社会保険労務士酒井嘉孝ブログ

東京都武蔵野市で社労士事務所を開業している酒井嘉孝のブログです。
(ブログの内容は書かれた時点のものとご理解ください)

労働トラブルの解決「あっせん」のメリットついて

2020年11月01日 16時38分44秒 | 社会保険・労働保険
特定社会保険労務士酒井嘉孝です。

10月は労働関係の最高裁判決が立て続けに出ました。
いずれも同一労働同一賃金がらみのものですが、提訴から最高裁の判決まで何年の期間を要したでしょうか。

立て続けに出された判決の一つ、「メトロコマース事件」でメトロコマースの元社員の方が訴えを起こしたのは2014年5月だそうです。
地裁判決は2017年3月、高裁判決は2019年2月、そして最高裁の判決が2020年10月です。
勝ち負けを別にして提訴から6年を経てやっと最終的な判決となったわけです。
もちろん、訴えを起こす前に元社員と会社が何も話し合うことなく、元社員がいきなり裁判所に訴えたわけではないでしょうから、
「もめごと」としては2014年よりも前から起きていたことは容易に想像できます。

また、メトロコマースの件で元社員4人の方は合計4560万円の差額賃金を求めたとのことですが、
高裁で認めた金額は221万円で、最高裁では高裁が認めた判決を変更し、退職金部分の訴えを退けています。

この間の裁判費用や弁護士の費用の捻出はどうしたのか、労働組合や支援をする方がバックにいたようですが気になるところではあります。
仮に、訴えを起こした時の求めた金額の満額が認められたとしても「元」は取れなかったではないでしょうか。

このように、裁判となると時間とお金が非常にかかります。
主に訴える側となる労働者も、守る側となる会社も同じです。
おそらくですが、お互い最後はお金よりも名誉のために争っていくのではないかと想像します。

今回の件のように最高裁まで争うケースは滅多にないことだと思いますが、トラブルというのはなるべく早く解決させたいものです。

労働分野におけるトラブルの解決方法はいくつかあります。

訴訟は一番強力な手段ではありますが、特定社会保険労務士が関われる労働トラブルの解決手段として個別労働関係紛争の「あっせん」があります。
この制度は簡単にいうと、裁判外で労働者と会社との間に誰かが入って、『和解』をすすめるものです。
この誰か、というのは厚生労働省の組織である都道府県労働局にある「紛争調整委員会」や、各都道府県が設置する「労働委員会」、都道府県社会保険労務士会が設置する「紛争解決センター」になります。
(都道府県により扱いが異なります。例えば東京都では労働委員会で個別労働関係紛争のあっせんは行っていません。)
そして具体的に間に入るのは「あっせん員」で、公益委員となった弁護士や特定社会保険労務士、大学教授などが任命されています。

この制度の良いところはなにしろ、早期解決を見通せることです。
もちろん、お互い納得しなければ解決とはなりませんが、あっせんの申し立てを行なって、早ければ2ヶ月くらいで『和解』を見通すこともできます。
費用も、申し立ての書面の作成を全部自分で書く、申し立てられた側の答弁も全部自分で書く、あっせんの当日も全部自分で処理するということであれば費用はかからない場合が多いです。

特定社会保険労務士はこの個別労働関係紛争の場面で申し立ての書面を書く、申し立てられた側の答弁を書く、あっせん当日代理人として出席することができる資格を持つ者です。
もちろん、特定社会保険労務士に頼めば全部自前でやる場合に比べた場合よりは費用はかかることになりますが、裁判よりはずっと費用は抑えられることになると思います。

何回かにわけて、この個別労働関係紛争のあっせんについて書いてみたいと思います。

令和2年9月からの厚生年金保険料の上限が引き上げになります

2020年07月22日 14時49分21秒 | 社会保険・労働保険
特定社会保険労務士の酒井嘉孝です。

日本年金機構のホームページで令和2年9月から厚生年金保険料の上限引き上げが発表されました。
厚生年金保険における標準報酬月額の上限の改定(日本年金機構HP)

現在、厚生年金保険の標準報酬月額の上限は620,000円(31等級)で605,000円以上の報酬月額の場合は、この等級で頭打ちですが、9月から1等級加えられ、650,000円(32等級)、635,000円以上の等級が加えられます。

報酬月額が635,000円以上の場合、厚生年金保険料が本人負担額が月々56,730円から59,475円と2,745円引き上げになります。
事業主負担との総額は118,950円となり、5,490円引き上げになります。

社会保険料の控除を翌月としている場合は10月給与から、当月控除している場合は9月給与から変更になります。ちょうど算定基礎届の反映と重なります。
ちょうど算定基礎届の提出が終わった時期ですが、これに伴う日本年金機構への特別な手続きはないようです。

新型コロナウイルス感染症の広がりによる会社の休業と休業手当の支払いについて

2020年06月13日 09時40分00秒 | 社会保険・労働保険
特定社会保険労務士の酒井嘉孝です。

新型コロナウイルス感染症の広がりにより、緊急事態宣言が発出されました。5月末には全国で解除され街に人が戻ってきていますが、ここで3月4月に話題になった休業手当について考えたいと思います。

労働基準法26条では使用者の責に帰すべき事由による休業を行った場合は労働者に対して休業手当を支払わなくてはならないとされています。
この「使用者の責」は割と広めに扱われます。例えば、円相場の急騰による経営不振など一経営者の責任とは思えないものも使用者の経営努力で乗り切ることができるものとされています(無茶なようですが、円相場の急騰は考えられないわけではないから備えておけということでしょうか)。
休業手当の支払いを要しないものとしては天災地変によるものが挙げられます。最近で休業手当を支払わなくて良いとされた例では東日本大震災において事業所そのものがなくなってしまったケース、計画停電による営業不能のケースがあります。
どこからが天災地変かという基準があるわけではありませんが、一経営者がどう努力を行っても防ぎようがなく、備えようもないもの、かつ広範囲におきているものがそれにあたるとされているように思います。

そもそも休業手当を支払わなくてよいとされるのは、
①その原因が事業の外部より発生した事故であること
②事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること
の2つを満たす必要があり、②においては他の仕事がないか、自宅勤務等が可能かどうか検討しているかという事情から判断されます。
ではこの新型コロナウイルス感染症の広がりによる休業の場合、会社は休業手当を支払わなくてはならないでしょうか。
いくつかのケースがありうるのでケース別に考えていきます。

1.労働者本人が新型コロナウイルス感染症にかかったため休業を命じた場合
→休業手当を支払う必要がありません。従業員の生活保障面では健康保険取得者であれば傷病手当金が受けられます。

2.労働者の同居の家族が新型コロナウイルス感染症にかかったという申告があったため、労働者本人に休むよう命じた場合
→この場合は使用者の判断で休業してもらうことと判断され休業手当を支払う必要があるものと考えます。もちろん、「心配だから休みます」など労働者本人から申し出があった際は休業手当を支払う必要はありません。

3.ある労働者が新型コロナウイルス感染症に罹患し、社内を消毒するため他の従業員を休ませた場合
→別の場所で働ける可能性がある場合や、テレワークが可能な業種であれば休業手当を支払う必要があります。1事業場のみでテレワークも全く現実的ではない場合は微妙ですが、消毒が法令上義務とされない場合は休業手当の支払いが必要であるとされると考えます。

4.緊急事態宣言下で都道府県知事からの休業要請に基づいて休業した
→テレワークなどの自宅勤務が可能でないことが明らか、あるいは他の業務が明らかにない場合は休業手当の支払いの必要はないものと考えます。

5.緊急事態宣言下ではあるものの、休業要請の出ている業種ではなかったが客がゼロで仕事になることが全く見込めないため休業した
→この場合は使用者の判断で休んでもらったと扱われ、休業手当の支払いの必要があるとされています。

この考えられるケースは厚生労働省のホームページに掲載されている、「新型コロナウイルスに関するQ &A(企業の方向け)令和2年5月29日版」も参考に書いています(応用しているものもあります)。
4で休業手当を支払わなくて良い可能性が残されていますが、これもQ &Aでずばり払わなくて良いとはいっていません。この場合も労働基準監督署へ相談するように書かれています。

休業手当を支払った場合、いろいろなところで言われていますが雇用調整助成金の対象となります。Q &Aでも雇用調整助成金があるから休業手当をなんとかはらってくれという話が多く盛り込まれています。そうとはいえ、この企業向けQ &Aを読む限り労働者本人が新型コロナウイルス感染症に罹った場合以外、ほとんどのケースで休業手当を支払わなくてはならないというもので率直にいって企業にとってはかなり厳しい内容です。

なお、「新型コロナウイルスに関するQ &A(労働者の方向け)令和2年5月29日版」というのもあります。こちらは労働者に向けては厳しめ(?)なことが書かれています。

新型コロナウイルス感染拡大による労災・通勤災害について

2020年03月12日 14時21分49秒 | 社会保険・労働保険
特定社会保険労務士の酒井嘉孝です。

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が続いています。報道にもある通りイベントは開催自粛、中止・延期の措置が取られています。また、大手のテーマパークでは休業の延長、航空機の減便、北海道では鉄道路線の減便も行われるとのことで経済活動への影響ははかり知れません。

接客を行う業種ではテレワークというわけにもいかず、通常通り営業している商店や会社もあります。
不特定多数の人と接する接客業では新型コロナウイルスに感染した方と接触することも考えられます。

では、その新型コロナウイルスに感染した方と接触した従業員が、新型コロナウイルスを起因とする感染症に罹患してしまった場合、労災(=業務災害)となるのでしょうか。
業務災害とは業務に起因するケガを負う、疾病に罹患する、という災害に見舞われた場合に給付されるものですので、接客している際に罹患した、同僚からうつされた、という判断となれば労災保険からの給付があるものと考えます。
ただ、実務上は病気をだれからうつされたかという判断は難しいものです。これを書いている3月12日現在ではこの新型コロナウイルスの感染ルートを追いかけているようなので、ほかの可能性がないと判断されれば現段階ではほかの感染症よりは労災と判断される可能性はあるかもしれません。

新型コロナウイルスに関しての通勤災害の判断はもっと難しくなります。
テレワーク、時差通勤が広がっていて混雑は幾分緩和されているとはいえ、通勤電車では人と人が近い距離にあり感染のリスクはあります。
労災保険法上での「通勤による疾病」は通勤による負傷に起因する疾病その他通勤に起因することの明らかな疾病と規定されていますので、だれからうつされたということが明らかで通勤電車以外で接触がなければ通勤災害と判断されることも考えられます。
通勤に起因することの明らかな疾病というのは判断は難しいですが、過去には地下鉄サリン事件やタンクローリー横転事故でガスが発生し、そのガスを吸い込んだ通勤中の人が通勤災害と認定された例があります。

この新型コロナウイルス(COVID-19)の感染症に関しては政府からも新たな施策が日々出ている状況でもあるので柔軟な対応がとられることも考えられます。
しばらくは厚生労働省からの発表等を注視したいと思います。

4月1日より「同一労働同一賃金」が実施に移されます

2020年01月31日 22時44分33秒 | 社会保険・労働保険
特定社会保険労務士の酒井嘉孝です。

パートタイム・有期雇用労働法が令和2年4月1日に施行されます。いよいよ「同一労働同一賃金」が実施に移されます。
中小企業には1年の猶予があり令和3年4月1日から実施になります。この中小企業の範疇は資本金が3億円(サービス業5千万円、卸売業􏰁1億円)以下及び常時使用する労働者􏰀数が300人(小売業􏰁50人、卸売業また􏰁サービス業􏰁100人)以下􏰀事業主をいいます。

同一労働同一賃金とは、いわゆる正規社員と非正規社員の人であらゆる待遇で不合理な差を禁止するというものです。支給する給与はもちろん、福利厚生面でも不合理な差をつけることは禁止されます。
また、正規社員と短時間労働者・有期雇用労働者(非正規社員)から、正規社員と􏰀待遇􏰀違いやそ􏰀理由について説明を求められた場合、説明をしなけれ􏰂ならないともされています。

分かりやすい例で挙げられているのが通勤手当です。しかし、実務上正規社員には通勤手当を支給するが非正規社員の人には支給しないというのはほとんど見られません。

正規社員と非正規社員の方の賃金における「差」で多く見られるのが家族手当、扶養手当、住宅手当です。古くからある会社に多く見られ、手当の額も手厚くなっている例も見られます。正規社員には「長期雇用を想定している」という理由でこの手当を支給し、非正規の方には支給しないというものです。

しかし、「長期雇用を想定している」というのは『不合理な差』とされる可能性が高いです。非正規社員の方でも実際に長く働いている方もいるかもしれませんし、扶養している家族がいるかもしれませんし、ましてや会社の寮に無料で入っていない限り、住宅がない人はいません。

これについて、「差」をつけている理由がないなら非正規の方にもこれらの手当を支給するか、いままで支給されていた正規の方の手当をなくすことを検討しなくてはなりません。いずれにしてもハードルは高いです。

正規社員の方と非正規社員の方で社内においてどのような差があるか検討すると、長期雇用を想定している以外にも理由がある場合が多いです。
例えば、正規社員には転居を伴う転勤がありうるが非正規社員の方には転勤がない、正規社員には緊急時に出社を求めることがある、正規社員には課しているつらい業務がある、などが考えられます。「責任の程度」において差があるのは合理的であるとされます。
もちろん、つらい、とか緊急時の出社など程度と頻度もありますが、この責任の程度の差が非正規社員の方に説明し納得されるものであれば、手当における差をつけることも可能であると考えます。

なお、有期労働契約を繰り返して無期転換された方はいわゆる正社員側となるため、この法律の対象外です。ただ、有期契約の方の待遇を改善して無期転換した方の待遇が相対的に低くなったということは、社員間のバランスを欠くものと考えられますので、調整は必要であると考えます。