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「ジャグリングではじめる驚異の脳力開発」マイケル J.ゲルブ+トニー・ブザン

2009-01-17 23:33:54 | 
「ジャグリングではじめる驚異の脳力開発」(マイケル J.ゲルブ+トニー・ブザン著 翔泳社)を読みました。

ジャグリング・メタファー・メソッドによる
学習の仕方を学ぶ本です。


ジャグリング・メタファー・メソッドとは---
”メタファー”=暗喩
の言葉が示すように

ジャグリングを習得する過程や
ジャグリングの練習で得られる気付きを
学習一般のメタファーとして捉え

楽しみながら
学習の方法を学ぼう!

---ということです。


ジャグリングの練習を通して得られるメンタリティーが
効果的な学習であったり
創造性の源となる。


最近、私自身が考えていることと
非常に近く
たいへんに参考になりました。


ただ、私自身のジャグリング体験と照らし合わせて
ジャグリングをする
ということを
もっともっと掘り下げたい。

本書をひとつの参照点として
いま一度
ジャグリングについて整理して行きます。
(その成果は、ちょびちょびとブログに書いて行くと思いますので、おつきあい、お願いします。)


ちなみに、著者のひとり
トニー・ブザン氏は
思考法で有名な「マインド・マップ」の提唱者です。

昨年
私の教室に
マインドマップ・インストラクターである近田 美季子さんが
一度見学にいらして
トニー・ブザン氏が本書の著者であることを知ったのでした。



ジャグリングを通して
日々の生活の中で
たくさんの刺激を受けられるのって
本当に幸せなことだなぁ
とつくづく思います。


「揺れる奄美、その光と陰」稲野慎

2008-12-25 23:31:57 | 
奄美大島で逗留したホテルにて購入しました。

「揺れる奄美、その光と陰」(稲野慎著 南方新社)。

帯には
「朝日新聞の記者が、3年をかけて、地を這い、人と逢い、島々の今を描く渾身のルポタージュ。」
とあります。

長寿の島・奄美の死生観
子宝の島・奄美の子育て
奄美の歴史
奄美の自然、そして、自然破壊(とその原因となる経済構造)

について
書かれていて
奄美の姿を概観できます。


奄美大島の道を
車を走らせていると
ところどころで
山を切り崩し
そして
商業施設などを建てようとしている現場を目にしました。

また、商店街の方のひとりは
「大型店が建つようになってきて、個人商店はたいへんなんです。」
とおっしゃっていました。

島外の人間である私からすると
「東洋のガラパゴス」とも呼ばれる
豊かで個性的な自然・文化を
破壊・平準化するようにしか見えない
その道々の光景が
とても不思議としか思えなかったのですが---

本書を読んで
一筋縄で行く問題ではない
ことがわかりました。

それと同時に
奄美大島で見られたことは
「エコ」や「環境」が叫ばれる日本全体の
縮図となっているような気がします。
しかも、その効果/影響たるやクリティカルにわかりやすい。



奄美固有の文化を発展させる
という意味で
文化的な「外来種」である「ジャグリング」を伝えることは
果たして正しいのか。

滞在中、真剣に悩みました。
いまだ答えはわかりません。


「ジャグリングを文化に!」
と掲げるならば
ずっと向き合わねばならない問題です。


「個性」とはなんのか。



---本書の内容から離れてきてしまいました。

等身大の奄美大島を知る。
私にはとても参考になる本でした。


日本橋異聞~東京の「今昔」町案内 荒俣宏

2008-11-12 22:54:29 | 
日本橋異聞 (知恵の森文庫 a あ 2-4) 荒俣宏著
を読みました。

日本橋界隈の今の姿を歴史を踏まえて紹介する一冊。
本書を片手にじっくり散歩に出たくなりました。


「まち」とはなんでしょう。

大道芸を通して
公園に立ち
路上に立ち
あるいは
まつりに伺い---
「まち」を感じることが多いのですが
とらえどころのない「まち」という場にとても興味があります。

「まち」は歴史の積み重ねにより成り立っています。
(ときに、戦争、災害により歴史の断絶=リセットがあるわけですが、それも含めて。)

「まち」をつくるとはどういうことなのか。
「まちおこし」とはなにか。

そして
大道芸、ジャグリングがどういう風に「まち」と関われるのか。

現代に断片的に残る日本橋界隈の姿と
その深さに
思いをはせながら
気持ちがむずむずとしました。


路上のエスノグラフィ---ちんどん屋からグラフィティまで

2008-10-13 02:49:58 | 
「路上のエスノグラフィ---ちんどん屋からグラフィティまで」(2007, せりか書房, 吉見 俊哉・北田 暁大)を読みました。
東京大学大学院で行われた講義から発生した学生論文集です。

フィールドワークに基づいて
「路上」という場が持つ姿に迫っています。

扱われている素材は以下の4つ。

・ストリートパフォーマンス(大道芸、ストリートミュージシャン)
・ちんどん屋
・サウンドデモ
・グラフィティ

中でも興味があるのは
(やはり)ストリートパフォーマンスやちんどん屋
の章。


ストリートパフォーマンスでは
あんざいのりえさんや雪竹太郎さんが実名で登場しています。

ヘブンアーティスト以前/ヘブンアーティスト以後
生粋の大道芸人/職業的大道芸人
という二項対立が展開、考察される中

自分が携わる「大道芸」というものについて
改めて考えをめぐらすよい機会となりました。



自分のパフォーマーとしての出発点は
大道芸。

右も左もわからないものの
ただただ衝動に任せて、路上に立ったあの日。
そこがすべてのはじまり。


「路上」に存在する豊かな時間を
これからももっともっと感じる。
それこそが我が人生の糧。
我が人生。

自分にひとつ楔を打って
がっつりと芸の道と向き合って行きます。


京極夏彦「覘き小平次」

2008-07-07 00:52:39 | 
久々に
心にぐっとくる小説に出会いました。

物語の終盤---
私は涙がにじんだ。
電車の座席に腰を下ろして読んでいたにも関わらず。

たぶん
この小説自体が
私の心を映す鏡であったのだな。

己、自分、私、ぼく。
我を我を
と思っているうちは
だめですな。


小説を読んで
ショックを受けたのは
村上春樹「ノルウェイの森」以来かしら。
(あのときは、結構、精神的に落ち込んだ。高校生の私。なぜかしらね。)

からだの組成がかわってしまうような劇的な感覚---
私は、明日の朝には、毒虫になっているかもしれない。
それもまた、
よし。

そんな気分。

「物語」とは、かくも侮り難い。


だれにでもオススメする小説ではありませんが
とてもとても鋭利で美しい小説です。