの酔いもまわりはじめ、マリの舌も少しばかり緩んでいた。

 

『懺悔って、なあに?』

 

 昔はワインにもウイスキーにもまったく興味のないロリだったが、ルークが美味しいお酒の飲み方を少しずつ妻に教えこんだため――いまや彼女もまた毎日酒を嗜むのが当たり前のようになっていたのである。

 

『いつだったかな……オレ、ロリの部屋でおまえが帰ってくるのを待っていた時、ロリが机に隠してた日記を読んだことがあるんだ。ほら、オレが王女でルークが王子で、ロリがオレの侍女みたいな役割の……』

 

『…………………っ!!』

 

 マリの告白で、ロリの酔いは一気に醒めたようだった。ルークはワインセラーから、マリのために彼――というよりも、彼ら三人の誕生年のとっておきの一本を開けていた。その酒の味がすっかり不味くなったとまでは言わないが、せっかくほろ酔いかげんでいい気持ちだったのに、それが台無しになってしまったのは確かである。

 

『なんだよ、ソレ?』

 

 酔っているせいではなく、ルークは『日記を読むなんて、そりゃアウトだなあ、マリっ!!』と突っ込むでもなく、彼はその点についてはすっかりスルーしている。

 

『まあ、そう怒るなよ、ロリ。あの頃のオレはおまえのことが好きすぎて、すっかり頭の中身がイカれてたからな。本当はオレのことをどう思ってんのか、それとも日記の中に実はルークのことがこんなに好きだのなんだの、書き綴ってるのか……その点についてどうしても知りたくて仕方なかったんだ。けどまあ、オレにしても驚いたことには、オレがテニスで勝っただなんだ、ルークもテニスで勝っただなんだ、まるで人から読まれることを想定でもしてたみたいに、ほとんどおキレイなことしか書いてなくてびっくりしたよ。しかも、トドメがオレが王女でルークが王子と来てる!あのなあ、ロリ。あの妄想話の中でオレは、ルークと結婚するなんてイヤだのなんだの言ってたと思うが、そりゃ確かに当たってる。もっともそんなオレに対して、侍女のおまえは『ルークさま以上の方など、この世界のどこにいらっしゃいます?』だのなんだの、ルークの容姿や性格の美点を並べ立てて説得しようとするわけだよな。だが、そのくだりを読んでいて頭がクラクラしてきたオレは……そのあと自分の部屋へ戻ってから、全然別の話を考えだしたよ。マリ王女はな、侍女のロリと駆け落ちして、ルークは隣の国の王女と結婚しましたとさ、めでたしめでたし……といったような筋の話をな』

 

『ハハハっ!!なるほどなあ。そりゃようするに、現実は小説よりも奇なりという奴さ。一応先に言っておくと、事実じゃなくて、あくまで現実だ。ルーク王子はその後、マリ王女との間で侍女のロリの取り合いを演じ……オレはおそらく、王位を捨てて平民にでもなってロリと結婚したんだろうよ。何分、王位のほうは長兄のマーカスが継げばいいといった事情もあるしな』

 

『…………………』

 

 ロリは黙りこんだままでいた。あの日記は引っ越す時に捨ててしまって、今はもうない。ゆえに、どんなことを書いたのだったか、今では確かめようがないからだ。

 

『えっとさ、ロリ。そう気にすんなよ。おまえの日記、そんな大したことなんて書いてなかったよ。友達に対する悪口ひとつ書いてあるわけでもなかったし、読み終わってオレが思ったのは……「なんて性格のいい奴なんだろう」と思って感心したっていう、そんな程度のことなんだからさ』

 

 その後、昔日記を読まれた恥辱について忘れるためか、再びロリはワインを飲みだし、三人の間で話のほうは別のことで再び盛り上がった。

 

(そうだよな。ルークとロリと別れた直後は……オレだって、今みたいにまた三人で笑えるようになれるとは、まったく思ってなかったんだ。ロリの日記を読んだっていうことだって、その当時はその事実を墓場まで持っていくような覚悟だったんだもんな……)

 

 時の流れといったものは、まったく不思議なものである。今、マリはロリとルークの関係性について、次のように考えている。自分では確かに、今ロリが持っているような穏やかな幸せを与えることは、間違いなく出来なかったに違いない。そう考えた場合、これで良かったのだと今は心から思えるということ……マリは、そのことに安堵している自分に対し、何よりほっとしていたのだ。

 

(おかしなもんだよな。オレはロリのことに関していえば……これから先も一生嫉妬で怒り狂っているだろうし、そのことをルークの前で隠すことも出来ないに違いない。だから、ふたりには今後一切会わずに離れているしかないんだと、ずっとそう思ってきたというのにな……)

 

 ようやく望み通り男の体になれたのだから、ロリとふたりきりになったら自分を抑えられないかもしれないとマリは想像していたが、実際にはそんなこともなく、至極冷静に彼女とルークのことを眺めていた。何も、彼ら幸せ夫婦の間にも、仲睦まじいにも関わらず、それならそれで別に問題があるのだ……とわかったからではない。何よりまず、マリは今では性欲といったことは関係のない、少し引いたところでロリのことを精神的な存在として心から愛おしいように感じるようになっていた。そしてそれと同時に、嫉妬の対象に成り下がった幼なじみという名の親友に対しても、かつて持っていたのに似た絆が戻ってくるのを感じていたわけである。

 

 このあと、三匹の何やら賑々しい犬と一緒にルークが戻ってくると、彼は片手にシーフードタコスとシシカバブの入った袋を提げていた。しかもそれがすごくいい匂いがするもので、特にルイとイヴはそわそわして仕方のない様子でご主人さまのまわりをしきりと歩きまわっている。

 

「ああ。この近くにさ、タコスとシシカバブのうまい店があるんだよ。いつもの散歩コースとは違うんだけど、少し遠まわりしてついでに買ってきたんだ。こいつで、昼メシにしようぜ」

 

「そっか。昼ごはんくらいオレが作ってやって、おまえを主夫業から解放してやろうと思ってたんだが、その美味しそうな匂いにはオレも抗しえないな。昼間っからそんなうまそうなもん食ってビールを飲むってんじゃ、働いてるロリになんだか悪い気もするが……」

 

「まあ、気にすんなよ。というか、マリは大事なお客人でもあるんだから、メシくらい毎日オレが作ってやるよ。用意のほうも全部オレがするから、とりあえずそこらへんうろうろしてる犬の相手でもしてやってくれ」

 

 犬たちが家に戻ってきてまず真っ先にしたのは、水入れの水をガフガフ飲むということだった。しかも、口許の下のほうの毛から、だらだらと水が床にこぼれている。マリはロリが「しょうがないワンちゃんね」と言いながら、犬の口許をタオルで拭いていたのを思いだし、同じ犬専用タオルでルイやイヴ、それにローレンの毛を軽く吹いてやった。

 

 ルークは、なんともいい匂いのするシシカバブの肉を犬たちには与えなかったが、代わりに鶏肉と野菜を蒸したものを三匹の犬それぞれのエサ皿に置いてやっていた。そしてここでようやく彼は一息つくような形で、ウッドデッキのガーデンチェアにセッティングした食事の前に座ったわけである。

 

「動物を飼うってのも、大変なもんだな」

 

(これなら、動物が一匹もいなくて、人間の子供がひとりかふたりいたほうがいいんじゃないのか)

 

 マリは少しだけ、そんなふうに思いもした。また、この件に関しては昔なじみの親友として、余計なことであるとわかっていつつ、彼は帰るまでにルークに一言いっておかねばならぬとも思っていたのである。何より、ロリ自身の幸福のために……。

 

「べつに、自分で好きで飼ってるわけだからさ。もちろん、雨が降ろうとなんだろうと散歩には行かなきゃなんなかったり、そういう面倒はあるにしても……こいつらが普段から与えてくれる無償の愛に比べたら、そんな苦労も大したこっちゃないっていうかさ」

 

 無償の愛、という言葉を聞いて、マリは微かにチクリと胸が痛まぬでもない。ルークは幼い頃からずっと、自分が一体何に飢えているか知らずして、そうしたものに飢えていた。決して母親が愛してくれなかったというわけではない。けれど、物心がついて以降は、「この目標を達成したらアレをあげましょう」といったような、そうした形での愛情しかルークは感じられなかったのだろう。しかも、無償の愛を与えてくれる存在だった犬は飼いはじめて半年もせずに死んでしまったし、その後、道を挟んだ向かいに引っ越してきた娘のことは、彼女は彼になら喜んでなんでも捧げようとするだろう……そのことをわかっている自分が、先に道を塞いでおいた。けれど、今はすべてが収まるべきところに収まったのだと、マリもそのことを素直に認めることが出来る。

 

「オレはきっとおまえに、悪いことをしたんだろうな」

 

「ん?」と言って、ルークはタコスを口へ放りこみ、それからビールをぐびっと飲んだ。「ああ、もしかして昔あったことか?でも、その件に関していえば、マリが仮にオレを利用したんだとしても……オレだってそこに乗っかったって意味じゃ責任があるわけだしな。でも、アレは今よりもっと若い時に起きた、痛み分けにも近い出来ごとだったとはオレも思ってない。もしこれで、マリもオレも男で、ロリのことを取りあったとかなら、話のほうはもっとシンプルだったかもしれない。でも、オレもロリも、それでいて、おまえのことを傷つけた痛みごと、やっぱりマリのことをずっと愛してたよ。そしてそれは……うまく言えないけど、オレとロリの間にある愛よりも、ある意味強いことがある。こんなの、マリにとっては気持ち悪いだけかもしれないけど、オレはロリのことを通してやっぱりマリのことを愛していて、ロリもオレを通してマリのことを愛してるようなところがあるんだ。でも、このことをお互い口に出して言ったことはない。でも、ロリもたぶん……きっとそうなんじゃないかと思うんだ」

 

「そうか。まあ、ルークの言いたいことはなんとなくわかるが……それでおまえ、ロリとの間に子供を作る気はないのか?」

 

 マリの中で、今ルークが言ったようなことは、最初にルークと目と目があった時、その次にロリと眼差しと眼差しが出会った時に――マリには言葉で説明されずとも、わかっていることだった。それで先に、おそらくこの場合、自分しか言えないだろうことを、親友に話しておくことにしたわけである。

 

「う~ん。まあ、ロリには秘密にしてあるんだけどさ、病院の、男性不妊の専門外来へ行ったりとか、あとは、『これを飲めば妊娠する』というか、パートナーを妊娠させられるといったような漢方薬とか、その種の薬を毎日こっそり飲んでみたり……考えてないわけじゃないんだ。ロリは絶対妊娠したいとか、子供が欲しいってわけじゃないみたいに言うんだけど、やっぱりさ。ロリのお母さんも、『孫が存在するかわり、オレとロリの関係が悪くなったっていうんじゃ意味がない』みたいに言うんだけど……なんていうのかな。娘が幸せでさえあってくれたら孫のことはべつに、みたいな言い方なんだけど、でもやっぱりあのお母さんの腕に孫を抱かせてあげたいって気持ちは、ロリに負けないくらいオレにもあるわけだし……」

 

「そっか。なんかごめんな。オレくらいおまえと親しくないと、こんな突っ込んだことまでは誰も聞けないんじゃないかと思ったもんだからさ。オレは一応性転換手術やホルモン投与なんかで、男の体にはなれたにしても……女性を妊娠させることまでは出来ないからな。だから、もし1%でも自分の子供をパートナーが生めるとしたら、努力しない手はないと考えると思うわけだ。それがどんなに過酷なことかも最初はよくわからないながらな。でも、世の中にはそういう極めて少数派の人間の悩みもあるってこと、ルークには知っておいてもらいたいなって、そう思ったもんだから」

 

「ああ。そうだな……このことはまた、ロリと話しあってみるよ。単にオレがヘタレなせいで、なかなか決断がつかないって話でもあるから。マリが経験した手術を含めたつらい経験に比べたら……オレはほんと、おまえに比べて優柔不断な勇気のないダメ男なんだと思うよ」

 

 いやしん坊の犬たちは、ローレンを除き、自分の食事を終えると今度はウッドデッキのテーブルに足を乗せ、その上の匂いをしきりに嗅ぎはじめる。「だーめーだっての!」と、ルークに厳しい口調で注意されると、ルイもイヴも、少ししょんぼりしてウッドデッキの階段を下りていく。その後、ローレンがルイの隠した骨のおやつを掘り起こしたことに気づき――今度はそのことしか頭にないように、ルイは逃げるローレンを夢中になって追っていく。イヴは散歩で十分走って疲れたせいか、ルークの足許で体を横たえ眠りはじめた。

 

「確かに、犬っていうか、動物ってのはいいもんだな。なんか気まずい会話のあとでも、何か空気を読んだみたいにバカみたいなことをやってなごませてくれるものな」

 

「そうなんだ。あいつらはしょっちゅうオレとロリの間の、何か夫婦のそういうのをもぐぱく食べては、按配よく中和してくれるんだな。その一事について思ってみただけでも、普段世話がどんなに大変だろうと、それ以上のものをいつでもあいつらは与えてくれるんだよ」

 

 このあと、ルークとマリは、小さな頃にあった思い出話や、その他ふたりの間でしかわからない微妙なお互いの家族の話など、色々な話をして午後のひとときを過ごした。そして最後にルークは、夕食を作るのに中へ戻る前に――マリにこう聞いていた。

 

「あの、さ。これは答えたくなかったら答えなくて全然いいことなんだけど……あの頃、オレはマリが将来男になりたがってるとか、ガキだったせいもあって、本当には真剣に受けとめてなかったと思うんだ。どちらかっていうと、『性転換して本来の性である男に戻りたい』って言い続けていたにしても、最終的にはそんなこともなく、たとえば……これは本当にたとえばってことだけどさ、オレとの間に子供が出来たことで、結局のところ諦めてオレと結婚して落ち着いてくれるとか、そんなことをオレの側としては思ってた。このことはオレ、今もロリには一言も言ってないけど、マリのロリに対するあれ……ロリのことが男として一番に好きで、自分が男としての体を持っていて、ロリのヴァージンを奪うところを想像しながらマスターべーションするって聞いても、オレはそういうところには全然嫉妬しなかった。ただ、それでいてオレとのセックスだって、それなりに楽しんで……というか、マリはどうかわかんないにしても、オレのほうはそれなりどころか大いに興奮して楽しんでたっていうか、快楽を享受してたっていうのか……でもマリにとってはそういうのって、今男の体で女性とセックスするよりも遥かに劣ることだったのかっていうのが、今も少し気になってる」

 

「うん……それは、そうだな………」

 

 ルークが『答えたくなかったら答えなくていい』と言ったとおり、マリは適当に答えを濁すことも出来た。けれど、実をいうとマリにとって、ロリとルークの関係性において、頭にカッと血が上るほど腹が立ったのはふたりが性的な関係を結んだということよりも、自分自身の過去の言動に関することだったのである。明らかに自分はルークに対してロリへの思いをしゃべりすぎていたし、『最終的にこうなる』ということが最初からわかっていたなら、マリもルークの恋愛的関心を完全に自分へ向けさせようとしたり、普通なら男に対してしゃべらないような自分の性的傾向について詳しく語ったりすることもなかっただろう。ゆえに、このあたりのことをうまく言葉によって説明するのは、マリにとっても困難を極めることだったのである。

 

「これはもしかしたら……ルークが聞きたい答えとは少し違うものかもしれない。でも、こう想像してみてくれないか?たとえば、ルークが日記の中でロリが想像していたような、どこか異国の王子か王さまだったとする。で、昔の中国の後宮でも、古代イスラエル王国のハーレムでもなんでも構わないが、とにかくそんなものまで持てる権力がおまえにあったとした場合――当然おまえの場合はハーレムに入れたいのは、その全員が美女であれ美少女であれ、とにかく性のほうは女、ということになるだろ?」

 

「まあ、そうだな」

 

 マリが何を言わんとしているのかわからないながらも、内心で面白がりつつ、ルークはビールを飲んだ。

 

「オレの場合は……まあ、そのハーレムの中で、王さまの一番のお気に入りの妃だのなんだの、そんな地位なんかごめんだってことなんだ。オレは、オレ自身にとっての後宮が欲しい。それで、もしオレがそこに天使のような美少年か美青年であれば数人いてもいいと考えるとしたら、もしかしたらオレはバイってことなのかもしれない。でもオレは自分のハーレムに、それがどんなに美しい少年であれ青年でれ、男はひとりたりとも欲しくないんだ。つまり、オレはそのくらい性的な部分では男ってものを必要としてないんだよ。自分自身がこの上もなく男そのものだっていう、そのせいでな」

 

「うん。わかるよ……なんて、軽々しく言っちゃいけないか。これはあくまでオレが想像するにってことだけど、マリの場合はそれだけ『自分は男だ!』っていう意識が強いというか、アメリカで生まれた生粋のアメリカ人が自分をフランス人だと考えることはまったくないように――そのくらい、明白なことなんだろう。でも、マリとは違って、他の性自認が自分の実際の体と違うといった人たちの中には、そのあたりが流動的でもう少し曖昧だって場合も多いんじゃないかな。オレの間違いは、たぶんそこにあったと思うんだ。母さんなんか、ロリが外に働きに出て、オレが専業主婦みたいなことやってるもんで、たま~にこんなふうに嫌味を言うことがあるくらいなんだぜ。『あんた、なんかまるっきり女みたいじゃないの』ってね。で、オレは呆れたみたいにこう言うわけ。『母さん、今はもうそんな時代じゃないんだって』なんてさ。オレは……ロリと今一緒に暮らしててそうみたいに、マリがオレのことを一番に選んでさえくれたら……たぶん、おまえのことを徹底的に支えたと思う。テニスのキャリアにしても、その他のことについても、なんでもさ。でもロリは、それ以前の問題として、オレのためになんでもしてくれるってわかってるんだ。今も、図書館だって辞めろって言ったら辞めて、一緒に犬や猫や他の動物たちも連れたキャンピングカーでの旅行とか……オレがどうしてもそうしたいっていうことは、叶えてくれるだろうってわかってる。だから、注意が必要なんだ。マリが望んでることをオレがなんでも叶えたいと思ったみたいに……そういう、どちらかにばかり負荷をかける関係っていうのは、そう長くは続けることが出来ないように出来てるものなんだろうから」

 

「オレも、わかるよ、なんて軽々しくは言えないけどさ」

 

 マリは、照れたように笑って言った。ルイはローレンと暫し骨の取りあいを演じたあと、遊びに飽きたらしいローレンに譲ってもらうような形で、また別の場所に<宝物>を隠しはじめている。だが、ローレンの視線にハッとすると、再び他の場所を探すことにしたようだった。

 

「オレも、あれから四年たって、見えてきたことが色々ある。で、ルークに対しては当時なかった『悪いことをした』という意識があって、それはオレの中でも痛みわけってことじゃないんだ。ロリも日記にこんなふうに書いてたって覚えてる。『マリはこの世界でルークの愛情の本当の価値に気づかない、唯一の女の子なんじゃないかと思う』みたいにさ。わかるか、ルーク?オレは、当時は自分の好きな女に<女の子>だなんて言われただけで……カッと頭に血が上って、他のことは全部霞んで見えなくなってしまうような感じだった。だからそうした意味で、ルークがいるのが当たり前っていうか、おまえの友情のありがたみみたいなものに気づくことが出来なかったのは確かだと思う。お互い、ずっと酸素か何かみたいにいるのが当たり前って関係性だったから……でも、家族と離れてヨーロッパを転々とするようになって気づいたのは、何よりもそのことだった。テニスの強化合宿やら夏のバカンスやらで、ほんのちょっと離れてるってわけじゃなく――おまえと、もうこのまま二度と一生顔を合わせもしなければ、電話で話すらすることはないかもしれないってことの意味に生まれて初めて気づいたような、そんな気持ちだった。それでそのことは……ある意味、ロリを友達として、男として好きな女を失うことより、実はつらいことだったんじゃないかと思った」

 

「うん………」

 

(オレも、同じ気持ちだったからわかる)と答えるのも軽薄な気がして、ルークは黙って俯いた。ただ、身体的にはお互い遠く離れていても、心の中ではずっと同じ痛みを、心のどこかで感じ続けることで……逆にお互いに繋がり続けていたのだということに初めて気づいたのである。

 

「オレがもし……自分が女だったら良かったのにと思うとしたら、唯一ルーク、おまえのことでだけだよ。そうだな。うまく言えないけど、オレがもし仮にハーレムなんてものを持ってたとしたら……まあ、そこにおまえならいてもいっかと思ったりもする。唯一ロリのことは別だが、他の側女の何人かとなら……おまえが遊びで寝たと聞いても、腹を立てたりしないかもしれない。オレはさ、ルーク、よくドラマなんかの中である、くだらない彼氏の彼女を寝取っただの、あるいはその逆だのいう話は、自分には一切無縁だと思ってた。けどまあ、実際にはあるわけだよな。ルークがオレともロリともつきあってなくて、ある日『婚約してる恋人』なんてのを、親友のオレに紹介したその瞬間から、その女のことが欲しくなるなんてことが……もし仮にオレとルークの間でそんなことがあったとしたら、その時のオレ自身にはやっぱりわからないだろう。ルークが好きだという女を好きになったという心理には、もう少し複雑で微妙な難しいものがあって、その気持ちのどこかにはもしかしたら『そんな女より、オレとの友情のほうが大切だろ?』とか、そんな気持ちだって入り混じってるかもしれない、なんていうことは……」

 

「うん……なんかもう、オレとしては十分って感じだ。というか、マリ、おまえが帰ってきてくれただけで、もう十分ではあった。マリ、おまえ最初に言ったろ?『おまえのヒースクリフが帰ってきた』って。そんならオレは今はもうヒロインのキャサリンだって、その娘のキャシーだってなんだっていい感じなんだ。『嵐ヶ丘』に残るものはきっと、ただヒースの生い茂る丘ばかりってことなんだろうからな。いつか愛も憎しみも、その昔あったのが信じられない幽霊のようにそこでは眠りにつくってことなんだろうから。マリ、おまえさ、ハミルトン家の墓がミドルトン家の墓のすぐ隣にあるって知ってるだろ?」

 

「そりゃ、もちろんな。最後にそこでおまえんちとオレんちの家族の全員で立ったのは、ルークんとこのお祖母さまが亡くなった時だったっけ」

 

 葬式話に関連して笑みが洩れてしまう、というのは不謹慎なことであったに違いない。だが、ルークは当然マリのその含みのある笑いの意味を十分理解していた。何故なら……そこに集った者のうち、ルイーザ=ハミルトンの死を、本当の意味で悲しんでいた者は誰ひとりとして存在してなかったろうからである。高級住宅街、アストレイシア地区の女ボスとして恐れられていたルイーザ=ハミルトンは、恐怖によって婦人会を牛耳っていたし、それは身近な近親者に対してでさえそうだったからである。

 

 そんな中、みな悲しむような振りをしつつ――こののち彼女が死んだことにより、財産的な何かに与れるだろうことを頭のどこかで算段していただろうことは間違いない。ルイーザは、実の息子や娘に対してでさえ、「血が繋がってるってだけで、なんであんたたちに土地や金をこのあたしが残さなきゃならないんだろうねえ」と溜息を着きながらこぼし、孫たちに対してでさえ、「孫だからっていうそれだけで、なんで可愛がらなきゃならないんだい」と面と向かって言ったりするような、そんな人物だったからである。

 

「そうだよ!だからさ、オレ……もしこのままマリと会えないままだったとしても、墓の中でなら会って仲直りできるかもなとか、そんなことまで思ってたんだ。おまえは笑うかもしれないけどさ……」

 

 ルークは喉が詰まったようになり、そのまま再び俯いた。普通なら、元恋人だった女性が性転換して男性となり、再び自分の目の前に姿を現した――としたなら、相当複雑な思いを味わうことだろう。けれど、ルークの場合は別だった。マリが小さな頃から、『自分は男だ』、『自分は男なんだ』と繰り返し言っていたせいもあり、今ではただ、大の親友が幸せであることを願う気持ちしか彼には残ってなかったのである。

 

「そういや、ルークんちのあのおっかない婆さん、オレのゴッドマザー(名親)なんだよな。そのせいかどうか、オレにまで遺産残してくれたりしてさ……父さんにも母さんにも、フランチェスカにだって何も残してないってのに、なんでオレにだけ金残したりしたんだろうなって少し不思議だった。アストレイシア地区の人たちはみんな、ルークのお祖母さんのことおっかながってたけど、オレは特に何も不愉快な思いをさせられなかったせいかどうか、あのばあさんのこと、結構好きだったんだぜ。こんだけまわりの誰からも嫌われてんのに、なんでああもふんぞりかえってられるのかなとか、自分も小さいことをいちいちくよくよしたりしないで、あのばあさんみたいに人の思惑なんか一切気にしないようになれたらいいのになあとか、むしろ見習うべき対象でさえあったっていうかさ」

 

「マリの言いたいこと、すごくよくわかるよ」

 

 むしろ、マリが茶化すように話題を変えてくれてよかったと、ルークは心からそう思った。何より、お互いの気持ちならばもう十分にわかりすぎるくらいわかってもいたから……。

 

「ルイーザお祖母さまはさ、まわりの人間が卑屈なくらいの態度を自分に対して取るのが何故か、よく理解してる人だったからね。身内の人間も、近所に住むセレブ連中も、社交界でつきあいのある人々も……自分の持っている財産や身分に敬意を表して頭を下げたり身を屈めたりするのであって、自分自身に、金も地位もないルイーザ=ハミルトンに、夫が有名な議員でもなんでもないハミルトン夫人には一切なんの興味すら持ちもしないと理解している人だった。まあ、根源的な意味で言うとしたら、お祖母さまの底意地の悪さはそういうところから来てたんだと思うよ。人の好き・嫌いの激しい人でもあったから、なんの利害関係もない自分があまり好きでない人間に対しては冷淡だったけど、逆にマリみたいにミドルトン家が金持ちだからとかなんとか関係なく、結局のところ自分の力だけでも這い上がってくるだろうみたいな子には、お祖母さまは好感を持つってタイプだったからね。お祖母さまはマーカスに対しては『ちっとばかり頭がいい以外取り柄がない』と言い、アンジェリカに対しては『財産を男や何かくだらないことで浪費するんじゃないよ』と言い、オレに対しては――『顔以外何も取り柄がないようだから、家名や財産に寄りかかるような怠け者にだけはなるんじゃない』なんて言ったりするような人だったし……まあ、でもああも面と向かってはっきり言われると、ある部分背筋がしゃきっと伸びるようなところがあったりもしてさ。マーカスもアンジェリカもお祖母さんのことを毛嫌いしてたけど、オレは結構好きだったんだ。父さんは、顔を合わせると嫌味しか言われないもんで、ハミルトン家の食事会は何かと理由をつけては欠席することが多かったけど、『あの男のケツをバットで打って、睾丸を飛び出させるコメディアンがいたら、わたしがそいつに100万ドルの小切手を切ってやるよ』とか、『うまいことあいつのペニスだけ轢いてくれる自動車か電車があったら、あたしがタイミングを見計らって突き飛ばしてやるんだけどね』なんて言ったりする、ユーモアセンスのある人でもあった。オレやアンジーにしてみたら、お祖母さまの何気ない一言になんで他の人が誰も笑わないのか、不思議でしょうがなかったもんだよ」

 

 そうした場に一緒にいたこともあるマリは、その時のことを思い出して大笑いした。ルークの母親が、「子供の前でやめてください、お母さん」と言っても、ルイーザは実にケロリとしたものだった。「何言ってんだい。この子たちも随分大きくなったし、父親の無礼講についてはすでに知ってるってのに隠し立てしてなんになるんだい」と、厳しい顔つきで言うのみのだったのである。

 

「そうだよなあ。ルイーザおばあさまは、特に彼女のなんの被害にも遭ってないオレにしてみりゃ、その言動や噂を聞く分には十分面白い人だったよ」

 

 マリとルークはその後も、お互いにしかわからないそんな昔話をいくつもして過ごした。この時期、ユトレイシアは六時や七時になっても、まだ陽は高く、まるで永遠にこのまま太陽が沈まないのではないかといったようにさえ思われる。この日、ロリはマリのことを思って、少しドキマギしながら帰宅した。これは決して、かつての女友達が男になって戻ってきたという、そのせいではない。ただ、久しぶりに会う女の大親友が家で待っていることに対する興奮や喜びということだった。けれど、ルークとマリが昔話に夢中になりすぎるあまり、自分の帰宅にさえ一切気づかず、庭先で愉快そうに笑っているのを見て――ロリは何故か奇妙な寂しさと、ふたりの間の絆に太刀打ち出来ないという、言いようのない胸の苦しみをこの時感じたのである。

 

 簡単にいえば、その胸を一瞬刺した痛みは<嫉妬>の一刺しということであったが、ロリはそのことに気づかない振りをして、かわりに笑顔を浮かべることにしたわけである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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