真実を求めて Go Go

今まで、宇宙についての話題を中心に展開してきましたが、今後は科学全般及び精神世界や歴史についても書き込んでいきます。

宇宙インフレーション 超弦理論

2014年03月29日 | 宇宙

 マルチバースの存在を予言するのはインフレーション理論だけではありません。宇宙が「この宇宙」だけではないことを示す理論は、宇宙論とは別の分野からも出ています。素粒子論の最先端である「超弦理論」がそれです(「超ひも理論」と呼ばれることもあります)。「自然界の成り立ち」を解明しようとすると、素粒子論と宇宙論がともに深く関わるのは当然です。

  その標準模型では、この自然界には一七種類の素粒子が存在することがわかっています。陽子や中性子などのバリオンを構成するクォークが六種類、レプトンと呼ばれる電子やニュートリノの仲間が六種類、電磁気力、強い力、弱い力を伝えるボソンが四種類、そこに「標準模型の最後のピース」だったヒッグス粒子を加えて一七種類です。


 では、ヒッグス粒子の発見でこの標準模型が完成したことで、「自然界の成り立ちが完全にわかった」といえるのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。まず、ここに「重力」が含まれていないことはすぐにおわかりでしょう。力を伝える素粒子が四種類あるので、それが「四つの力」に対応していると思う人もいるかもしれませんが、そこに重力を伝える「重力子」は入っていません。

 標準模型に含まれる四種類のボゾンは、電磁気力を伝える光子、強い力を伝えるグルーオン、弱い力を伝えるWボゾンとZボゾンの四つです。重力子は、理論的に存在が予言されているだけで、まだ発見はされていません。そもそも標準模型は、重力を除く「三つの力」の働きを解明するのが主目的だったのです。

 しかし、物理学の究極の目的は「四つの力」を統一して同じ理論で説明することですから、その点だけ見ても、標準理論が最終的な答えではないのは明らかでしょう。電磁気力と弱い力はワインバーグ=サラム理論で統一されましたが、そこに強い力を合わせた「大統一理論」もまだ完成していません。

 さらに、それが「物質の根源」だというには、素粒子の種類が多すぎます。たとえば、かつて物質の根源(=素粒子)だと考えられていた「原子」は、元素の種類があまりにも多いことから、「より根源的な素粒子があるはずだ」と考えられるようになりました。それと同様、一七種類の素粒子にも「もっと深い根っこがあるに違いない」と思われているのです。

 また、標準理論には暗黒物質も含まれていません。原子でできた物質の五倍もある物質を脇に置いているのですから、自然界の成り立ちがすべてわかったなどといえるわけがないのです。

 では、標準模型の奥底にはどんな「根っこ」が隠れているのか。それを解明する理論としてもっとも有望視されているのが、超弦理論です。それが解明されれば、暗黒物質も同じ枠組みの中で説明できるでしょう。さらにいえば、超弦理論は重力を加えた「四つの力」を統一する可能性をも秘めています。だからこそ、素粒子物理学の「最先端」にあるといえるわけです。

 超弦理論では、これまで「点」だと考えられていた素粒子が、より根源的には一次元の「弦」でできていると考えます。標準模型に含まれる一七種類の素粒子は質量や電荷やスピン(角運動量)などそれぞれ固有のパラメータを持っていますが、こちらは輪ゴムのように「閉じた弦」と両端のある「開いた弦」の二種類です。

 ただし、それはさまざまなパターンで振動します。ちょうどバイオリンの弦が振動の仕方によって音程や音色を変えるのと同じように、「弦」も振動によって姿が変わる。同じ弦が、電子になったり光子になったりクォークになったりするわけです。

 このアイデアを基本とした理論は、もともと「弦理論」と呼ばれていました。それが「超弦理論」になったのは、「超対称」という対称を含むように拡張されたからです。そうすると、従来の標準模型には含まれない「超対称性粒子」が存在するようになります。超対称性粒子とは、標準模型の素粒子すべてに存在するパートナーのような素粒子のことです。それが存在すれば、素粒子の種類は倍増することになります。

 現在の標準模型では、電子やクォークなど物質を構成する素粒子(フェルミオンといいます)と、力を伝える光子やグルーオンなどのボゾンを別々の理論で説明しています。しかし、もし理論的な予言どおりに超対称性粒子が存在すると、その両者を理論的に区別せずに扱えるようになる。どちらも同じ「弦」という根っこによって、理解できるようになるのです。

 さて、超弦理論の考える「弦」には、私たちの常識を超える性質があります。私たちは縦・横・高さで位置の決まる三次元空間で暮らしていると思っていますが、弦はそうではありません。九次元もしくは一〇次元の空間に存在すると考えられています。それが物質の根源なのですから、私たちの住む世界にはそれだけ多くの次元があるということです。

 これは一体、どういうことでしょうか。次元が一つ多い四次元空間でさえ、私たちにはそんな方向がどこにあるのかわかりません。ところが超弦理論は、そんな余剰次元が六つもあるというのです。しかし、私たちはその余剰次元を実感することができません。

 この超弦理論からは、十数年前に「膜宇宙(ブレーン宇宙)」という考え方が登場しました。その理論によれば、私たちの宇宙は三次元の「膜」のようなもので、それが九次元か一〇次元まである空間に存在しています。

 膜宇宙論では、電子やクォークや光子などの素粒子は「開いた弦」であり、その端が三次元の膜にくっついていると考えます。位置を固定されているわけではないので、三次元空間の中ではすべるように移動することができますが、余剰次元の方向には出ていくことができません。ただし、その中に一つだけ例外があります。それは、重力を伝える重力子です。

図:膜宇宙のイメージ

 この重力子は「閉じた弦」になっており、端が三次元の膜にくっついていないので、図のように余剰次元とのあいだで出入りすることができます。だとすれば、重力がほかの「三つの力」と比べて桁外れに弱いことも説明がつくでしょう。電磁気力、強い力、弱い力を伝える素粒子は三次元の膜に閉じ込められているのに対して、重力は余剰次元のほうにも漏れ出します。

 このように重力はもともと高い次元での力ですが、三次元の膜宇宙ではアインシュタインの重力場の式で、ほぼ記述されることを京都大学の白水徹也准教授らが示しました。ほぼというのは、膜宇宙での重力の方程式には、アインシュタインの重力場の式に「補正項」が付け加わっているからです。この補正項は小さな値なので、普通は、膜宇宙でも、実質アインシュタインの重力場の式を用いて構いません。ただし、宇宙のきわめて初期を考えると違いが出てきます。そして、もし、その違いが観測でわかるなら、私たちの住んでいる宇宙が膜宇宙である証拠となるかもしれません。

 では、私たちが住む膜宇宙の「外側」は一体どのような空間になっているのでしょうか。それを数学的に示したのが、「カラビ=ヤオ空間」と呼ばれる複雑な構造です。数式で表現する以外に説明しようのない空間ですが、このカラビ=ヤオ空間につながっている膜宇宙は私たちの三次元宇宙だけではありません。その内部空間のほかのところにも、別の膜宇宙がつながっていると考えられているのです。

 アメリカの素粒子研究者レオナルド・サスキンドによれば、カラビ=ヤオ空間につながる複数の膜宇宙の中には、私たちの膜宇宙と成り立ちの異なるものがたくさん存在します。電磁気力や素粒子の質量などの物理パラメータが違うだけではありません。次元も三つとはかぎらないので、「四次元膜宇宙」や「五次元膜宇宙」なども数学的には存在が可能だと言います。

 しかも、その多様な宇宙の可能性は、一〇の二〇〇乗もあるというのですから、驚かざるを得ません。それが、超弦理論から予想される「マルチバース」なのです。

 超弦理論でのマルチバースは、互いの宇宙がまったく独立で因果関係も持てない膜宇宙から構成されているわけではありません。重力は膜宇宙から漏れ出します。つまり重力の波、重力波は隣の膜宇宙に届くのです。もし隣の膜宇宙にも知的生命体が存在するなら重力波通信で、互いの宇宙を知らせ合うこともできるかもしれません。

宇宙インフレーション その5

2014年03月28日 | 宇宙

 第二のインフレーション=宇宙の加速膨張が、ビッグバンを起こした「第一のインフレーション」と同じ現象なのかどうかは、まだわかりません。膨張してもエネルギーが薄まらないことから、そこに何らかの意味で真空のエネルギーが関わっていることは間違いないと考えられますが、その量が理論的な計算より124桁も小さいことはすでにお話ししたとおりです。この謎が解けなければ、ダークエネルギーの正体もわかりません。

 スティーブン・ワインバーグは、この謎を「人間原理」で説明しようとしました。人間原理は1960年代にロバート・ディッケが、さらに1970年代にはブランドン・カーターが主張しました。

 ディッケとカーターの人間原理は、「ユニバース=一つの宇宙」を前提にしたものでした。宇宙は人間という知的生命体によって観測されているのだから、人間を生むのに都合のよい条件になっているのが当然であるということです。もしこの宇宙が人間を生まない条件で作られていれば、誰も宇宙を観測しないので、宇宙の初期条件や物理パラメータが問題になることもありません。要するに、自らを観測する存在が生まれるように宇宙ができているのは、奇跡のような偶然にすぎないということです。

 しかし、ワインバーグの人間原理はその二人と中身が少し違います。ワインバーグは、1989年、真空のエネルギーについて次のような考え方を発表しました。これは、宇宙に残った真空のエネルギーが小さすぎる問題や、ダークエネルギーの偶然性問題に答える一つの仮説にもなっています。
「宇宙は無数に存在し、それぞれが異なった真空のエネルギー密度を持っている。その中でも、知的生命体が生まれる宇宙のみ認識される。現在の値より大きな値を持つ宇宙では天体の形成が進まず、知的生命体も生まれない。認識される宇宙は今観測されている程度の宇宙のみである」
ワインバーグが提示したのは、このような考え方でした。

 ここで「宇宙は無数に存在」すると言っているのは、私たちの住む宇宙が無限に広がっているという意味ではありません。「この宇宙」のほかにも、無数の宇宙が存在するという意味です。そして、それぞれの宇宙にはそれぞれ真空のエネルギー密度が決まっており、「どの宇宙も同じ」ではない。その無数の宇宙の中には天体の形成が進む宇宙もあり、そこでは知的生命体が生まれる。したがって、知的生命体に「観測される宇宙」が、その知的生命体を生むのに都合よく見えるのは当たり前です。

 ただし、このような考え方はそれ以前からありました。真空のエネルギー以外にも、わずかに数値が違うだけで「人間の生まれない宇宙」ができあがる物理定数はいくつもあり、それは基本法則から導くことができません。偶然、人間が生まれるように微調整されているとしか思えないのです。しかしそれも、この宇宙が無数にある宇宙の一つにすぎず、無数の宇宙はそれぞれ物理定数が異なると考えれば説明はつきます。

 ワインバーグの主張した人間原理は、「宇宙は無数に存在する」と語っているとおり、彼は「ユニバース」を前提にしてはいません。「ユニ=単一の」宇宙ではなく、「マルチ=多数の」宇宙を前提にしているのです。

 さまざまな条件で作られた宇宙が無数に存在するならば、その中に一つぐらい、人間のような知的生命体を生む宇宙があっても不思議ではありません。その点で、ワインバーグの人間原理は誰にでもすんなりと飲み込みやすい中身になっているのです。

 思いがけずマルチバースを予言したインフレーション理論とはいえ、話はそれで終わりではありません。それはそうでしょう。なにしろ私たちに観測できるのは私たちの宇宙だけです(その宇宙にも「地平線」の向こう側に観測できない領域があります)から、「ほかにもたくさん宇宙がある」と言われてもにわかには信じられません。

 本当に、私たちの「この宇宙」以外にも無数の宇宙が存在するのか。その「マルチバース」が存在するとすれば、それはどこでどのように広がっているのか。それを明らかにしなければ、ワインバーグの話にも説得力を感じられないのです。

 宇宙は「ユニ」なのか「マルチ」なのかを観測によってたしかめることはできません。もし私たちの知っている宇宙とは様子の異なる「宇宙」が観測によって発見されたとしたら、それは決して「別の宇宙」ではなく、「この宇宙」の中にあるからです。したがって観測という手段では、「ユニバース」という結論しか出ないでしょう。

 しかし理論的な研究は話が別です。理論物理学は観測のできていない宇宙の真実を明らかにしてきました。たとえばビッグバンやヒッグス粒子は、観測や実験によってその事実が明らかになる前に、理論的に予言されていたものです。言うまでもなく、インフレーション理論もそんな仕事の一つにほかなりません。

 インフレーション理論は、私たちが暮らす「この宇宙」の謎を解明する理論でした。とくに前回のブログで「観測できる範囲の宇宙は平坦になっている」として述べていた「平坦性問題」に関しては、この理論によって、人間原理に頼ることなく理解することが可能になったのです。

 そんな理論が「ほかの宇宙」の存在を予言すると言われると、何となく違和感を抱く人が多いとは思います。しかし、インフレーション理論を突き詰めていくと宇宙がたくさんできてしまう「宇宙の多重発生」という結論に達します。
 
 インフレーションは、なぜ宇宙を「増やす」のでしょうか。そこでまず重要なのは、インフレーションが宇宙の全域で必ずしも均一には起きないということです。真空の相転移は、宇宙全体の中で、ある領域だけがより速く指数関数的に急膨張をすることもある。そう考えた場合、実に奇妙な現象が起こることにないます。

 たとえば、ある小さな領域の周囲で先にインフレーションが起きたとしましょう。これからインフレーションを起こす領域をA、その周囲をBとします。さて、Aを取り囲むBの領域はインフレーションを終えて「火の玉」になりました。そこでは、すでに真空のエネルギーが消えて熱エネルギーに変換しています。

 では、そのBという領域からAを観察すると、どう見えるのでしょうか。周囲からはAの領域が光速で収縮しているように見えます。もちろんAの領域がインフレーションを起こさないなら、それで問題はありません。しかし実際には、その領域も周囲のBから少し遅れてインフレーションを起こしています。周囲からは収縮して消えていくように見えるのに、急膨張している。外側は縮んでいて、もう周囲に広がるスペースはないはずなのに、中の体積は倍々ゲームで増えているのですから、実に矛盾したパラドックスです。

 この矛盾を説明するためにたどり着いた結論が「子宇宙」の発生です。先にインフレーションを終えたBの領域が「親」だとすれば、収縮しながら広がっている不思議なAの領域は「子」。まさに親から子が生まれるように、宇宙が次々と増殖すると考えると、このパラドックスが解消するのです。

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図:宇宙の多重発生のイメージ

 ここでは、先ほどのAを「偽真空」、Bを「真真空」と呼びましょう。インフレーションを起こして大きく膨張した真真空は、狭い部屋の中で大きく膨らんだ風船のようなイメージです。その風船がつながった空間が、「私たちの宇宙」だと思ってください。真真空に取り囲まれた偽真空は、風船に押し潰されるようにして、表面積がゼロに近づいていきます。「私たちの宇宙」から見ると、そのように見えるのです。

 ところがその偽真空も実はインフレーションを起こしているので、表面積は縮んでいるのに、体積はどんどん増えている。この奇妙な現象は、偽真空が「私たちの宇宙」とは別の宇宙になると考えれば説明がつきます。

 私たちの宇宙が「親宇宙」だとすれば、偽真空のほうは「子宇宙」ということになるでしょう。この親宇宙と子宇宙は、「ワームホール」と呼ばれる虫食い穴のような小さな空間でつながっています。親宇宙からは、このワームホールがブラックホールとして観測されるのですが、実はその向こうで偽真空が急膨張をしているのです。

 さらに、その子宇宙の中でも「真真空」と「偽真空」が生まれ、ワームホールができるでしょう。その向こうには孫宇宙が生まれ、その中でも「真真空」と「偽真空」が……という具合に、宇宙が無数に生まれます。そして、それぞれの宇宙をつないでいたワームホールはいずれ引きちぎれてしまいます。すると、あたかも母と子のヘソの緒が切れたように、お互いに観測することのできない独立した宇宙がたくさん存在することになるのです。

 今は仮に最初の親宇宙を「私たちの宇宙」としましたが、現実に私たちが住んでいる宇宙が「子宇宙」なのか「孫宇宙」なのか「ひ孫宇宙」なのかは、もちろんわかりません。どれなのかはわからないけれど、「この宇宙」はそうやって誕生した無数の宇宙の一つにすぎないのです。それが、インフレーション理論がもたらした結論なのです。

 佐藤やグースが1982年に発表した後、今日にいたるまで、インフレーション理論にはさまざまなバリエーションが生まれました。マルチバースが生まれる仕組みについても、さまざまな解釈があります。
 
たとえば、アレキサンダー・ビレンケン(は、「ポケット・ユニバース」という宇宙モデルを提唱しました。このモデルには、「ワームホール」が登場しません。そこでは、「真真空」と呼んだ部分が泡のようにあちこちに生じます。その泡同士が十分に離れていれば、合体することなく、それぞれ別々に膨張を続けるでしょう。「親」も「子」もなく、最初から独立した「ポケット・ユニバース」として、多くの宇宙がインフレーションによって生まれるのです。

 それ以外にも、インフレーションによって宇宙が多重発生する仕組みについては、いろいろな見解があり、たしかなことはわかっていません。しかしそれらの見解は、少なくとも宇宙が「ユニ」ではなく「マルチ」であることに関しては一致しています。「マルチバース」という考え方自体は、決して突飛なものではなくなっているのです。


宇宙インフレーション その4

2014年03月27日 | 宇宙

 話をインフレーション理論に戻しましょう。この理論は宇宙がビッグバンを起こした理由を説明しました。真空の相転移による「倍々ゲーム」の急膨張が終わったところで放出された膨大なエネルギーによって、宇宙は「火の玉」になったのです。

 しかし、インフレーション理論が解いた宇宙の謎はそれだけではありません。宇宙が完全に均質な空間ではなく、星や銀河といった構造の「タネ」になるデコボコが生まれた理由を明らかにしたのも、この理論です。

 それ以前のビッグバン理論でも、宇宙がまだごく小さかったときに密度の濃淡(ムラ)があり、その濃い部分を中心にガスが固まることで星や銀河などの構造ができたと考えられてはいました。そのムラのことを「密度ゆらぎ」といいます。

 しかしガモフらの理論では、宇宙全体の構造を決めるほど大きな密度ゆらぎができる理由がわかりませんでした。全体の構造を作るには「事象の地平線」を超える大きなスケールの密度ゆらぎが必要ですが、ビッグバン理論では小さなゆらぎしかできないのです。 初期宇宙はこの地平線距離が短く、空間全体が因果関係を持つことができませんでした。全体の構造を作るほど大きな密度ゆらぎを作れないのも、そのためです。

 物質密度のムラを「山」だと思えば、イメージはわかるでしょう。平らなところに山を作るには、どこかから物質を持ってこなければいけません。しかし、宇宙最高速の光すら連絡が取れない場所から何かを持ってくることは不可能です。だから、地平線の手前までの小さな山しか作ることができないのです。この密度ゆらぎの問題は、別の問題とも表裏一体でした。それは、「一様性問題」と呼ばれる謎です。

 ビッグバンの「化石」であるCMBを調べてみると、宇宙全体がほぼ一様の構造になっていることがわかりました。たとえば私たちの天の川銀河から1〇〇億光年離れた銀河と、それとは反対方向に1〇〇億光年離れた銀河は、旧来のビッグバン理論では宇宙の始まりから現在にいたるまで、一度たりとも因果関係を持ったことがありません。お互いに、「地平線」の向こう側にいるからです。そんな領域が同じような構造を持っているのは、実に不思議なことでした。インフレーション理論では、これらは宇宙の初め頃に因果関係があったのです。

 インフレーション理論は、この「構造の起源」と「一様性問題」という表裏一体の謎に答えることができました。まず「密度ゆらぎ」の問題は、微小なゆらぎが急速な膨張によって一気に大きく引き伸ばされたと考えれば説明がつきます。つまり現在の私たちが観測できる宇宙は、「地平線」の内側にあった領域が大きく拡大されたものなのです。

 そうだとすれば、観測できる宇宙が「一様」になっているのも当然でしょう。インフレーションの前に「地平線」の内側にあった領域は、因果関係があるので、物質やエネルギーを移動して均一な空間にすることができます。その領域が一気に拡大して私たちの観測している宇宙になったのならば、全体が一様になっているのは不思議でも何でもありません。

 ただし、インフレーションの前に「地平線」の向こうにあった領域がどうなっているかは(観測できないので)不明です。その領域は、私たちが観測している宇宙とはかなり様子が違うでしょう。CMBも一様ではないと考えられます。

 初期宇宙の曲率が大きく正か負の値を取っていたとしても、その一部がインフレーションによって巨大に引き伸ばされれば、そこは平坦に見えます。「地平線」の外側まで観測できれば、(そこが一様ではないのと同じように)大きく曲がっているのかもしれませんが、そこは私たちには観測することができません。だから、観測できる範囲の宇宙は平坦になっているのです。

 宇宙初期に指数関数的な急膨張が起きたとするインフレーション理論は、ビッグバン、密度のゆらぎ、一様性問題等、宇宙をめぐるさまざまな謎を説明しました。では、なぜ、そのような「倍々ゲーム」の膨張ができたのでしょうか。

 本来、エネルギーは空間が広がれば、その分だけ密度が薄まります。それは、物質の密度が薄まるのと何ら変わりありません。エネルギーは質量と同じ(E=mc^2)ですから、どちらも体積が増えれば密度は下がるのです。したがって、空間の体積が二倍になれば、エネルギーの密度は半分になるはずですが、それで「倍々ゲーム」の指数関数的膨張が可能だとは思えません。エネルギー密度が低下すれば、空間を押し広げる力が弱まるからです。

 しかし不思議なことに、真空のエネルギーにはその常識が当てはまりません。真空のエネルギーは体積が増えても決して薄まることはなく、逆に増えていくのです。たとえば宇宙の体積が二倍になれば真空のエネルギーも二倍、体積が1〇〇億倍になれば真空のエネルギーも1〇〇億倍になります。

 「それではエネルギー保存の法則を満たしていないではないか」

 そう思って首をひねる人も多いでしょう。しかし、それが真空のエネルギーの性質であり、だからこそ指数関数的な急膨張が可能になりました。まるで、魔法のような話です。納得いかないのも無理はありません。でもそれは、このように考えれば理解できるでしょう。インフレーションを「落下現象」だとイメージしてください。

 たとえば、太陽のまわりに小さな石ころを置いたとします。石は太陽の重力に引っ張られて(正確にはお互いの重力で引っ張り合って)徐々に速度を増しながら落ちてゆき、最後はすさまじいエネルギーを持って太陽に衝突するでしょう。では、そのエネルギーはどこから来たのでしょうか。

 宇宙はアインシュタイン方程式(つまり重力)によって、小石が落下するように膨張します。ポテンシャルエネルギーがどんどん負の大きな値となり、その分、真空のエネルギーが増してゆく。その真空のエネルギーが、相転移のときに熱エネルギーに転換され、ビッグバンの「火の玉」を生み出したのです。また、真空のエネルギーが増してゆく様子は、ゴムシートを引っ張って広げることをイメージするとわかりやすいかもしれません。シートを引き伸ばせば引き伸ばすほど、ゴムの中の収縮しようとするエネルギーが増加します。

 これと同様、宇宙が重力に引っ張られて膨張すればするほど、その中の真空のエネルギーは収縮しようとして増加します。だから、空間が二倍に膨張すれば真空のエネルギーも二倍、1〇〇億倍になれば1〇〇億倍に増えるわけです。グースは、そんな真空のエネルギーの増大のことを「フリーランチ(タダ飯)」と呼びました。

 放っておけばいくらでもエネルギーが増えるのですから、そう呼びたくなる気持ちもわからなくはありません。宇宙の「始まり」がどのようなものだったかわからないので、真空のエネルギーが本当に「フリーランチ」なのかどうかもわかりませんが、それが「無」から「有」を生み出す「魔法」のようなメカニズムだったことはたしかでしょう。

 そして現在の宇宙には、再び「魔法」がかかっています。宇宙を加速膨張させているダークエネルギーも、やはり薄まることがありません。宇宙が広がれば広がるほど、ダークエネルギーも増えていくのです。その膨張速度はインフレーションほどではありませんが、宇宙というゴムシートが六〇億年ほど前から引っ張られ始めたのは間違いない。だから佐藤はこれを「第二のインフレーション」と呼んでいます。

 宇宙の大構造、銀河団などの「まとまり具合」を表す「Q」の値(10^-5)は、重力の働きでだんだん成長するので「Q」の値も大きくなっていきます。宇宙が始まった頃は、宇宙はきわめて一様で物質密度の濃淡の度合いはほとんどなかったことになりますが、しかしこの濃淡、密度ゆらぎがなければ、私たちの宇宙には銀河団をはじめとする天体は生まれません。

 この密度ゆらぎを作るのはインフレーションの大きな役割です。当然現在の「Q」の値をインフレーション理論は説明しなければなりません。実際、インフレーション理論のなかの数値を調節してやるとうまく現在の「Q」に合わせることもできます。構造形成が進まずに星や銀河が生まれないとか、反対に構造形成が行き過ぎてブラックホールだらけになることを避けて、ちょうど現在観測されているように銀河団など天体がうまく形成されるように理論を作ることができます。

 実はインフレーション理論は私やグース以後、雨後の筍のように、ものすごい数の改良モデルが生まれています。ニューインフレーション、ハイブリッドインフレーション、カオティックインフレーション、ブレーンインフレーション……という具合に数十はあるでしょうか。インフレーション理論は宇宙初期のモデルの標準モデルとなってはいるものの、すべての基本的力を統一する究極の統一理論が未完であり、モデルの細かな点は不明なままなのです。したがって、今は「数値を調節してうまく観測に合うようにしている」段階なのです。


 今までのブログ4回分では「宇宙はユニバース(単一宇宙)ではなくマルチバース(多宇宙)だった!」という本題に入れずに来てしまいました。今月発表された「原始の重力波」の観測結果がいかに素晴らしい出来事であったかを思い知らされました。次回は、ブログ題「宇宙は無数にあるのか?」 にそって マルチバースを述べたいと思います。


宇宙インフレーション その3

2014年03月27日 | 宇宙

 宇宙インフレーション理論についてブログを書き進めているのですが、今回の観測結果がもたらす影響は大変に大きかったようです。講談社ブルーバックスから出版された『超弦理論入門』の著者である大栗博士は、この発表について自らのブログで次のように述べられています。

 「これを聞いて、私はとてもワクワクした。宇宙の誕生直後の様子がわかるようになっただけでも素晴らしいが、この発見は、自然界の基本法則の探究という物理学の大きなテーマを、次のステージに進めるものでもある。また、私の研究対象である超弦理論とも深いかかわりがある。」
 今回の発見には、一昨年の夏に発表になったヒッグス粒子の発見と共通する部分がある。ヒッグス粒子は、素粒子の間に働く力の性質を説明し、素粒子の質量の起源を明らかにするために、今から50年前に理論物理学者が紙と鉛筆で計算して予言したものだった。そして、一昨年のヒッグス粒子の発見と比較して、
 「理論的予言が長年たって検証されたという点では共通する二つだが、科学史においては、今回の発見が正しければ、ヒッグス粒子の発見よりももっと重大な事件になると思う。いずれも偉大な業績であり、その重要度を比較するなどもってのほかとお叱りを受けるかもしれないが、そのように思う。」
 「今回の発表が正しければ、つい最近まで検証不可能ではないかといわれていたインフレーション理論。その最も重要な予言が確認されたことになります。これは、理論物理学者として大いに勇気付けられることです。BICEP2の発表で幕を開けた初期宇宙や量子重力の効果の実験的研究は、これから大きく発展しそうです。」
 「この観測で検出された偏光が初期宇宙のインフレーションを起源としたものであると確信するには、まだ追試が必要なようです。」

 大栗博士が述べられているように、これらすべての発言に対して、今後の物理学に対する希望が含まれているようです。


 インフレーションやダークエネルギーの理解に欠かせない「真空のエネルギー」という概念は、もともと宇宙論から出たものではありません。これは、素粒子物理学における「力の統一理論」に関わるものです。

 力の統一理論とは、自然界に存在する「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」という四つの力を統一する理論のことで、日常的に人間が体験できる重力と電磁気力に対して、後ろの二つはミクロの世界だけで働く力なのです。「強い力」は原子核の中で陽子と中性子をくっつける働きをする力、「弱い力」は原子核の崩壊を引き起こす力です。

 この四つの力の働きは、それぞれ別々の理論によって解明されてきました。しかし物理学者は、できるだけシンプルな原理や法則で自然界を説明したいと考えますし、それができるはずだという信念を持っています。下の図は統一理論の予想する「力の系統図」をエネルギーレベルで描いた図です。
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 たとえば、今は一つの力として扱われている電磁気力は、かつて「電気力」と「磁気力」という別々の力だと考えられていました。それを理論的に統一したのが、一九世紀の物理学者マクスウェルです。それと同じように、四つの力を一つに統一したい。それが物理学における大きなテーマなのです。それは決して簡単なことではありません。

 たとえばアインシュタインは晩年に電磁気力と重力の統一理論(つまりマクスウェル理論と相対性理論の統一)に挑戦しましたが、それを果たすことはできませんでした。現在も、それは実現していません。

 しかし1967年には、「電磁気力」と「弱い力」を統一する理論が誕生しました。アメリカのスティーブン・ワインバーグとパキスタンのアブドゥス・サラムがほぼ同じ時期に独立に完成させたため、「ワインバーグ=サラム理論」と呼ばれています。
 
 この理論で重要な役割を果たすのが、真空のエネルギーでした。そこにエネルギーがあるからこそ、真空は(水が氷になるような)相転移を起こします。ワインバーグとサラムは、その真空の相転移によって、もともと同じ力だったものが電磁気力と弱い力に分かれたと考えました。真空が高いエネルギー状態にあるときは一致する(同じ方程式で扱える)力が、相転移によって低いエネルギー状態になると別々の働き方をするのです。

 ワインバーグ=サラムの統一理論は、電磁気力と弱い力がエネルギーの高い状態で一致し、エネルギーが低い状態では別々の力になることを示しています。それならば、宇宙初期の高エネルギー状態では実際に二つの力が一致しており、真空の相転移によってエネルギーが下がったときに二つに分かれたのではないのか。

 もし、そうだとすれば、「電弱力」を電磁気力と弱い力に分けた相転移の前にも、もっと高いエネルギー状態のときに相転移が起きた可能性があるはずです。それまでは「強い力」と「電弱力」が一致していたのが、相転移によって二つに分かれた。さらにその前は、今の自然界にある「四つの力」がすべて一致していたのが、相転移によって「重力」とそれ以外の力に分かれたと考えることができるのです。

 佐藤勝彦博士は次のようにいっています。
『私が初期宇宙の指数関数的膨張(インフレーション)という理論にたどり着けたのは、このワインバーグ=サラム理論を素粒子物理学の専門家から教わったことがきっかけでした。教えてくれたのは、後にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英博士です。その理論を勉強した私は、「真空の相転移」というアイデアを宇宙論に活かそうとしました。ワインバーグとサラムは「高いエネルギー状態では二つの力が一致する」ことを理論的に示しましたが、私はそれが宇宙初期に現実に起きた(真空の相転移によって二つの力が分かれた)と考えた。その前提でアインシュタイン方程式を計算すると、真空のエネルギーが空間を急速に押し広げるという結論が出たのです。』

 宇宙が始まってから、徐々にエネルギーが低下するにしたがって真空が相転移を起こし、まずは重力、次に強い力が枝分かれし、最後の相転移で弱い力と電磁気力が分かれたというシナリオです。

 では、三段階に分かれて起きた真空の相転移のうち、どこでインフレーションが起きたのでしょうか。

 それを考える上で重要なのは、「バリオン数」という概念です。バリオンとは、陽子や中性子のような物質を構成する粒子のことだと思ってもらえばいいでしょう。かつて陽子や中性子は、それ以上は分割できない素粒子だと考えられていました。そこでギリシヤ語で「重い」を意味する「barys」からつけられたのが、バリオンという名前です。しかしその後、バリオンは素粒子ではなく、三つのクォークからなる粒子だとわかりました。

 宇宙でバリオンが作られたのは、加速器ではまだ到達できていない高いエネルギー状態のときだと考えられます。つまり、強い力が枝分かれした頃にバリオンが生まれた。もしそうだとすれば、インフレーションはバリオン生成の前でなければいけませんから、強い力が分かれた二番目の相転移のときに起きたはずです。

 ところで、二〇一二年にCERNの加速器でヒッグス粒子が検出されたことは、インフレーション理論にとっても朗報でした。ヒッグス粒子は、真空の相転移と深く関わるものだからです。

 そもそもワインバーグ=サラム理論は、「ヒッグス機構」に関する理論を前提にしたものでした(ヒッグス粒子はヒッグス機構から生まれると予言されたもので、この粒子が存在したことでヒッグス機構の正しさが裏づけられました)。さらに、ヒッグス機構は二〇〇八年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎博士の「自発的対称性の破れ」を下敷きにしています。

 そして、ワインバーグ=サラム理論のいう真空の相転移とは、「ヒッグス場の自発的対称性の破れ」のことにほかなりません。要するに、ヒッグス粒子の発見は「真空の相転移」という概念を裏づけるものだったということです。

 南部博士の「自発的対称性の破れ」は、物理学における真空の概念を大きく変えるものでした。「対称性の破れ」とは、どちらを向いても同じだったものが「方向性」を持つということです。南部理論は、真空でも対称性が破れることを明らかにしました。

 もし真空が「何もないからっぽの状態」であれば、そんなことは起こり得ません。何もないのですから、方向性など決めようがないでしょう。しかし実際には真空もエネルギーを持つ物理的な実体であり、そのエネルギー状態が変わることで対称性が破れます。

 水の温度が下がると氷になるのと同じように、エネルギーが低くなれば真空が相転移を起こすのです。液体の水は分子がバラバラに散らばっているので「対称性」がありますが、氷になると分子の向きが揃って「方向性」が生じます。つまり、相転移によって対称性が自発的に破れてしまう。それと同様、真空もエネルギーが下がって相転移を起こすことで、対称性が破れるのです。

 その真空の相転移を起こすために必要なのが、ヒッグス機構でした。南部理論を素粒子論に応用するには、あるエネルギーを持つ「場」があると考えなければならなかったのです。それがピーター・ヒッグスによって導入された「ヒッグス場」と呼ばれるものです。「場」は、電磁波を伝える「電磁場」のようなものだと思えばいいでしょう。

 では、ヒッグス場が電磁場のようなものだとしたら、発見されたヒッグス粒子は何に相当するのか。あるいは、電磁場における電磁波は、ヒッグス場における何に相当するのでしょうか。実は、ミクロの世界を扱う量子力学では、あらゆる「波」が「粒」の性質を併せ持ち、あらゆる「粒」が「波」の性質を併せ持つと考えます。

 そもそも「量子」とは、「とびとびの値」を意味する概念です。もし光に波の性質しかないのであれば、その強さは連続的に変化するでしょう。ところがミクロのレベルで測定すると、その変化が「とびとびの値」を取っている。ある係数と光の振動数を整数倍した数字にしかならないのです。これは、光に「粒」の性質があるからにほかなりません。その光の粒のことを「光子」といい、いわばこれが電磁波の「最小単位」なのです。

 電磁場に電磁波があるのと同じように、ヒッグス場にも「波」があります。しかしその「波」は「粒」の性質も持っている。つまりヒッグス場における「波」の最小単位が、ヒッグス粒子なのです。だから、ヒッグス粒子が発見されれば、真空の相転移を起こすヒッグス場が存在することの間接証拠になる。

 今回CERNの加速器で検出されたヒッグス粒子は、宇宙初期でいえば「三番目の相転移」を起こしたヒッグス場で発生するものでした。現在の加速器で作ることのできるエネルギー状態は、そこが最大です。

 しかし、ヒッグス場はそのエネルギー状態にだけあるわけではありません。より高いエネルギー状態では、別の値を持つヒッグス場やヒッグス粒子が存在し、真空の相転移を起こすはずです。強い力が枝分かれした二番目の相転移も、今回発見されたものとは異なるレベルのヒッグス場によって起きました。佐藤とグースが考えたインフレーションは、この相転移によるものでした。

 そして、真空の相転移を起こすヒッグスのメカニズムが本当に存在することは今回の発見で明らかになりました。その意味で、これはインフレーション理論の正しさを強く支持しています。

 ヒッグス粒子は、たしかに電子やクォーク(陽子や中性子などを構成する素粒子)などに質量を与えます。ただし、物体の質量がすべてヒッグス粒子に由来するわけではありません。たしかに素粒子の質量はヒッグス粒子が与えていますが、それは陽子や中性子の質量のわずか1%にすぎないのです。

 素粒子は「物質の根源」なので、物質の質量はそれを構成する素粒子の質量の和になると思うでしょう。しかし、実はそうではありません。陽子や中性子の質量の九九%は、強い力のエネルギーによるものです(陽子や中性子を束ねる力のエネルギーが、E=mc^2で質量となっている)。

 だからといって「質量の起源」としてのヒッグス粒子が取るに足らない存在だというわけではありません。素粒子物理学の研究をさらに深める上で、その発見はきわめて重要な意味を持っています。しかし「質量の起源」という面ばかり強調したのでは、この発見の意義が十分に理解されません。宇宙論や宇宙物理学の分野から見れば、この発見は「真空の相転移」という概念を裏づけたことに大きな意義があるのです。


宇宙インフレーション その2

2014年03月26日 | 宇宙

 「宇宙は“無”の状態から量子重力的効果によって生まれた。この量子宇宙はインフレーションと呼ばれる急膨張をおこし、マクロな宇宙となった。インフレーションが終わるとき、宇宙は激しく熱せられて火の玉宇宙となった。またインフレーション中に存在した量子揺らぎはインフレーションによって引き延ばされ、後に緩やかに成長し銀河団、銀河、星など宇宙の構造になる種となった」

 これは1980年代に、旧来のガモフによるビッグバンモデルの欠陥を補強するために提唱されたインフレーション理論、量子宇宙論によって強化された現代宇宙論のパラダイムである。インフレーション理論は未完ではあるが力の統一理論を宇宙初期に応用することで提唱されたものでした。

 当時、宇宙論の研究はその観測的実証の困難から、どうしても理論的研究が主導する分野でした。無からの創成やインフレーションはそれぞれ宇宙開闢から10^-44秒(プランク時間)とか10^-36秒(大統一理論相転移時刻)に起こったとして提唱されたものであり、そのころに起こった出来事が観測的に実証されることはないと考えるのは当然です。

 しかし、1980年代末から次第に宇宙論の研究は、観測主導の時代に変わっていったのです。もちろん10^-44秒のプランク時間の観測ができるようになったのではなく、現在の宇宙時刻から電磁波で観測できる最も宇宙の初期、宇宙開闢の約38万年後までの観測が爆発的に進むようになったのです。

 宇宙では遠くを観測すれば過去がどんどん見えてくるのです。光や電磁波を使って観測するとき、宇宙誕生から38万年以前の宇宙は高温でプラズマ状態にあり、光はプラズマの電子に散乱されるので、これ以前の初期宇宙は電磁波では写真をとることはできません。

 しかし、透過性の高い粒子や波を使えば、さらに宇宙初期の姿も描き出すことができる。たとえばニュートリノを使えば、宇宙の温度が100億度もある時刻1秒の頃まで見える。ビッグバン宇宙でヘリウムなどの元素が核融合によって形成されるのはもっと温度が下がった、宇宙開闢から3分頃ですが、ニュートリノ望遠鏡ができればこの元素合成の現場を観測できる。アインシュタインの相対性理論の予言する重力波を使えば原理的には、宇宙開闢の瞬間すら見えてくるはずです。

1982年、米国NASAの宇宙背景放射観測衛星COBEによる、宇宙背景放射の揺らぎ、温度の方向によるムラの発見で宇宙が高温で不透明だった時期から透明になった頃の宇宙の姿、開闢から38万年たったころの宇宙の姿を描き出した。そこにはインフレーション理論が予言していた宇宙構造の種、密度揺らぎがクリアに描き出されていたのである。

さらにCOBEの後継機、WMAP衛星が地球からのノイズを避け全天サーベイがしやすい場所、月軌道より遠方のL2ポイントに打ち上げられた。WMAPは2003年に、COBEのほぼ30倍の細かさで地図を作り上げ、そのデータ解析によりさらにインフレーションを裏付けた。このデータ解析の中で、宇宙の年齢が137億年であることを示し、宇宙の年齢もほぼ決まりました。

 2013年、欧州宇宙機関(ESA)によって打ち上げられたプランク衛星によって宇宙背景放射を偏光観測まで含め高感度・高分解能で観測した結果が発表され、インフレーション理論を裏付けました。それと同時に宇宙の年齢が138億年と変更されています。

 プランク衛星の目指すものは、単純な密度の揺らぎの観測のみではなく、実は些細な偏光観測をおこなうことです。インフレーションは宇宙の構造の種となる密度揺らぎだけではなく、時空のさざ波とも言うべき、重力波も生み出します。

 インフレーション理論が正しいのならば現在の宇宙には、それが引き延ばされ、波長が長い宇宙背景重力波が満ちているはずなのです。宇宙背景重力波があると、宇宙マイクロ波背景放射にはBモードと呼ばれる偏光パターンが現れます。

 プランク衛星はこれを観測でとらえることを目指しているのですが、残念ながら2013年のデータ解析では、Bモードに対して上限値を求めることしかできませんでした。しかし、2014年にはさらに精密なデータ解析の結果が発表されることになっています。

 この様な状況の中で、今年2014年の3月に天文衛星の観測ではなく南極の望遠鏡での観測として、BICEP2望遠鏡の観測結果についての発表がなされ、初期宇宙の時空間の量子的な揺らぎを起源とする原始の重力波の存在を世界で初めて確認され、宇宙が誕生直後に急膨張(インフレーション)した証拠を初めてとらえました。

 BICEP2の観測から、このCMBにBモード偏光が見出されたことにより、インフレーション由来の原始重力波が時空をゆがめることにより生じるとされるBモード偏光パターンのデータの精査から間違いなく原始重力波を起源とするCMBの偏光を確認したのです。

 宇宙が誕生した瞬間、驚くほど強力な重力波が広がっていった事実が最新の研究によって明らかとなる「誕生直後に急膨張した」とする「宇宙インフレーション理論」を裏付ける決定的な証拠が、初めて観測されたことになります。

 Bモード観測の重要性は単にインフレーションを裏付けるというだけではなく、実はインフレーションがいかに起こったかを観測によって明らかにすることです。佐藤やグースによって提唱された原初インフレーション理論はそのままでは天文的観測と矛盾したり、また、その根拠となった大統一理論が統一理論としては実験と矛盾したりすることがわかり、いろいろな改訂版が数多く発案されています。

 また、マイクロ波背景放射を経由してインフレーション起源の重力波を観測するということをしなくても、直接重力波をとらえることができるようなら、より直接的なインフレーションの証拠となり、またインフレーションがいかに起こったかの情報が直接得られるはずです。

 現在日本で、神岡鉱山の地下深くに宇宙からの重力波をとらえようとする大型冷却重力波望遠鏡、KAGRAの建設が進んでいて、これが完成すれば、連星が合体しブラックホールができるときに発生する重力波が観測されると期待されています。

 残念ながら、インフレーション起源の重力波はあまりにも波長が長くKAGRAでは検出できませんが、NASAやESAは人工惑星を3個打ち上げ、その間にレーザの光をやりとりする干渉計によってこの重力波をとらえる計画の検討を進めています。