春宮のひとり言

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春宮のひとり言 902

2023-10-29 22:55:10 | 日記
今朝の朝刊の一面に、『先発医薬品を使っている者には、負荷をかける…高齢者が増えて医療費が、かかるから…』というような内容の記事があり、先発医薬品しか服用出来ない春宮は、何か長生きする事が悪いような感じで、不快でした。この様な事をする前に、国会議員の数を減らす・頂戴する議員年俸を減らす方が先ではありませんか?春宮の友人でも、ジェネリック医薬品を服用すると副作用が出るので先発医薬品しか服用出来ない方がいます。弱い者イジメですね! 春宮夫が、「ジェネリック医薬品、成分は同じかもしれないが、それを錠剤にしている物質まで先発医薬品と同じではない。その物質の差により、作用効果が異なる事が多々あるし、副作用も出る。」と、常々、春宮相手に講義をしております。春宮や春宮の友人は、錠剤過程の物質が合わないのかと考えられます。お国の方々、つい先日、沢井製薬が、胃で溶けない胃腸薬のカプセルの件で謝罪会見をしたばかりではありませんか…。お忘れでしょうか?高齢者には、そのような薬を服用しなさい…というように聞こえてしまうのは、『ヒガミ』でしょうか…?
昨日、久しぶりに、都心に出かけたら、今日は、喉がいがらっぽくて…冷蔵庫保存しているツムラの葛根湯を服用しました。出かける時は、道行コートを着るくらいでしたが、都心は、少し動くと、汗ばむ感じでした。鬱で引き籠もっていましたから、都心の方が、空気が澄んでいなかったのかも…海近くは、空気がまだきれいなのかもしれません。
春宮は、夜10時に、睡眠薬や安定剤を服用するのですが、見事に不眠症です。夜中の2時に眠れたら、良い方です。仕事をしなくなってから、絶対に眠らなくては翌日の仕事にひびく…という事もなくなりましたから、強い睡眠薬は、使っていません。階下の部屋に居住するようになってから、春宮夫が、すやすやと眠っいる横で、暗闇の中で、ずっと過ごす事もなくなり、眠くなるまで、本を読んだり、気ままに出来るのは、気楽です。無駄な部屋があるから出来る贅沢ですね。
昨日は、中谷先生のお話しを伺う会に出席する前に、日本橋高島屋さんのヴィタメールに寄りました。春宮は、携帯に高島屋さんのアプリを入れています(三越のアプリも入れていましたが、Iが先に出てくるので、消去しました)。アプリのアンケートに、いつぞやの真夜中に答えていたようで、先日、2000円分のカードを頂戴しました。折角、頂戴したカードですから、ヴィタメールの板チョコを購入しようと思いました。板チョコ、税込みで900円ほど、板チョコと言っても、9ブロックですが、一つのブロックが立派なチョコくらいの大きさがあります。板チョコ、暑かったり、クリスマス・バレンタイン・ホワイトデーの期間は、店頭に並びませんので…。シンプルなミルクチョコレートが一番好きですので、カードは、早速、利用させていただきました。いっぺんに、チョコレートを購入してしまうと、🐷🐷🐷に更になってしまいますから、一つだけ求めて来ました。カード内の残金も、いつかヴィタメールの板チョコに化けるかと思います😊
やはり、都心のデパートでないと、美味しい物が求められませんね~😊地元の駅ビルに、美味しい物があり過ぎたら、🐷🐷🐷になります!上手く、世の中は出来ているというべきでしょうか…😓

春宮のひとり言 901

2023-10-29 01:44:12 | 日記
今日は、中谷比佐子先生の『つれづれ』という着物のお話の会に銀座まで行って来ました。先月は、鬱真っ只中でしたので、先生のお話は伺いたかったのですが、都心まで、行く自信がありませんでした。久しぶりです。先生は、87才の筈ですが、それを感じません。gooブログは『チャコちゃん先生のつれづれ日記』?というタイトルで書かれていますし、フェイスブックもツィターもユーチューブも、各地で講演もなさっています。パワーがおありです。それでいて、今日のお召し物は、白地に細かい黒が織り込まれている塩沢に、縮緬黒地に朱色系の紅葉の手描き友禅の帯でした。黒に近いグレーの裏がつけられた袷の着物、表地が白っぽい塩沢なので、まだ暑い日にあっていましたが、朱色系の紅葉で季節を少し先取りで、着物上級者の貫禄が、しっかりお有りでした。
先生にお会いしたくて、出席しています。早速、先日の伝統工芸品公募展との電話の話をしました。『日本刺繍』と言ったら、「京縫・加賀縫…ではないのですか?」と尋ねられた話を致しましたら、「まっ、そんなもんでしょ」と、先生はおっしゃり、この話を聞いていた方が、「先生、達観している…!」と、おっしゃっていました。
先生は、この頃、そのような思いを随分なさったのでしょう。先生と春宮は、春宮が出品した刺繍の公募展の審査員でいらしたのが、はじめの出会いです。それから、クリスマス会に誘われ、『つれづれ』の会に誘われて、今に至っております。先生は、公募展の時に審査は、「着た時を考えて審査するけれど、視点の違う審査員が多いわね~」と、おっしゃっています。
春宮の亡大先生は、皇室の仕事をなさる所で小僧から修行して、戦争から生還し、食べる為に米兵向けの刺繍のネクタイを作ったりし、流行作家になり、婦人雑誌には欠かせない存在となり、皇室の仕事もし、相撲力士の化粧回しの刺繍もなさり、本も出版なさいました。「女子供に刺繍を教えなくては刺繍が廃れる…」と言い、実践なさいました。他の刺繍師の方々は、当時は、苦々しく考えられていたようで、大先生は刺繍組合を抜けられました。今では、反発なさった方々が、御自分の刺繍教室を持っています。春宮は、教えられた女子供の最後の方の弟子です。着物が日常着でなくなり、じっくりする稽古事が女子供から好かれなくなりました。手軽に完成する稽古事に流れました。刺繍を習っていても、着物を製作するまで到達する人も減りました。
NHKや雑誌が、きちんと、刺繍台を使わず、フランス刺繍の枠を使って、お手軽に、なんちゃって日本刺繍をなさる女性の方をもて囃し、正統派は、更に、脇に押しやられました。大先生も、抗議なさったりしましたが、『なんちゃって日本刺繍』は広まりました。まっ、日本刺繍の糸が売れればいいか…と、思うしかありませんでした。
呉服が下降線をたどり、手間暇かかる本物より、ミシン刺繍にとって変わられました。この頃では、ミシン刺繍が出来る方も高齢化、本物の刺繍が出来る方も高齢化、更に、コロナの流行で廃業なさる方が多数出ました。
工芸会は、着物をキャンバスに見立てますので、着て動いての美しさは考える作品は、弾かれます。織や型染や友禅の方が重視されているように感じられました。女子美の刺繍科を卒業なさった方々でも、春宮が叩き込まれたような技術は、身についていないように見受けられました。高度な技術を必要とされる場面もなく、それに耐えられる布地もなくなっています。織の方々の廃業、染め・仕立ての方々の廃業もあり、刺繍の着物を作れる環境は悪化するばかり…お国は、伝統工芸の末端まで、考えては下さいません。民族衣装の着物は、自分一人で着られる方が減り、『呉服』は、使われる針・糸まで、多くの分野で構成されていますが、お国は、このような事よりも、成果が目に見える事に重点を置いています。呉服業界は、歯をくいしばるしかない状態ですが、どうにもならないのが現状です。いつ、針がなくなるか、いつまで、刺繍糸(絹なので高いです)があるか…そういう不安の中に春宮は、おります。技の伝承どころではありませんし、伝承されようという方もいません。悲しいです😢