白石町道路元標訪問、2基目は「錦江村道路元標」。
錦江村は、明治22年(1889)町村制施行、昭和30年(1955)周辺2村と合併し有明村に、昭和37年(1962)有明町に、平成17年(2005)3町合併で白石町となる。
道路元標は、有明公民館駐車場の片隅、土手の下に建っている。
倉庫の横、屋根付き駐車場の奥。
駐車場に車が止まっていたら絶対に判らない。
【DATA】
錦江村道路 . . . 本文を読む
久しぶりの更新。
池澤さんの道路元標データベースを覗いていたら、3月末に九州を訪問されておられ、佐賀県でも未知の道路元標が3基追加されていた。
3基はすべて白石町内ということでまとめて訪問することに。
1基目は、「福富村道路元標」。
杵島郡福富村は、明治22年(1889)町村制施行により発足、昭和42年(1967)福富町に、平成17年(2005)3町合併で白石町となる。
道路元標があ . . . 本文を読む
8日日曜日は、国道901号さんの情報で所在がわかった三瀬村道路元標を訪問。
神埼郡三瀬村は明治22年市町村制施行。平成17年10月に佐賀市に合併。
三瀬村が佐賀市と合併したことで、福岡市と佐賀市の県庁所在地同士が隣接することとなった。
道路元標は、旧三瀬村役場前の水田辰男翁顕彰碑の脇に建つ。公民館建替えの工事中で正面からの撮影は不可能。
工事用フェンスの向こう側にも道路はなく、もとも . . . 本文を読む
昨日は、雨模様の天気。
かねてから訪問せねばと思っていた、佐賀県の歴史的文書閲覧室へ。
目的は、道路元標所在地の公告を捜しに。これがわかれば、元標探索が楽になる。
県庁南別館の2階、30㎡位の部屋に2人の職員。
そこで見たい資料を申請書に記入し閲覧する。
大正9年の県公告を申請書に記入ししばし待つ。
年配の職員が資料庫より、B6サイズ・厚さ約10cmの資料を3冊持ってきた。
この資料は、 . . . 本文を読む
先日から足を痛めてしまい、歩き回ることがちょっと困難な状態。
年をとると治るのも遅い。
よく訪問させていただいている、「Niemonさんの石橋」のHPを覗いていたら気になる一枚の写真が。
香川県四国村の旧丸亀藩御用蔵の写真。
左下に、蒲鉾状の頭を持った石が・・・
拡大してみると
「田島」と読める。
googleで検索するも、田島村・町・市、何れも引っかからない。
cancanさんの . . . 本文を読む
県内7基目の道路元標は、蓮池村の道路元標。
神埼郡蓮池村は、昭和10年蓮池町に、昭和30年には佐賀市と千代田町(現神埼市)に分割され現在にいたっている。
元標があるのは佐賀市側。八坂神社の一の鳥居の脇に建っている。
石材の質からいって後年に作り直されたものか?
【DATA】
蓮池村道路元標
佐賀市蓮池町蓮池
【Mapfan】 . . . 本文を読む
佐賀県内6基目の道路元標は、中川副村の道路元標。
佐賀郡中川副村は、昭和30年から川副町に、平成19年からは佐賀市になる。
残念ながら地表部分より折られて、民家の軒先に横たわっている。
場所は、佐野常民生誕碑の前。元はこの丁字路のところに建っていたのだろうか?
できればきちんとした場所で保管してほしいものである。
【DATA】
中川副町道路元標
佐賀市川副町早津江
【Mapfan】 . . . 本文を読む
嘉瀬村の東隣、西與賀村(現佐賀市西与賀町)の道路元標。
本庄江川の左岸、土手道に立っている。土手道といっても江戸時代は諫早渡海場へ通じる道。結構賑わっていたらしい。
長崎街道には佐賀宿から諫早までの海路があった。
諫早渡海場は、佐賀宿側の船着場。
傍に立つのは、「今津渡し場跡」の石碑。
【DATA】
西與賀村道路元標
佐賀市西与賀町字今津乙
【Mapfan】 . . . 本文を読む
先週の土曜から風邪をひいてしまった。微熱と咳。特に朝方の咳はつらい。今回より佐賀に戻り、県内第4号の境野村道路元標。神崎郡境野村は昭和の合併で千代田町、そして平成の合併で神埼市となった。この道路元標が建っているところは国道264号から少し路地に入った酒屋の庭先。このあたりは、長崎街道境原(さかいばる)宿があったところ。佐賀の乱(役)で戦火に包まれ当時の面影はあまり残っていないが、 この道路元標のあ . . . 本文を読む
8日より10日まで上京。特別に「東京をうろつく」編で。で、やっぱり道路元標の親玉、日本橋の「東京市道路元標」を訪ねないわけにはにかないだろう。この道路元標は、他の市町村の道路元標と違い、金属製。大正時代の道路法でも、他の市町村は道路元標の設置場所を府県知事が決めることとなっていたが、東京市のものは法律で「東京市ニ於ケル道路元標ノ位置ハ日本橋ノ中央トス」と定められている。実質的に「日本の道路の中心」 . . . 本文を読む
第3号は、神埼町(現神埼市)の道路元標。櫛田神社の一の鳥居脇の長崎街道旧道沿いに建っている。この道路元標は、ネットで検索してもヒットする。また櫛田神社の案内板にも掲載されている。県内で一番大切にされている道路元標ではないだろうか。【DATA】神埼町道路元標佐賀県神埼市神埼町神埼419-1【地図Mapfan】 . . . 本文を読む
第2号は、久保田村の隣、嘉瀬村(現佐賀市嘉瀬町)の道路元標。
嘉瀬郵便局の裏手、長崎街道旧道沿いに建つ。ここは旧村役場の跡、南を走る国道207号線(旧34号線)は大正時代にはなかった。裏面には「佐賀縣」の文字。
【DATA】嘉瀬村道路元標佐賀市嘉瀬町大字中原2482-1【地図Mapfan】 . . . 本文を読む
最近ちょっとはまっているものが「道路元標」
「道路元標」とは何ぞや?という方はこちらから。
初めて「道路元標」に出会ったのが
久保田町(現佐賀市)徳万交差点のスーパーの駐車場入口に建っていたこれ!「久保田村道路」とまで読める。裏面には「佐賀縣」。
家に帰りネットで調べてみると「道路元標」なるものらしい。
「道路元標」は、大正8年の道路法で各市町村に設置が義務付けられた . . . 本文を読む