野宿のススメ。

二子浦温泉の番台のおばあちゃんが、今日はどこに泊まるの？宿はとってあるの？と僕に聞いた。

「・・・いやぁ、・・・とってないです。・・・いやぁ、その辺で寝ます」

と僕は答えた。

二子浦温泉からバイクで二分。勿来海水浴場の端っこに、今僕はいる。

ははははは。野宿だ。

上手くいかないことなんてあるはずがない。そう想って、海水浴場に来てみたら、フカフカの草地がそこにあった。テントを張るならここですよ、と草地が言っているようだった。

ほらね。想った通りだ。

明日は早起きしないとだなぁ。早起きしてテントを片付けて、野宿の痕跡を消さなければ。
早起き散歩のおじいちゃんやおばあちゃんがやって来る前にね。

そう、やっとね。僕は旅をしている気になって来たよ。

楽しいかって？

旅は別に楽しいもんじゃない。
旅は、ただの・・・冒険だよ。

旅っていうのは。

たとえばね、旅人といえども、久しぶりに旅をすると、色々と忘れる。
何を忘れるかというと、旅の仕方とかを。旅の意味とかを。

不思議だなぁ。忘れちゃうんだなぁ。

今日は、まぁ、ろくなことがなかった。
寒いし、雨降るし。

二子浦温泉に行った。入った。250円。
漁業に使うプラスチックのケースを湯船にした温泉。
番台のおばあちゃんが「温まっていってねぇ」と声を掛けてくれた。

潮味のする温泉がたまった巨大なプラスチックのケースに、冷え切った身体を沈める。ザバババーンと、僕の身体の体積分のお湯がこぼれる。

僕は想った。

あっ・・・この温泉に出逢うために、ここまで走って来たんだ。そうだ、今日という日は、この一瞬のためにあったんだ。きっと。

なーんにも上手くいかない一日ではあったのだけれど、そう想ったら、上手くいかないことなんてなーんにもあるわけがない、そう想えたから不思議だ。

旅って、僕の旅って、こんな感じだった。そういえば、こんな感じだった。ははははは。やっと思い出したよ。

今日という日が、あって良かった。

番台のおばあちゃんが僕に聞いた。
「どうでしたか？」

「幸せでした」と僕は答えた。

濡れ鼠ライダー。

長沢峠を越えると磐城。峠を降りると気温が上がった。5度くらい。

やった。と思っていたら雨が降り始めた。ひどい雨だ。

午後には晴れる予報だったのに。ざんざん降りの雨。

ざんざん降りの中、勿来までやって来た。

雨は困る。野宿をするにせよ、野宿をするにせよ、野宿をするにせよ、雨は困るのだよ、ワトソン君。

我慢出来ず。

「柏餅！ください！」

僕は言ってしまった。

おぎいさんは「えっ？」という顔をした。

「今日帰るの？」と聞くから、いいえ帰りませんと答えた。

明日には堅くなっちゃうよ。うちの柏餅はモチなんだよ。他の柏餅はモチじゃないから堅くならない。うちのはモチだから堅くなる。今日中に食べないとだよ？

ますます食いたくなるじゃないか。モチの柏餅。

500円にまけてくれた。

その場で二個食べた。

美味しかった。すさまじく美味しい柏餅。

国道49号線、長沢峠を通る際には是非、モチの柏餅をご賞味あれ。

どうすっかなぁ。3個あまっちゃったよ。

柏餅直売所。

磐城へ向かった。
小雨が降ったり止んだりを繰り返す。

「ちょっと休憩」とバイクを停める。
小さな小屋が建っている。

柏餅直売所と書いてある。

怖い。怖すぎる。興味が湧きすぎる。

柏餅、一個いくらかなぁ？

と思っていると、小屋からおじいさんが出て来た。

「お茶だけでも飲んで行きなさい」

柏餅、一個買えますか？と聞くと、五個パックで520円。一個売りはしていないと言う。

残念だ。五個は食えない。

おじいさんが煎れてくれたお茶を飲みながら梨を食う。梨を食う。

お腹が減ったな。

どうもここの柏餅は特別らしい。新聞やらテレビやらに何度も取り上げられたらしい。

柏餅食べたいなぁ・・・と思いながら、梨を食う。お茶をすする。梨を食う。

僕の宝物。

チャップスを履きたいなぁ・・・といつも思っていて。
でもちょっと仰々しいから、普段履くのには躊躇いがあって。

久しぶりにチャップスを履いたら、どこへでも行けるような気がして。
なんだか、キリッとした旅人気分になる。

宝物チャップス君、さぁ出かけよう。風を切ろう。
大丈夫大丈夫。君がいれば、寒さなんてへっちゃらだよ。

そろそろ走りたい。

片付け開始しました。

今休憩中です。

珈琲飲んでます。煙草を吸ってます。

遅々として進みません。

ははははは。

早くバイクで走りたい。

ははははは。

珈琲を一杯飲んでから。

朝、雨が降った。今は降ってない。

どんよりと雲が立ち込める。気温は低い。

どこへ行きたいわけでもないのだが、ここにいたいわけでもない。
どんより曇り空の下にいると、片付ける気が失せる。

とりあえず、珈琲を一杯飲んでから。

珈琲を飲みながら考えて、それから、決めようと思う。

ここに残るか、帰るか、どこかへ向かうか。