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第19回 東本願寺公開講演会(2024)・・・大谷ホール(東本願寺鹿児島別院)

2024-07-07 10:26:56 | 日記
7月6日14時30分から大谷ホール(東本願寺鹿児島別院)において【第19回 東本願寺公開講演会】が開催され、私は事前にハガキで通知がきていたので参加しました。
講師:梶原敬一 氏
講題:『生老病死』にどう向き合うか
〇開会・・真宗宗歌斉唱・・「開会挨拶」・・(東本願寺鹿児島別院輪番)・・講演会の趣旨などについて
〇講師紹介・・司会より講師のプロフィール紹介・・1955年愛媛県生まれ 1980年京都大学医学部卒業 1982年姫路医療センター小児科勤務 
2021年姫路医療センター定年退職 2021年姫路第一病院小児科着任 真宗大谷派僧侶 著作『生きる力』『愛と悲しみ』
〇講演開始・・三帰依文の朗読後に講演が開始されましたので、その一部を私が理解した範囲で整理して紹介します。
①小児科医として勤務した経験から、子供たちも生きることがつらいと感じているケースが多い。子供を取り巻く環境も学校の成績(点数)が良いことが価値観の上位を占めいる。また大人になると収入(お金)が高いことが価値観の上位となっている。戦後の価値観の変化は物量でアメリカに敗戦した結果が影響したのではないかと思う。私たちは今の価値観を見直して生きやすい世の中になるのはどうすればよいかを考える時代にきていると思っている。
②人生を登山に例えると山頂に上るルートは沢山あり、どのルートを上ってもよいが、途中に雲がかかっていて、山頂が見えない状態は煩悩をもって生きている私たち人間の姿でもある。人間が生きている間は煩悩は無くならないが、死を迎えたときに煩悩も消える。(煩悩成就)
③『生老病死』は私たち人間が避けることができないものであり、その中で自分らしくどう生きるかが問われている。認知症や孤独死など老いて死を迎えるまでには多くのことが待ち構えているが、そのことに向き合うことが、人生である。例え孤独死になっても、死ぬ時は縁のある亡くなった親戚や知人(諸仏)が周囲に集まって迎えに来ているので、安心して死を迎えることができると考えて自分らしく生きることである。
④質疑応答の中から・・●安楽死について・・外国では一部で認められているが、どんなに苦しくても命は自分のものでないので、最後まで自分らしく生きて旅立つことが自分の人生を全うすることになる。●講師は医者と宗教者の2つの職業をどのように生きているか・・医者と宗教者は違う職業なので、医者の時は宗教の話せずに医者に専念している。講演の時は医者の体験を話すことはある。
以上で講演会を終わり大きな拍手が送られました。
〇閉会・・今回の講演会を企画した代表から講師へのお礼の言葉と次回の講演会の参考にすためアンケートの提出の話があり、アンケートを出して散会しました。
会場の様子を写真で紹介し、資料をスキャンして添付します。

開演前の会場
真宗宗歌斉唱
開会あいさつ(東本願寺鹿児島別院輪番)
司会による講師紹介
講師による三帰依文の朗読
講演開始
講演中
講演の最後
閉会あいさつ(講演会企画者代表)

【資料】




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