前々回のブログで最も強調したかったことは、「われわれはブラックホールの中にいる?」ということでした。今回もブラックホールに関することなので、「事象の地平面」をもっと掘り下げて追求したいものです。
前回ブログの図1に、エルゴ領域(エルゴ球)という聞き慣れない用語が存在していますので、このエルゴ球を追っかけてみることにします。
エルゴ球とは回転するブラックホールの外に位置する領域である。その名前はギリシア語の仕事を意味するergonの語から来ている。エネルギーと質量をブラックホールのこの領域から取り出すことが理論的に可能なことから、ジョン・ホイーラーらによってこの名前が付けられた。
図1を見ると、カー計量での二つの表面は特異点を持つように見える。内部の表面は球面状の事象の地平線であり、一方で外の表面は偏円の回転楕円体(扁球)である。エルゴ球は二つの表面の間にあり、その時空の中では、純粋な時間成分は負である。言い換えると、純粋な空間計量成分として振舞う。その結果、もし、時間的な特徴を扱うならば、エルゴ球の中の粒子は内部質量と一緒に回転しなければならない。
図2:回転楕円体(左:扁球)と 回転楕円体(右:長球)
エルゴ球は回転楕円体の形をしており、ブラックホールの自転軸で事象の地平線と接する。エルゴ球の中の時空はブラックホールの回転方向へ引っ張られている。内部の時空は静止した宇宙と比較すると光速度より速い速度で引っ張られている。この現象は(Lense-Thirring effect)として、また慣性系の引きずり(frame-dragging,w:Frame-dragging) として知られている。「Lense–Thirring effectとは回転質量が作る"重力の磁場"のようなものである。」
エルゴ球の中では、空間に物体が光速度以上で引きずられるので、物体が外の宇宙に対して静止するためには引き摺られている空間に対して光速度以上で運動しなければならず、これは物理的に不可能なため、エルゴ球の中の物体は外の静止した宇宙からみて静止することはない。また、この空間の引き摺りにより、エルゴ球の中に負のエネルギーが存在するという結果がもたらされる。
エルゴ球の外側の境界は静止限界と呼ばれる。静止限界では、空間が静止した空間からみてちょうど光速度で引きずられており、光速度で動く物体が無限遠の宇宙に対して静止する。この境界の外側の空間は、引きずられてはいるが光速度よりは遅い。そして、内側の境界は事象の地平線である。また、このエルゴ球の外側の境界は静止限界であるが、宇宙の地平面 (宇宙の地平線)として捉えることが出来る。
宇宙の地平面とは、観測可能なもっとも遠い宇宙の空間あるいは宇宙の時空であり、観測上の「宇宙の果て」である。一般的に宇宙は膨張していると考えられており、距離が離れているほど地球からの後退速度が速く、ある距離(ハッブル距離)以上は光速以上の速さで離れる。地球に向かう光が常に光速以上で遠ざかる空間にとどまるという条件下では、その光は地球には永遠に届かない。このとき光が届く限界の時空面を宇宙の事象的地平面という。事象的地平面は我々が観測できる個々の天体がどの時代の姿まで観測できるかを示している。
現在観測される天体のなかには、光速を超えて地球から遠ざかっているものも存在する。このような天体が観測できるのは、天体から放たれた光が光速以上で遠ざかる空間から抜け出て次第に地球からの後退速度が緩やかな空間に入るからであり、「地球から光速で遠ざかる空間=宇宙の地平面」ではない。赤方偏移Zの値が1.7程度の天体は、今地球で観測される光を放ったときちょうど光速で遠ざかっていたので、これよりも赤方偏移の大きな天体は超光速で地球から遠ざかっていたことになる。そのような天体はすでに1000個程度観測されている。
また、現在地球から観測できる最も古い光が放たれた場所の、現在の位置を光子の粒子的地平面という。現在の光子の粒子的地平面は地球を中心とする半径465億光年の球の表面となり、この球面の半径は光速の約3.5倍の速さで大きくなり、我々が今観測している光を放ったとき(宇宙の晴れ上がり)には光速の約60倍もの速度で遠ざかっていた。
光子以外の粒子による粒子的地平面は光子のそれよりも遠く伸びる場合がある。たとえばニュートリノによる粒子的地平面は光子の粒子的地平面よりも大きいと考えられる。なぜなら光は直進できるようになるまで「宇宙の晴れ上がり」を待たねばならなかったが、ニュートリノはそれ以前に直進していると考えられるからである。
また、私たちの属する宇宙は光子を含む電磁波の観測によって関与できる空間の限界を示す光子の粒子的地平面を超えて、はるかに広大に広がっていると考えられている。
エルゴ球が事象の地平線よりも外にある場合、ブラックホールの引力から物体が逃げ出すことが可能である。物体はブラックホールの回転に引かれてエネルギーを得ることが出来、それから脱することができる。つまりブラックホールのエネルギーを取り出すことが出来る。
回転しているブラックホールからエネルギーを取り出すこの過程は、ロジャー・ペンローズにより1969年に提唱され、ペンローズ過程と呼ばれる。理論的に回転しているブラックホールから取り出すことが出来るエネルギーは29%である。このエネルギーを取り出し尽したときブラックホールの回転は失われ、エルゴ球は存在しなくなる。この過程はガンマ線バーストのような現象のエネルギー源を説明することが出来ると考えられている。コンピュータモデルの計算によりペンローズ過程はクエーサーや活動銀河核から放出されるのが観測されている高エネルギーの粒子を生み出しうることが示された。
最新の画像[もっと見る]
-
タイムトラベルとタイムマシン? 10年前
-
パウリの夢の数式に「虚数」が生み出された! 11年前
-
「微細構造定数」137とパウリ&ユング 11年前
-
宇宙インフレーション 超弦理論 11年前
-
拡張標準モデルとは? 11年前
-
拡張標準モデルとは? 11年前
-
相対性理論とローレンツ対称性 11年前
-
宇宙の起源に新説か? 11年前
-
宇宙の始まりは「ビッグバウンス」? 11年前
-
「スピンの泡」が時空に対応する、ループ量子重力 11年前
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます