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9月文楽―一谷嫰軍記

2016-09-28 16:48:52 | 観劇
一谷嫰軍記の通し狂言、
作者の並木宗輔は、義経千本桜などの三大名作を著した名立たる戯作者、
禅僧から還俗したというだけあって、
この狂言は、熊谷直実の忠義・無情、無常感が胸を突く、熊谷陣屋が圧巻です。
ただし、宗輔は前半を書き上げたのち没してしまい、
熊谷陣屋の段は別の人に引き継がれたとの由、
なにしろ平家物語の数々の悲劇の主人公のなかから、
直実に焦点をあて、身代わりという展開を考え出したのですから、
さすが、芝居の勘所はお手の物なのですね。
松王丸の寺子屋を書いた作者であれば、それが評判をとっているわけですから、
合点がいきます。

さて、前半は宗輔の手による3段目のうちの2段目まで、
長丁場であるにもかかわらず、
物語の始まり、初段から緊張の場面が続きます。
堀川御所の段では、
光源氏が植えた??桜の枝がキーポイントになります。
一つは、直実に託された須磨の桜に添えられた制札、
もう一つは、忠度、なぜか馴染みのない平家の武将なのですが、
能の演目にもあるように、平家物語の人気ナンバー3位までに入るのでは?と思わせる、
名将でありながら歌人としても優れているのですね。
俊成に懇願して、よみ人知らずとして千載集に載せた、といわれる、かの歌
  さざなみや志賀の都は荒れにしを 昔ながらの山桜かな
平家敗れても昔と変わらぬ山桜、
この心境は、直実と相通じるものなのですね。
それゆえに、いささか無理があるのですが、
義経がこの千載集にかかわったことにしてしまう、
作者の手腕というべきでしょうか。

歌に限らず、平家物語を語るように浄瑠璃のことばが美しい。
時候ひとつとっても、そうです、
頃はきさらぎ、露しぐれ、如月の冷たいしぐれも露になる、
早春の近づきを感じさせる、のです。
それから生の鳴り物ならではの、風情、
小次郎が敵陣から聞こえる笛にこころを打たれる、
その笛の音の美しく詩的なこと、
観ている者もその笛の主に刃を向けられない、心情を理解するのです。

二段目 陣門の段・須磨浦の段・組討の段・林住家の段
と続きます。
簑助さんが操る俊成の娘菊の前、忠度の恋人ですが、
今生の別れを惜しみ、忠度の背にさす山桜の枝、
これを流しの枝、とよぶのですね。
散りゆく花を惜しむこころ、を無言で表現する、
この風情、を昔の人は共有していたのですね。

さて、組討での敦盛の最期が実は小次郎を討つ直実の心情を語るところ、
非常に繊細な物語の組立からなっているところなのです。
敦盛の親の身になっての胸の内の吐露、
一旦逃がすかに見せて、平山に見つかり、首をはねる…この一連のなりゆき、
これは後でこの一部始終を藤の局に聞かせるのは、
里の百姓であることからもわかるように、
周囲の注視の中ということを意識した、トリックだったということになる。
どの時点で入れ替わったか、
手負いの小次郎を陣屋に連れ帰ったとき、ですが、
小次郎と敦盛を和生さんがつとめているので、わからないうちに推移するのです。
そして瀕死の玉織姫が目が見えないと知って首を抱かせる、
ここでやっと真実が見えてくる、
という展開、素晴らしいですね。


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