真実を求めて Go Go

今まで、宇宙についての話題を中心に展開してきましたが、今後は科学全般及び精神世界や歴史についても書き込んでいきます。

宇宙インフレーション その5

2014年03月28日 | 宇宙

 第二のインフレーション=宇宙の加速膨張が、ビッグバンを起こした「第一のインフレーション」と同じ現象なのかどうかは、まだわかりません。膨張してもエネルギーが薄まらないことから、そこに何らかの意味で真空のエネルギーが関わっていることは間違いないと考えられますが、その量が理論的な計算より124桁も小さいことはすでにお話ししたとおりです。この謎が解けなければ、ダークエネルギーの正体もわかりません。

 スティーブン・ワインバーグは、この謎を「人間原理」で説明しようとしました。人間原理は1960年代にロバート・ディッケが、さらに1970年代にはブランドン・カーターが主張しました。

 ディッケとカーターの人間原理は、「ユニバース=一つの宇宙」を前提にしたものでした。宇宙は人間という知的生命体によって観測されているのだから、人間を生むのに都合のよい条件になっているのが当然であるということです。もしこの宇宙が人間を生まない条件で作られていれば、誰も宇宙を観測しないので、宇宙の初期条件や物理パラメータが問題になることもありません。要するに、自らを観測する存在が生まれるように宇宙ができているのは、奇跡のような偶然にすぎないということです。

 しかし、ワインバーグの人間原理はその二人と中身が少し違います。ワインバーグは、1989年、真空のエネルギーについて次のような考え方を発表しました。これは、宇宙に残った真空のエネルギーが小さすぎる問題や、ダークエネルギーの偶然性問題に答える一つの仮説にもなっています。
「宇宙は無数に存在し、それぞれが異なった真空のエネルギー密度を持っている。その中でも、知的生命体が生まれる宇宙のみ認識される。現在の値より大きな値を持つ宇宙では天体の形成が進まず、知的生命体も生まれない。認識される宇宙は今観測されている程度の宇宙のみである」
ワインバーグが提示したのは、このような考え方でした。

 ここで「宇宙は無数に存在」すると言っているのは、私たちの住む宇宙が無限に広がっているという意味ではありません。「この宇宙」のほかにも、無数の宇宙が存在するという意味です。そして、それぞれの宇宙にはそれぞれ真空のエネルギー密度が決まっており、「どの宇宙も同じ」ではない。その無数の宇宙の中には天体の形成が進む宇宙もあり、そこでは知的生命体が生まれる。したがって、知的生命体に「観測される宇宙」が、その知的生命体を生むのに都合よく見えるのは当たり前です。

 ただし、このような考え方はそれ以前からありました。真空のエネルギー以外にも、わずかに数値が違うだけで「人間の生まれない宇宙」ができあがる物理定数はいくつもあり、それは基本法則から導くことができません。偶然、人間が生まれるように微調整されているとしか思えないのです。しかしそれも、この宇宙が無数にある宇宙の一つにすぎず、無数の宇宙はそれぞれ物理定数が異なると考えれば説明はつきます。

 ワインバーグの主張した人間原理は、「宇宙は無数に存在する」と語っているとおり、彼は「ユニバース」を前提にしてはいません。「ユニ=単一の」宇宙ではなく、「マルチ=多数の」宇宙を前提にしているのです。

 さまざまな条件で作られた宇宙が無数に存在するならば、その中に一つぐらい、人間のような知的生命体を生む宇宙があっても不思議ではありません。その点で、ワインバーグの人間原理は誰にでもすんなりと飲み込みやすい中身になっているのです。

 思いがけずマルチバースを予言したインフレーション理論とはいえ、話はそれで終わりではありません。それはそうでしょう。なにしろ私たちに観測できるのは私たちの宇宙だけです(その宇宙にも「地平線」の向こう側に観測できない領域があります)から、「ほかにもたくさん宇宙がある」と言われてもにわかには信じられません。

 本当に、私たちの「この宇宙」以外にも無数の宇宙が存在するのか。その「マルチバース」が存在するとすれば、それはどこでどのように広がっているのか。それを明らかにしなければ、ワインバーグの話にも説得力を感じられないのです。

 宇宙は「ユニ」なのか「マルチ」なのかを観測によってたしかめることはできません。もし私たちの知っている宇宙とは様子の異なる「宇宙」が観測によって発見されたとしたら、それは決して「別の宇宙」ではなく、「この宇宙」の中にあるからです。したがって観測という手段では、「ユニバース」という結論しか出ないでしょう。

 しかし理論的な研究は話が別です。理論物理学は観測のできていない宇宙の真実を明らかにしてきました。たとえばビッグバンやヒッグス粒子は、観測や実験によってその事実が明らかになる前に、理論的に予言されていたものです。言うまでもなく、インフレーション理論もそんな仕事の一つにほかなりません。

 インフレーション理論は、私たちが暮らす「この宇宙」の謎を解明する理論でした。とくに前回のブログで「観測できる範囲の宇宙は平坦になっている」として述べていた「平坦性問題」に関しては、この理論によって、人間原理に頼ることなく理解することが可能になったのです。

 そんな理論が「ほかの宇宙」の存在を予言すると言われると、何となく違和感を抱く人が多いとは思います。しかし、インフレーション理論を突き詰めていくと宇宙がたくさんできてしまう「宇宙の多重発生」という結論に達します。
 
 インフレーションは、なぜ宇宙を「増やす」のでしょうか。そこでまず重要なのは、インフレーションが宇宙の全域で必ずしも均一には起きないということです。真空の相転移は、宇宙全体の中で、ある領域だけがより速く指数関数的に急膨張をすることもある。そう考えた場合、実に奇妙な現象が起こることにないます。

 たとえば、ある小さな領域の周囲で先にインフレーションが起きたとしましょう。これからインフレーションを起こす領域をA、その周囲をBとします。さて、Aを取り囲むBの領域はインフレーションを終えて「火の玉」になりました。そこでは、すでに真空のエネルギーが消えて熱エネルギーに変換しています。

 では、そのBという領域からAを観察すると、どう見えるのでしょうか。周囲からはAの領域が光速で収縮しているように見えます。もちろんAの領域がインフレーションを起こさないなら、それで問題はありません。しかし実際には、その領域も周囲のBから少し遅れてインフレーションを起こしています。周囲からは収縮して消えていくように見えるのに、急膨張している。外側は縮んでいて、もう周囲に広がるスペースはないはずなのに、中の体積は倍々ゲームで増えているのですから、実に矛盾したパラドックスです。

 この矛盾を説明するためにたどり着いた結論が「子宇宙」の発生です。先にインフレーションを終えたBの領域が「親」だとすれば、収縮しながら広がっている不思議なAの領域は「子」。まさに親から子が生まれるように、宇宙が次々と増殖すると考えると、このパラドックスが解消するのです。

画像データmaruti2
図:宇宙の多重発生のイメージ

 ここでは、先ほどのAを「偽真空」、Bを「真真空」と呼びましょう。インフレーションを起こして大きく膨張した真真空は、狭い部屋の中で大きく膨らんだ風船のようなイメージです。その風船がつながった空間が、「私たちの宇宙」だと思ってください。真真空に取り囲まれた偽真空は、風船に押し潰されるようにして、表面積がゼロに近づいていきます。「私たちの宇宙」から見ると、そのように見えるのです。

 ところがその偽真空も実はインフレーションを起こしているので、表面積は縮んでいるのに、体積はどんどん増えている。この奇妙な現象は、偽真空が「私たちの宇宙」とは別の宇宙になると考えれば説明がつきます。

 私たちの宇宙が「親宇宙」だとすれば、偽真空のほうは「子宇宙」ということになるでしょう。この親宇宙と子宇宙は、「ワームホール」と呼ばれる虫食い穴のような小さな空間でつながっています。親宇宙からは、このワームホールがブラックホールとして観測されるのですが、実はその向こうで偽真空が急膨張をしているのです。

 さらに、その子宇宙の中でも「真真空」と「偽真空」が生まれ、ワームホールができるでしょう。その向こうには孫宇宙が生まれ、その中でも「真真空」と「偽真空」が……という具合に、宇宙が無数に生まれます。そして、それぞれの宇宙をつないでいたワームホールはいずれ引きちぎれてしまいます。すると、あたかも母と子のヘソの緒が切れたように、お互いに観測することのできない独立した宇宙がたくさん存在することになるのです。

 今は仮に最初の親宇宙を「私たちの宇宙」としましたが、現実に私たちが住んでいる宇宙が「子宇宙」なのか「孫宇宙」なのか「ひ孫宇宙」なのかは、もちろんわかりません。どれなのかはわからないけれど、「この宇宙」はそうやって誕生した無数の宇宙の一つにすぎないのです。それが、インフレーション理論がもたらした結論なのです。

 佐藤やグースが1982年に発表した後、今日にいたるまで、インフレーション理論にはさまざまなバリエーションが生まれました。マルチバースが生まれる仕組みについても、さまざまな解釈があります。
 
たとえば、アレキサンダー・ビレンケン(は、「ポケット・ユニバース」という宇宙モデルを提唱しました。このモデルには、「ワームホール」が登場しません。そこでは、「真真空」と呼んだ部分が泡のようにあちこちに生じます。その泡同士が十分に離れていれば、合体することなく、それぞれ別々に膨張を続けるでしょう。「親」も「子」もなく、最初から独立した「ポケット・ユニバース」として、多くの宇宙がインフレーションによって生まれるのです。

 それ以外にも、インフレーションによって宇宙が多重発生する仕組みについては、いろいろな見解があり、たしかなことはわかっていません。しかしそれらの見解は、少なくとも宇宙が「ユニ」ではなく「マルチ」であることに関しては一致しています。「マルチバース」という考え方自体は、決して突飛なものではなくなっているのです。


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