改めて
昨日観たジャグリング公演「ながめくらしつ」について---
座長の目黒陽介さんが
プログラムに文章を寄せています。
以下、引用です。
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私は
公演を観ていて
幾度となく
この言葉が頭をよぎりました。
目の前に展開されているモノは
まぎれもなく
モノとからだの戯れによってつくられる
すなわち
ジャグリングによってのみ語られる事どもなのだ。
そして
同時に
ジャグリングに潜在する数理
と
音楽が持つリズム
とが
幸せに融合することで出現した深く感覚に突き刺さる表現。
表現として尖りつつも
自分の欲望をあらわにすることを表現とするならば
欲望が適度に抑制されていたことが
今回の公演の良さかしら
と私は思いました。
■
ながめくらしつとしての初演となる
「堀の外のジャグリング 第参回公演」から
今回の舞台では
メンバーの追加・変更がありました。
それでいて
「ながめくらしつ」らしさが失われず
出演者の個性が活かされ
前回とは
違う空気をつくり出していたところも
演出の力量を感じました。
もちろん
演出に応える個々の演者の力量もすばらしいです。
■
「ながめくらしつ」というグループには
ぜひ
今後
継続して活動してほしいな、と思います。
その結果
日本初の
ジャグリング・カンパニーとしてのポジションをしっかりと築くなら---
今回
その萌芽を目の当たりできた私はなんて幸せなのでしょう。
そして
そのような将来は
決して絵空事ではなく
充分に実現可能なことのように
公演をみて思いました。
昨日観たジャグリング公演「ながめくらしつ」について---
座長の目黒陽介さんが
プログラムに文章を寄せています。
以下、引用です。
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目に見えない魂の受け皿としてジャグリングがあるのだなと。
次はこうしてあーして なんて考えてしまうと
魂の居場所がなくなってしまう。
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私は
公演を観ていて
幾度となく
この言葉が頭をよぎりました。
目の前に展開されているモノは
まぎれもなく
モノとからだの戯れによってつくられる
すなわち
ジャグリングによってのみ語られる事どもなのだ。
そして
同時に
ジャグリングに潜在する数理
と
音楽が持つリズム
とが
幸せに融合することで出現した深く感覚に突き刺さる表現。
表現として尖りつつも
自分の欲望をあらわにすることを表現とするならば
欲望が適度に抑制されていたことが
今回の公演の良さかしら
と私は思いました。
■
ながめくらしつとしての初演となる
「堀の外のジャグリング 第参回公演」から
今回の舞台では
メンバーの追加・変更がありました。
それでいて
「ながめくらしつ」らしさが失われず
出演者の個性が活かされ
前回とは
違う空気をつくり出していたところも
演出の力量を感じました。
もちろん
演出に応える個々の演者の力量もすばらしいです。
■
「ながめくらしつ」というグループには
ぜひ
今後
継続して活動してほしいな、と思います。
その結果
日本初の
ジャグリング・カンパニーとしてのポジションをしっかりと築くなら---
今回
その萌芽を目の当たりできた私はなんて幸せなのでしょう。
そして
そのような将来は
決して絵空事ではなく
充分に実現可能なことのように
公演をみて思いました。