去年、濱崎町道路元標の続き。
浜崎町から、R323を佐賀市に向かうとその途中にあるのが七山村道路元標。
国道旧道から七山中学校に入る丁字路に存在する。
東松浦郡の道路元標に共通している、白っぽい花崗岩。
東松浦郡七山村は、
1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により発足、
2006年(平成18年)1月1日 唐津市に編入される。
【DATA】
七山村道路元標
佐賀県唐津市七 . . . 本文を読む
鏡村道路元標から虹ノ松原を抜けて向かったのが濱島町道路元標。
この道路元標は以前から所在が知られていたのだが、現地に到着すると、あるべきところに無いではないか!
歩道の新設工事で撤去されてしまったようだ。
2009/11/28時点
2008/08/28時点の写真(cancanさん撮影)
角の洋品店で聞こうとするが不在、近くの浜玉支所は土曜日で閉庁。
支所や近くの公園を探すも移設保管 . . . 本文を読む
先週の道路元標探索の続き。
厳木村道路元標の次に向かったのが、鏡村道路元標。
鏡山(284m)という、虹の松原を一望できる山の麓に位置している。
元標の正面ぎりぎりに縁石があるため「元」の文字までしか撮影できないが、道路わきに建てられている割にはきれいな保存状態。
場所は、古代の森会館という歴史資料館入り口の交差点。
目の前を県道40号が通る。
東松浦郡鏡村は、
1889年(明 . . . 本文を読む
今日は多久市へ墓参り。
帰りは、既知の道路元標を探索するため、厳木-鏡-浜崎-七山の大回りコースで佐賀市に戻ることに。
国道203号を唐津方面へ、笹原峠を越えると厳木町(現唐津市)。
唐津市厳木支所(旧厳木町役場)の入り口横に立っている。
白っぽい花崗岩、神崎郡の道路元標と同じ石質。
欠損もほとんどなくきれいな状態で残っている。
手前の道路は国道203号線。バイパスができたため . . . 本文を読む
久々に新規の道路元標の発見。
三養基郡北茂安村の道路元標。
三養基郡の道路元標は他の方のホームページを見ても初めての登場。
みやき町役場(旧北茂安町役場)の前、レンガ倉庫のわきに建っている。
前を県道22号が走っているが、ブロック塀の陰で判りづらい。
石質は佐賀郡と同じ安山岩と思われる黒っぽい石。
正面は、西向で設置してある。
三養基郡北茂安村は、
1889年(明治22年)4 . . . 本文を読む
南山村道路元標の次に向かったのが、北山村道路元標。
穴蔵さんのHPの写真だけでは場所の特定ができなかったが、北山小学校か北山郵便局の近くだろうと見当をつける。
国道323号をひたすら北上。
古湯温泉から先の323号は、今建設中の嘉瀬川ダムの付替え道路。
北山小学校の横から旧道と分かれる道が臭い。
旧道を少し進むと、右カーブ。
そこに穴蔵さんの写真で見たガードレール。
簡単に見つけてし . . . 本文を読む
cancanさんからのメールで、穴蔵さんが11月初め佐賀を訪問され、新規の道路元標を発掘されたと知り早速訪問。
まずは、南山村道路元標。
穴蔵さんのHPには詳細な場所が記載されていなかったのだが、写真を見て古湯温泉の国道沿いとすぐわかった。
小城郡南山村は、明治22年(1889)町村制施行に伴い発足、昭和31年(1956)佐賀郡小関村・小城郡北山村と合併で佐賀郡富士村に、1966年(昭和42 . . . 本文を読む
10月初めに上京。
新宿で所用を済ませた後、夕刻の飲み会まで時間が空いた。
しかし外は生憎の雨模様。
淀橋の道路元標を思い出した。
雨の中の道路元標探索も乙なもんだ。
佐賀では絶対やらないが・・・。
新宿から西新宿まで丸の内線で1駅。
青梅街道を中野坂上方面に歩くと淀橋町道路元標を発見。
この真ん中から折れた道路元標の惨状は他の方のHPで知ってはいたが、「道」の字のところから折 . . . 本文を読む
小城郡三里村(現 小城市)の旧村役場跡あたりで道路元標を探していたら見つけたのがこれ「三里村道票原線」と彫られた石柱。
大きさは、高さは約70cm、幅と奥行は30cm+α(1尺)、道路元標より一回り大きい。
また頭頂部も平坦。
側面には、大正十三年二月の文字と村長らしき人名、他にも寄進者らしき人名が多数。
大正13年というと道路元標が各市町村に設置されてすぐの頃。
何の目的で設置 . . . 本文を読む
またも3ヶ月以上更新が滞ってしまいました・・・・。
久々の更新は、新しく見つけた道路元標。
佐賀県神埼郡脊振村の道路元標。
脊振村は、明治22年(1889)町村制施行に伴い発足、平成18年(2006)神埼町・千代田町と合併し神埼市となる。
神埼郡に共通している白い花崗岩。
建っているところは、県道21号線沿い、神埼市役所脊振総合支所(旧脊振村役場)の前。
【DATA】
脊振村道 . . . 本文を読む
久しぶりに未知の道路元標発見は、佐賀郡新北村(にきたむら)の道路元標。
佐賀郡新北村は、明治22年(1889)町村制施行に伴い発足、昭和30年(1955)東川副村と合併し諸富町となり、平成17年(2005)1市4町と合併し佐賀市(新)となる。
国道208号沿いの、佐賀市役所諸富支所(旧諸富町役場)の門柱の裏に建っている。
この道路元標は地表部分から折られコンクリートの台に載せられてい . . . 本文を読む
佐賀県のほぼ中央に位置する旧小城郡。
現在は、小城市と多久市になったため、2005年に消滅した。
その小城郡の郡役場があったのが小城町。
小城郡小城町は、明治22年(1889)町村制施行に伴い発足、昭和7年(1932)近隣の3村を合併、平成17年(2005)小城・三日月・牛津・芦刈の4町が合併し小城市となる。
写真手前はガードレール。ガードレールにへばりつくよう建っている。
場所 . . . 本文を読む
山口村の道路元標前の長崎街道旧道を佐賀方面に1kmほど走ると、佐留志村道路元標がある。
実は、去年の暮れに写真を撮りに行ったのだが、そのデータの入ったデジカメが行方不明。
と言うことでついでながら撮りなおし。
杵島郡佐留志村は、明治22年(1889)町村制施行に伴い発足、昭和7年(1932)3村合併で江北村となり、昭和27年(1952)江北町となる。
杵島郡内の道路元標は、白い砂岩系の . . . 本文を読む
白石町内道路元標巡りの帰路は、国道207号で佐賀市に戻ることに。
途中の山口村旧役場あたりを探索。
旧役場の近く、長崎街道の旧道と白石・鹿島方面への分岐の丁字路で道路元標らしきものを発見。
前面と背面が完全に剥落しており、文字の判読は不可能。
状態としては、「須古村道路元標」を少しひどくした感じ。
しかし、頂部の蒲鉾型の形状と、剥離がない横幅がちょうど25cmであること、
そして須 . . . 本文を読む
3基目は「須古村道路元標」。
須古村は、明治22年(1889)町村制施行、昭和30年(1955)白石町(旧)に編入され、平成17年(2005)3町合併で白石町(新)となる。
この道路元標は、砂岩のような石材のため、表面がかなり剥離している。
文字が読めるのは、「古村」と「道」のごく一部。
建っているのは、須古派出所前の丁字路。
【DATA】
須古村道路元標
佐賀県杵島郡白石町堤6 . . . 本文を読む