真実を求めて Go Go

今まで、宇宙についての話題を中心に展開してきましたが、今後は科学全般及び精神世界や歴史についても書き込んでいきます。

「フラットランド」から「ドーナツランド」へ

2014年02月07日 | 宇宙

「フラットランド」から「ドーナツランド」へと訪ね歩く旅に出るとしよう。

 低次元の世界というアイデアには際立った歴史がある。アボットの1884年の小説『フラットランド多次元の冒険』は、三角形や四角形などの幾何学図形から成るフラットランド(2次元世界)に住む「スクエア」がラインランド(1次元世界)やスペースランド(3次元世界)などを訪れる物語である。

 高次元の世界を理解しようとする研究者は、私たちの3次元世界がスクエアの目にどう映るかを想像することから始める。フラットランドはまた、実際に2次元面として振る舞うグラフェンのような物質を研究する物理学者にもインスピレーションを与えている。

 フラットランドの重力に関する最初の研究は1960年代初頭に行われたが、その結果は期待外れなものだった。2次元世界には重力場の変動が伝わる余地がなく、通常の意味での重力は存在しない。だが1980年代後半2次元重力が予想外の仕方で働くことがわかり、ルネサンスが起こった。2次元重力は2次元空間の全体的な構造を形作り、ブラックホールを生成することすらできる。

 フラットランドの重力の研究は重力の量子化という難しいテーマのケーススタディーであり、私たちは「ホログラフィツク原理」や「創発する時間」といった推論を含んだアイデアを、厳密な数学的検証にかけることができるのである。

図:1~3 フラットランドの重力
3次元空間を押しつぶして2次元にした場合、物質の厚みがなくなるだけではない。2次元では、重力の働き方が根本的になくなるだけではない。2次元では、重力の働き方が根本的に異なる。例えば、相対的に静止した物体の間には力が働かない。2次元重力をあれこれ想像することは、アインシュタインの重力理論(一般相対論)と量子力学を融合して量子重力理論を構築するための有用な練習台となる。
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図1:重力波は存在できない
一般相対論によると、重力場の変動は重力波として空間を伝わるが、それには3次元空間が不可欠である。重力波はその進行方向に垂直な2方向に物体を周期的に伸縮させるからである(図1)。2次元空間では、重力波は伝わることができない(図2)。波がなければ、物理学者は何を量子化したらよいかわからない。
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図2:3次元とは異なる引力の法則
質量を持った物体は時空を歪める。3 次元ではこうした歪みによってニュートンの万有引力の法則に従う力が生じる。2 次元では、質量を持った物体は空間を円錐状に変形する。ニュートンの法則は成り立たない。相対的に動いている物体どうしには力が働く(物体の経路が変わる)が、相対的に静止している物体の間には力は働かない(物体は静止したまま)。
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図3:ブラックホールが生成される
重力が強くなると、ニュートンの法則では予言できない現象が起こる。その代表が、物体が入ることはできても脱出できない領域「ブラックホール」である。2次元重力における最も驚くべき発見の1つは、暗黒エネルギーが存在すれば2次元でもブラックホールが存在し得るということである。2次元でも3次元でも、ブラックホールは量子効果によってわずかに光を放っている。


 一見すると、フラットランドはこれらの問題の答えを探求するのに適した場所のようには思えない。アボットのフラットランドには多くの法律があるが、重力の法則はない。

 ポーランドのスタルツキエビッチは1963年、一般相対論を応用して2次元空間における重力の法則がどのようなものかを明らかにした。それによると、質量を持った物体は周りの2次元空間を円錐のように曲げる(平らな紙を曲げて作った三角帽子を想像すればよい)。この円錐の頂点付近を移動する小さな物体は、自身の軌道が直線からずれることに気づくだろう。彗星の軌道が太陽によって曲げられるのと同じである。1984年には、ブランダイス大学のデサーとマサチューセッツ工科大学のジャッキーフ 、ユトレヒト大学のトホーフトが、量子的な粒子がそうした空間でどのように運動するかを明らかにした。

 2次元重力によって曲げられた空間は、私たちの3次元宇宙におけるものよりもずっと単純なものである。フラットランドには、ニュートンの万有引力の法則に相当するものがない。その代わり、2つの物体にはその相対速度によって決まる力が働き、相対的に静止した物体間には力は働かない。この簡単さは魅力的で、スタルツキエビッチの理論の量子化は、3次元世界の一般相対論を量子化するよりも容易であることを示している。

 だが残念なことに、この理論は簡単すぎる。量子化すべきものが存在しないのである。2次元空間には、アインシュタインの理論の重要な要素である重力波が存在する余地がない。

 より単純な電磁気力を考えてみよう。電場と磁場は電荷と電流によって作られる。マクスウェルが示したように、これらの場はその発生源から離れ、光の波として空間を自由に伝わる。マクスウェルの理論の量子版では、光の波は光子と呼ばれる粒子になる。同様に、一般相対論における重力場はその発生源から離れ、重力波として自由に伝播する。量子重力理論には重力子という粒子が存在し、空間中を移動すると物理学者は考えている。

 光の波はその振動方向が特定の方向に偏っている。例えば、その電場は波の進行方向に垂直な1方向に振動している。重力波も振動方向に偏りがあるが、そのパターンはずっと複雑である。重力場は波の進行方向に垂直な1方向だけではなく2方向に振動している。フラットランドではこうした運動は不可能である。重力波の進行方向に垂直な方向が1つしかないからである。重力波やその量子版の重力子は2次元空間に収まらず、存在できない。

 スタルツキエビッチの理論への関心は時おりぶり返すことがあったものの、次第に薄れていった。だが1989年、プリンストン高等研究所のウィッテンが参人してきた。世界をリードする数理物理学者と広く認められているウィッテンは、自由に伝わる波が存在しない特殊な場の理論を研究していた。そして彼は、2次元重力がそのような場の1つであることに気付き、欠落していた極めて重要な要素を加えた。「トポロジー」である。

 ウィッテンが指摘したのは、重力が波として伝わることができなくても、空間の全体的な構造(数学者が「トポロジー」と呼ぶもの)に劇的な影響を及ぼし得るということである。フラットランドが単なる平面であれば、こうした影響は生じない。しかし、フラットランドがより複雑なトポロジーを持てば生じ得る。氷でできた彫刻が解ける際、彫刻の細部はすぐに失われるだろうが、彫刻に穴が開いているかどうかといった特徴は失われにくい。トポロジーとはそのような特徴を表している。ある面を切り開いたり、一部をちぎったり、貼り合わせたりせずに別の面に変形できるなら、これら2つの面は同じトポロジーを持つという。

 例えば、半球(球面を赤道で2つに分けたもの)と円盤は同じトポロジーを持つ。半球の“赤道”を持って引き伸ばせば、円盤になるからである。だが、球面は半球や円盤と異なるトポロジーを持つ(球面を半球や円盤に変形するには、球面の一部を取り去らなければならない)。

 トーラス(ドーナツの表面)は半球とも球面とも異なるトポロジーを持ち、コーヒーカップの表面とトポロジー的に同じである。コーヒーカップの取手の部分にドーナツと同じような穴があり、残りの部分は切り貼りすることなく滑らかにできる(だから「トポロジー研究家にはドーナツとコーヒーカップの区別がつかない」というジョークがしばしば数学者の間で交わされている)。

 トーラスは外部からは曲がっているように見えるが、平坦な面を丸めて作ることができる。トーラスをトーラスたらしめている特徴は、2つの異なるループ(穴を通って一周するものと、穴の縁をたどって一周するもの)が存在するという性質である。1980年代のテレビゲームをやったことのある人は、画面の右端に消えた戦士が左端から現れ、上端に消えた戦士が下端から現れるのを思い浮かべるとよい。画面は平らであり、平行線は交わらないといった平坦空間の幾何学(いわゆる「ユークリッド幾何学」)の法則に従っている。しかし、右端と左端、上端と下端を同一視した画面のトポロジーはトーラスである。
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図:2次元重力をどう量子化するか
2次元重力は「重力とは何か」という問いに新たな見方を与えてくれている。重力は空間を伝わる力とは限らない。実際、2次元空間では重力波は伝わらない。その代わり、2次元重力は空間の全体的な構造、すなわち空間のトポロジーに影響を及ぼす。
物理学者は、正方形や平行四辺形を丸めて作ったトーラス状の宇宙を研究してきた。大きさや形が異なるトーラスは、異なる時刻での2次元宇宙に相当する。宇宙の任意の小さな領域で起こる現象は、宇宙の全体的な状態を反映している。小宇宙と大宇宙は、分かちがたく関連しているのである。


 トーラスには無限の種類がある。トーラスはすべて平坦だが、“細い”トーラス(針金で作った輪のようなもの)もあれば、“太った”トーラス(お菓子のドーナツのような形)もあり、そうした形を決めているのは「モジュライ」と呼ばれる連続的な値をとるパラメータである。トーラス状の宇宙、ドーナツランドでの重力の役割は、モジュライを時間変化させることである。例えば、ビッグバン時に細いトーラスだった宇宙が、宇宙の膨張とともに太ったトーラスになっていくといった具合だ。


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